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2022-06-01

いってることと思ってることが完全に同じなんて

このところ立て続けに、70歳以上の人が著した本を読んでいる。そうすると「著者とまったく同じ心もちじゃないか」と自身の老いっぷりに若干ひいてしまうところもあれば、著者が老いと関係づけているところ「それって老いと関係なくない?ただの性格では?」と思うところもあり、また「さすがに私はそこまで老いてない」と著者と比べりゃ私などぺーぺー(ぴちぴち)と思うところも出てきたりして、なかなか複雑な刺激を得られる。

高橋源一郎さんの「これは、アレだな」*も、そのうちの一冊。今日TBSラジオの「たまむすび」を聴いていたらブルボン小林さんがタイトル推しの3冊で紹介していて、おぉまさに読んだばかりの本が!と驚いたのだけど、ほんとタイトルも、いい。

「これは、アレだな」という7文字にして、何か「これ」というお題をポンと置いて、それに別のところの「アレ」をもってきて結びつけて何がしか語るコラムというイメージが立ち上がってくる。

この本は、気になった「これ」に似ている「アレ」を森羅万象の中から探し出して提示するコラムで、「サンデー毎日」で連載したものから46回分(2020年秋から1年分)を単行本化したものだそう。

みんなが「こんなことは初めてだ!」とか「こんなの初めて見た!」というなら、あえて、「いや、同じことは、前にもあったんだよ」と呟いてみたくなったのである。つまり、「これは、アレだな」と。

というわけなのだけど、「これ」と「アレ」に各回いろいろ代入できて、それぞれに何を入れて関連づけて語るかに毎回、著者が腕をふるう連載ならではのフォーマットが美しい。

その手前には、こんな問題提起が書いてあった。

人々の意見は、「これか、アレか」に分かれ、「これ」派と「アレ」派の間で、相手を殲滅し尽くすまで終わらぬ激しいバトルの応酬が始まる。(中略)しかし、ほんとうに、この世界は、「これか、アレか」で分けられるものなのだろうか。「これ」と「アレ」の間には、無限のグラデーションがあるのではないか。

そう簡単には、これとアレに分けて甲乙や正誤をつけられるものじゃない。そんな単純なことなら、人の意見はそうそう割れない。

議題にあがるようなことの多くは、たいていAという側面もあれば、Bという側面もある。AとBが対置するとき、どうAとBの極を並存させるか、関係づけるか、社会的にはどう整理をつけるとして、自分ごととしてはどうつきあうか、どう距離をおくか。社会的な成り立たせ方と自分ごとの受け入れ方を、どう整理つけていくか。このイレギュラーケースは、どう対応するのがいいか。そういうことに言葉を尽くして議論していくのが大事なんだろう。

「AかBか」ではなくて、「AもBも」のロジックに頭をひねり、知恵をしぼり、心をくだく。そのときに私たちを支えたり導いたりしてくれるのが、森羅万象、古今東西の教養というもの、そして心の余裕なんだろうな。そう実感させてくれるコラム集だ。

ところで、私がこの本の中で、目を止め、立ち止まって、二度三度と読み直した一節がある。

人間、そんなに単純ではないのだ。いってることと思ってることが完全に同じなんて人間はないのである。

そうなの、だよね。私は相手の「いってることより、思ってること」に焦点をあわせて人に向き合うのを常としているけれど、なかなか心がひりひりすることって多い。人の思っていることなんて結局わからないし、相手も自分でわかっていなかったりするわけだし、答え合わせなんて一生できないんだけど。

でも相手が「自分は、自分が思っていることを言っている」と思ってるんだろうなと伝わってくるのに、受け取る側の自分にはそうじゃないんじゃないかなって思われることは、けっこうあったりするもので。そういう思い込みへの疑惑というのは、そう簡単に相手に問うこともできないし、なんとなくひりひりと感じたまま自分の胸のうちで仮説を転がし続けることになる。

相手がどうこうばかりじゃない。自分だって、そうなんだ。だから、せめてそのことに意識的に、丁寧に、慎重に、自分の言っていることは本当に自分が思っていることなのかと自問自答する。よぅく観て、見抜くように努める。そうすると、誰かに言ったそばから、自分の思っていることが言ったことと違う方向にうごめき出すのを察知することもあったりして。まったく単純じゃない、人も自分も、人間というのは。

*高橋源一郎「これは、アレだな」(毎日新聞出版)

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