2021-09-17

完全を求める愚かと不自然

村上春樹の長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだ。昭和60年(1985年)の作品なのだけど、なんだか機会を逸してずっと読んでいなかったので最近読んでみた。いやぁ、良かったなぁ。

もっと前に読んでおけば良かったと一瞬思ったけれど、いや今が1回目でちょうどいいくらいじゃないか、おまえさんには…と思い直した。村上春樹の作品を読みだした20年くらい前に読んでも、こんなふうに物語に埋め込まれたものを読み取ることはできなかっただろうし、こんなふうに主人公に共鳴したり境遇を重ね合わせて心を鷲づかみにされる感情体験は得られなかっただろう。

そう考えれば、自分がこの20年で負ったさまざまな心の痛みも、今もひりひりして時々すりすりしている思いも、意味のあるものに感じられてくる。ここにあるものなくして、この物語をこんなふうに味わうことは叶わなかったのだと思えば、曲がり角であちこち傷つくってきた経験こそ、私が人生で得た収穫とも解釈可能になるのだ。物語の力ってすごい。やっぱり人は、事実単体ではなくて、それをエッセンスに取り入れた物語を通して人生を生き、解釈し、味わっているのだと痛感する。

今回読み終えた後に、自分が折り目をつけたページを読み直してみると、「世界の終り」の章で「影」が僕に説いていることと、「ハードボイルド・ワンダーランド」の章で「老博士」が私に説いていること、ふたりが同じことを話しているのに気づいた。そして同じことを話している両方に、自分が感じいって折り目をつけていることに気づいた。

人は、過去の記憶を失おうが、自発的に何かする気力を損ねていようが、「自然とこうする、こうはしない」という行動原理を皆もっている。そして、それは人によって違う。この思考システムの独自性がアイデンティティーであり、もっと平易に言えば心のことだ。

世界の終りで、影は僕にこう言う。

心というものはそれ自体が行動原理を持っている。それがすなわち自己さ。

ハードボイルド・ワンダーランドで、老博士は私にこう言う。

人間ひとりひとりはそれぞれの原理に基づいて行動をしておるです。誰一人として同じ人間はおらん。なんというか、要するにアイデンティティーの問題ですな。アイデンティティーとは何か? 一人ひとりの人間の過去の体験の記憶の集積によってもたらされた思考システムの独自性のことです。もっと簡単に心と呼んでもよろしい。人それぞれ同じ心というのはひとつとしてない。

一方で人間は、その自分の思考システムのほとんどを把握していない。把握していなくても無意識にそうしている、という行動がたくさんある。多くの行動は、自分の意識のコントロール下になく無意識に選ばれている。

老博士は、こう続ける。

しかし人間はその自分の思考システムの殆んどを把握してはおらんです。私もそうだし、あんたもしかり。我々がそれらについてきちんと把握しているーーあるいは把握していると推察される部分は全体の十五分の一から二十分の一というあたりにすぎんのです。これでは氷山の一角とすら呼べん。

そこで私は、こう切り返す。

話の筋はわかります。しかしですね、行動の様式を現実的で表層的な行為の決定にまで敷衍(ふえん)することはできない。たとえば朝起きてパンと一緒にミルクを飲むかコーヒーを飲むか紅茶を飲むか、これは気分しだいではないのですか?

これに老博士は「実にまったく」と応じる。人の行動様式は、人の行動すべてを決定づけるものではない。その時どきで、ある行動を選んだり、別の行動を選んだり、何もしなかったりと行為を変化させる。

人は日々いろんなことを体験して行動様式を変化させていくし、さほど固定した行動様式をもたない、その時どきの気分や状況次第で行動を変える事柄もある。意識的にそうすることもあれば、無意識にしていることもある。

人の心、人の行動とは、そういうものなんだという前提は、きわめて重要なことだ。自分であれ、他人であれ、これを一つに固定してみるとか、ずっと変わらないものと決めつけてかかるとか、自分が多くを把握していてコントロールできるとみるのは、きわめて浅はかなことだ。

それは、「不完全さ」にも通じているように思う。

完全さというのはこの世には存在しない

と、影が僕に言う。私たちは不完全で、不完全な世界に生きている。だから変化のしようがある。変化する可能性をもつ。

不完全な世界に完全さを求めれば、必ず死角が生まれる。完全な世界を作ろうとすれば、そこには不完全なものを追い出す「壁」が必要になる。壁を作って、その中に完全な「街」を作る。そこに住み、その環境の維持に努めれば、その中では穏やかな安定が確保できるかもしれない。

でも「壁を作って、その中に街を作る」と、必ず「街の外」ができる。作らなくても、できる。その二項対立の関係からは、決して逃れられない。

だから、それが嫌な場合、街の中の人は「街の外」を見ないことにする、認めないことにする、無視する、排除するといったことを、やらざるをえなくなる。意識的であれ無意識であれ。そして心は変化を拒み、固定的に物事をとらえて、可能性を切り捨てるようになる。死角が生まれ、誤認が増え、「不完全さの中に成り立つ完全さ」という構図が見えなくなる。

私は、そういうのがダメだ。まったく受けつけないのだ。不自然なものがダメなのだ。そして決定的にダメなのは、その街の中では心が存在しえないことだ。私は心の生き物だ。穏やかな安定の中で心が不活性化して、いずれなくなり、心が通うということもなくなってしまうというのが、もうどうしたってダメだ。ということを、この物語を読みながら痛切に思った。

誰も傷つけあわないし、誰も憎みあわないし、欲望を持たない。みんな充ち足りて、平和に暮している。何故だと思う?それは心というものを持たないからだよ。(略)この街の完全さは心を失くすことで成立しているんだ

街の外は、心通ったり通わなかったりする、ずきずきしたり、ひりひりしたりすることも多いけれど、その混沌とした不完全を前提とした世界を私は自然に思うし、私は自分が自然と思う場所で生きていきたい。不完全で不穏な世界の中にこそ変化の可能性があり、その動きの中にこそ心の活性があるのだから、それを大事に生きていくほかない。そして閉じた街に迷い込んだときには体がびくっと反応して不自然さを覚え、街の外に出られる野生の感覚を持ち続けていたい。

戦いや憎しみや欲望がないということはつまりその逆のものがないということでもある。それは喜びであり、至福であり、愛情だ。絶望があり幻滅があり哀しみがあればこそ、そこに喜びが生まれるんだ。絶望のない至福なんてものはどこにもない。それが俺の言う自然ということさ

*村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮社)

2021-08-31

「均衡を保つ」という大仕事

小説を読んでいると、何か思うより先に一筋の涙が頬をつたっていて、なぜ泣いた?と事後的に確認作業にあたることがある。もう一度その辺りを読み直してみて、意識より先に心奥が反応した場所を探りあてる。村上春樹の「1Q84」(*1)を読んでいて、それが起きたのはここだった。

「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」と男は言った。「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。ひとつの善は次の瞬間には悪に転換するかもしれない。逆もある。(中略)重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。どちらかに傾き過ぎると、現実のモラルを維持することがむずかしくなる。そう、均衡そのものが善なのだ。

