「働く時間」と「のんびりする時間」は対称的か?
電通報の調査レポート記事「人生100年時代の捉え方で、消費行動はどう変わる?」* では、冒頭で回答者を「人生100年時代とはつまり、」と前置いて、2つの回答者集団に分けている。
【A】働く時間が長くなると言うことだ
【B】のんびりする時間が長くなると言うことだ
これがたいそう手荒く恣意的に感じられて、先に進めなくなってしまった。一手目の足場組みで踏み外しちゃうと、その先への拒否反応がすごくて全然頭に入ってこなくなるものだなぁと思った。
どう調査対象者を分類して展開するか、いわば調査の屋台骨で、「働く時間」に対して「のんびり時間」を対置して二分されちゃうと、いやさぁ...となる。
堅真面目に区分するなら、「働く時間」の逆は「余暇時間」とでも表現しようか。その「余暇時間」をどう過ごすかは、必ずしも「のんびり」過ごすことには当たらない。というのは、3秒考えればわかることで、「えー、気づかなかったー」なんてことはなかろう。それをさも、2つで大別できるかのように、しれっと枠組みしているやり方に疑問符がとれない。
「どちらとも言えない」の選択肢もないから、「のんびり時間は違うなぁ」と思った人は消去法的に「どちらかというとAに近い」働く時間のほうへ傾くのではないか、だから4割強で最多になっているのじゃないか。
それを足場にして、その後の調査分析を展開されても、どうも腑に落ちない。
眉間に皺を寄せてみている私のほうが、偏狭にはまっている可能性も大いにあるわけだが、最近こんなふうに街場の言葉の採用の仕方につまずくことが多い。いよいよ、確かな言葉で綴る本が大好きに。いったん、落ち着こう。
* DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築 [35/37]「人生100年時代の捉え方で、消費行動はどう変わる?」┃電通報(2026/04/21)
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