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2025-12-03

父は奈良へ、私は京都への2泊3日父娘旅行

秋の暮れ、父と2泊3日の奈良旅行へ出かけた。といっても今回の旅は2泊目を別行動にして、父は奈良に住む伯父(父の兄)夫婦の家でもう1泊、私は奈良から京都に移動して又いとこの能楽を観賞(で京都泊)、3日目には父に京都まで一人で戻ってきてもらって(向こうでうまく送り出してもらえれば、乗り換えなし1本で着く)近鉄京都駅で落ち合い、一緒に新幹線に乗って東京に戻ってくるという旅程だ。

能楽師の又いとこから大曲「道成寺」を勤めるので、京都だけど良かったらとお誘いいただいたとき、ぜひこの舞台は拝能したいと思うのと同時に、「いいこと思いついた!」とひらめいたのだ。

ちょうど1年前に父娘で訪ねたときは、京都奈良旅行ながらメインは京都滞在だった。奈良の伯父夫婦のところにも足をのばしたのだけど、旅の最終日の時間的な都合で、伯父宅で1時間ほど、ランチに出て1時間ほどかで慌ただしく失礼してしまった。伯父夫婦にも父にもわるいことをしたなという心残りがあり、今回はそのリベンジ企画である。

​​伯父と父は年子で、兄弟が多い中ではわりあい身近な関係だったようだ。社会人になってからも、現役時代は関西出張の折によく奈良のお宅に泊めてもらったそうで、奥さんとも仲良し。伯父夫婦と父なら水いらずと見当をつけた。

よわい八十を超え、遠方への一人旅はなかなか難しい。とはいえ、せっかく自分の足で歩けるのだ、ややこしい手配ごととターミナル駅の喧騒さえ突破できれば、後はどうにかなりそうでもある。ならば、厄介ごとだけこっちでささと片付けて、突破した先の旅を自分のペースで楽しんだらいい。「なにも東海道五十三次を歩いて行けって言ってるわけじゃないんだし、新幹線に乗れば目的地近くまですいーっと連れて行ってくれるわけだし」と屁理屈こねて親子旅に誘うと、父もまんざらでもない様子で首肯する。

さて、今回は東京駅で待ち合わせ。早速、もともと伝えておいた待ち合わせ場所を無視して「今、新幹線乗り場に着いたよ」と電話してくる父。はいー、5分で行くから、そこで待っててください。先へ、先へと行けるところまで行っちゃうのは想定範囲内すぎて驚かない。ウォーリーを探すのは苦手だが、東京駅でも新宿駅でも僅かなヒントを頼りに父を見つけるのは得意だ。

無事に東京駅構内の新幹線乗り場で見つけて、一緒に切符を買って、父は駅弁と缶ビールを買って、新幹線に乗りこんで旅の始まり。ごきげんにお弁当をたいらげ、故郷の京都駅で下車すると、今度は近鉄線に乗り換えて奈良へと向かう。平城京跡のそばにあるホテルにチェックインすると早速、温泉とサウナへ出かけていった。私は近所の散策に出る。この日は気兼ねない親子旅。

2日目は朝の早いうち、私が「京都へ発つ前に東大寺に行きたい」と申し出て、早々に宿をチェックアウトして出発。奈良公園の前でタクシーを降りると、鹿にまみれて時折アタックされながら(手土産が入ったお菓子の紙袋にかぶりつかれた)東大寺の大仏殿まで徒歩でのんびり向かう。

それにしても天気がいい。風もなく穏やかな陽気。いちょうの黄色と、もみじの紅色が快晴の青空に映えて、遠くに山々が連なる景色はこの上なく開放的だ。

本堂に向かう道中には石段がつきものだが、たいてい一段ごとの段差が大きい。西友のエスカレーター一段ぶんの2.5倍はありそうな縦幅。手すりのない所はさすがに身の危険を感じて、昇る時は父の一段後ろ、降りる時は父の一段前につけ、腕を横にのばし、肩でも腕でも手すり代わりにいつでも使えるようにして一段ずつ慎重に行く。しかし実際に父が体勢をくずして全体重がのっかってきたとき、もつか、もたないよなぁ、共倒れか、よくて衝撃の負荷分散かと思いながら無事に目的地へ。

大仏殿では、前と変わらず壮大な大仏さまを見上げて拝んだ。私が生まれる前からずっとそこに在って、私が去った後にもずっとそこに在るのだろう存在を眺めるのが私は好きだ。ふだんから樹齢何百年という大木の下を、習慣的に往来しながら暮らしているのは、そういう理由である。

東大寺を後にすると、伯父の家の最寄り駅まで移動。伯母(父の兄の奥さん)が車で迎えにきてくれて、父がお世話になりますと深々ご挨拶。数点の「父がやることなんですけれども、忘れていたら声をかけてやってください」メモを伯母に手渡して一つずつ説明すると、快く引き受けてくださった。あとは丸一日、足が不自由なので家で待っている伯父と、3人で水いらずだ。

車に向かう伯母と父の後ろ姿を駅の改札で見届けると、私は再び近鉄線に乗りこんで京都に向かった。私の旅の話は、また別に、いくらかでも言葉にして書き表せたらいいな。

あけて3日目は、父にも伯母にも、13時半までを目安にして京都駅に戻ってきてほしいと伝えておいた(東京に戻ってから父が帰宅ラッシュに巻き込まれないための時刻)。加えて、京都に向かう電車に乗り込んだ時に、どこそこを今出たでも、京都駅に何時に着くでもいいから、LINEなり電話なりで一報入れてくれと頼んでおいたが、13時をまわっても一切電話が鳴ることなく、LINEの通知もなく過ぎた。

行きの東京駅と同じく、連絡ないまま「今、京都駅着いたよ」と電話が鳴るのは想定範囲内、困っていなければいいのだが。で結局、本当に「今、京都駅着いたよ」と、着いたときに初めて連絡が入って、笑ってしまった。ともかく無事に帰ってきて時間通り落ち合えれば、こちとらノーストレスである。不慣れな近鉄京都駅でも、半径数十メートルくらいに目線をビーッと投げて、父を見つけた。なんだろうな、あの人混みの中でも親を発見できる能力というのは、人が持つ野性の力なのだろうか。

柱に寄りかかっている父に声をかけると、父もほっとした表情を見せた。兄弟げんかしなかった?電車は座れた?何食べてきたの?ゆっくりおしゃべりできた?と、お姉ちゃんみたいな、お母さんみたいな心持ちでいくつか簡単な質問をふってみると、まずまず好ましいひと時を過ごせたようで、ほっとした。何を話したのか聞き出すような無粋な働きはしなかったが、遠方訪ねてきた甲斐はどうやらあったようだ。

京都駅には、昨日大曲の熱演を終えたばかりの又いとこが見送りに来てくれて、父とも再会。新幹線ホームまで上がって見送りくださっただけでなく、富士山側のグリーン券をさりげなくプレゼントしてくれたのに気づいたのは、乗車してから。粋が過ぎる!と心から平伏して、車窓越しにジェスチャーでお礼を伝えた。

新幹線が発車し、荷物を片づけ、おしゃべりして一息つくと、父が「みんな、よくしてくれてありがたいなぁ」と口にした。父「兄貴は足悪くしてるからなぁ」、私「だから歩けるお父さんが会いに行くんだよ」、父「そうだ、だから会いにいったんだ、金かけて。兄弟の義理やな」、私「そういうの、義理って言わないよ」、父「そうか、なんや、愛か」、私「そうだ、愛だ」と会話した。良い旅だった。

*Instagramの写真

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