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2026-01-12

傾向には例外がある。例外を働くのが人間

今朝がたSNSで「IQが20違えば話が通じない」という話が話題になっていた。この辺が発生源なのかな。ざっくり取り出すと、


  • 思考のレベルが釣り合う者同士でないと、長期的な関係は築けない
  • 無理に背伸びして自分より遥かに思考レベルが高い人と付き合おうとしても、どこか居心地が悪くなってしまう
  • 逆に、思考を磨き成長し続けてる人が「現状維持の人(毎日頭が衰退してる人)」に合わせ続ける関係というのも続かない
  • 「IQが20違えば会話はできない」という言説があるが、本当にその通りかも
  • 思考の深さが極端に違う人とはせいぜい「天気の話」「共通の知人の噂話と悪口」くらいしかできないのが現実

という弁。「IQテストの得点が違う」「思考のレベルが違う」「思考を磨き成長し続ける vs 現状維持(毎日頭が衰退している)」「思考の深さが違う」が、どれくらい同一のものとして語れるかというのもあるけれども、そこはXのポストであるからして。

これに対してか、けんすう(@kensuu)さんがうまいこと言っているのも見かけた。

「IQが20違えば話が通じない」という話があるんですが、頭のいい人ほど「ああ、そうだね、賢い人と話すと全くついていけていなくて的外れなことを言っているのをすごく自覚する」みたいなことを言い、頭の悪い人ほど「そうだよな、バカってマジで話が通じないよな」みたいなことを言いがち・・・

と、こういうSNS画面にふれながら私の頭にふと思い浮かんだのが「傾向には例外がある」だった。こっちが本題なので、上の件は、下のことを考えたきっかけとして置いたにすぎない。

いろんな研究成果を共有し、新たに発見された「傾向」を活かすというのは、そこここでやられている人間の営みだ。最近ではSNSを通じて、その学術分野の専門知識をもたない人も参加するかたちで、その発見された「傾向」を共有し、意見する風習がある。

共有されている研究成果というのはたいてい、一定の条件を整えた実験室(比喩的な意味で)で得られた結果であろうけれども、その辺は無視して「人間とはこういう傾向にある」「なんとか属性の人は、こういう傾向をもつ」というのは伝播しやすい。人間のあれこれというのは、自分が人間であるだけに関心になりやすい。

だけれど、傾向には例外がある。人間は例外的な行為をするのも特徴で、それによって発展してきたのだと前置きするなら、現代人は発見した「傾向」内に収まろうとするから、衰退していっている気がしてならない。

発見した「傾向」を活用してIQ違いの生活圏を分けようだとか、「傾向」に最適化して不快・不穏をもたらす環境を排除しようだとか、すればするほど「例外」は発生しづらくなり、人間は(個体の生き物としても、人間社会としても)停滞、弱体化するばかりではと。

IQが大きく異なる人同士が、一つの町や村の中で協同して暮らすなんて、歴史上いくらでもあっただろう。一緒に暮らせば、「天気の話」「共通の知人の噂話と悪口」だけでは済まない話題が持ち上がる。共通の問題を解決するために、共通の目的を達成するために、役割を分担して協力する必要が出てくる。

人間個々人の違いは、IQ以外にもさまざまな軸を立てて分けられる。性格も違えば体格も違う、何に興味をもつかも、何を面倒くさいと思うかも違う。IQ一辺倒で人を分けるという見方が貧しい。

ある人がどこかで何かに取り組んでいるとき、その人は物理的に別の場所で他のことはできない。体を壊しているとき、眠っているとき、食事しているときにも、その人は他のことができない。その仕事に長けた人ができることを、別の人が代わりまでできないかもしれないが、一定期間それを維持できたりする。

知能の一つとったって、ハワード・ガードナー氏に言わせれば、「言語的」「論理・数学的」「身体・運動的」「対人的」「博物的」「内省的」「空間的」「音楽的」の8つに分けられる知能が、ある程度の独立性をもって、それぞれ機能している。そのスキルの量や組み合わせは一人ひとり異なる。

ギリシャ時代には、こうした知能がほぼ等しく同等に尊重されていたと言うが、1905年にアルフレッド・ビネーらがIQテストを作って以来、知能のとらえ方に多元性が失われていったという話。それぞれを独立的に観られなくなり、一つの物差しで測ることしかできなくなるとすれば、それはものの見方がギリシャ時代より貧しくなっているということではないか。

もし人間がそうなっていくのだとしたら、それはある種の退化ではないか。それにはまた別の進化があるのかもしれないし、そこらへんはなんとも言えないけれど。

"Every individual is an exception to the rule."

