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2025-09-24

新人がまだ見ぬ「大変だが成長実感できる仕事」との邂逅演出

3月末から4月初旬にかけて今年の新卒社員に実施されたアンケート調査で、「自分が働く環境として、最も魅力的だと思うもの」を次の4つから選んでもらう設問があった。*

  • 仕事はかなり楽だが、成長の機会は限られている環境
  • 仕事はそこそこ楽で、成長の機会も少しはある環境
  • 仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境
  • 仕事はかなり大変だが、圧倒的に成長できる環境

さて、どれが一番だったと思うだろうか。また、どんな比率で回答が分散したと見当をつけるだろうか。

結果を言えば、こうである。

  1. 仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境(58.8%)
  2. 仕事はそこそこ楽で、成長の機会も少しはある環境(30.6%)
  3. 仕事はかなり大変だが、圧倒的に成長できる環境(6.8%)
  4. 仕事はかなり楽だが、成長の機会は限られている環境(3.8%)

回答の過半数を占めて、6割近かったのが「仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境」だ。

ずいぶん昔のことになるけれども、自分も社会に出る頃には、そんな感じだったから、これがどんな心持ちなのか思い馳せた。

自分の若い頃で言えば「この選択肢を4つ並べられて、どれか選べと言われればこれを選ぶ」わけだが、そういうお膳立てで問われないかぎり自ら「仕事の大変さ具合」と「成長の実感具合」を絡ませて、こういうバランスの職場環境がいいだなんて仕事観には、まるで思い至っていない。これの回答者の皆が私と同じとは、もちろん思わないけれども、それが実際のところという人も一定数いるんじゃないかなぁとも思う。

若き頃、自分がそんなぼんやり具合だった記憶が鮮明に残っているからこそ、そんな自分を社会に引き込んでくれて「大変だが成長実感できる仕事」機会と、いくつも何度も巡り合わせてくれる大人たちがいたことの好影響をありがたく自覚している。私が社会に出て早々、自走しだして30年充実した仕事人生を歩んできたのは、あのときの大人たちのおかげなのだ。

だから、この6割の若人たちを、まだ見ぬ「大変だが成長実感できる仕事」と邂逅させる心がけと、演出の創意工夫が、我ら年輩者のミッションの一つではないかという気持ちが募る。

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この6割の人たちが1年後、3年後、5年後にどういう仕事観を育んでいるかには、彼・彼女らと直接現場で接点をもつ職場の大人たちが多大な影響を及ぼすと思うのだ。それは社内の上司・先輩に限らず、社会に出てから彼・彼女らが接点をもついろんな大人たちでありうるだろうと。

なんだか最近似通った話ばかり書いている気もするけれども、老害を働かないように、ここで断絶すべき慣わしを自分たち世代で食い止めて若手が苦しまないで済むようにと努めるのも大事なのだが、それ一辺倒で、先人が連綿と受け継いできた、あるいはアップデートしてきた「若手を育てる」「次世代に継承する」の一切合切を、ここで断絶してしまうのは、それはそれで浅薄だろうと思えてならない。

「仕事」という概念を、「奴隷のように働く」といった解釈一つに縛りつけたままとせず、有意義な仕事、人の役に立つ仕事、自分を成長させる仕事、自分の人生を充実させる仕事、自分の可能性を広げる仕事と、いろんな意味づけ解釈の広がりを提示して見せてきてくれた先人たちの豊かな営みも、それはそれであるのではないかと。

私は私で偏った自分の体験をもとに考えをもち、こんなことを書き連ねているわけで。そういう自覚はわきまえつつも、あのとき自分を受け入れてくれた大人たちへの恩返しの念をもって、自分より若い人たちに、そこにある仕事を「大変だが成長実感できる仕事」として邂逅できるように言葉を尽くしながら、つなぎ役を務めたいと思う。本当に少ない人たちに向けた、ごく小さな影響力しかもたず、儚いつなぎ役にすぎないけれども、私にとって、それは尊い現場仕事だ。

* 2025年度(第36回)新入社員の会社生活調査|産業能率大学総合研究所(2025年7月)

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