夜更けのバーテンと馴染み客の会話
都心の路地裏にあるオーセンティックバーで、夜更けまで友人と語らう。友人がお手洗いに席を立ったところで、逆側に座っている男性客の声が耳に入ってくる。歳の頃は50代半ばくらいか。ここは馴染みの店のようで、カウンターの中の店員さんに「B-29」ってカクテルを知っているかと問うている。知らないと返す彼女に、男性客はカルーアとなんとかとなんとかとで作るんだとレシピを披露する。私は前を向いたまま、その会話を聞くともなく聞いている。
店員さんが男性客に、召し上がります?と尋ねる。あぁ、そうしようと男性客は応じる。店員さんは、カウンターの中央で立ち働くバーテンの女性に近づいていって小声で確認をする。B-29って、ご存じですか?というぐあいに。
バーテンの女性は、知るとも知らぬとも反応を示さぬふうのまま、すーっと奥へ消えていく。私は彼女が現れるのを待つともなく待って、前に並ぶお酒のボトルを見るともなく見つめて過ごす。
ほどなく、バーテン女性がカウンターに戻ってくる。私の前を通り過ぎ、一番左端に座る男性客の前まで行って、B-52、ですかね?あれとこれとそれで作る、とレシピをそらんじて穏やかに語りかける。男性客は、あぁーそうだそうだと応じる。バーテンさんは、ふふ、B-29だと爆撃機になっちゃう。男性客も、本当だ、本当だ、B-29じゃ爆撃機だよ。
これがオーセンティックバーのバーテンと客の会話か…と、私は静かに聞き耳を立てつつ、目線を正面のままとする。ここで身動きをしては、この会話に反応していることがばれてしまう。バーの客しろうとは、この会話に立ち入らぬほうが安全だ。なんとなく、そう思って、姿勢を固定する。でも、ちょっと口角があがってしまう。
翌朝ふいにそのことが思い出されて、B-52についてぐぐってみる。するとB-52もアメリカのボーイング社の爆撃機の名前由来だった。オーセンティックバーのバーテンと客の会話。しばし、その場に居合わせた隣席の客として添える気の利いた一言選手権を脳内で催してみたが、なかなかいいセリフが思いつけない。口を開かないのが、やはりスマートということなのか。こういう日が、たぶんあっていい。日常の一コマに、きっとあっていい。
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