私はユングのいう「すべての個人は例外である」を、生涯大事にしてやっていくつもりだ。

2026-01-07

「仕事のやり方を実際に見せる」教え方は、今なお3割が精一杯か

職場で何年か経験を積むと、自分なりに「この仕事を覚えた」という、いくらかの手ごたえを持つ。中堅ともなると「これが自分が発揮している仕事能力の中核かなぁ」というキーワードが、3つ4つ思い浮かぶようになる。業界の知識、職種の専門知識やスキル、業界も職種も問わない汎用的な仕事能力など。

そのキーワードを念頭において、では「その仕事能力をいっぱしに身につける」のに肝となった職場経験は何か?と過去を振り返ってみると、どんなことが思い浮かぶだろう。

というのは、全国1万人の労働者に訊いた「仕事を効果的に覚えるために、いまの職場で経験したことは?」という複数選択の回答結果を見て。

1位:「とにかく実践させてもらい、経験させられた」32.3%
2位:「仕事のやり方を実際に見せてもらった」31.5%
3位:「特にない」28.0%

仕事を効果的に覚えるために、いまの職場で経験したことは?(画像をクリックすると拡大表示する)

Showhowtodothejob

上位3つを見てみると、1位は「とにかく実践させてもらい、経験させられた」。これは、さもありなん。「特にない」が堂々3位なのも注目に値する。が、私が一番引っかかったのは、2位だ。

「仕事のやり方を実際に見せてもらった」が上位なのはいいのだが、それにしたって3割にとどまっているのは、どうなのだろうかと。こんな、ある種、素朴でオーソドックスな手法が3割にとどまっているのは、改めて考えてみると、なかなかおかしくないかと。そこに引っかかってしまった。

ちなみに、これに丸をつけなかった7割の人たちには、「そもそも仕事のやり方を見せてもらっていない」という人と、「仕事のやり方は見せてもらったけれど、自分が仕事を覚えるのに役立ったとは思っていない」という人が入り混じっているのだろうが。

閑話休題。もちろん、いよいよ頭の中でやっている仕事というのが複雑化してきて、「見せてあげてどうにかなるもんじゃないのよ」という教える側の理屈は承知しているつもりだ。

その上で、もしかするとここらで教え方をアップデートできるんじゃないか?と思ったのだ。「仕事のやり方を見せてもらった」「やり方を見せてもらったのが仕事を覚えるのに効果的だった」と答える人を、3割からもう少し増やせるんじゃないか。教える側、育てる側に、もう少し工夫の余地、伸びしろがあるんじゃないかと。

もっとずっと昔、頭脳労働とかホワイトカラー職種といった言葉が聞かれ出した頃だったか、「仕事のやり方を教えるのが難しくなったよね」「背中をみて学んでもらうわけにはいかなくなってさ」「大事なところほど頭の中で暗黙裡にやっていることが多くて」「目の前でやって見せて、本筋を教えるってわけにはいかなくなった」なんて仕事人の話を、よく聞いた。

それから何十年か経て、そんな言い回しを聞くこともなくなった。それは、もはや「そんなことは当たり前」と認識され、それを意識的に「問題として俎上に載せる」こともなくなったからではないのか。あるいは私が隠居生活に片足突っ込んで、知らないだけかもしれないが。

あれから何十年か経った分、教える環境、育てる環境もアップデートされて然るべきで。気づけば当時より格段に、仕事ができる人の頭の中(思考プロセス)は、オンラインツールに乗っかって言語化され、可視化され、みんなに共有される情報として社内に流通する環境になっている。昔メールのCcに入っていたら読める、入っていなければ読めなかったやりとりが今は、Slackだの、プロジェクトマネジメントツールだのにアーカイブされて社内の共有頭脳になっている。

使える素材は、今やふんだんにあるのではないか。それが置きっぱなしになっていて、せわしなく流れ流れ、そのまま不可視の場所へと眠り落ちている気もする。

あるいは、研修や業務マニュアルの整備、ナレッジマネジメントシステムの導入・活性化など大仰なHR施策に絡み取られて、あるいはノウハウの行き先が生成AI活用に一足飛びして、「そっちでやってることだから」というので、現場で「仕事のやり方を実際にやってみせる」が減退していないか。

