2022-05-13

「良いものを真似してみる」という学習の基本

人が作ったものをそっくりそのまま真似して、作ったものをネットに公開した行為が問題視されることがある。それは確かに著作権侵害であって違法だ。ただ、そのときに勢い「その行為の一部始終」を分別なく全否定するSNS上の発言も見られる。

「持論だけど、人のものを真似するより、一から自分でオリジナルのものを作る経験を数こなしたほうが力がつく」とか言われると、そう、かも?と思うかもしれない。

けれど、ここには一つ落とし穴がある。それを続けているかぎり、自分が思い描けるかぎりのゴールしか目指せないし到達できない。その人が初心者の場合、設定できるゴール自体が低く偏狭になりがちだ。熟練者が到達するレベルとはどんなものか、それを具体的に思い描いて設定することがまず難しい。

「良いものはたくさん観ればいい、真似なくていい」と思うかもしれないが、観るのと真似るのとでは取り込めるものに雲泥の差がある。冷静に考えて、「良いものを真似してみる」という行為そのものは尊いことだ。そうやって人は人から学んできた。

人のものを真似しちゃダメなんだというところまでまるっとひっくるめて冒頭の行為を否定してしまうと、良いものに真似ぶ行為いっさいに手を出せなくなる。すると初心者が、初手からいきなりオリジナリティあるものを作り出すお題を抱え込む。それでは一歩も踏み出せずにおじけづいてしまう人も出てくる。そんなの、むちゃな話だし、それを求める人も自分がさんざん先人のやり方を真似して生きてきたことに対して無自覚すぎるのではないかとも思う。

良くできているなぁと思うものを真似すること自体、腕を磨くトレーニング法として否定される筋合いはない。手を動かして真似てみないと気づけない職人の技というのが、良い作品にはたくさん詰まっている。

何の道具を使って、どこの線をどう表現したら、この絵が再現できるのか。どうしたら、この色が出るのか。ここに壁の傷を描いたのはどうしてなのか。光のあたり方は、なぜこうなっているんだろう。ここに陰影をつけることで、何を印象づけたかったのか。なぜ被写体をこういう表情・姿勢にしたのか。この構図を決めるには、最初にどういう思案があったのだろう。美術館を訪れる人が一枚の絵にかける時間は平均17秒だそうだが(*1)、そうやって観るだけでは気づけないものが模写する体験の中にはたくさんある。

文章だって、ポール・オースターが「幽霊たち」(*2)の中で

書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない

と書いているのを読んだときは、んな無茶な…と思ったが、実際に部分的でも自分の心に刺さったところの文章を書き写してみると、なぜこの言葉を選んだのか、なぜこういう比喩表現を作り出せたのか、これを伝えるためにもってきたエピソードがこれとは見事だなと、文章を書く行為を追体験したからこその感嘆ポイントに遭遇することがある。

もちろん、真似する中で何をどこまで発見するか、何を受け止めるかは人によって千差万別。表層的な再現に留まる人もあれば、なぜ作者はここでこういう作り方を選んだのだろうといくらでも掘り下げて再現性あるスキルとして自分に取り込む人もある。「きっとこういう意図があったんじゃないか」とか「自分も、こういうときには、こういうアプローチをとってみよう」とか仮説立てて考えている時点で、それは作者の模倣行為から離れて、自分独自の学びの世界に足を踏み出しているとも言える。

教科書、参考書、入門書で学ぶところのさまざまな分野の「一般的な型」も、これと同じように思う。まずは型通りやってみる、型を覚える、型通りできるようになるという足場づくりは、たいそう意義深い学習ステップだ。

佐渡島庸平さんが著書(*3)の中で、型とオリジナリティの関係をこのように書いているのが刺さった。

こうして型を更新したときに現れたものこそが、「オリジナリティ」だ。逆に、型のないまま、自己流だけでたどり着くのは、大抵、もうすでにある型の劣化版だったりする。

オリジナリティとは、型がないのではない。型と型を組み合わせるときに生まれる。いかに遠い型と型を組み合わせるかが革新を生み出す。だから、「革新は、辺境から生まれる」と言われるのだ。オリジナリティがあるものをつくるためには、型を携えて、辺境へ行く必要がある。

型によって「伝わる」が担保される。その型の中に、書く人の「記憶」が詰め込まれる。その記憶の部分に個性が宿る。

オリジナリティにこだわって、真似ることを嫌う人が、型を使わずに自由に語ろうとする。すると、とにかく、伝わらない。そうではなくて、自分が語りたい記憶・体験を物語の型に入れて話すから伝わるのだ。

オリジナリティって、そんなに気張らず、ゆっくり着実に育てていったらいいんだ、いけるものなんだ。そういう考え方は、平凡な自分を大いに励ましてくれた。

*1:エイミー・E・ハーマン「観察力を磨く名画読解」(早川書房)
*2:ポール・オースター「幽霊たち」(新潮社)
*3:佐渡島庸平「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(SBクリエイティブ)

2022-04-24

赤と青とエスキース、作る心、作り手の心

この小説は、読んで良かったなぁ。青山美智子さんの「赤と青とエスキース」。そろそろ小説が足りないと体がピコピコ言いだしたので、気分で手に取ってみた。紹介文もレビューも読まず、ページをめくり出す。恋愛小説?と思いきや、それで終わらない。短編集?と思いきや、次へ、次へとバトンを渡しながら、「エスキース」と題する絵の存在、「エスキース」を描く行為の奥行きが深まっていく。

エスキースとは、下絵のこと。画家が本番を描く前に、いったんイメージを落とし込むものだそう。「漫画でいうネームみたいなことか」というセリフが出てくるが、画家や漫画家にかぎらず「作る」という行為に勤しんでいる人であれば、自分の活動でいうと「あの時間、あの工程か」と結びつけられる下準備のプロセスはありそうである。

そして、それは「作る」という行為の中で本来的に最もいきいきとする時間、作る面白さを覚える工程の一つではないかしら。

この小説には、そういう作り手の心の躍動が、丹念に書き表されている。私はそこに一番惹かれた。

画家は、こう言う。

構図を考えてるんだ。君をどれくらいの大きさに、どんなふうに紙にのせようかって。実際に描く前に、イメージの中で遊ぶのが好きなんだ。たぶん、このときが一番、頭の中で完璧な傑作が出来上がってる。

漫画家は、こう言う。

体感的には、ここが一番おもしろいよな。頭ん中にあるイメージが、わあっと手からあふれ出てきて、紙の上で踊りはじめて。誰があーしてこーして、こう言って、こういう構図で、場面展開でって。描き直しなんか何度だってきくから失敗したってかまわねえ。自由に鉛筆を走らせて

