選択肢の一つに加えようという話を、それに全とっかえする話と組み違えて糾弾する問題
中原先生のこのポスト、全然相容れないんだよなぁ。だけどポストの引用コメントを追っても、反対意見は全然つかない。一様に中原先生の「裁量労働制は反対」に賛同の向き。そして私も、異を唱える引用コメントをつける気がわかない。中原先生の書籍や発信活動にはお世話になったし、この大勢を前にモノ書く気にはなれない。まず、フィルターバブルに想いを馳せる。
「自己成長のために、今は長時間働きたい」という若者のニーズに応えるために「裁量労働を適用する」という論理を振りかざす。
ごくごく少数の事例をもって、「全体のシステムを変革するロジック」に用いるのはおかしい。
もちろん「自己成長を目指す若者」もゼロではないだろう。でも、それよりもっと多いのは「残業代が欲しいから、若いうちは、長時間働いて、稼ぎたい」だよ。裁量労働適用したら、残業代、みなし額以上には、出ないよ。
なかには「一部の声で全体を変えるのは反対」って賛同コメントもあるけど、別に全国一律どの企業も「裁量労働制に差し変える」話なんてしていないだろう、「選択肢を増やす」かどうかの議論だよな?
投稿文にも「裁量労働を適用する」って書いてあるけれども、「全部をそれに差し替える」なんて話はしていない。正しくは「裁量労働制を選べる対象範囲を拡大する」かどうかって話だろう。だから私には、「ごくごく少数の事例をもって、『全体のシステムを変革するロジック』に用いるのはおかしい」というロジック立てで糾弾している、そのロジックのほうがおかしく思えるんだよな。
一回落ち着きたい。
悪用する企業があるから「全体を差し替えうる」って懸念から、話が拡大解釈されてゆくのだろうが、こういう論のすり替えって、すごく不健全で、建設的じゃないと思うんだよな。
本来の「裁量労働制」って、働く本人(個人)が自己裁量で働き方を決められるところに価値があって、労使が望むなら、それも選べるのが多様性社会なんじゃないの?という話だと思うんだ。
この時点で「それは建前であって」ってつっかかってきて相手の話を封じにかかる人って、自分のほうが「本音と建前」を持ち込んで、無駄に議論を複雑化している気がする。最初から、裁量労働制の「本音」をつかみにいって話し出さないと、いつまでも本論に入れない。
もし、その本来価値が(一部の人には)確かにあるだろうと認めるなら、裁量労働制を成り立たせるときに、「不当な長時間労働に悪用する企業」をどう排除するか(発見して罰するか、予防するか)を、抱き合わせで論点化して、ある程度整備できたら導入すればいいという話。そういうふうに構造化・展開させる前、リングに上がる前から、はぎ落としにかかる感じが、もどかしい。
素朴に、素朴に考えて(私は素朴にしか考えらないのだが)。個人が「成長したい(自分ができること増えたらおもしろい)」と思うこととか、「自己裁量でやりたい(自分の自由にやりたい)」と思うことって、別に普通だし、そのほうが健全じゃない?って思うんだけど。労働時間も、労働時刻も、どう集中力を緩急つけて進めるかも。
多くの人がそう思えなくなっちゃっているなら、そう個々人が思うような社会づくりに取り組んでいくほうが、国の姿勢として真っ当じゃない?って思うのだが、ここからずれているんだろうか。
いや、「個人が自律的に生きることを目指す」なんて、国としてあるまじき指針立てだというご意見なら、はぁそうですか…としか返す言葉がないけれど。「組織の管理下に、労働者個人を従わせる」前提で、「労働者個人が害を被らないようにする」組織体制づくりを志向するのって、なんか20世紀な発想って気がしてしまうんだよなぁ。
「裁量労働制を労使の選択肢として認めた上で、それが悪用されない整備をする国」と、「悪用する組織が出ないように、個人裁量で働き方を選べる自由を認めない国」では、国づくりの姿勢が全然違う。
私は前者でいくべきと思うけど、中原先生は、そんな自由を許して、まともに活用できる個人など「ごくごく少数」だという理屈なのか。「そんな成熟した国民じゃないんだから」という理屈で、こう言っているってことなのか?
学者・研究者としての見識がそう言わせているのかもしれないが、私は「だとしたら、成熟した国民を増やせるような国の施策を考えて提言するのが学者や研究者の務めじゃないのか?」って思っちゃうんだよな。私の頭がお花畑な可能性もあるけれど。
なんで、大声で「多様性社会」を訴えながら「画一的な仕組みづくり」に邁進しているのかと思っちゃうんだよな。
中原先生の他の関連ポストも見ると、“「裁量労働でないひと」に「裁量労働制度」を安易に適用”しようとすることに反対しているみたいなんだけど、そりゃもちろん議論は進まない。
推進派は「裁量労働能力がある人」「裁量労働権を行使したい人」の自由・選択肢を国が封じ込んでいることに対して、選択肢としては認めるべきじゃないかって話をしているんだから。
アカデミックと産業を橋渡ししてきた中原先生だからこそ、私みたいな一実務者のもやもやもぶつけられるはめになっちゃって気の毒な立場なのかもしれないけれど。
なんか、こういう平行線の論点で、両者が踊って疲れて家帰って寝て起きて、何も進んでいないけど今日も1日働こうみたいな論点ズレが、識者の間でも、すごく多い気がするんだよな。「懸念事項が、目的を凌駕する」提案の潰し方というのが、好きくないのだなぁ。という長すぎる一市民の呟き、ここに眠る。
参考までに、すでに適用されている事業所で働く労働者に調査した厚生労働省の「裁量労働制実態調査(労働者調査)」によれば、適用者の満足度は「満足している」が41.8%で最も高く、次いで「やや満足している」が38.6%」。たすと8割がポジティブ。
(クリックすると拡大表示する)
適用者本人たちの働き方の認識を、複数回答で問うた結果は、1位が50.4%で「時間にとらわれず柔軟に働くことで、ワークライフバランスが確保できる」。次いで、48.9%が「仕事の裁量が与えられることで、メリハリのある仕事ができる」。3位は45.7%「効率的に働くことで、労働時間を減らすことができる」。
もっと詳しく知りたい方は、こちらのリンクから。
裁量労働制実態調査の概況┃厚生労働省(2021年6月25日)
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