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2025-12-21

人を支援する仕事の報酬に「あなたのおかげで」を期待するのは御法度

先日久しぶりに、山をくだっていってか谷をあがっていってか煌びやかな恵比寿の街へ出向いていって、同世代アラフィフの気の置けないおしゃべりに参加させてもらった。まぁとめどなくあれやこれやくっちゃべって帰ってきたのだが、ひとネタ後日まで考えいったことをここに記しておきたい。

仕事のやりがいでいうと、よく「自分がやった仕事が人の役に立って、ありがとうって言われると嬉しい」というのが挙がる。これは素朴にして絶大、ほんとうに多くの仕事に共通するやりがいだと思うし、そういうことを仕事のやりがいとして実感するところに人間の美しさも覚えるというものだ。

一方で、こと「人を支援する仕事」を生業にすると、これはまったく御法度となる。

30歳を過ぎた頃に出会った恩師に学んだのは、人を支援する仕事をする人間が「ありがとう」を期待して仕事しては、まともな仕事はできないということ。

「あなたのおかげで治った」とか「あなたに会えたから今の自分がある」なんて感謝を、内心でも相手に期待しだしたら基本姿勢が崩れる。

逆の立場にたったら、ぱっとわかるだろう。自分が弱っているときに、はなからそんなことを期待して自分に関わってくる人の世話になりたくない、信用ならん、と動物的に拒否反応が芽生えるだろう。何がまずいって、相談者に対する「カウンセラー側の依存心」が認められるからだ。

相談者本人が「自力で快復できた」「自力で問題を解決できた」と思い、場合によっては「カウンセラー、役に立ったかな?」と思えるくらいでちょうどいいことだって少なくない。その時「私がいたから!」とか、くどくど言い出したら、そりゃもはやコントである。言わないまでも、内心でそのことにもやもやが募り過ぎるのは自分の側のプロとしての至らなさなのだ。

これから、カウンセラーがいなくても自立的にやっていけそうだ。そう思う相談者を快く送り出せること。相談者に依存心をもつ自分を認めたら、それはそれで静かに発見して、認めて、自分自身でいさめられること。相手の船出を気持ちよく励まし送り出せること、その役割を全うできないといけない、自分を冷静にモニタリングしてマネジメントできないといけない。

これは人を支援する仕事に就く人が、陥りやすい落とし穴でもあるから、落とし穴、あるぞあるぞと肝に銘じて、自分も落ちる落ちるぞと声をかけながら、そこを突破する足腰を鍛えないことには始まらない。私は大丈夫とか思っているようでは、それこそ危ういし、いつもは大丈夫な足腰を鍛えても、常に自分が平常なわけではないから、そこへの目配せも必要だ。

人の仕事には、いろんなやりがいがある。自分の仕事の一切が「ありがとう」のフィードバックない仕事ではきつい気もするが、そういう仕事もあれば、そうではない仕事もあるバランスがとれれば、けっこううまくつきあっていけるのかもしれない。自分が今、どっちの仕事をやっているのか自覚的になれれば、自分の仕事に向き合うスタンスもコントロールしやすくなるかもしれない。

もともと現場のプレイヤーをしていたが、歳を経て経験を重ねて、チーム単位であれプロジェクト単位であれ現場のマネジメントをしていく段になり、部下や後輩を支援する仕事領域を預かるようになってきた人にも、この2つを分別して関わるような意識が、いくらか時々の振るまい方選び、ストレス軽減の助けになるかもしれない。すごく共有するのが難しいけれども、とりあえずメモ。

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