「良いものを真似してみる」という学習の基本
人が作ったものをそっくりそのまま真似して、作ったものをネットに公開した行為が問題視されることがある。それは確かに著作権侵害であって違法だ。ただ、そのときに勢い「その行為の一部始終」を分別なく全否定するSNS上の発言も見られる。
「持論だけど、人のものを真似するより、一から自分でオリジナルのものを作る経験を数こなしたほうが力がつく」とか言われると、そう、かも?と思うかもしれない。
けれど、ここには一つ落とし穴がある。それを続けているかぎり、自分が思い描けるかぎりのゴールしか目指せないし到達できない。その人が初心者の場合、設定できるゴール自体が低く偏狭になりがちだ。熟練者が到達するレベルとはどんなものか、それを具体的に思い描いて設定することがまず難しい。
「良いものはたくさん観ればいい、真似なくていい」と思うかもしれないが、観るのと真似るのとでは取り込めるものに雲泥の差がある。冷静に考えて、「良いものを真似してみる」という行為そのものは尊いことだ。そうやって人は人から学んできた。
人のものを真似しちゃダメなんだというところまでまるっとひっくるめて冒頭の行為を否定してしまうと、良いものに真似ぶ行為いっさいに手を出せなくなる。すると初心者が、初手からいきなりオリジナリティあるものを作り出すお題を抱え込む。それでは一歩も踏み出せずにおじけづいてしまう人も出てくる。そんなの、むちゃな話だし、それを求める人も自分がさんざん先人のやり方を真似して生きてきたことに対して無自覚すぎるのではないかとも思う。
良くできているなぁと思うものを真似すること自体、腕を磨くトレーニング法として否定される筋合いはない。手を動かして真似てみないと気づけない職人の技というのが、良い作品にはたくさん詰まっている。
何の道具を使って、どこの線をどう表現したら、この絵が再現できるのか。どうしたら、この色が出るのか。ここに壁の傷を描いたのはどうしてなのか。光のあたり方は、なぜこうなっているんだろう。ここに陰影をつけることで、何を印象づけたかったのか。なぜ被写体をこういう表情・姿勢にしたのか。この構図を決めるには、最初にどういう思案があったのだろう。美術館を訪れる人が一枚の絵にかける時間は平均17秒だそうだが(*1)、そうやって観るだけでは気づけないものが模写する体験の中にはたくさんある。
文章だって、ポール・オースターが「幽霊たち」(*2)の中で
書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない
と書いているのを読んだときは、んな無茶な…と思ったが、実際に部分的でも自分の心に刺さったところの文章を書き写してみると、なぜこの言葉を選んだのか、なぜこういう比喩表現を作り出せたのか、これを伝えるためにもってきたエピソードがこれとは見事だなと、文章を書く行為を追体験したからこその感嘆ポイントに遭遇することがある。
もちろん、真似する中で何をどこまで発見するか、何を受け止めるかは人によって千差万別。表層的な再現に留まる人もあれば、なぜ作者はここでこういう作り方を選んだのだろうといくらでも掘り下げて再現性あるスキルとして自分に取り込む人もある。「きっとこういう意図があったんじゃないか」とか「自分も、こういうときには、こういうアプローチをとってみよう」とか仮説立てて考えている時点で、それは作者の模倣行為から離れて、自分独自の学びの世界に足を踏み出しているとも言える。
教科書、参考書、入門書で学ぶところのさまざまな分野の「一般的な型」も、これと同じように思う。まずは型通りやってみる、型を覚える、型通りできるようになるという足場づくりは、たいそう意義深い学習ステップだ。
佐渡島庸平さんが著書(*3)の中で、型とオリジナリティの関係をこのように書いているのが刺さった。
こうして型を更新したときに現れたものこそが、「オリジナリティ」だ。逆に、型のないまま、自己流だけでたどり着くのは、大抵、もうすでにある型の劣化版だったりする。
オリジナリティとは、型がないのではない。型と型を組み合わせるときに生まれる。いかに遠い型と型を組み合わせるかが革新を生み出す。だから、「革新は、辺境から生まれる」と言われるのだ。オリジナリティがあるものをつくるためには、型を携えて、辺境へ行く必要がある。
型によって「伝わる」が担保される。その型の中に、書く人の「記憶」が詰め込まれる。その記憶の部分に個性が宿る。
オリジナリティにこだわって、真似ることを嫌う人が、型を使わずに自由に語ろうとする。すると、とにかく、伝わらない。そうではなくて、自分が語りたい記憶・体験を物語の型に入れて話すから伝わるのだ。
オリジナリティって、そんなに気張らず、ゆっくり着実に育てていったらいいんだ、いけるものなんだ。そういう考え方は、平凡な自分を大いに励ましてくれた。
*1:エイミー・E・ハーマン「観察力を磨く名画読解」(早川書房)
*2:ポール・オースター「幽霊たち」(新潮社)
*3:佐渡島庸平「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(SBクリエイティブ)
« わーっと立ち上がってくるときは境界線なんて踏み倒している | トップページ | 人間のいいところは »
コメント