能力要件を整理・言語化して一覧化する云々
人事院が「国家公務員に求められる能力を整理・言語化、スキル一覧を作成して各府庁に提供した」というリリース。職業柄こういうものはわりと好物で、よく噛んで味わう。
省庁や業務を超えて共通性が高いと考えられるスキルを特定し、57の能力要素を言語化したラベルを作成したという。
説明資料まで目を通してみると、「ヘルスリテラシー」っていうのが私的には新用語だった。巷でそこそこ使われている言葉なのだろうか、それともこの話し合いの過程でオリジナルに作り出したワードなのだろうか。あと「ナラティブ力」出た!と思った。
国家公務員スキル一覧(クリックすると拡大表示する)
「分類」というのは、現実世界のカオスから、どこかの誰かが何かしらの秩序を持ちこんで体系だてる作為であるからして、それをした人らの思想やらポリシーやら美意識やらが反映され、目的やら戦略やら戦術能力やらが顕現する。ときに中の人の無意識のまま、死角やテキトーさが剥き出しとなって露呈していることもある。
非公開の内部資料までつなげてみれば見え方も変わるものだから、外野からの見立てはあくまで妄想と憶測にすぎないわけだが、健全に言い換えれば「検証なき仮説」とでも言おうか。私は、いわば日常のトレーニング教材として、自分の関心ある分野の「分類」というのを外部資料でも、するめのように味わう。
それでいうと、これは、なんというか、別にこれといった出汁の出ていない感じが、味わい深かった。
「国家公務員の〜」をはずして、一般的なスキル一覧として市販書にサンプル掲載されていてもおかしくない感じというのか。地方公務員とどう違うのか、民間企業とどう違うのか立ち上がってこないところに個別具体性の低さを覚え。この後これを足場にして自ずと何が導けて、どう使えるつもりなのか見えてこないところに有用性の低さを覚え。
もちろん、こう見えている私の目が節穴であることを、こう書いていることによって自分で露呈している可能性だって十分ありうるわけだが。
良くも悪くも、この手のものは「作成者の自己満」成果物に陥りやすいので、眉間に皺を寄せながら見る癖がついてしまっている。
分類というのは、どうも人を「漏れなくダブりなく作れたら達成」という気分にさせて、当初目指していた「役に立ってなんぼ」という志しを煙に巻く作用があるんじゃ?と私は疑ってかかっている。
今後は同一覧を人事院が実施する各種研修の充実、主体的な学びの支援などに活用していく。
とあるが、最悪な展開は、個別具体の文脈こそものをいう「ナラティブ力」みたいなのを、これだけ切り出して超脱文脈化した「ナラティブ研修」とかやって満足しちゃう顛末だ。そういうのは、全業種対応、誰でもござれの薄利多売系「ロジカルシンキング研修」で、なんともならなかった事例を彷彿とさせる。
「漏れなくダブりなく」だけ頑張ったキレイな体系図は、受け取る側からすると「ほんで?」「だから?』「So what?」ってなるんだけれど、渡す側があんまり生き生きとした表情で持ってくると、鼻をへし折る気になれず「あぁ、どうも」と受け取って、さらっと置きっぱなしになる。そういうやりとりで終わってしまうと、一向に問題は露呈せず、組織の人材開発も前進しない。声をかけあっていきたいものだ。
とか、いろいろ思っちゃうけれども、こういうのを開示してくれるのはありがたいことだ。感謝して、頭を肥やしていこう。
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