« 書いていないことを特定しにかかる想像力と闘う | トップページ | 目標設定「SMARTの法則」って何の頭文字か問題 »

2023-05-04

せっかくだから税務署へ行く

3月末、freeeというクラウドサービスを使って開業届を出した。税務署へ行かずに開業届を出せるという触れこみで、ネットで手続き完了!しているはず…だったが、4月半ばを過ぎても税務署からこれといって連絡は入らないし、ダウンロードしたPDFファイルは手元にあれども、ハンコも直筆サインも入っていないモノクロの書面には、そこはかとない心許なさを覚える。もそもそと落ち着かない。

それで先月下旬に入った頃、ちょうどいい小一時間が見つかったので「私の開業届、本当に提出できているのかしら」疑惑をあらった。直接、税務署を訪ねてみたのだ。管轄の税務署は近所にあり、その日はぽかぽかの散歩日和だった。

道すがら、これはあれだな、初めてインターネットで電子メールを送ったとき、それが本当に相手に届いているか心配で、「ねぇ、私のメールちゃんと届いてる?」って電話かけちゃうやつだな、と思った。昭和生まれの末路だ。

freeeを疑っていたわけではない。freeeがユーザーに期待する手続きを、自分が全うできているかに不安があった。せっかく税務署も歩いていける距離にあるんだし、せっかく想定外に開業なんぞ経験しているのだから、社会科見学も兼ねて直接訪ねてみよう、そう思ったわけだ。最近「せっかくだから」という発想で活動方針を決めることが多い。

せっかくだから、オンラインではなく直接会いに行く。せっかくだから、電車に乗らずに歩いていく。会えるのだから会いましょう。青空だから歩きましょう。選べるのだから選びましょう。そうやって4月は多くの人に会い、多くの青空の下を、てくてく歩いた。そうなさい、それがいいわと、私の死生観2.0が促す。

大通りを横道に入って静かな小道を行くと、税務署らしい構えの税務署がある。中に入ると、銀行や役所の窓口のように機器からペロリと番号札が出ている。引くと、すぐに自分の番号が呼ばれた。閑散期なのか来客は他に2、3人しか見当たらなかった。受付で用件を説明すると、それ用の申請書を提示され、こことここに必要事項を書くようにと促された。

年貢の取り立て屋みたいな人が出てくる可能性も想定内に入れて訪ねたが、受付の対応は丁寧だった。そこで待つように言われたまま、20分だか30分だか経過した。いったい全体どこまで確認に行っているのだろうと、閉められた扉の向こう側の混沌を想像しながら静かに待った。

背後では、英語話者の来客に、税務署の人、間をとりもつ通訳者の3人が、あれこれ話していた。3人とも大変だ。目の前のモニタには、インボイス制度の説明動画が流れていた。

受付とは別の方から声がかかって振り向くと、おどおどした様子で女性が立っていた。「出てないですね」「えぇ!?」という、やりとりをした。どこで手続きが止まっているのか手がかりを得ようと2、3質問を投げてみたが、あちらで答えられる仮説や助言はなさそうだった。見逃し三振、バットを振る気がなさそうだ。次の予定も時間が迫っていたので、「じゃあ家に帰って自分で今一度調べてみますね」と行って立ち去ろうとした。

すると先方が「電話のサポートがあるので、電話番号をお教えしましょうか?」と言う。せっかくなのでお願いした。次の予定まで時間がかなり迫っていたが、迫りすぎて、もはや電車移動をあきらめていた。タクシー移動と割り切れば、多少時間が余るだろうという見込みで、彼女を扉へ送り出した。さすがに電話番号をメモって戻ってくるくらいなら1〜2分だろうと見積もっていた。

しかし「じゃあ念のためお願いします」と頼んでから、また10分くらい戻ってこなかった。あの扉の先はジャングルと化しているのだろうか、ツルに手足を取られて茨の道を行く彼女を想像しながら待った。

帰ってきた彼女は「すみません、やっぱり出ていました」と言った。二度目の「えぇ!?」を返した。3月末に提出された届けは、まだ税務署内の2階で処理が途中だが、とにかく2階にはあるということのようだ。

とにかく、こちらの手続きには問題なく、届け自体は出ているというので安心した。署内の処理はまだ途中だから連絡が入らなかったということか。「届いていることが確認できれば良かったです、安心しました、あとはお任せします」と言って、今度こそ立ち去ろうとした。次の予定まで時間がない、大通りですぐタクシーはつかまるだろうか。

しかし「では、もう少々お待ちください」と彼女が言う。いや、ここで待っても仕方がないではないか?「直接訪ねてきたんだから今すぐ、他より先にやってくれよ」と奇襲攻撃をかけに来た人とか思われているのだろうか。いや、別にそんな野蛮なことを望んでやってきたわけではない、誤解だ、提出順にやってくれたらいい。「いや、次の予定も迫っているので、あとはお任せします。自分の手続きに問題なく、きちんと提出できているかを確認したかっただけですから、それが確認できて良かったです」と落ち着いたトーンで答えた。私は善良な市民だ、危害を加える気はないと伝えたかった。「え、そうですか?」と意外さを示す彼女、一層落ち着いた声で「えぇ」と応じる私。

これで立ち去るのも今ひとつ、コミュニケーションとしての不足感を覚え、せっかくだから「あ、ちなみに」と質問を加えてみた。ものの本によると個人事業主になるにあたって、地域税事務所に個人事業開始申告書を提出せよとあった。「それは、こことは別のところですよね?」と尋ねたら、「あ、そうですね。それは別のところです」と言って、ぷいっとされてしまった。「税務署は国税、都税は別管轄」ということのようだ。

低層階がいかに縦割りでも、おなじ税仲間なんだから上層階のユーザーインターフェイスとして一般市民への受付対応は、もう少し仲良しをよそおって案内してくれてもいいじゃないかと思わないではなかったが。まぁいいや、私が断ち切った感じではなく、向こうが断ち切った感じでコミュニケーションが着地したので、なんとなく気持ちも落ち着いて、その場を後にした。なんだろうな、この安堵感の覚えは。

つまりfreeeのオンライン完結は本当、税務署には行かなくて大丈夫だよという話だ。全然畑違いの人が働く職場を見学できたのも良かったし、「せっかくだから」は人の営みを豊かにするなぁという話だ。もう税務署に直接行くことはないかなぁと思うけれど「せっかくだから」は大事にしよう。にしても、なんだろうな、この不足感と安堵感の覚えは。

« 書いていないことを特定しにかかる想像力と闘う | トップページ | 目標設定「SMARTの法則」って何の頭文字か問題 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 書いていないことを特定しにかかる想像力と闘う | トップページ | 目標設定「SMARTの法則」って何の頭文字か問題 »