気がついたら、泣いていた。自分は「均衡」に対する思い入れが強い。場の均衡を保つために、歯を食いしばって涙をのんだこともあれば、率先して人前で意見したことも。何が私を黙らせたのか、突き動かしたのか、もとをたどると「場の均衡を保つため」だったと思う例が少なくない。

均衡を保つというのは、実際やろうとすると、大変な大仕事である。全身全霊でやらないとできない。

そのことについて、あれこれもやもや考えたことを整理しようと試みつつメモったことを書き残すが、整理はまったくつかなかった…。

1)時間経過で、善悪は入れ替わる

まず、時間経過とともに善悪が転じうるとすれば、その転換が起きたとき、それに気づけないといけない。そのためには教養が必要になる。動き回る善と悪とのバランスが崩れ始めたとき、それに気づくためには、自分が物心ついてから何十年だか目の前で常識とされてきたことを絶対視しない状態をつくっておかないといけない。

山口周さんは、そこに教養をもつ意味があると、著書の中で説いていた。人は「目の前の常識を絶対的なものだと考えがち」であり、「厚い知識ストックを持つことで、目の前の常識を相対化できる」というようなことを書いていて、なるほどなと思ったメモが手元に残っている。これは、なにぶんこれまでの蓄えが少ないので、のんびり一生養っていくしかないけれど…。

ともかく、人は時間の経過から逃れられない。生きているかぎり、時間の進行にのっかって活動する。そこには必ず変化が加わる。時間も、時間経過による変化も、人には止められない。いくらかの抵抗はできても、完全に変化を静止して固定する力はもたない。人の体も脳も心も変わり続けるし、社会の構造も自然界のありようも変化する。それに気づいて適応できないといけない。

私は、道を歩いている間に雨がやんだら、それに気づいて傘を閉じたい。空を見上げて歩きたい。変化に気づいて、それに適応して生きていきたい。均衡を保つためには、変化に気づいて動的に適応できないといけない。話、つながっているかな(不安…)。

2)場所や立場の違いで、とらえ方は変わる

たとえ同じ時間の中にあっても、場所や立場によって、善悪のとらえ方は異なる。自分の側から見たそれと、あちら側から見たそれでは、見え方が違う。「1Q84」の中では、あゆみが青豆(主人公の一人)にかける、こんな言葉がある。

「世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ」

人は、一つの場所にしか存在できないし、一つの立場しかとれない。いろんな視点をもとうと努めることはできても、限界がある。物理的に自分がいられる場所は一箇所だ。たいてい、こちら側からみる景色のほうが鮮明で、向こう側からみる景色は想像の域。こちら側がおかれた環境には詳しく、向こう側がおかれた環境を十分に推し量ることは難しい。そこには当然、双方の闘いも生まれやすい。

一方で、人は複雑な環境の中で生きている。あることで加害者と被害者の立場に2人を分けてみても、また別の枠組みでみれば、加害者は何かの被害者でありうるし、一人の人間をそう簡単に1つのラベルづけで決着はできない。みんな、いろんな場所で、いろんな立場、背景、環境を複雑にからませて生きていて、結果責任を負っている。

こちらでは雨は止んでいても、向こうはまだ土砂降りかもしれない。こちらは雨あがれば万事OKでも、向こうでは川の氾濫や土砂崩れの心配がしばらく続くかもしれない。こちらは自分のことだけで済むかもしれないが、向こうは家族の世話、近所の見回り、仕事の特別なケアが必要かもしれない。話、つながっているのか(不安高まる)。

3)個性による価値判断の違いも

人の個性によっても、善悪の価値観、快・不快は違うし、信頼をおくもの、大事にしたいものには違いがある。自分とは違うものを他者がもっている、そのことを受け入れて、それはそれとして尊重する構えをとらないことには、世の中どうにも収拾がつかない。

やまだようこ氏の「ナラティブ研究 語りの共同生成」(*2)の言葉を引けば、

真実を一つとみなさないで、立場によって多様で多声的な見方があると考える

集約・到達・追求すべき「一つの善」があるという前提で世界を見だしたら行き詰まってしまう。いろいろあって、1つにはまとまらない前提で、均衡を保つこと。それが善を成り立たせる唯一の道のように思える。

傘さしっぱなしで何が悪い、むしろしばらく傘をさして雨の終わりを名残惜しんで歩きたい人もいて、それはそれで構わない。親切心で「雨やんでますよ」と声をかけるのが善か、かけないのが善か、答えは一つじゃない。もはや話が迷走しすぎて引き返す術もない(ので書き続ける)。

4)自然界にあふれる二項対立の概念

人間という生き物を含めた自然界には、二項対立した概念がある。二項対立というのは、「二つの概念が存在しており、それらが互いに矛盾や対立をしている一対の関係にあること」というのが辞書的な意味。

例えば陸と海。陸がなければ海という概念も成り立たない。1つだけでは、2つを区別する言葉は生起せず、そのコンセプトは成り立たない。そういうものが、自然界にはたくさんある。たくさんあるといえばいいのか、そういうものに対して人間が言葉を与えたといえばいいのか。

昼と夜、天と地、光と影、明と暗、運動と静止、生と死、白と黒、オスとメス、もっと人間社会に寄せると、善と悪、正と誤、自と他、愛と憎、表と裏、内と外、先と後、前と後ろ、右と左とか。

「1Q84」でいうと、先ほどの「男」が青豆に、こんな話をする。

「光があるところには影がなくてはならないし、影のあるところには光がなくてはならない。光のない影はなく、また影のない光はない。カール・ユングはある本の中でこのようなことを語っている。『影は、我々人間が前向きな存在であるのと同じくらい、よこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影は暗くよこしまで破壊的になろうとする意思を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、影は地獄に降りて悪魔となる。なぜならばこの自然界において、人が自分自身以上のものになることは、自分自身以下のものになるのと同じくらい罪深いことであるからだ』

5)二項対立する概念の間には、補償関係が働いている

大事なことは、二項対立する概念の間に、補償関係があること。そのようにして、均衡は維持されるようにできている。

しかし大事なのは、彼らが善であれ悪であれ、光であれ影であれ、その力がふるわれようとする時、そこには必ず補償作用が生まれるということだ。(中略)そのようにして均衡が維持された。

自然界も、人も、2者の一方だけを追求しているとどこかで無理がくる。そして、均衡を維持する作用が働く。みんな、光も影ももっている。明のときもあれば、暗のときもある。一貫してずっと光の中にはいられない。無視していれば、いずれ影が勝手に暴れだす。一方で、影しかもたない人もいなくて、影を裏返してみれば、そこにはその人の光を探り当てることができる。

私はそういう前提で、人のサポートという仕事に関わりたい。必要ないときに、支援などいらない。でも入用なタイミングがあれば、そのときに働きたい。暗い中に光を探したいし、強い人の脆さを認めたいし、完璧じゃないところにゴールをつくり出したい。話がずいぶん混迷をきわめてきたな。なんで、こんなことを考えるんだろうな。やれやれだなぁ。まぁ、とりあえずメモできたからいいや。

