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2026-08-14

村上春樹「街とその不確かな壁」の読書録

8月2日
ポール・オースター編の短編集を読んでいたら、むくむく長編小説が読みたくなって、久々の村上春樹作品。「夏帆」の前に、文庫化された「街とその不確かな壁」だ。「小さな鳥が二羽並んで上空を素速く横切り、鋭い声で啼く」ことに言葉を与え、意味を与える独特の世界に入り込むまで20ページかそこら、あとはすーっと入っていける。あ、この門の中、壁の内側に以前入ったことあるな、と思う。まだよくわからないものに早々と名前を与えて右から左に処理し続ける世界と距離をおく至福の読書体験。

8月5日
やめられないとまらない。村上春樹の作品は、自分が歳を重ねるほど読み応えが増していくのもおもしろい体験。重層的で解釈に広がりがあって、自分の経験したいろんなことを記憶の底から呼び起こして命題化してくれる。今の世の中を映し出すようでもあり、辻褄を合わせるために矛盾した世界認識を手放すか、世界の矛盾を受け容れて上っ面の辻褄合わせを棄てるか、瀬戸際だなぁと思う。

8月13日
村上春樹「街とその不確かな壁」を読了後もしがむ。実際は不確かな壁なのに、さも確かな壁があるように誤謬させるのが、言葉の恐ろしい力。深呼吸して足下みて素朴に立ち返ってみれば、朝と昼を隔てる壁はなく、ぬるっと昼に入っている。睡眠と覚醒の間はパキッとは分かれていない。海と陸の間に線は引かれておらず、波打ち際で境目は動き続けている。離陸した飛行機がどこで空に入ったのかは曖昧で、厚い雲の日と快晴の日では感覚する空の始まりも高度を違えるだろう。そうした曖昧さがないかのように、混ざらず変わらず固定しているかのように、言葉は使い方をまちがうと見方を単純化させてしまう。自分の知っている言葉だけでラベル貼りして、パキッと分けられないものを言葉先行でパキッと分けて、解釈も価値判断も済ませてしまう。そういう世の中の風潮を背景に敷くと、いよいよ言葉を解体して素朴な目で洞察し、言葉を使って既成概念や固定観念を溶かしていく文学的営みの尊さが身に染みわたる。引き続きしがみつつ、満を持すぎた「羊をめぐる冒険」へ。

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