私は芸術作品を作っているわけじゃないけれど、何かを構想するときには、とりあえず粗い図を描くとか、ざっくり言葉に書き起こしてみるというのは、よくやる。いったん頭の中に漠然とあるものを、自分の外に出してみて、いくらかでも具体的な形を与えて観察できる状態にしてみる。そうすると必ず「粗いな」「ちょっと違うな」「こうじゃなくて、こういう軸の引き方もあるかな」など自分突っ込みが入る、入らないことがない。それで書き足したり、書き直したりする。作るって、こういう時間のことだよなと思う。

何の作り手であれ、丁寧に何かを作っていく過程では、「本番を作る前に」とわりきって、「描き直しも書き直しも上等よ」とわりきって、人の目を気にせず自由に、下絵を描くという過程をもっているものなのだよな。

「できるだけ効率的に」「最初から本番と思って、うまいこと一回で」なんて思わずに。それって、より良いものを作るためにって作用を期待するところもあるけれど、もっと根本に立ち返ると「作る」という活動の本来的な面白さをはずさない、とりあげないってことなのかもって思った。

でもね、描いているうちに、自分でも予想できないことが起きるんだ。筆が勝手に動いたり、偶発的な芸術が生まれたり。思ったとおりにすらすら描けたらそりゃあ気持ちいいだろうけど、どちらかというとそっちのほうがおもしろくて、絵を描くことがやめられない。たとえ完璧じゃなくても

奔放に、無邪気に、面白がって、描き散らかしてみる、描き直したかったら何度でも描き直せばいいというスタンスで下絵を描く。そうすることで、偶発的な何かに出会う。描き出さなければ、その偶発性には出会えないし、最初から「本番」と思って描き出せば、その偶発性を快く受け止めることはできないだろう、無視して強行突破してやり過ごしてしまうのではないか。

形にして見せないと、知ることもできない

額の職人が放つ一言が、なかなか丸ごとわかったと言えるには至らぬまま。だけど、誰かに見せるのじゃなくて、まずは自分に対して「形にして見せないと、知ることもできない」というのは体験的にすごく腑に落ちる。まずは、そこから。

不思議なことに絵画は、たくさんの人に見られて、たくさんの人に愛されていくうちに、勝手にどんどん成長していく気がするのだ。描き手から離れたあと、自ずと力がついていくような。あれはなんなのだろう。芸術作品はみな、人々の目に映ること、心に住むことで、息吹いていくものなのかもしれない。発する側ではなく受けた側が何かに込める祈りや念のようなものを、私はシンプルに感じ取っている。

作品が作品を呼ぶ。誰かの作る行為が、誰かの作る行為を連鎖的に作り出していくこと。そのことの尊さを思う。小説も、そうだろう。私はこの小説を「受けた側として」、自分が何を祈り、何に尽くしたいと思っているのかを感じ取った。私はやっぱり、作り手のサポーターとして尽力したい。私のこの熱を、どう形にしていいかは、いまだ手探り状態のままだけど、エスキースを描きだす手を止めてはならない。

*青山美智子「赤と青とエスキース」(PHP研究所)

2022-04-18

怒りに優しく、大切にしたいものを観る

怒りについて、話を聴いていた。こんなことがあって、どうにも怒りがおさまらなくて、その感情を落ち着かせるのにけっこう時間がかかって、何日も消えなくて、そのうちいつまでもこだわり続けている自分に嫌気が差してきて。

私はその話を、その心をさするように聴いた。聴いているとき、人が「怒り」を感じているときに注意を向けている対象とは何かという佐渡島庸平さんの著書(*1)の中の一節が、頭に浮かんだ。予防医学研究者の石川善樹氏によれば、

「怒り」というのは、大切なものがおびやかされることに注意が向いている状態だそうだ。自分の価値観が否定される、というときに怒りはわきやすい。また「悲しみ」は「ないもの」に注意が向いている状態だという。

話を聴きながら、あぁだから私はこの怒りを、静かに心さするようにして受け止めたいと思うのだなぁと合点がいった。その人が大切にしたいものが話の中に汲み取れたし、それが尊いものだと私も価値観をともにしていた。暗黙的であれども、吐露される感情とともに、語られぬその人の価値観も汲みながら、人の話って聴いているものなんだなと思った。

その怒りは悪くない、とがめなくていい。感情そのものに、いいも悪いもないし、怒りを感じる自分そのものを否定しにかからなくていい。どう対処するかは別として、そこに生まれた怒りは尊いものとして認めていいんじゃないか。そう思いながら、大事に話を聴いた。

先の本には、こんな一節もあった。

感情の中に、感じてはいけないものはない。ずっと幸せを感じているのがいい、とも限らない。むしろ、たくさんの感情を感じたほうがいい。避けたほうがいいのは、一つの感情に浸って、ずっとその感情に支配されてしまうことだ。全ての物事に複数の解釈が可能なように、感情が一つに支配されているというのは、解釈が固定化されているということ。全ての感情は、ヒトが生き延びるために大切な感情で、全てを感じているほうがいい。

一つの感情に飲み込まれずに、複数の感情を、複数の解釈を、複数の視点をもてればいい。ほんと、そう思う。

佐渡島庸平さんは、怒りに限らず「感情」について、こんな表し方をしている。

感情とは、自分が今、何に注意を向けているのか、を自覚するツールだということができる。

そして次のように、いろいろな感情を挙げて、それぞれ「人が何に注意を向けている状態か」を提示している。


  • 不安:わからないものに対して、注意が向いている
  • 恐怖:手に負えないものに、注意が向いている
  • 悲しみ:無いことに、注意が向いている
  • 怒り:大切なものがおびやかされることに、注意が向いている
  • 喜び:獲得したことに、注意が向いている
  • 安らぎ:満たされていることに、注意が向いている

鈴木伸一氏「不安症をどのように凌ぐか 不安の医学」第23回都民講演会(2016)を参考にしているとのこと。

左に並べた感情を覚えたとき、右側を問うてみる。「自分が何に注意を向けているか」を探り当ててみる。そういう観点で解釈を試みることで気持ちはほぐされ、一つの感情に飲み込まれた状態から解放できるのではないか。感情の選択ができるようになるのではないか。最初に抱いた感情をすっかり手放すことは難しいかもしれない。けれど、

一つの出来事に対して、たった一つの感情にしかなれないことはない

として佐渡島さんは「複数の感情をもって、対象を見るクセをつけるようにする」ことを勧める。複数の感情で、その出来事を受け止められるようにできれば、だいぶ風通しが良くなる。けっこう使えそうではないかしら。怒りに優しく、感情に優しく。

*1:佐渡島庸平「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(SBクリエイティブ)

2022-02-01

「気持ち悪さ」を原動力にする

カリフォルニア大学バークレー校教授の村山斉さんが著した「宇宙はなぜ美しいのか」という新書を、きわめて文学的に読んだ。最初からその気だったわけじゃない。単に私の「理科を読む力」が乏しかったからにすぎないのだが、結果的に「物理学者ってこんなふうに宇宙を探究するのかぁ」という心もようをたどる読み方になった(なので細かいことは理解できていない、流し読んだと言わざるを得ない…)。