*1: 村上春樹「1Q84」(新潮社)
*2: やまだようこ「ナラティブ研究 語りの共同生成」(新曜社)

2021-08-29

物語に埋め込まれた、もの語りの役目

8月は熱心に、村上春樹の「1Q84」(*1)を読んだ。3冊あわせて1,600ページに及ぶ長編小説。出版された直後にBOOK1、2は読んでいたのだけど、BOOK3が出るまで期間があいたので、そこで止まってしまっていたのを今回まとめて一気読みした。といっても、私は本を読むのが遅いので、読み終わるまでけっこうな日数をかけたけれど、毎日飽くことなく続きを読んでいるうち終わりに到達した。

読み進めながら改めて思ったのは、私が村上春樹の小説から読み取っているのは、ストーリーの行方というより、物語の文中に村上春樹が何を埋め込んでいるかなんだなということ。ゆえに結論BOOK3でどうなるか、どう話が着地するのかにさほど重きはなく、3冊の中のあちらこちらに埋め込まれた示唆に立ち止まっては、拾い集め、自分の中の何かに結びつけて咀嚼する、そこにこそ読み応えを感じているようなのだった。

「1Q84」の中には、この点でも考えさせられるところがあった。この小説の中には『空気さなぎ』という小説が出てくるのだけど、この作品を批評家の一人が、こう書評する一節がある。

「物語としてはとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していくのだが、空気さなぎとは何か、リトル・ピープルとは何かということになると、我々は最後までミステリアスな疑問符のプールの中に取り残されたままになる。あるいはそれこそが著者の意図したことなのかもしれないが、そのような姿勢を<作家の怠慢>と受け取る読者は決して少なくないはずだ。(略)」

これを読んだ天吾(主人公の一人)は首をひねる。

「物語としてはとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していく」ことに作家がもし成功しているとしたら、その作家を怠慢と呼ぶことは誰にもできないのではないか。

立ち止まって、ここのところを読み返してみると、これは村上春樹が「1Q84」という物語において、1Q84とは何か、空気さなぎとは何か、リトル・ピープルとは何かについて説明的な結論をつけず、読者をミステリアスな疑問符のプールに浮かばせたまま小説を終えたことと重ねて読める気もしてくる。

それは作家の怠慢か。もしかして読者の怠慢なのでは?とも思われてくるのだった。作家が読者に期待するところとも、言い換えられるかもしれない。残された疑問符を引き取って、それをどうするもしないも、それは読者の役目なのではないかと(私の勝手な解釈だが)。

また別の箇所には、「物語の役目」を率直に示す文も出てくる。

物語の役目は、おおまかな言い方をすれば、ひとつの問題をべつのかたちに置き換えることである。そしてその移動の質や方向性によって、解答のあり方が物語的に示唆される。天吾はその示唆を手に、現実の世界に戻ってくる。それは理解できない呪文が書かれた紙片のようなものだ。時として整合性を欠いており、すぐに実際的な役には立たない。しかしそれは可能性を含んでいる。いつか自分はその呪文を解くことができるかもしれない。そんな可能性が彼の心を、奥の方からじんわりと温めてくれる。

天吾を読者に読みかえれば、「読者はその示唆を手に、現実の世界に戻ってくる」と、私ごとにすることもできる。物語に埋め込まれた可能性を読み取り、心温め、自分で呪文を解く力に転換していって自分の現実世界で生きるのが、読者の役目とも思える。

天吾は、数学を得意とし、小説家を志す30歳の男性。数学の世界と物語の世界に通じる彼は、「数学」と対比する形で「物語」の、脆弱な整合性と、強みとなりうる可能性をとらえる。

数学と対比して、もの語り(ナラティヴ)の意義を解く文章は、別のところでも最近読んだ。やまだようこ氏の「ナラティブ研究 語りの共同生成」(*2)に書いてあったことが、これと符合するように思い出された。

この本によれば、心理学者のヴィゴツキー氏は次のような問いを立てたという。

「なぜ、芸術家は、出来事の単純な年代順の配列に満足しないのだろうか?なぜ、もの語りの直線的展開を避けて、二点の最短距離を進むかわりに曲線を好むのだろうか?」

なかなか色っぽい問いの立て方をするなぁと感服しながら読んだのだ。「1Q84」の中でも、時間について、人は「便宜的にそれを直線として認識」しているだけで、あるいは「ねじりドーナツみたいなかたちをしているのかもしれない」という話が出てきたことを思い出す。

ヴィゴツキーの問いを引き合いに出して、やまだようこ氏は「数学」と「もの語り」を比べてみせる。

数学的には、年代順に並べ、最短距離をむすぶほうが効率がよいでしょう。(中略)しかし、人間は数学的に生きているよりは、もの語り的な意味の世界に生きています。もの語りとして意味をもつ「連結」「構成」のルールは、数学的合理性をもつとは限りませんが、もの語り的合理性はあるはずです。

やまだようこ氏は、もの語りを「二つ以上の出来事を結びつけて筋立てる行為」と定義して、「事実は変えられないが、もの語りの意味は変えられる」と解く。

人間は、ナラティヴによって個々の行動を選択し、構成し、経験として組織し、出来事を意味づけている。個々の出来事や要素が同じでも、それをどのように関連づけ、組織立て、筋立て、編集するかによって、人生の意味は大きく変化する。また、もの語りは、完成品ではなく、たえず語り直しがなされ、構成と再構成を続けるとみなされる。

一つの出来事に続ける文が「〜ということがあった。だから自分は(ネガティブな見解)だ」とするのも、「〜ということがあった。だから自分は(ポジティブな見解)だ」とするのも自由。同じ出来事に、いろんな解釈を続ける自由があるし、一度どちらかに方向づけた解釈も結論も、別のかたちに変化させる自由と可能性を誰しも持っている。接続詞を「だから〜」から「それでも〜」とか「だが、しかし〜」に順接・逆説を行き来させることだって自在だし、「〜ということがあった」という出来事をどれくらい重視するか軽視するかだって変えられる。その変幻自在性を発揮できることこそ、人間の営みの最たる魅力の一つだよなぁと思う。

自分の生業として、私はこの可能性にかかわっていきたいんだよな。人の話を聴くのがおもしろいのも、人とじっくり話しこむ中で別の解釈が出てきたり、意味が深まったり広がったりポジティブに転じていくのも有意義。そういうところで仕事をしていきたいし、そういう底力を鍛錬していくのに小説を読むことはすごくよく作用するんだよな、とも思う。

*1: 村上春樹「1Q84」(新潮社)
*2: やまだようこ「ナラティブ研究 語りの共同生成」(新曜社)

2021-07-28

「もしかして灰田が消えたのは1995年3月!?」という迷走の一部始終

これはもう、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を再読するしかなかろうという気分に追い込まれて、週末に読みふけった。主人公つくるの自己像は、自分のそれと重なるところが多いのだ。つくるの描写を通して自分をとらえ直せるところが多分にあって、私にはとっておきの小説である。

