これは会社で人事に関わる人、必見!な新書「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」*。2008年、10年ぶりにJAXAが宇宙飛行士を募集した際の選抜試験の密着取材。めちゃくちゃ面白い上に、業界を選ばずさまざまな企業の採用・育成施策に応用できるネタやら発想の種やら考え方やらがてんこ盛り。
面白いから先を読みたいのに、あちこちで立ち止まっては考えに耽り、最終章「宇宙飛行士はこうして選ばれた」まで来ると、あぁ読み終えたくない!とすら思って、読了までけっこうな時間がかかってしまった。
著者は、選考試験に密着取材した「NHKスペシャル」の番組スタッフ。2009年3月に「宇宙飛行士はこうして生まれた 〜密着・最終選抜試験〜」と題して番組を放送した1年後、新書に姿をかえて出版された。
900名以上の応募があり、ざっくり示すと下の表のような選考プロセスを経て、最終試験前に10名まで絞り込まれた。
2008年「宇宙飛行士選抜試験」の選考プロセス(クリック or タップすると拡大表示)

宇宙飛行士特有の専門能力は、最終試験前に厳選されているため、この本で多くを割いている最終試験は、かなり汎用的な宇宙飛行士としての「資質」に迫る審査だ。
最終試験の前半1週間は、筑波宇宙センターに集まった候補者10人が、同じ閉鎖空間施設(直径4m、長さ11mのカプセル)の中に入って寝泊まりする共同生活を送る。ストレスフルな環境下で、20以上の課題をこなしていく一部始終をカメラがとらえ、マイクが音声を拾い、管制室から審査員が評価する。毎日の睡眠の質から、食事の仕方まで審査対象となる。
こういう選考試験を、宇宙飛行士ではないどこかの企業が行ったら速攻で世間にバッシングされるだろうか。では、なぜ宇宙飛行士だったら、さもありなんって思うのだろうか。各社が入社試験で測るべきストレスの質・量だって千差万別であり、グラデーションの中にあるはずだ。個別的で個性があるからこそ、いろんな人といろんな組織がマッチングする。もちろんそこにはアンマッチもある。だからこそ入社前に選考プロセスが在るわけだ。そのやり方を画一的に縛りつけて、それぞれの組織・個人がやり方を個別化し、存在を個性化する機会を奪っていかないといい。私はそこに、過剰な社会の縛り圧を感じることが最近多い。
閑話休題。宇宙飛行士として、どんな資質を測られるのかといえば、次のようなものだと言う。
- ストレスに耐える力
- リーダーシップとフォロワーシップ
- チームを盛り上げるユーモア
- 危機を乗り越える力
一気に親近感がわくのではないか。取材した著者は、次のように書いている。
あえて短い言葉で表現するなら……どんなに苦しい局面でも決してあきらめず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力があるかその”人間力”を徹底的に調べ上げる試験だったのである。
宇宙とまったく関わりない我ら、いろんな業種・職種にも応用できるところがふんだんに詰まっている。そんなわけで、読んでいると頭の中で、あちこちへの道草が止まらないのだった。
もちろん4項目いずれにも「極限状態での〜」が頭につく。ゆえに、審査のやり方はキレキレに洗練され、候補者のふるまいをどう捉えるかという測定・評価の仕方も単一的・表層的ではなく、いろんな切り口で、奥行き深く洞察・評価されるのが読みどころになる。
例えばグループワークの1シーンを取り上げても、「ここでAさんはリーダーシップ、Bさんはフォロワーシップを発揮している」というように、リーダーシップ単体でAさん一人を評価するようなことはしない。
審査する側の見方が貧しいと、評価も表層的なものにとどまってしまうわけで、どう審査を作り込んでおいて、候補者のふるまいをどう洞察力豊かに汲み取れるか、審査の裏側にふれて学ぶところは多い。裏側の「一端にふれている」とも「真髄にふれている」とも言えるわけだが。