いちばん面白かったのは、“物理学者を驚かせた「気持ちの悪い」観測結果”という一節だ(宇宙をたしなむ人には、よく知られたことなのだろうが)。

宇宙は膨張している。その膨張速度はずっと「減速している」と考えられてきた。その減速の度合いを調べる目的で観測をしてみたら、なんと70億年ほど前から「加速している」ことがわかって、びっくり!という話である。わかったのは1998年だから、たかだか20年ちょい前のこと。

138億年前のビッグバン直後、膨張速度が少しずつ減速していたことは観測で確かめられていた。ところが70億年ほど前から、それが加速に転じているとわかった。物理学者の間では、なんで、なんで?と相なった。ここに添えられた著者の例えが秀逸。

空に向かって投げ上げたボールが、最初は徐々に減速したのに、途中からスピードを上げたのと同じことです。そんなことが起きたら、誰でも「気持ち悪い」と思うはずです。

そう、この本は著者の持ち出す例えが、一般の人にもわかりやすいよう練りに練られていて、その手腕にも、いちいち脱帽なのだ。

で、これは物理学者にとってもひどく気持ちの悪い観測結果だったそうで、

膨張速度は宇宙にある物質の重力によって決まるはずなので、減速することはあっても加速することなど考えられません。それが事実ならば、重力で引っ張られるよりも大きな力で、何かが宇宙膨張を後押ししていることになります。その「何か」の正体はまだまったくわかっていませんが(続く)

なので加速がそのまま続くのかどうかもわからないし、途中で減速に転じる可能性もある。わからん。そこに物理学者は「気持ち悪さ」を感じる。「気持ち悪さ」を解消すべく、仮説を立てて実証しようとする。

この「気持ち悪さ」の対極に、物理学者の「美意識」が見出せる。表裏一体と言ってもいいかもしれない。

物理学者は、別々に考えられていたものが「同じ」であるとわかったとき、一種の美しさを感じる。「一つの法則でたくさんの事象を説明できる理論」「一見すると無関係に思える現象が同じ法則にしたがっているということ」を美しいと感じ、そうした統一理論を追究する。「できることなら自然界の森羅万象をたったひとつの統一理論で説明したいと願っている」と言う。

物理学者が「美しい」と感じるのは、「高い対称性」「簡潔さ(統一理論)」「自然さ(安定感)」。多少の差はあれども、人はその美意識を共有しているようにも思う。

カラー写真で彩られる宇宙の美しさもさることながら、この美意識を腹にもちながら、さまざまな事象に出くわしては「なんか気持ち悪いよね」と感じることが、創造的な活動の原動力になっている人の尊さに、感じ入ってしまう読書体験だった。

「気持ち悪い」「わからない」と思うだけで止まっちゃうのって、もったいないよなと思わせてくれる。もう少し解釈を広げてみるなら、一見「負の感情」に思えるような、落ち込んだり凹んだり傷ついたりなんだりも、自分なりの創造活動のエネルギーに転じていける、転じていきたいよなって思わせてくれる本で、ちょっと元気ない1月を過ごしていた中で元気をもらった。「なるほど、わからん」な、私の理科を読む力の著しい欠如も、別のものをつかむ原動力に転じたと言えよう。

*村山斉「宇宙はなぜ美しいのか 究極の「宇宙の法則」を目指して」(幻冬舎)

2021-09-17

完全を求める愚かと不自然

村上春樹の長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだ。昭和60年(1985年)の作品なのだけど、なんだか機会を逸してずっと読んでいなかったので最近読んでみた。いやぁ、良かったなぁ。

もっと前に読んでおけば良かったと一瞬思ったけれど、いや今が1回目でちょうどいいくらいじゃないか、おまえさんには…と思い直した。村上春樹の作品を読みだした20年くらい前に読んでも、こんなふうに物語に埋め込まれたものを読み取ることはできなかっただろうし、こんなふうに主人公に共鳴したり境遇を重ね合わせて心を鷲づかみにされる感情体験は得られなかっただろう。

そう考えれば、自分がこの20年で負ったさまざまな心の痛みも、今もひりひりして時々すりすりしている思いも、意味のあるものに感じられてくる。ここにあるものなくして、この物語をこんなふうに味わうことは叶わなかったのだと思えば、曲がり角であちこち傷つくってきた経験こそ、私が人生で得た収穫とも解釈可能になるのだ。物語の力ってすごい。やっぱり人は、事実単体ではなくて、それをエッセンスに取り入れた物語を通して人生を生き、解釈し、味わっているのだと痛感する。

今回読み終えた後に、自分が折り目をつけたページを読み直してみると、「世界の終り」の章で「影」が僕に説いていることと、「ハードボイルド・ワンダーランド」の章で「老博士」が私に説いていること、ふたりが同じことを話しているのに気づいた。そして同じことを話している両方に、自分が感じいって折り目をつけていることに気づいた。

人は、過去の記憶を失おうが、自発的に何かする気力を損ねていようが、「自然とこうする、こうはしない」という行動原理を皆もっている。そして、それは人によって違う。この思考システムの独自性がアイデンティティーであり、もっと平易に言えば心のことだ。

世界の終りで、影は僕にこう言う。

心というものはそれ自体が行動原理を持っている。それがすなわち自己さ。

ハードボイルド・ワンダーランドで、老博士は私にこう言う。

人間ひとりひとりはそれぞれの原理に基づいて行動をしておるです。誰一人として同じ人間はおらん。なんというか、要するにアイデンティティーの問題ですな。アイデンティティーとは何か? 一人ひとりの人間の過去の体験の記憶の集積によってもたらされた思考システムの独自性のことです。もっと簡単に心と呼んでもよろしい。人それぞれ同じ心というのはひとつとしてない。

一方で人間は、その自分の思考システムのほとんどを把握していない。把握していなくても無意識にそうしている、という行動がたくさんある。多くの行動は、自分の意識のコントロール下になく無意識に選ばれている。

老博士は、こう続ける。

しかし人間はその自分の思考システムの殆んどを把握してはおらんです。私もそうだし、あんたもしかり。我々がそれらについてきちんと把握しているーーあるいは把握していると推察される部分は全体の十五分の一から二十分の一というあたりにすぎんのです。これでは氷山の一角とすら呼べん。

そこで私は、こう切り返す。

話の筋はわかります。しかしですね、行動の様式を現実的で表層的な行為の決定にまで敷衍(ふえん)することはできない。たとえば朝起きてパンと一緒にミルクを飲むかコーヒーを飲むか紅茶を飲むか、これは気分しだいではないのですか?