しかし、それとこれとは別物だ。現場仕事の泥くささや面白みがきれいにウォッシングされ、汎用性の高さと引き換えに脱文脈化されたフレームワークなりチェックリストなりに収斂され、現場の個々人の能力の発展や、仕事のやりがいの活路は行き先を見失っていないか。極端に走らず、組織活動に人も技術も活かした良い按配というのを見定めながら、現場の人材育成が健やかに発展する一年になったらいいなと思う。教える側・育てる側の効果的なやり方には、ずいぶんと伸びしろがあるのではと。

年末年始には、年賀メールをしたためながら、いっぱしにさせてもらったなぁと先輩がたへ感謝の念が募る。こういう恩恵って直接対面していた当時は意識が及ばなくて、もうすっかりその職場を離れ、その人と年に一度も会うことが叶わなくなってから、一緒に過ごした日々の貴重さが実感される。もう二度と会うことも、連絡をとることすら願うのをやめた人に、静かに感謝することも少なくない。自分がこういうものの見方ができるのは、あの人のおかげだな。私のあの習慣が今も続いているのは、あの人のおかげだと。その届かぬ感謝が、これからますます大勢を占めていくことも心得ている。私も今年は50歳になる。母は享年59歳。自分が母親と同じ十の位になるとは、不思議だ。

2026-01-06

ここにあるものが尊い

元日に実家で家族全員集合した折、子どもの頃におうちで飼っていたものの話になった。私がインコを飼っていた話をすると、2つ上の兄が同意した。「あぁ、ぴーちゃんね」。義姉が「なんて古典的な...」とツッコミを入れる。げらげら笑う。私がインコ一家が五人家族だった話をすると、兄が「そうだったかも」と返す。

すると3つか4つか下の妹が「九官鳥も飼ってたよね?」と言う。「え、飼ってないよ」私が即答すると、兄も同意する。「九官鳥は飼ったことないよ」。間違いない、うちで九官鳥を飼ったことは一度もない。鳥はインコだけだ。

妹「え、何この記憶、どっからもってきた?飼ってなかったっけ?」、私「飼ってないよ。その記憶の中の九官鳥って、黒くて、黄色いくちばし?インコよりちょっと大きい体の?」、妹「そうだよ」。

私「いや近所の、っていうか坂くだって、なんとか川沿いを行った先の、なんとか町に行く曲がり角を右に折れた突き当たりに、九官鳥を飼っている家はあったよ。鳥籠が表に出てたから、通り過ぎる人がみんな声かけてて、よくしゃべってた。きゅうちゃん、きゅうちゃんって。でも、あそこだと記憶を混ぜ込むには遠すぎるよなぁ。って私も何十年かぶりに取り出した記憶だから全然間違ってるかもしれないけど…。他にも九官鳥飼ってる家が、もっと近くにあったかもしれないし」。

妹「どこでどう記憶がすり替わったんだろう…」、私「徐々に移り変わるっていうより一度すっかり忘れて、何年かぶりに思い出したとき家で飼ってたことにしちゃったって感じじゃないかしら」、妹「そうだねぇ、そうだよねぇ」。

と、この年末年始は、家族にしても、友人にしても、旧交を温めたい人とゆっくりお話ができて、とても豊かだった。思い起こせば一年前は年末ぎりぎりになってインフルエンザらしきものにかかり、急遽お正月の帰省を断念、ひとりで寝どおし寝込んで過ごしたのだった。

今回は、遠方から実家へ帰省した妹にも2年ぶりに会えたし、父と妹と一緒に母のお墓参りにも行けたし、成田山へ初詣にも行けた。父は階段を登りきれるか不安がっていたが、のっしのっしと今年もやり遂げた。やり終えると、それは一つ自信になったようだった。

元日には例年どおり兄一家がやってきて、母の遺影の前に全員集合できた。甥っ子らも背が伸び、すっかり追い越されて、それぞれに頑張って生きている。お年玉の袋を、その場で覗き込むことがなくなった。恒例のことを家族でできることが、ありがたい。家族で顔を合わせてたわいない話を交わす時間が、年を重ねるごと、かけがえのないものに感じられる。

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