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2026-01-06

ここにあるものが尊い

元日に実家で家族全員集合した折、子どもの頃におうちで飼っていたものの話になった。私がインコを飼っていた話をすると、2つ上の兄が同意した。「あぁ、ぴーちゃんね」。義姉が「なんて古典的な...」とツッコミを入れる。げらげら笑う。私がインコ一家が五人家族だった話をすると、兄が「そうだったかも」と返す。

すると3つか4つか下の妹が「九官鳥も飼ってたよね?」と言う。「え、飼ってないよ」私が即答すると、兄も同意する。「九官鳥は飼ったことないよ」。間違いない、うちで九官鳥を飼ったことは一度もない。鳥はインコだけだ。

妹「え、何この記憶、どっからもってきた?飼ってなかったっけ?」、私「飼ってないよ。その記憶の中の九官鳥って、黒くて、黄色いくちばし?インコよりちょっと大きい体の?」、妹「そうだよ」。

私「いや近所の、っていうか坂くだって、なんとか川沿いを行った先の、なんとか町に行く曲がり角を右に折れた突き当たりに、九官鳥を飼っている家はあったよ。鳥籠が表に出てたから、通り過ぎる人がみんな声かけてて、よくしゃべってた。きゅうちゃん、きゅうちゃんって。でも、あそこだと記憶を混ぜ込むには遠すぎるよなぁ。って私も何十年かぶりに取り出した記憶だから全然間違ってるかもしれないけど…。他にも九官鳥飼ってる家が、もっと近くにあったかもしれないし」。

妹「どこでどう記憶がすり替わったんだろう…」、私「徐々に移り変わるっていうより一度すっかり忘れて、何年かぶりに思い出したとき家で飼ってたことにしちゃったって感じじゃないかしら」、妹「そうだねぇ、そうだよねぇ」。

と、この年末年始は、家族にしても、友人にしても、旧交を温めたい人とゆっくりお話ができて、とても豊かだった。思い起こせば一年前は年末ぎりぎりになってインフルエンザらしきものにかかり、急遽お正月の帰省を断念、ひとりで寝どおし寝込んで過ごしたのだった。

今回は、遠方から実家へ帰省した妹にも2年ぶりに会えたし、父と妹と一緒に母のお墓参りにも行けたし、成田山へ初詣にも行けた。父は階段を登りきれるか不安がっていたが、のっしのっしと今年もやり遂げた。やり終えると、それは一つ自信になったようだった。

元日には例年どおり兄一家がやってきて、母の遺影の前に全員集合できた。甥っ子らも背が伸び、すっかり追い越されて、それぞれに頑張って生きている。お年玉の袋を、その場で覗き込むことがなくなった。恒例のことを家族でできることが、ありがたい。家族で顔を合わせてたわいない話を交わす時間が、年を重ねるごと、かけがえのないものに感じられる。

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