これに老博士は「実にまったく」と応じる。人の行動様式は、人の行動すべてを決定づけるものではない。その時どきで、ある行動を選んだり、別の行動を選んだり、何もしなかったりと行為を変化させる。

人は日々いろんなことを体験して行動様式を変化させていくし、さほど固定した行動様式をもたない、その時どきの気分や状況次第で行動を変える事柄もある。意識的にそうすることもあれば、無意識にしていることもある。

人の心、人の行動とは、そういうものなんだという前提は、きわめて重要なことだ。自分であれ、他人であれ、これを一つに固定してみるとか、ずっと変わらないものと決めつけてかかるとか、自分が多くを把握していてコントロールできるとみるのは、きわめて浅はかなことだ。

それは、「不完全さ」にも通じているように思う。

完全さというのはこの世には存在しない

と、影が僕に言う。私たちは不完全で、不完全な世界に生きている。だから変化のしようがある。変化する可能性をもつ。

不完全な世界に完全さを求めれば、必ず死角が生まれる。完全な世界を作ろうとすれば、そこには不完全なものを追い出す「壁」が必要になる。壁を作って、その中に完全な「街」を作る。そこに住み、その環境の維持に努めれば、その中では穏やかな安定が確保できるかもしれない。

でも「壁を作って、その中に街を作る」と、必ず「街の外」ができる。作らなくても、できる。その二項対立の関係からは、決して逃れられない。

だから、それが嫌な場合、街の中の人は「街の外」を見ないことにする、認めないことにする、無視する、排除するといったことを、やらざるをえなくなる。意識的であれ無意識であれ。そして心は変化を拒み、固定的に物事をとらえて、可能性を切り捨てるようになる。死角が生まれ、誤認が増え、「不完全さの中に成り立つ完全さ」という構図が見えなくなる。

私は、そういうのがダメだ。まったく受けつけないのだ。不自然なものがダメなのだ。そして決定的にダメなのは、その街の中では心が存在しえないことだ。私は心の生き物だ。穏やかな安定の中で心が不活性化して、いずれなくなり、心が通うということもなくなってしまうというのが、もうどうしたってダメだ。ということを、この物語を読みながら痛切に思った。

誰も傷つけあわないし、誰も憎みあわないし、欲望を持たない。みんな充ち足りて、平和に暮している。何故だと思う?それは心というものを持たないからだよ。(略)この街の完全さは心を失くすことで成立しているんだ

街の外は、心通ったり通わなかったりする、ずきずきしたり、ひりひりしたりすることも多いけれど、その混沌とした不完全を前提とした世界を私は自然に思うし、私は自分が自然と思う場所で生きていきたい。不完全で不穏な世界の中にこそ変化の可能性があり、その動きの中にこそ心の活性があるのだから、それを大事に生きていくほかない。そして閉じた街に迷い込んだときには体がびくっと反応して不自然さを覚え、街の外に出られる野生の感覚を持ち続けていたい。

戦いや憎しみや欲望がないということはつまりその逆のものがないということでもある。それは喜びであり、至福であり、愛情だ。絶望があり幻滅があり哀しみがあればこそ、そこに喜びが生まれるんだ。絶望のない至福なんてものはどこにもない。それが俺の言う自然ということさ

*村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮社)

2021-08-31

「均衡を保つ」という大仕事

小説を読んでいると、何か思うより先に一筋の涙が頬をつたっていて、なぜ泣いた?と事後的に確認作業にあたることがある。もう一度その辺りを読み直してみて、意識より先に心奥が反応した場所を探りあてる。村上春樹の「1Q84」(*1)を読んでいて、それが起きたのはここだった。

「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」と男は言った。「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。ひとつの善は次の瞬間には悪に転換するかもしれない。逆もある。(中略)重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。どちらかに傾き過ぎると、現実のモラルを維持することがむずかしくなる。そう、均衡そのものが善なのだ。

気がついたら、泣いていた。自分は「均衡」に対する思い入れが強い。場の均衡を保つために、歯を食いしばって涙をのんだこともあれば、率先して人前で意見したことも。何が私を黙らせたのか、突き動かしたのか、もとをたどると「場の均衡を保つため」だったと思う例が少なくない。

均衡を保つというのは、実際やろうとすると、大変な大仕事である。全身全霊でやらないとできない。

そのことについて、あれこれもやもや考えたことを整理しようと試みつつメモったことを書き残すが、整理はまったくつかなかった…。

1)時間経過で、善悪は入れ替わる

まず、時間経過とともに善悪が転じうるとすれば、その転換が起きたとき、それに気づけないといけない。そのためには教養が必要になる。動き回る善と悪とのバランスが崩れ始めたとき、それに気づくためには、自分が物心ついてから何十年だか目の前で常識とされてきたことを絶対視しない状態をつくっておかないといけない。

山口周さんは、そこに教養をもつ意味があると、著書の中で説いていた。人は「目の前の常識を絶対的なものだと考えがち」であり、「厚い知識ストックを持つことで、目の前の常識を相対化できる」というようなことを書いていて、なるほどなと思ったメモが手元に残っている。これは、なにぶんこれまでの蓄えが少ないので、のんびり一生養っていくしかないけれど…。

ともかく、人は時間の経過から逃れられない。生きているかぎり、時間の進行にのっかって活動する。そこには必ず変化が加わる。時間も、時間経過による変化も、人には止められない。いくらかの抵抗はできても、完全に変化を静止して固定する力はもたない。人の体も脳も心も変わり続けるし、社会の構造も自然界のありようも変化する。それに気づいて適応できないといけない。

私は、道を歩いている間に雨がやんだら、それに気づいて傘を閉じたい。空を見上げて歩きたい。変化に気づいて、それに適応して生きていきたい。均衡を保つためには、変化に気づいて動的に適応できないといけない。話、つながっているかな(不安…)。

2)場所や立場の違いで、とらえ方は変わる

たとえ同じ時間の中にあっても、場所や立場によって、善悪のとらえ方は異なる。自分の側から見たそれと、あちら側から見たそれでは、見え方が違う。「1Q84」の中では、あゆみが青豆(主人公の一人)にかける、こんな言葉がある。

「世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ」

人は、一つの場所にしか存在できないし、一つの立場しかとれない。いろんな視点をもとうと努めることはできても、限界がある。物理的に自分がいられる場所は一箇所だ。たいてい、こちら側からみる景色のほうが鮮明で、向こう側からみる景色は想像の域。こちら側がおかれた環境には詳しく、向こう側がおかれた環境を十分に推し量ることは難しい。そこには当然、双方の闘いも生まれやすい。

一方で、人は複雑な環境の中で生きている。あることで加害者と被害者の立場に2人を分けてみても、また別の枠組みでみれば、加害者は何かの被害者でありうるし、一人の人間をそう簡単に1つのラベルづけで決着はできない。みんな、いろんな場所で、いろんな立場、背景、環境を複雑にからませて生きていて、結果責任を負っている。