さて一気読みした後、せっかく再読したのだからと、泳いだり走ったりちょっとした時間に、この本の未解決事項に思いめぐらせてみた。この小説は、「結局どうなったの?」「で、どういうことだったの?」という事柄を多く含んだまま終わる。読者によっては「粗い」「完成度が低い」と評する声もあるけれど、その一方「推理小説じゃあるまいし、なんでもかんでも回収される、解明されると思うなよっ」という気もする。

彼の意識のキャビネットの「未決」の抽斗に深くしまい込まれている問題のひとつだ。

なんて、あえて「未決」という言葉を刻み込んでもいるし。再読してみて思うに、意図的な未決も、意図せぬ粗も、どっちも含んでいるってことなのかもなって個人的感想をもった。

が、とすると、だ。完成度が低いんじゃなくて、作者があえて曖昧なままに終わらせただろうところに関心が向くのが、しがない1読者として健全である。

じゃあ村上春樹が「それは皆さんのご想像にお任せします」と、意図的に書かなかった事の顛末があるとして、いちばん私が気になるのはなんだろうな。なんて思い巡らしていると、あれとこれがばさっと頭の中で関連づいて、身も心もばさっとベッドから飛び起きた。

私が気になる一番は、大学時代に主人公つくるの前から忽然と姿を消してしまった大学1年生の「灰田がその後どうなったか」だ。それと、改めて読んでみて違和感を覚えた、物語の終盤も終盤で、1995年3月に起きた地下鉄サリン事件のことを、唐突に持ち出してきたのは、どんな意味があるんだろう問題がリンクした。

もしそんな極端に混雑した駅や列車が、狂信的な組織的テロリストたちの攻撃の的にされたら、致命的な事態がもたらされることに疑いの余地はない。(中略)そしてその悪夢は一九九五年の春に東京で実際に起こったことなのだ。

確かに、主人公は駅を作る職業だし、物語を通して「駅」や「電車」は大事な存在として位置づけられている。けれど、あれほど物語の終盤になって、東京の混雑した駅の異常さについて行数を割いて語り、1995年春の事件に言及するのには、ちょっと唐突感を覚えた。相応のワケがないとおかしい。この一節は、つくるの物語世界と読者の現実世界をつなげるように、村上春樹が大事な意味をもってそこに置いたように読めた。

それが灰田の行方とつながって、仮説がひらめいた。もしかして、灰田がつくるの前から消えてしまったのは、この1995年3月の事件に巻き込まれたってことなのでは!?と。いや、巻き込まれたって断定はしない。しないけれども、あるいはそういうことが背景にあったかもしれない、なかったかもしれないという話なのでは?と。

そう思い立つと、いても立ってもいられず、関連するページを再びわわわーっとめくり直して確認した。

まず、大前提を置く。地下鉄サリン事件は1995年3月20日に起きた。

村上春樹はこの事件について、被害者など62人の関係者を訪ね、丹念なインタビュー取材をして、事件2年後の1997年3月に「アンダーグラウンド」というノンフィクション作品を出している。事件への思い入れは相当である。

では、物語のほうの時間軸と照合してみよう。

つくるが灰田と出会って親しくなったのは、つくるが大学3年生、灰田が大学1年生のとき。つくるが最後に灰田と会ったのは、その学年末の「2月末」とある。灰田は「2週間ばかり秋田に帰ってきます」と言い残して、そこから一切つくるの前に姿を見せなくなった。

これを、灰田が3月20日の事件に巻き込まれたという仮説に照らすと、2月末からは2週間というより3週間経っていて、ちょっとずれている感もありつつ、誤差の範囲とも言える。なにせ長い春休みだし、本文にあるように実家の雪かきが大変だったのかもしれない。では、一旦これを1995年2月末のことと置いてみよう。

つくるは留年も就職浪人もせず、1995年4月に大学4年生になって、1996年4月に「今」も勤務する鉄道会社に新卒入社している(とみるのが自然だ)。「今の会社に入社して14年経つ」と言っているので、この小説で描かれている「今」は、仮説に基づけば2010年ということになる。

「主人公つくるが灰田と出会って別れた大学3年生の年」と「今」の間は15年間あいている必要があり、この小説が出たのが2013年4月、この話を構想だてたのが2010年〜2012年頃とすれば、今を2010年と置き、灰田が消えた当時を1995年2月とみるのは、そう違和感ないのでは。

と、あーだこーだノートに書きつけながら一人で興奮していたのだけど、もういくらか読み足したところ急ブレーキ。

灰田は、「学年末の試験が終わった直後に自らの手で、捺印した休学届と退寮届の書類を出している」とある。学年末の試験が終わって、行方をくらますまでの間に、灰田はつくると会っているが、「休学のことをつくるには伏せていた」。もともと灰田は1〜2月のうちから学校を休学する気があって、つくるにはそれを言っていなかった。その理由は、この仮説では解けない…。

また、灰田が消えたのは「たまたまのことではない」「そうしなくてはならない明確な理由が彼にはあったのだ」と明記している。「灰田は自分の父親と同じ運命を繰り返している」「20歳前後で大学を休学し、行方をくらましている」とも意味ありげに書いてある。うーむ、そうするとやはり私の仮説は、浅はかな文学素人の思い込みにすぎないということになるか…。再び「未決」の抽斗ゆき、とほほ。

でも、この読後の迷走は、私がこの小説をみる奥行きを、より豊かなものに変えた。村上春樹がノンフィクション「アンダーグラウンド」の丹念なインタビュー取材を通じて、あの事件によってその後の人生を大きく狂わされた、その日たまたまその電車のその車両に乗ってしまった人たちの話を深く刻み込んで生きていることは、時系列的にみても間違いない。また「アンダーグラウンド」の中で村上春樹は、あの事件の被害者は「誰でもありえた」ということを強調していた。

それが私の中では、「灰田だったかもしれないし、そうではなかったかもしれない」と言いたいように読めたのだった。こんなふうに読後にもあれこれ思い巡らして、もしかして!といろいろ仮説立てて読み返したりして、読者が勝手に読みごたえを増幅させていけるのも小説の愉しみだよな。「未決」を含む小説も悪くないし、再読も独特の愉しさ。だからまぁ、この迷走も無駄じゃなかったってことでいいのだ、うんうん。

2021-05-27

地球の温暖化と、哲学の起こり

いま読んでいる出口治明さんの「哲学と宗教全史」が、実におもしろい。出口さんはライフネット生命保険の創業者、現在は立命館アジア太平洋大学の学長。「哲学史の研究者」然とした文章ではなく、哲学にも造詣が深い実業家の長老が語り聞かせてくれる物語のように読めて、ずっと哲学入門者な普通の企業人である私には、たいそう読みやすく意味深い一冊。