他方、採用する組織視点でなく、候補者個人の側に視点を移してみても、学びや気づきは大いに詰まっている。
最終試験は2週間に及ぶため、途中で「あぁ、しくじったなぁ」という局面に陥っても、そこで終わらない。候補者の動揺を取り上げて、そこからどう本人が内省し、どう気持ちを切り替え、どんなふうに立て直していったか。さすがは最終候補者!という珠玉の振り返りの弁にふれることができる。みんな、とっても魅力的だし、著者もさすが描写がうまいのだ。
宇宙飛行士を目指しているわけじゃない多くの人は、客観的に、審査する側・される側の双方の立場を味わうことができるので、学生の就職活動、社会人の転職活動、企業内での昇進・昇格試験に類する資質をどう磨き、どうアピールするかを考えたい人・場面にも、いろんな有効活用アイデアが思い浮かぶ。
例えば、次のようなケーススタディを、「JAXAで実際にあった採用面接のやりとりなんですよ」と取り上げれば、就活生向けのキャリアデザインの授業や、社会人向けの転職活動ガイダンス、求人企業が社内で面接官を担当する社員向けに行う研修・勉強会のネタにも使えるだろう。
「これは2008年にJAXA(日本宇宙航空研究開発機構)が10年ぶりに宇宙飛行士を募集したとき、研究職のバックグラウンドをもつ候補者と、面接官との間でなされた面接選考のやりとりです」といって、下のスライドを示す。実にひりひりするやりとりだし、宇宙飛行士だと、みんな興味本位で食いつき良さそうではないか。
採用面接のケーススタディ、志望動機を問うオーソドックスなやりとり(クリック or タップすると拡大表示)

真っ先に思い浮かぶシンプルな使い方は、求職者向けの就・転職活動ガイダンスで、職業理解、募集ポジションをきちんと理解して応募しないと、面接でこんな窮地に立たされますよーとか。
求人企業の人事が、面接官を担当する社員向けの研修に使うなら、「志望動機を問うことで、候補者の何を確認したいのか」「どういう回答によって、どう本気度を評価するのか」話し合ったり。あるいは、ここで答えに窮する人を必ずしも「不採用」と即決するのでなくて、「募集ポジションの仕事理解が不足していても、こちらから入社メリットを訴求して口説くアプローチだって考えられるよね」というような認識合わせに使うこともできる。「カジュアル面接の段で、こんなやりとりは御法度よ」と注意を促すのに使うやり方もありかもしれない。
あまりにいろんな目的・ゴールに使える素材なので、ここで深追いはしないけれども、自分ごと、自社の現場ごとに落とし込むパーツとして、いろんな用途に応用展開できるケースだなぁと、ひとり道草を楽しんでしまった。
終わりに。我らの仕事にもぞんぶんと応用がきくという実利をそっちのけても、この一冊には宇宙飛行士の選考試験に挑む人たちの魅力がふんだんに詰まっていて、ぐいぐいと読ませる。そして最終章は泣いちゃう。
仕事、職業、キャリアというものの価値を、安易に狭く価値づけして畳んじゃ人生がもったいない。仕事が何を指すか、世の中の見解が統一されることはないだろう。とりわけ、こんな概念のカオス環境では難しい。
でも、仕事にも職業にもキャリアにも、尊い光を当てた解釈は許されるはずだ。一人ひとりの人間がそれぞれに、社会とのつながりの中で自分の人生の時間を使って何の役割を果たしたいかとか。社会基盤を舞台として見立てたときに、どういうふうに壇上の役割を演じる使命感がうごめくかとか。
そういうことを自分の言葉でつむいでいくようなのがキャリア形成であり。そういう時にむにゃむにゃした思考の彷徨いというのは、あんまり形式ばらずに、既存の概念的なフレームワークに押し込まれて結論されることなく、もっと開放的なのがいい。人間なんて、will、can、mustのベン図に整理整頓されて何十年と行儀正しく生きる生き物じゃないのだからさ。はぁ、まとまらないまま終わるさ。
* 大鐘 良一、小原 健右「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」(光文社新書)
最近のコメント