こちらでは雨は止んでいても、向こうはまだ土砂降りかもしれない。こちらは雨あがれば万事OKでも、向こうでは川の氾濫や土砂崩れの心配がしばらく続くかもしれない。こちらは自分のことだけで済むかもしれないが、向こうは家族の世話、近所の見回り、仕事の特別なケアが必要かもしれない。話、つながっているのか(不安高まる)。

3)個性による価値判断の違いも

人の個性によっても、善悪の価値観、快・不快は違うし、信頼をおくもの、大事にしたいものには違いがある。自分とは違うものを他者がもっている、そのことを受け入れて、それはそれとして尊重する構えをとらないことには、世の中どうにも収拾がつかない。

やまだようこ氏の「ナラティブ研究 語りの共同生成」(*2)の言葉を引けば、

真実を一つとみなさないで、立場によって多様で多声的な見方があると考える

集約・到達・追求すべき「一つの善」があるという前提で世界を見だしたら行き詰まってしまう。いろいろあって、1つにはまとまらない前提で、均衡を保つこと。それが善を成り立たせる唯一の道のように思える。

傘さしっぱなしで何が悪い、むしろしばらく傘をさして雨の終わりを名残惜しんで歩きたい人もいて、それはそれで構わない。親切心で「雨やんでますよ」と声をかけるのが善か、かけないのが善か、答えは一つじゃない。もはや話が迷走しすぎて引き返す術もない(ので書き続ける)。

4)自然界にあふれる二項対立の概念

人間という生き物を含めた自然界には、二項対立した概念がある。二項対立というのは、「二つの概念が存在しており、それらが互いに矛盾や対立をしている一対の関係にあること」というのが辞書的な意味。

例えば陸と海。陸がなければ海という概念も成り立たない。1つだけでは、2つを区別する言葉は生起せず、そのコンセプトは成り立たない。そういうものが、自然界にはたくさんある。たくさんあるといえばいいのか、そういうものに対して人間が言葉を与えたといえばいいのか。

昼と夜、天と地、光と影、明と暗、運動と静止、生と死、白と黒、オスとメス、もっと人間社会に寄せると、善と悪、正と誤、自と他、愛と憎、表と裏、内と外、先と後、前と後ろ、右と左とか。

「1Q84」でいうと、先ほどの「男」が青豆に、こんな話をする。

「光があるところには影がなくてはならないし、影のあるところには光がなくてはならない。光のない影はなく、また影のない光はない。カール・ユングはある本の中でこのようなことを語っている。『影は、我々人間が前向きな存在であるのと同じくらい、よこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影は暗くよこしまで破壊的になろうとする意思を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、影は地獄に降りて悪魔となる。なぜならばこの自然界において、人が自分自身以上のものになることは、自分自身以下のものになるのと同じくらい罪深いことであるからだ』

5)二項対立する概念の間には、補償関係が働いている

大事なことは、二項対立する概念の間に、補償関係があること。そのようにして、均衡は維持されるようにできている。

しかし大事なのは、彼らが善であれ悪であれ、光であれ影であれ、その力がふるわれようとする時、そこには必ず補償作用が生まれるということだ。(中略)そのようにして均衡が維持された。

自然界も、人も、2者の一方だけを追求しているとどこかで無理がくる。そして、均衡を維持する作用が働く。みんな、光も影ももっている。明のときもあれば、暗のときもある。一貫してずっと光の中にはいられない。無視していれば、いずれ影が勝手に暴れだす。一方で、影しかもたない人もいなくて、影を裏返してみれば、そこにはその人の光を探り当てることができる。

私はそういう前提で、人のサポートという仕事に関わりたい。必要ないときに、支援などいらない。でも入用なタイミングがあれば、そのときに働きたい。暗い中に光を探したいし、強い人の脆さを認めたいし、完璧じゃないところにゴールをつくり出したい。話がずいぶん混迷をきわめてきたな。なんで、こんなことを考えるんだろうな。やれやれだなぁ。まぁ、とりあえずメモできたからいいや。

*1: 村上春樹「1Q84」(新潮社)
*2: やまだようこ「ナラティブ研究 語りの共同生成」(新曜社)

2021-08-29

物語に埋め込まれた、もの語りの役目

8月は熱心に、村上春樹の「1Q84」(*1)を読んだ。3冊あわせて1,600ページに及ぶ長編小説。出版された直後にBOOK1、2は読んでいたのだけど、BOOK3が出るまで期間があいたので、そこで止まってしまっていたのを今回まとめて一気読みした。といっても、私は本を読むのが遅いので、読み終わるまでけっこうな日数をかけたけれど、毎日飽くことなく続きを読んでいるうち終わりに到達した。

読み進めながら改めて思ったのは、私が村上春樹の小説から読み取っているのは、ストーリーの行方というより、物語の文中に村上春樹が何を埋め込んでいるかなんだなということ。ゆえに結論BOOK3でどうなるか、どう話が着地するのかにさほど重きはなく、3冊の中のあちらこちらに埋め込まれた示唆に立ち止まっては、拾い集め、自分の中の何かに結びつけて咀嚼する、そこにこそ読み応えを感じているようなのだった。

「1Q84」の中には、この点でも考えさせられるところがあった。この小説の中には『空気さなぎ』という小説が出てくるのだけど、この作品を批評家の一人が、こう書評する一節がある。

「物語としてはとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していくのだが、空気さなぎとは何か、リトル・ピープルとは何かということになると、我々は最後までミステリアスな疑問符のプールの中に取り残されたままになる。あるいはそれこそが著者の意図したことなのかもしれないが、そのような姿勢を<作家の怠慢>と受け取る読者は決して少なくないはずだ。(略)」

これを読んだ天吾(主人公の一人)は首をひねる。

「物語としてはとても面白くできているし、最後までぐいぐいと読者を牽引していく」ことに作家がもし成功しているとしたら、その作家を怠慢と呼ぶことは誰にもできないのではないか。

立ち止まって、ここのところを読み返してみると、これは村上春樹が「1Q84」という物語において、1Q84とは何か、空気さなぎとは何か、リトル・ピープルとは何かについて説明的な結論をつけず、読者をミステリアスな疑問符のプールに浮かばせたまま小説を終えたことと重ねて読める気もしてくる。

それは作家の怠慢か。もしかして読者の怠慢なのでは?とも思われてくるのだった。作家が読者に期待するところとも、言い換えられるかもしれない。残された疑問符を引き取って、それをどうするもしないも、それは読者の役目なのではないかと(私の勝手な解釈だが)。

また別の箇所には、「物語の役目」を率直に示す文も出てくる。

物語の役目は、おおまかな言い方をすれば、ひとつの問題をべつのかたちに置き換えることである。そしてその移動の質や方向性によって、解答のあり方が物語的に示唆される。天吾はその示唆を手に、現実の世界に戻ってくる。それは理解できない呪文が書かれた紙片のようなものだ。時として整合性を欠いており、すぐに実際的な役には立たない。しかしそれは可能性を含んでいる。いつか自分はその呪文を解くことができるかもしれない。そんな可能性が彼の心を、奥の方からじんわりと温めてくれる。