450ページくらいある分厚い本で、まだ4分の1しか読んでいないのだけど、哲学史の中でもとりわけ「紀元前」が好きな私は、今ちょうど楽しい真っただ中にいる。

この本は、西洋も東洋もひっくるめて書いてあるのが、ありがたい。「全史」といったって西洋哲学と東洋思想は分けて扱われたりするものだけど、この本は「ソクラテスよりも孔子のほうが80歳ちょい上の年長」みたいな話もあって、洋の東西を横断して哲学がどう起こってきたのか語り聞かせてくれるところが魅力的だ。

また哲学、宗教、当時の政治情勢もくみながら、どういう時代背景にあって、それがどう当時の哲学者や思想家に影響を与えたかに思いをはせ、想像を巡らせながら、読み解いていく文章も楽しい。

紀元前5世紀の前後というのは、著者いわく「草木が一斉に芽吹くように」知が爆誕した時期。それまでは長く、神話や伝説でとらえていた世界の成り立ちを、んなことあるかいな!と言ったかどうかはしらないが、この世界ってなんなんだろう、世界は何でできているのだろう?と、当時の人が論理的に考え出した。

それも洋の東西を問わず、ギリシャに始まって、ほぼ同じ時期にインドでも、中国でも、この動きがみられる。

アフリカから人類が世界各地に散らばって何万年も経ったところで、いっせいのせい!って声かけたみたいに、古代ギリシャでタレスが、インドでブッダが、中国で孔子が同時代に生まれて、紀元前5世紀あたりに集中して知を爆誕させる。

それがなんでかって、地球の温暖化に関係するという。紀元前5世紀の頃、地球の温暖化が始まる。あわせて、この頃までにちょうど鉄器が、世界中に普及していたのだという。鉄器というのは、つまり鉄製の農機具を手にしたということ。

この鉄製の農機具と、地球温暖化による太陽の恵みを受けて、このころ一気に

1. 農業の生産性が高まる
2. 人口が増える
3. 階級分化が激しくなって、貧富の差が拡がる
4. 金持ちは、使用人に農作業をやらせるようになる
5. 金持ちの家は、学者や芸術家のような人たちに食事を与えて遊ばせておくようになる
6. 知識人や芸術家が登場する

こうした流れが、紀元前5世紀の頃に、ギリシャでも中国でも「知の爆発」を起こしたという話だ。一大スペクタクル!

で実際、この紀元前5世紀のあたりにいろんな哲学者、思想家が確認されるので、気になる人たちをざっくり一覧にしてみた。以前から西洋と東洋を丸ごと並べて、生没年をグラフで見られる一覧が欲しかったのだ。没年齢もざっくり出してみた。

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この表、せっせと数字を埋めて作っていくと、「デモクリトス、90歳ってあなた、いくらなんでも長生きしすぎじゃない?」とか、「っていうか、紀元前にして、この人たちの平均年齢71歳っていったい…」とか、いろいろ楽しい。

ちなみに、この表では一列10年単位でざっくり区切っちゃっているのだけど、同著によればプラトンはソクラテスが42歳のときに生まれ、アリストテレスはプラトンの43歳年下、こういう感覚をもてると、「ちょい上」の先輩って感じじゃないんだなぁとか、よりリアルに2者間の人間関係をイメージできて、これまた楽しい。

ヘーゲルが「弁証法」と名づけるよりずっと前、万物の根源は何だ?水か、火か、と言っている古代ギリシャで、エンペドクレスが「万物の根源は1つじゃなくて、火、空気、水、土の4元素からなる」とか弁証法やってのけているくだりとか、もう最高である。

シチリア島の彼が、「この4元素を愛が結合させ、憎が分離させる働きによって4元素は集合と離散を繰り返す」と言うのと、ほとんど時を同じくして、インドでアジタ・ケーサカンバリンが「地、水、火、風の4要素の離合集散によって説明する四元素還元説」を説き、中国でも「陰陽の交わりによって木・火・土・金・水の5元素が生まれ、この構成要素が同調・反撥しながら世界を循環させていく」とする陰陽五行説が台頭する。 一大スペクタクル!

科学はここから現代にいたるまでに目覚ましい発展をしてきているわけだけど、人が生きる上で大事な心のもちようについては、紀元前のうちに彼ら賢者が言葉を作って言い尽くしてくれていると思われてならない私には、実に味わい深い物語が詰まっている本。久しぶりにとっぷりとつかって読みたい。

*出口治明「哲学と宗教全史」(ダイヤモンド社)

2021-05-18

元号、西暦より、その人の年齢で歴史を読む

昨日は、ひさびさに会社に出勤した。だだっ広い部屋をとって5人で2時間ミーティング。べらべらしゃべって話し合って、直接コミュニケーションとれるこぎみよさを満喫しつつ、声がかすれず最後までもったことにほっとしつつ。

その後も、あれこれの打合せやら、お久しぶりですーやら、べらべらしゃべって4時間くらいしゃべり続けていたが、夕刻まで声がもったことに感動すら覚えて帰途についた。

ここしばらく出勤もしていなかったし、私はオンラインミーティングも少ないので、発声する機会がほとんどなく、声帯がだいぶ弱っている感じ。店のレジとかで、ちょっと「ありがとうございます」と言おうとしても声がかすれてしまうとか、ラジオを聞いていて思わず声立てて笑いそうになるも声にならず、みたいな…。

それで、このままだとまずいなぁと思い、手元の本を声に出して読んでみることに。たまたま今読んでいるのが堀田善衞の「方丈記私記」*で、鴨長明の「方丈記」の引用も多いので、現代文と古文を行ったり来たりするのが変化に富んで好ましい。が、文庫本1ページも読むと声がかすれてくるのだった…。

この本、作家の堀田善衞が1971年に出した初エッセイで、著者が四半世紀前に体験した1945年3月10日の東京大空襲の日のことを、「方丈記」と重ね味わうように書いているもの。

鴨長明は、25歳で京都の大火災、28歳で大風、福原遷都、29~30歳のときに養和の大飢饉・悪疫流行、33歳で3か月にわたる連続大地震を経験し、この様子を58歳のときに「方丈記」としてまとめている。60歳目前というところで、自分がアラサーの頃に立て続けに体験した大事件の数々を思い起こし、ていねいに描写しているわけだ。

安元3年、治承4年、養和元年などと言われても、なかなかイメージが定まらず漠としてしまうんだけれど(歴史に弱いので…)、私のような「人」に関心が向く人間はとりわけ、元号や西暦ではなく、この人が何歳のときに、こういう事件を起きたのを、何歳のときどうとらえてそれを描写したのか、何を見出したのかという目線で書物を読むと、おもしろみが変わってくるものだなと思う。

もっと若い時分に気づいていればよかったのだけど、私はいい大人になってから、これに思い至った。紀元前の人物となると、なかなか年齢まではわからないところがあるけれど(実在した人物かどうかすら…)、年齢がわかっているかぎりは、この人はこれを言っているとき何歳なんだ?うぉー、私よりずっと年下じゃないか、とか、年齢を目盛りにして読むと、親近感が増して味わい深くなるのだった。

