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2024-06-18

「リ・スキリングによる能力向上支援」の眉唾さ

政府が6月7日に「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版案」を取りまとめたという資料を覗いてみた。とりわけ「リ・スキリング」と「ジョブ型雇用」という言葉には眉間に皺寄せがちな私だが、前者でいうと「リ・スキリングによる能力向上支援」という言葉に、ちょっとまやかしが入っている気がして、自分の眉間の皺の理由を落ち着いて考えてみた。

「リ・スキリング」の観点で一番見入っちゃったのは、「AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上」という調査資料だった(クリック or タップすると拡大表示する)。

AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上

AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上(85ページ)

これは、組織がAIツールを導入して従業員の生産性が向上するか調べたところ「特に、スキルの低い従業員の効果が顕著」だったという調査結果だ。「AIツールは、高スキルの労働者のベストプラクティスを反映しているため、低スキルの労働者が特にその恩恵を受ける」としている。

これを見て私が認識新たにしたのは、「AIツールを導入すると、低スキル層を“低スキルのままで”、組織は生産性を向上させることができますよ!」って言っているんだよなぁ…ということだった。

多くの人にとって「だから前からそう言ってるじゃん、AIツール導入ってそういうことじゃん」という話かもしれないが、グラフ上に赤く灯されたLowestを眺めながら私は改めて、そうだよなぁ、そういうことだよなぁと感じ入ったのだ。

というのは、「リスキル」という言葉が輸入された当初「アップスキル・リスキル」と2個セットだったのが、政府が労働市場改革とやらでDX推進とかAI活用と関連づけて発信するようになって、にわかに「アップスキル」が削られ、「リスキル改めリ・スキリング」が単体で見聞されるようになったのを訝しみつつ様子みていたからだろう。

この資料を見て、これは狙って「アップスキル策ではなく、リスキルに焦点化した施策」ということなのだと、ようやく合点がいったというか。

2つを区別するなら、リ・スキリング施策というのは人材のスキルアップを経由しない、結果的に経由するとしても前提・絶対とはしない施策を講じるということである。

組織からすれば、導入したAIツールを従業員が早く正確に使えるようになってくれて生産性を上げてくれればOK。もっと自動化できれば、その仕事に人をつけなくて良くなるか、つく人数を減らして人件費を削減できる方向が、目指す先だ(雑に単純化すれば、だが)。

働く従業員個人の視点からリ・スキリング施策をみると、会社が導入したAIツールを運用できるスキルを身につけたとして、自分のエンプロイアビリティ(他社で雇用され得る能力)が高まるわけじゃないという話だ。そのAIツールがポピュラーかつ採用市場で高く評価されるものなら話は別かもしれないが、そうでないかぎり勤め先が導入したAIツールが操作運用できるようになったところで、そのスキルも経験値も自分のキャリア市場価値を上げることには寄与しない。

とすると、個人のキャリア戦略としても、組織のHR戦略としても、リスキリング施策と別に、アップスキルのために「私として」「我が社として」課題設定し施策を講じる論点は残されているということだ。そして、こここそ、まさしく各人・各社固有の考えどころだ。やっぱり「アップスキル・リスキル」は2個セットだよな、と改めて。

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