天吾を読者に読みかえれば、「読者はその示唆を手に、現実の世界に戻ってくる」と、私ごとにすることもできる。物語に埋め込まれた可能性を読み取り、心温め、自分で呪文を解く力に転換していって自分の現実世界で生きるのが、読者の役目とも思える。

天吾は、数学を得意とし、小説家を志す30歳の男性。数学の世界と物語の世界に通じる彼は、「数学」と対比する形で「物語」の、脆弱な整合性と、強みとなりうる可能性をとらえる。

数学と対比して、もの語り(ナラティヴ)の意義を解く文章は、別のところでも最近読んだ。やまだようこ氏の「ナラティブ研究 語りの共同生成」(*2)に書いてあったことが、これと符合するように思い出された。

この本によれば、心理学者のヴィゴツキー氏は次のような問いを立てたという。

「なぜ、芸術家は、出来事の単純な年代順の配列に満足しないのだろうか?なぜ、もの語りの直線的展開を避けて、二点の最短距離を進むかわりに曲線を好むのだろうか?」

なかなか色っぽい問いの立て方をするなぁと感服しながら読んだのだ。「1Q84」の中でも、時間について、人は「便宜的にそれを直線として認識」しているだけで、あるいは「ねじりドーナツみたいなかたちをしているのかもしれない」という話が出てきたことを思い出す。

ヴィゴツキーの問いを引き合いに出して、やまだようこ氏は「数学」と「もの語り」を比べてみせる。

数学的には、年代順に並べ、最短距離をむすぶほうが効率がよいでしょう。(中略)しかし、人間は数学的に生きているよりは、もの語り的な意味の世界に生きています。もの語りとして意味をもつ「連結」「構成」のルールは、数学的合理性をもつとは限りませんが、もの語り的合理性はあるはずです。

やまだようこ氏は、もの語りを「二つ以上の出来事を結びつけて筋立てる行為」と定義して、「事実は変えられないが、もの語りの意味は変えられる」と解く。

人間は、ナラティヴによって個々の行動を選択し、構成し、経験として組織し、出来事を意味づけている。個々の出来事や要素が同じでも、それをどのように関連づけ、組織立て、筋立て、編集するかによって、人生の意味は大きく変化する。また、もの語りは、完成品ではなく、たえず語り直しがなされ、構成と再構成を続けるとみなされる。

一つの出来事に続ける文が「〜ということがあった。だから自分は(ネガティブな見解)だ」とするのも、「〜ということがあった。だから自分は(ポジティブな見解)だ」とするのも自由。同じ出来事に、いろんな解釈を続ける自由があるし、一度どちらかに方向づけた解釈も結論も、別のかたちに変化させる自由と可能性を誰しも持っている。接続詞を「だから〜」から「それでも〜」とか「だが、しかし〜」に順接・逆説を行き来させることだって自在だし、「〜ということがあった」という出来事をどれくらい重視するか軽視するかだって変えられる。その変幻自在性を発揮できることこそ、人間の営みの最たる魅力の一つだよなぁと思う。

自分の生業として、私はこの可能性にかかわっていきたいんだよな。人の話を聴くのがおもしろいのも、人とじっくり話しこむ中で別の解釈が出てきたり、意味が深まったり広がったりポジティブに転じていくのも有意義。そういうところで仕事をしていきたいし、そういう底力を鍛錬していくのに小説を読むことはすごくよく作用するんだよな、とも思う。

*1: 村上春樹「1Q84」(新潮社)
*2: やまだようこ「ナラティブ研究 語りの共同生成」(新曜社)

2021-07-28

「もしかして灰田が消えたのは1995年3月!?」という迷走の一部始終

これはもう、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を再読するしかなかろうという気分に追い込まれて、週末に読みふけった。主人公つくるの自己像は、自分のそれと重なるところが多いのだ。つくるの描写を通して自分をとらえ直せるところが多分にあって、私にはとっておきの小説である。

さて一気読みした後、せっかく再読したのだからと、泳いだり走ったりちょっとした時間に、この本の未解決事項に思いめぐらせてみた。この小説は、「結局どうなったの?」「で、どういうことだったの?」という事柄を多く含んだまま終わる。読者によっては「粗い」「完成度が低い」と評する声もあるけれど、その一方「推理小説じゃあるまいし、なんでもかんでも回収される、解明されると思うなよっ」という気もする。

彼の意識のキャビネットの「未決」の抽斗に深くしまい込まれている問題のひとつだ。

なんて、あえて「未決」という言葉を刻み込んでもいるし。再読してみて思うに、意図的な未決も、意図せぬ粗も、どっちも含んでいるってことなのかもなって個人的感想をもった。

が、とすると、だ。完成度が低いんじゃなくて、作者があえて曖昧なままに終わらせただろうところに関心が向くのが、しがない1読者として健全である。

じゃあ村上春樹が「それは皆さんのご想像にお任せします」と、意図的に書かなかった事の顛末があるとして、いちばん私が気になるのはなんだろうな。なんて思い巡らしていると、あれとこれがばさっと頭の中で関連づいて、身も心もばさっとベッドから飛び起きた。

私が気になる一番は、大学時代に主人公つくるの前から忽然と姿を消してしまった大学1年生の「灰田がその後どうなったか」だ。それと、改めて読んでみて違和感を覚えた、物語の終盤も終盤で、1995年3月に起きた地下鉄サリン事件のことを、唐突に持ち出してきたのは、どんな意味があるんだろう問題がリンクした。

もしそんな極端に混雑した駅や列車が、狂信的な組織的テロリストたちの攻撃の的にされたら、致命的な事態がもたらされることに疑いの余地はない。(中略)そしてその悪夢は一九九五年の春に東京で実際に起こったことなのだ。

確かに、主人公は駅を作る職業だし、物語を通して「駅」や「電車」は大事な存在として位置づけられている。けれど、あれほど物語の終盤になって、東京の混雑した駅の異常さについて行数を割いて語り、1995年春の事件に言及するのには、ちょっと唐突感を覚えた。相応のワケがないとおかしい。この一節は、つくるの物語世界と読者の現実世界をつなげるように、村上春樹が大事な意味をもってそこに置いたように読めた。

それが灰田の行方とつながって、仮説がひらめいた。もしかして、灰田がつくるの前から消えてしまったのは、この1995年3月の事件に巻き込まれたってことなのでは!?と。いや、巻き込まれたって断定はしない。しないけれども、あるいはそういうことが背景にあったかもしれない、なかったかもしれないという話なのでは?と。