著者も、そのようなことを述べている。

おそらく私は鴨長明という人を、別して歴史的人物、歴史上の人物ーに違いもないのだがーと思っていない、あるいは歴史的人物として扱っていないということを意味するであろう。彼は、要するにいまも私に近く存在している作家である。私はそう思っている。

“歴史上の人物”とひとくくりにする紐をほどいて、現代にもごく身近に似たような人がいるかもしれないなどと思いめぐらせながら、その人を一人の人間として性格やら志しやら眼差しやら想像していくと、とても豊かに読める。

著者は、“歴史上の書物”めいた「方丈記」も、ルポルタージュのようだと言っている。

意外に精確にして徹底的な観察に基づいた、事実認識においてもプラグマティクなまでに卓抜な文章、ルポルタージュとしてもきわめて傑出したものであることに、思いあたった

また鴨長明を、こう評している。

この人は、何かがあると、ともあれ自分で見に出掛けて行く人である。いわば、きわめてプラクティカルな、観念性とは縁遠い人であり

京の大火事も、ある書物には数万人、「平家物語」には数千人の死者が出たと書いてあるが、鴨長明は数十人と書いていて、こちらのほうがきちんと現地取材をして冷静に述べている感がある、などと言っている。どの時代にも物語をつくる人もいれば、ルポルタージュをつくる人もいるとみたほうが自然である。

と、まだ読み途中なのに、なんとなくここまで走り書いてしまった。しばらくの間、これを読みながら5つの時代を行ったり来たりして、自分をほぐしたい。声帯も筋トレしたい…。

▼12世紀:鴨長明が「方丈記」に書く立て続けの災禍
1177年4月28日:京都の大火災[鴨長明25歳]
1180年4月:大風、6月の福原遷都[鴨長明28歳]
1181-1182年:養和の大飢饉・悪疫流行[鴨長明29-30歳]
1185年:3ヶ月にわたる連続大地震[鴨長明33歳]

▼1210年頃:鴨長明が「方丈記」を書く
1212年:四半世紀前を振り返り「方丈記」を書く[鴨長明58歳]

▼1945年:堀田善衞が「方丈記私記」に書く戦時下
1945年3月10日東京大空襲[堀田善衞27歳]

▼1970年頃:堀田善衞が「方丈記私記」を書く
1971年:四半世紀前を振り返り「方丈記私記」を書く[堀田善衞53歳?]

▼2021年:私が「方丈記私記」を読んでいるコロナ禍
2021年5月:「方丈記私記」を手にして読んでいる[私45歳]

*堀田善衞「方丈記私記」(ちくま文庫)

2021-05-07

尾身さんが何を考えているか

思慮ぶかく事に当たり続けている尾身さんが、何を思い、何を考えているのかを垣間見られる、ノンフィクション作家の河合香織さんが著した「分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議」*を読んだ。

いまだコロナまっただ中だけど、昨年(2020年)2月3日から7月3日まで5か月の激動が、(尾身茂さんに限らず)専門家や行政側の視点を中心にして描かれている。丁寧な取材、巧緻な筆致からは、立場を異にする登場人物らの葛藤、誰もがそれぞれの立場で必死に事に当たっていることを伝えんとする著者の思いが、しんしんと伝わってきた。

なかでも尾身さんの、鋼の精神力、多様なプロフェッショナルを率いて関係者との協調を図るリーダーシップ、脱帽するしかない剣士の人格には恐れ入った。会社でリーダーを務めている人、まずまずうまくやれているかなと思っている人は、ぜひともこれを読むと、さらなる高みがどんなものなのか、自分の伸びしろ、さらなる上の目指し方を具体的にイメージできるんじゃないかと思ったりした。

尾身さんの信念は固い、窮地でもぶれない。

「なぜこのことをやっているかといえば、自分の正しさを証明するためじゃない。弁論大会でも学会でもないんだ。人の命が関わっていることだから、結果を出すべきだ」

結果を出すためには、専門家として正しいことを分析して提言すればいいだけじゃない。「公衆衛生のマネジメントとして」は、医学、サイエンスの問題を超えて、わからないことがある中でも判断していく必要がある。政府、厚労省、専門家、知事、自治体、そして国民、全員の声が一致をみない前提で、実効性のある策、メッセージを作り出して、人を動かし、結果を出していく必要がある。

「100パーセント完璧だったら、会見は必要ないかもしれない。しかし、感染症ではエビデンスが出揃う前の状態から対策を打たなければ間に合わない。だから、ここはわかっていない、ここは悩んでいます、ここは間違いかもしれないけれど確かそうだから、という部分を説明する必要があります。複雑でも、率直なリアリティを伝えることが重要です。政府は感染者数を発表していたが、その数にどんな意味があるのかを伝えなければいけない。この数は心配するようなものなのか、どんどん上がるのか、下方に向かうのか。信用できる数字なのか。他の指標がないのか。これだけで全体を評価できるのか。そういった説明をすることが信頼につながっていく」

尾身さんの中には、専門家としての責任感とともに、きちんと伝えればきっとわかってくれるという国民への信頼・期待がある。だから、首相の記者会見への同席・発言を、今なお続けているんだろう。批判を浴び、殺害脅迫を受けても、「家族が強い恐怖心や不安を抱いたのは間違いない。私自身は今の社会全体が抱える不安感を考えれば、これを事実として受け入れるしかないと思った」と腹をくくって、これを引き受け続けている。

私がこの本を読んで得られた収穫の一つは、尾身さんはこの先も絶対に嘘は言わないだろうという信頼の気持ちだ。最終的に得たい結果を踏まえて、会見などの場で「言わない」ことや「表現を丸める」ことはあるかもしれない。けれど、決して嘘は言わないし、言うべきだと信念をもって思うことはどうにかして国民に伝えようとしてくれるだろう。それを私は私で、進んで汲み取りたいと思う。

実効性ある策を講じる上で、尾身さんの都度都度の判断は難解をきわめる。政府とケンカしてしまっては専門的見地からの提案すら、ままならなくなってしまう。現場の声を無視して強行突破すれば、自治体と専門家の信頼関係が崩れてしまう。国民の納得感が得られなければ、やはり実効性ある対策は実現ならない。もちろん専門家として重要な提言は譲れない。身の危険にもさらされながら関わる専門家らが矜持をもって健全に力を発揮し続けられる環境づくり、メンタルケアも欠かせない。

「事実を伝えるには責任をとることまで考えるべきだという役所の論理と、事実はありのまま伝えるべきだという研究者の信念との間には大きな乖離が存在」する中で、首相官邸や厚労省、知事や自治体と協調して、結果を目指す苦悩も細やかに描かれている。

「サイエンスというのは失敗が前提。新しい知見が出てくれば、前のものは間違っていたということになる。そういう積み重ねが科学であり、さらに公衆衛生はエビデンスが出揃う前に経験や直感、論理で動かざるをえない部分がある。一方で役所は間違わない、間違いたくないという気持ちが強かった」

