善いことをした後の用意はできていない
中身のたっぷり詰まった大きなゴミ袋が2つ、都会のど真ん中の、大通りのど真ん中に落ちていた。少し前に走り去ったゴミ収集車か何かの落とし物だろうか。それにしても2つとも丸々と大きく、落下地点も車道のど真ん中すぎる。
片道3車線だかの幹線道路とはいえ休日の朝方だったので車の往来は少なかったが、それだけに今まさに通らんとしている信号待ちの大型トラックが2台、その後ろにつく普通車1台の存在が際立って見えた。
私はそちらに向かってジョギングしている最中だった。赤信号をはさんで手前側に私、信号の向こう側に車が3台。人通りはなく、私たちの世界に他に動くものは何も存在しなかった。これは、やるっきゃない。
私は、車道の赤信号が青になるまで、もう数十秒はあると見当をつけて、前後きょろきょろしながら車道に走り出た。ど真ん中に転がるゴミ袋を2つ、右手と左手につかむと、思いのほか重たくないのにほっとしながら一気に歩道の端っこへ運んで事なきを得た。歩道にあがって数秒後、車道の信号が青に変わった。
ここまでは良かったのだが、この後の用意がなかった。急にどぎまぎしてきた。恥ずかしくなった。この「ジョギングのねえちゃん、窮地を救う」のドラマは、車高の高い大型トラックの運転席から真正面で鑑賞されたはず、二人の目に入っていないことはありえない。もしかしたらそれぞれの車内に感動増し増しのBGMすら流れていた可能性がある。
しかし、歩道から二人を見上げて「私、いいことしたでしょ」と問いかけるような笑みを見せるなど、昭和かたぎの私にはできない。ジェスチャーではどうか。さっと親指を上にあげて見送る、いや、欧米すぎる。自然な表情でにこっと笑ってバイバイと手を振る。バイバイ手を振るジェスチャーは昭和時代からあったろう?いや「自然な表情で」と心中で思っている時点で、ひきつり笑いになる公算が大きすぎる。
打つ手なし。と、これは秒にして3秒くらいの逡巡だが、結局寡黙に3メートル先の地面を向いて歩道をタッタと走り去った。
今思い出しても、これが最適解とは思われない。きっと、あそこでいくらかのノンバーバルコミュニケーションというのが成立させられれば、世の中に生まれる幸福の総量は微増したはずなのだ。しかし私には手立てがなかった。この不器用は、なかなか後をひきずった。せっかくいいことしたのになぁ。
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