そう思い立つと、いても立ってもいられず、関連するページを再びわわわーっとめくり直して確認した。

まず、大前提を置く。地下鉄サリン事件は1995年3月20日に起きた。

村上春樹はこの事件について、被害者など62人の関係者を訪ね、丹念なインタビュー取材をして、事件2年後の1997年3月に「アンダーグラウンド」というノンフィクション作品を出している。事件への思い入れは相当である。

では、物語のほうの時間軸と照合してみよう。

つくるが灰田と出会って親しくなったのは、つくるが大学3年生、灰田が大学1年生のとき。つくるが最後に灰田と会ったのは、その学年末の「2月末」とある。灰田は「2週間ばかり秋田に帰ってきます」と言い残して、そこから一切つくるの前に姿を見せなくなった。

これを、灰田が3月20日の事件に巻き込まれたという仮説に照らすと、2月末からは2週間というより3週間経っていて、ちょっとずれている感もありつつ、誤差の範囲とも言える。なにせ長い春休みだし、本文にあるように実家の雪かきが大変だったのかもしれない。では、一旦これを1995年2月末のことと置いてみよう。

つくるは留年も就職浪人もせず、1995年4月に大学4年生になって、1996年4月に「今」も勤務する鉄道会社に新卒入社している(とみるのが自然だ)。「今の会社に入社して14年経つ」と言っているので、この小説で描かれている「今」は、仮説に基づけば2010年ということになる。

「主人公つくるが灰田と出会って別れた大学3年生の年」と「今」の間は15年間あいている必要があり、この小説が出たのが2013年4月、この話を構想だてたのが2010年〜2012年頃とすれば、今を2010年と置き、灰田が消えた当時を1995年2月とみるのは、そう違和感ないのでは。

と、あーだこーだノートに書きつけながら一人で興奮していたのだけど、もういくらか読み足したところ急ブレーキ。

灰田は、「学年末の試験が終わった直後に自らの手で、捺印した休学届と退寮届の書類を出している」とある。学年末の試験が終わって、行方をくらますまでの間に、灰田はつくると会っているが、「休学のことをつくるには伏せていた」。もともと灰田は1〜2月のうちから学校を休学する気があって、つくるにはそれを言っていなかった。その理由は、この仮説では解けない…。

また、灰田が消えたのは「たまたまのことではない」「そうしなくてはならない明確な理由が彼にはあったのだ」と明記している。「灰田は自分の父親と同じ運命を繰り返している」「20歳前後で大学を休学し、行方をくらましている」とも意味ありげに書いてある。うーむ、そうするとやはり私の仮説は、浅はかな文学素人の思い込みにすぎないということになるか…。再び「未決」の抽斗ゆき、とほほ。

でも、この読後の迷走は、私がこの小説をみる奥行きを、より豊かなものに変えた。村上春樹がノンフィクション「アンダーグラウンド」の丹念なインタビュー取材を通じて、あの事件によってその後の人生を大きく狂わされた、その日たまたまその電車のその車両に乗ってしまった人たちの話を深く刻み込んで生きていることは、時系列的にみても間違いない。また「アンダーグラウンド」の中で村上春樹は、あの事件の被害者は「誰でもありえた」ということを強調していた。

それが私の中では、「灰田だったかもしれないし、そうではなかったかもしれない」と言いたいように読めたのだった。こんなふうに読後にもあれこれ思い巡らして、もしかして!といろいろ仮説立てて読み返したりして、読者が勝手に読みごたえを増幅させていけるのも小説の愉しみだよな。「未決」を含む小説も悪くないし、再読も独特の愉しさ。だからまぁ、この迷走も無駄じゃなかったってことでいいのだ、うんうん。

2021-05-27

地球の温暖化と、哲学の起こり

いま読んでいる出口治明さんの「哲学と宗教全史」が、実におもしろい。出口さんはライフネット生命保険の創業者、現在は立命館アジア太平洋大学の学長。「哲学史の研究者」然とした文章ではなく、哲学にも造詣が深い実業家の長老が語り聞かせてくれる物語のように読めて、ずっと哲学入門者な普通の企業人である私には、たいそう読みやすく意味深い一冊。

450ページくらいある分厚い本で、まだ4分の1しか読んでいないのだけど、哲学史の中でもとりわけ「紀元前」が好きな私は、今ちょうど楽しい真っただ中にいる。

この本は、西洋も東洋もひっくるめて書いてあるのが、ありがたい。「全史」といったって西洋哲学と東洋思想は分けて扱われたりするものだけど、この本は「ソクラテスよりも孔子のほうが80歳ちょい上の年長」みたいな話もあって、洋の東西を横断して哲学がどう起こってきたのか語り聞かせてくれるところが魅力的だ。

また哲学、宗教、当時の政治情勢もくみながら、どういう時代背景にあって、それがどう当時の哲学者や思想家に影響を与えたかに思いをはせ、想像を巡らせながら、読み解いていく文章も楽しい。

紀元前5世紀の前後というのは、著者いわく「草木が一斉に芽吹くように」知が爆誕した時期。それまでは長く、神話や伝説でとらえていた世界の成り立ちを、んなことあるかいな!と言ったかどうかはしらないが、この世界ってなんなんだろう、世界は何でできているのだろう?と、当時の人が論理的に考え出した。

それも洋の東西を問わず、ギリシャに始まって、ほぼ同じ時期にインドでも、中国でも、この動きがみられる。

アフリカから人類が世界各地に散らばって何万年も経ったところで、いっせいのせい!って声かけたみたいに、古代ギリシャでタレスが、インドでブッダが、中国で孔子が同時代に生まれて、紀元前5世紀あたりに集中して知を爆誕させる。

それがなんでかって、地球の温暖化に関係するという。紀元前5世紀の頃、地球の温暖化が始まる。あわせて、この頃までにちょうど鉄器が、世界中に普及していたのだという。鉄器というのは、つまり鉄製の農機具を手にしたということ。

この鉄製の農機具と、地球温暖化による太陽の恵みを受けて、このころ一気に

1. 農業の生産性が高まる
2. 人口が増える
3. 階級分化が激しくなって、貧富の差が拡がる
4. 金持ちは、使用人に農作業をやらせるようになる
5. 金持ちの家は、学者や芸術家のような人たちに食事を与えて遊ばせておくようになる
6. 知識人や芸術家が登場する

こうした流れが、紀元前5世紀の頃に、ギリシャでも中国でも「知の爆発」を起こしたという話だ。一大スペクタクル!