また一方で、専門家と政府の板挟みにもなる。政府は、分析結果を早く出せとせっつく。専門家は、検証が済んでいない分析結果は出せないと言う。そんな中、尾身さんは「市民にわかってもらうためにはデータが必要だ」と専門家に働きかけ、政府の要望に応えようとする。その背景を、尾身さんはこう述べる。

「それは政府の要望ということよりは、私自身の考えの表れだった。専門家会議の役割は、科学的根拠をもって政府に対しとるべき対策を提案することだ。その際、100パーセントの正確なエビデンスがない場合も当然ある。しかし、そうした場合でも今までの経験、感染症の常識、直感である程度方向性については示さなければならない。エビデンスが全部そろったものしか言えないとなると、国は何も判断できなくなる。そうなると困るのは市民だ」

「何も判断できなくなる」というのには、政府が判断の機を逸するだけでなく、誤った判断をして暴走するリスクも含んでのことだろう。市民のための最適解を出すという軸は、尾身さんの中で一切ぶれることがない。

尾身さんは、ことば通り「命をかけて」闘い続けている。2020年3月のこと、専門家会議のメンバーは全員、諮問委員会にも入ってほしいと要請があったが、メンバーの一人が「少数意見が記録に記載されないのであれば諮問委員会に入らない」と内閣官房に断りの返信をした。これを受けて、尾身さんは専門家会議の勉強会の時に皆の前で強く、こう言った。

「国にも意見があるのは当然で、我々にも意見はある。この違いをどうマネージするかが極めて重要なんだ。国と何かをやるとあちらの方向に誘導されるのではないかと言うけれど、でも抜けてしまえば何もできなくなる。諮問委員会は国からの諮問に意見を言う立場だけれど、絶対に言わなければいけないこと、どうしても譲れないことがあれば、脇田さんも私も命をかけて闘うから、一緒にやりましょう」尾身は言葉を続けた。「専門家会議内部の人間関係だって同じだ。激論になるのはいいけれど、人間関係がぎすぎすするのだけはやめてくれ。これからチームでウイルスに対峙しようとしているのに、そういうことは本末転倒だろう。我々は何のためにやっているのかをよく考えてほしい」

「尾身さんの気迫に圧倒され、誰一人として専門家会議や諮問委員会を抜けることはなかった」と著者は、この章をしめくくっている。自分は、私たちは、尾身さんに命がけで守られているのだなと思った。

「人間は不完全な存在だ。誰だって自分が他の人より物事をよく理解している、正しいと思ってしまう。私にだってそういうところはある。だけど、100パーセント正しい人もいないのと同様に、100パーセント間違っている人もいない」

そう言って、尾身さんはいろんな人の思いをおおらかに受け止めていく。矢面に立たされ、いろんな人がどかんどかんぶつかってくる中でも、自身の本来の任務に腰をすえて取り組んでいる姿には、首を垂れるほかない。

尾身さんは、著者がこの本の元となる文章(『世界』の連載)を本にまとめたいと打診したとき、こう言葉を寄せてくれたという。

「時の経過に耐える作品が残ることを期待しています」

一読者として、一市民として私は、自分がどう思慮深くおおらかに人と関わっていくかの手本にしたいと思う。

*河合香織「分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議」(岩波書店)

2021-05-06

高慢と正直

ゴールデンウィーク中に、ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」を読んだ。200年も前に書かれた作品だけど、読みやすくて、おもしろくて、一気読みだったなぁ。前から読んでみようと思っていたわりに前知識を全然いれていなくて、タイトル名に気圧されて身構えつつ読み始めたのだけど、拍子抜けするほどポップであった。

訳者のおかげも大きいかもしれない。訳者選び(出版社選び)には慎重にあたった。しろうとが気取った選書をしても、ろくなことがないという教訓が体験的にあって、とにかく読みやすさを重視。原著に忠実な訳か?気にしない気にしない。Amazonのレビューを読んだり、Twitterで「翻訳者の読み比べをしてしまうほど熱心」という猛者の声を参考にして、中野康司さん訳のちくま文庫を選んだ。

「ねえ、お姉さま、コリンズさんはうぬぼれ屋で、尊大で、心が狭くて、そのうえひどい馬鹿よ」って身も蓋もないセリフもあれば、その数行あとに「利己主義を思慮分別と思ったり、危険にたいする鈍感さを、幸福の保証だと思ったりしてはいけないわ」なんて本で読まなきゃ流してしまいそうなセリフも。人のこころの一喜一憂も思慮深さも、人間の愚かさもおかしみも尊さも詰まっていて起伏が豊か。

ダーシーは、下巻では「ぼくは自己中心的な高慢な人間」だったというふうに過去の自分を振り返るんだけど、上巻では自分のことをそうは見ていない。高慢なのではなく、正しいこと、理にかなったことを大事に価値判断してきた、言動や行動を取捨選択してきた。自分が価値をおかないこと、そうだと思っていないことを、へんに人に気を遣って謙遜したり、むやみやたらと相手に調子をあわせることを選んでこなかった。

それは、自分に対して正直に生きているってことじゃないかなぁと思う。また自分が正直に向き合いたい人に対して、率直にもの言って自分のことを伝えようとする姿勢でもある。相手にそれを受け取る度量がないと、高慢ちきと思われることもあるわけだけど、そういうふうに生きる上巻のダーシーを、私はそれはそれで筋が通っていると思うし、その魅力を正面から受け止めたいんだよな。そういう意味では、私はけっこう上巻の(改まる前の)ダーシーの発言が好きだ。

「謙遜ほど欺瞞的なものはないね」と言う。「人の意見を無視しているか、間接的な自慢か、どちらかだ」とダーシー。いやいや、そんなそんなーと言って、相手の言葉をスルーする。あるいは、いやぁ、ただ~なだけですよ!と返して、実は自慢とか。なるほどなと。全員が全員こういうタイプだと大変な世の中だろうけれど、こういうタイプもあっていいのでは、いろんなタイプが交じり合って認め合っているコミュニティのほうが健全だしタフなのではと。

エリザベスも、上巻のセリフが光っている。

うぬぼれのない人なんてめったにいないわ。ほんとに、人間共通の弱点なのよ。でも、高慢は自尊心が強すぎるということだけど、自尊心と虚栄心は別よ。これはよく混同されるけど、まったく別よ。自尊心が強くても、虚栄心が強いとは限らない。自尊心は、自分で自分のことを偉いと思うことだけど、虚栄心は、他人から偉いと思われたいということよ

健全な自尊心か、不健康な虚栄心かは、それを評価している主体が自分か他人かで考えてみると、わりと判断が出しやすいかもしれない。

もうさ、ほんとさ、人の生き方において大事なことはだいたい紀元前のうちに哲学的に言葉になっていて、それをどう解釈して今の自分に展開するのかって命題も200年前には文学的に物語られていて、現代の命題といったら、じゃあその巨人の肩の上で、今の時代に自分はどう生きるのかってことしかないよなぁって。一般市民として生きる身としては、それが難しいんだけど、それを楽しんでこそなんだろうなぁって改めて思った次第。

