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2022-01-27

「Web系キャリア探訪」第36回、自分の興味って何よりの源泉

インタビュアを担当しているWeb担当者Forum連載「Web系キャリア探訪」第36回が公開されました。今回は不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」をはじめ、さまざまな生活関連サービスで事業を多角化するLIFULL(ライフル)の小川美樹子さんを取材しました。

コーダーからUXリサーチャーへ! 興味あることを追求して築き上げたキャリア

小川さんとは「CSS Nite」というWeb制作者向けイベントが立ち上がった2000年代後半から面識はあって、セミナーや懇親会の会場などで顔を合わせていたのですが、きちんとお話を伺うのは今回が初めて。気がつけば、最初にお目にかかったときから10数年の年月が…。

記事内でインタビュアの森田雄さんが解説くださっているとおり、1990年代から2000年代にかけてHTMLやCSS、Adobeのグラフィックツールなど使ってWeb制作の仕事を始めた人は、これまでの道中で「今後あなたは、どこ専門で極めていくんですか?」っていうキャリア選択の分岐点があった方、多いと思うんですよね。

Webまわりの市場発展、制作技術の専門高度化、業務の複雑化、職種の専門分化とあれやこれやの変化にもまれて、そのままの職能を発揮しているだけでは、このさき自分の労働市場価値を維持できない壁が立ちはだかってきたというか。

JavaScriptに抵抗がない人は、フロントエンドエンジニアとして実装力を高めていく。一方で、どうにもそっち方面は肌に合わないという人は、別の路線にシフトチェンジを余儀なくされたりして。

グラフィックデザイン出自の人は、それを足場にしてWebサイトやスマホアプリのUIデザインを極めていったりとか。紙もWebも媒体特性を使い分けてビジュアルデザインできるところを強みにしていくとか。

あるいは、文章を中心としたコンテンツ作りを極めていくと、Web媒体のライターというのもあったり。情報を構造的に扱うというのだと、インフォメーション・アーキテクト(IA)に進む人も。

またマーケティング、ビジネス寄りに軸足を移す人もいれば、アクセス解析を極めてデータの扱いに長けたアナリスト、データサイエンティストに転じる人もいたのかな。

新しい技術、潮流を取り込んで仕事化する技術者な人だと動画編集とかもあるかと、とにかくいろいろな展開を見せている感じ。

そして小川さんが関心をもって追求したように、ユーザビリティ、HCD、UXデザインの方向に向かった人も少なくない。

小川さんのキャリア話をうかがうと、就職してからここ20年とかで起きた技術進化、Web制作まわりの労働市場の変化、そして自分自身の関心の変化や広がりを、見て見ぬふりすることなく都度、正面から丁寧に受け止めて適応してこられた様子がうかがえます。力みなくお話しされる中には、彼女の着実さと大胆さ、自主性と受容性が健やかにバランスされている感じがして、大変聴きごたえがありました。

時と場合によって、転職を選ぶこともあれば、今の組織の中で自分の役立てどころを模索して自ら作り出していく選択もしてこられた。事業ステージに応じて、いま自分がどう組織に貢献できるか、それは自分の関心事とどう結びつけることができるか、主体的に問いを立てて、組織と良い関係をつむぎながら仕事に向き合ってこられているんですよね。

組織の中での自分の役割や仕事内容を、組織がこしらえた枠組みありきではなくて、自分で思案して、上司や周囲と相談しながら作り出していく。組織内にとどまらず、社外も含めて活動を広げ、経験を積んでいっている。それを地で行っている感じが素敵だなぁと思いました。

「自分の興味の向くところ」って、大事な自分のキャリアの道先案内人になる。自分の中に芽生えてきた関心ごとを、適当に扱っちゃもったいないな、それを育てて役立てたいなら、注意をもって拾い上げて、実務で活かせるレベルまで自分で引き上げていく活動に出るべきだよな、そうしたらきっと楽しいよなって、シンプルに背中を押してくれるようなお話です。私もそろそろ元気を取り戻さねば。ぜひお時間の良いときに、読んでみてくださいませ。