で実際、この紀元前5世紀のあたりにいろんな哲学者、思想家が確認されるので、気になる人たちをざっくり一覧にしてみた。以前から西洋と東洋を丸ごと並べて、生没年をグラフで見られる一覧が欲しかったのだ。没年齢もざっくり出してみた。

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この表、せっせと数字を埋めて作っていくと、「デモクリトス、90歳ってあなた、いくらなんでも長生きしすぎじゃない?」とか、「っていうか、紀元前にして、この人たちの平均年齢71歳っていったい…」とか、いろいろ楽しい。

ちなみに、この表では一列10年単位でざっくり区切っちゃっているのだけど、同著によればプラトンはソクラテスが42歳のときに生まれ、アリストテレスはプラトンの43歳年下、こういう感覚をもてると、「ちょい上」の先輩って感じじゃないんだなぁとか、よりリアルに2者間の人間関係をイメージできて、これまた楽しい。

ヘーゲルが「弁証法」と名づけるよりずっと前、万物の根源は何だ?水か、火か、と言っている古代ギリシャで、エンペドクレスが「万物の根源は1つじゃなくて、火、空気、水、土の4元素からなる」とか弁証法やってのけているくだりとか、もう最高である。

シチリア島の彼が、「この4元素を愛が結合させ、憎が分離させる働きによって4元素は集合と離散を繰り返す」と言うのと、ほとんど時を同じくして、インドでアジタ・ケーサカンバリンが「地、水、火、風の4要素の離合集散によって説明する四元素還元説」を説き、中国でも「陰陽の交わりによって木・火・土・金・水の5元素が生まれ、この構成要素が同調・反撥しながら世界を循環させていく」とする陰陽五行説が台頭する。 一大スペクタクル!

科学はここから現代にいたるまでに目覚ましい発展をしてきているわけだけど、人が生きる上で大事な心のもちようについては、紀元前のうちに彼ら賢者が言葉を作って言い尽くしてくれていると思われてならない私には、実に味わい深い物語が詰まっている本。久しぶりにとっぷりとつかって読みたい。

*出口治明「哲学と宗教全史」(ダイヤモンド社)

2021-05-18

元号、西暦より、その人の年齢で歴史を読む

昨日は、ひさびさに会社に出勤した。だだっ広い部屋をとって5人で2時間ミーティング。べらべらしゃべって話し合って、直接コミュニケーションとれるこぎみよさを満喫しつつ、声がかすれず最後までもったことにほっとしつつ。

その後も、あれこれの打合せやら、お久しぶりですーやら、べらべらしゃべって4時間くらいしゃべり続けていたが、夕刻まで声がもったことに感動すら覚えて帰途についた。

ここしばらく出勤もしていなかったし、私はオンラインミーティングも少ないので、発声する機会がほとんどなく、声帯がだいぶ弱っている感じ。店のレジとかで、ちょっと「ありがとうございます」と言おうとしても声がかすれてしまうとか、ラジオを聞いていて思わず声立てて笑いそうになるも声にならず、みたいな…。

それで、このままだとまずいなぁと思い、手元の本を声に出して読んでみることに。たまたま今読んでいるのが堀田善衞の「方丈記私記」*で、鴨長明の「方丈記」の引用も多いので、現代文と古文を行ったり来たりするのが変化に富んで好ましい。が、文庫本1ページも読むと声がかすれてくるのだった…。

この本、作家の堀田善衞が1971年に出した初エッセイで、著者が四半世紀前に体験した1945年3月10日の東京大空襲の日のことを、「方丈記」と重ね味わうように書いているもの。

鴨長明は、25歳で京都の大火災、28歳で大風、福原遷都、29~30歳のときに養和の大飢饉・悪疫流行、33歳で3か月にわたる連続大地震を経験し、この様子を58歳のときに「方丈記」としてまとめている。60歳目前というところで、自分がアラサーの頃に立て続けに体験した大事件の数々を思い起こし、ていねいに描写しているわけだ。

安元3年、治承4年、養和元年などと言われても、なかなかイメージが定まらず漠としてしまうんだけれど(歴史に弱いので…)、私のような「人」に関心が向く人間はとりわけ、元号や西暦ではなく、この人が何歳のときに、こういう事件を起きたのを、何歳のときどうとらえてそれを描写したのか、何を見出したのかという目線で書物を読むと、おもしろみが変わってくるものだなと思う。

もっと若い時分に気づいていればよかったのだけど、私はいい大人になってから、これに思い至った。紀元前の人物となると、なかなか年齢まではわからないところがあるけれど(実在した人物かどうかすら…)、年齢がわかっているかぎりは、この人はこれを言っているとき何歳なんだ?うぉー、私よりずっと年下じゃないか、とか、年齢を目盛りにして読むと、親近感が増して味わい深くなるのだった。

著者も、そのようなことを述べている。

おそらく私は鴨長明という人を、別して歴史的人物、歴史上の人物ーに違いもないのだがーと思っていない、あるいは歴史的人物として扱っていないということを意味するであろう。彼は、要するにいまも私に近く存在している作家である。私はそう思っている。

“歴史上の人物”とひとくくりにする紐をほどいて、現代にもごく身近に似たような人がいるかもしれないなどと思いめぐらせながら、その人を一人の人間として性格やら志しやら眼差しやら想像していくと、とても豊かに読める。

著者は、“歴史上の書物”めいた「方丈記」も、ルポルタージュのようだと言っている。

意外に精確にして徹底的な観察に基づいた、事実認識においてもプラグマティクなまでに卓抜な文章、ルポルタージュとしてもきわめて傑出したものであることに、思いあたった

また鴨長明を、こう評している。

この人は、何かがあると、ともあれ自分で見に出掛けて行く人である。いわば、きわめてプラクティカルな、観念性とは縁遠い人であり

京の大火事も、ある書物には数万人、「平家物語」には数千人の死者が出たと書いてあるが、鴨長明は数十人と書いていて、こちらのほうがきちんと現地取材をして冷静に述べている感がある、などと言っている。どの時代にも物語をつくる人もいれば、ルポルタージュをつくる人もいるとみたほうが自然である。

と、まだ読み途中なのに、なんとなくここまで走り書いてしまった。しばらくの間、これを読みながら5つの時代を行ったり来たりして、自分をほぐしたい。声帯も筋トレしたい…。

▼12世紀:鴨長明が「方丈記」に書く立て続けの災禍
1177年4月28日:京都の大火災[鴨長明25歳]
1180年4月:大風、6月の福原遷都[鴨長明28歳]
1181-1182年:養和の大飢饉・悪疫流行[鴨長明29-30歳]
1185年:3ヶ月にわたる連続大地震[鴨長明33歳]

▼1210年頃:鴨長明が「方丈記」を書く
1212年:四半世紀前を振り返り「方丈記」を書く[鴨長明58歳]

▼1945年:堀田善衞が「方丈記私記」に書く戦時下
1945年3月10日東京大空襲[堀田善衞27歳]

▼1970年頃:堀田善衞が「方丈記私記」を書く
1971年:四半世紀前を振り返り「方丈記私記」を書く[堀田善衞53歳?]

▼2021年:私が「方丈記私記」を読んでいるコロナ禍
2021年5月:「方丈記私記」を手にして読んでいる[私45歳]

*堀田善衞「方丈記私記」(ちくま文庫)

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