ジェイン オースティン (著), Jane Austen (原著), 中野 康司 (翻訳)「高慢と偏見」(ちくま文庫)

2021-04-13

日常生活に変更を加える

4月に入って水泳を再開し、足元はニューバランスのスニーカーを常用しだし、食事は自炊を中心にし、ラジオは若干控えめ、ポッドキャスト番組を若干増し、本は仕事もの・エッセイ・自伝・小説と雑食して半月ほど過ぎた。あれこれ日常生活に変更を加えて歩みだした新年度。

キョンキョンが最近始めたポッドキャスト番組*で、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」という小説の名を挙げているのを聴いて、興味をもって読んでみた。

擬人化された雪の誕生は、人が生まれる神秘と重なり合う。上空で雪が生まれて、ひとひらが地上へと一方向に向かって降りていく様子は、人が死に向かって直進しているのと重なる。でも、それが物語の始まりでもある。

そういえば人間は、こういう世界もイマジネーションを働かせて創作することができたんだったと、久しぶりに思い出させてもらったというかな。なんだかんだいって自分の想像領域、ずいぶんせせこましいことになっていたかもなぁと頭の中の境界線を融かしてもらった感じ。

この間、友人とのおしゃべりで、まりこさんは生きる意味をどうとらえているか聞いてみたいと言われて、マクロとミクロで率直に思っていることを話す機会があったんだけど、なんかシンクロニシティを感じたりもしたな。豊かなおしゃべりだった。さぁ新年度を歩もう。

*ホントのコイズミさん「#1本にわくわくした⻘春時代、時を経て今思うこと。」

2021-03-18

柳家小三治さんの「心の方針」

心をほぐすような一冊を…と、デスクの隅の積ん読本をしり目にジャケ買いしてしまったのは「どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝」*。名前のとおり、噺家の柳家小三治さんの自伝。表紙(Instagram)を見ているだけでも、ほっと一息。ここしばらく猛烈に忙しい日々なので、休日の隙間に一気に読んで、心ほぐしてもらった。

傘寿を迎えた小三治さんだけれど、自伝とあって若い頃のことから今までのことが200ページほどに凝縮して綴られている。なかでも二ツ目の頃の話には励まされた。

小三治さんは前座から二ツ目にあがるとき、ネタの数が少ないのを恥ずかしいと思っていた。二ツ目になるときには百くらい噺を知っている人もいるようだったし、同じ時期に入門した同期生2人も「3日あればひとつの噺をおぼえられる」と豪語していた。一方の自分は、ひと月たってもふた月たってもおぼえられない。稽古して練習してるんだけど、頭に入らない。

先へ行かないんです。これじゃあ違うな、こんな言い方ないなって。こういうときはこういう気分じゃなきゃダメだよなとか。ほんとに三歩進んで二歩下がっちゃう。

その頃から小三治さんは「落語をせりふでおぼえる、言葉でおぼえるっていうより、了見でおぼえていく。中の登場人物の気持ちになって、その人の発言としておぼえていく方法を取るようになった」と言う。

中の人の登場人物の心持ちに、すっかり沿えないと、せりふは出てこない。むなしいせりふは言えない。だから、遅々として進まない。仲間が3日後には全部すっとできるのを、ひと月もかかって半分も行かないと自分自身にいやになっちゃう、愛想が尽きる。「でも、しょうがねえから、また起き上がってムチくれてかけ出そうっていう、そういうジレンマ」を抱えながらやっていた。

時間はかかっても、表層ではなく奥をつかみにいく。形ではなく、中身を作る。中心をはずさず、まっすぐ向いて、まともにやっていく。そういう歩み方に、たいそう共鳴したし、励まされた。

私が普段たどる道のりは、回り道も多く、とろい。物事を咀嚼して、自分の中に編み込んでいって、自分で納得してから、何かに展開して、表に出していくまでにたどる道のりはややこしくて、人にばれれば何をやっとるのかと呆れられること請け合いだ。だから、どこを経由してそこにたどりついたのか、アウトプットまでの道のりを事細かに人に説明することはない。そこそこの時間内に、ほほぉというアウトプットを出せれば、誰も何も文句は言わないし、迷惑はかけない。いくらじたばたしても裏では時間がかかっていても、それはそれでいいことにした。

結局、私はそこをたどる以外の選択肢をもっていないのだ。何かをスキップして済ますのも性に合わなくて無理が出る。いったん割り切ってしまえれば、回り道も楽しめるし、自分の肥やしにもなる。時々自分の思考のとろさにやきもきしても、しゃーないと思って、あっちゃこっちゃ経由しながら丁寧にやっていく。選択肢をもたないなら、それを自分の道として楽しむ。

そうして鍛錬していく中で、小三治さんが目指す方角を切り替える、あるいは「自己を持つ」という舵をきる二ツ目時代の描写がある。

噺家になってこの世界に入ったときは、いつか文楽師匠のように完成された芸になりたいって思ってましたよ。文楽師匠は私の師匠の師匠ですし。でも、やってるうちに心の底から魂を揺さぶられるような芸になりたいって、まぁ、私の欲が出たんでしょうか。

単独での芸の完成形を目指さなくなる。ここには、噺を受け取る相手に対する期待とか信頼があると思うんだよな。自分が送り出したものを受け取った先で、相手が自分の中でそのイメージを立ち上がらせて、感情を揺らし、内容を咀嚼し、意味を作り出してくれるっていう受け手への期待とか信頼が前提にあって成り立つ話だ。

そういう想像のもとに、噺家の表現は、単独での完成を目指さなくなって、相手にどう届けるか、正解のない表現を目指して想像を巡らせ続けるようになる。それはいつでも誰でも完璧に届けられるという自分へのおごり、相手は受け取るだけという思い込みを排することでもある。相手先でどう転じるか、最後はわからない。

そういうところも自分の普段のコミュニケーションや編集業務に通じるところがあって、目指す先に共鳴するところが多分にあったんだよな。身のほど知らずって言われたら、それまでだけどもさ。

芸、芸術、人の生き方でもなんでも、いいんじゃないの、つまずいたって。その人がなにをしようとしているのか、目指していることが素敵だったら、拍手したいよね。また、拍手できる人間になりたいと思う。それにはまず自分の側を取り去ることしかない。

奥をつかみにいくっていうのは、そういうことでもあるんだよな。その人が今つまずいていることに目線をあわせて終わるんじゃなくて、その人が目指していることに目線を向けてみる。それが素敵だったら、拍手したい、応援したい、そこの目線あわせは、自分にかかっている。丁寧に、大事に、その人を見て、奥をつかみにいくのだ。奥っていうのは、先ってことにもなるのだ。

自分の大好き、自分の面白い、自分の良し、自分は何を目指して、何を素晴らしいと思い、何をみっともないと思うのか、小三治さんの心の方針がつづられていた本。

私はこれを受け取って、心の方針をもつって大事だよなって思ったし、自分の心の方針を大切にして生きるって大事だよなって思いを新たにした。私はそうやって生きていくんだ。

*柳家小三治「どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝」(岩波書店)

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