2022-01-15

良いと思ったことを、良いと伝えることの救い

昨日は、すごく豊かな時間があった。年明け早々、数年ごぶさたしていた方からメールを受け取って、相談があるというので会社に迎えて話をした。前にお仕事でご一緒したときと、ちょっと似た感じの課題を抱えていて、相談相手に私のことを思い出してくださったと言う。そんなことがあるだろうか、あったのだ、それだけでも涙が出るほど嬉しい。

大きな会議室をとって、アクリル板をはさんで1対1でゆったり話し込む。近況をうかがい、旧交を温め、最近考えていること、抱えている思いなど、いろいろと紡ぎ出される話を聴いては、私も思ったこと、意見やアイデアなど、あーだこーだ話して語らう。一つの空間の中で、声が響き合い、視線で確認しあい、時間とともに話の中身も深まっていく。その時間と空間の肌触りが快い。

終わりぎわ、すごく具体的なアイデアやヒントももらえたし、考えも整理できたし、よしやってみようって気持ちにもなれたと感謝してもらえて、あぁそんな言葉を自分がかけてもらえることがあろうとは…と、こちらこそ元気をたくさんもらった。相手の目を見ていると、そう本当に思ってくれたんだと受け取れる。

私の最近のコミュニケーション事情を振り返れば、手応えを覚えられないことの連続で、あぁ自分の言いたいことは少なくともこの場では意味をもたないのではないか、相手に無用なストレスや不快感を与えているだけなのではないか、無駄に時間を奪っているだけなのではないかと、最悪の可能性を想定せざるをえないことが多い。

実際はいくらか好ましく働いている可能性もないわけではないが、私は職業がらか、関わる人の誰より自分が最低最悪の可能性を想定内に入れておきたいという意識が強く働くので、この自分で自分をボコボコにするセルフフィードバックは自動で作動する仕組みになっており、甘んじて受け入れるほかない。相手方みずからポジティブなフィードバックが発せられないかぎりは、最低最悪の想定をしておいたほうが、事態の見立てをへたに誤らずに済む。

空振り、空焚き、空回り…。自分が熱くしゃべってしまった後にはだいたい、こういう言葉が頭の中に浮かんでくる。小さなリアクションやノーリアクションからは、一定の賛同を得られているのか、それとも軽蔑されているのか、うるさいやかましいと思われているのか、推し量るのが難しい。

今はそういう中でも、自分のおおもとの考えや思いには意味があると信じて頑張り続けるべきときだという暫定的評価を与えて、やり方を見直しながら試行錯誤の只中にいる。しかし、そもそも私が信念をもって大事にしたいと思っていることそのものが、この場では無価値なことの可能性も、常につきまとっては試行錯誤する私を静かに見おろしている。

そんな暗中模索期にあって、今回の明確にポジティブなフィードバックを与えてもらえたのは、身に染みまくったのだった。あぁ私の言葉やふるまいがポジティブな意味をもって伝わることもあるんだ…と救われた気がした。これをもってまたしばらく、自己批判と自己肯定のバランスをマネジメントしながら、暗中模索してみよう、試行錯誤してみようと思う今年の仕事始まり。

そして、思うのだ。私も、自分が良かった、助かった、救われたと思ったときは、そうその人に明快に伝えたい。素晴らしいと思う、私は賛同する、素敵だなと思うなら、私はそう思うって伝えようって。それは、とてもとても大事なことなのだと。今回はそういうエール交換もできた気がする。

2022-01-03

「水よ踊れ」と、新年の気持ち

昨年の秋、縁あって大学での特別講義をさせてもらった。コロナ禍でオンライン授業になっているため、キャンパスに出向いて対面で話すことは叶わなかったけれど、収録した講義動画を見終えた学生さんからのアンケート回答をもらうと、「あぁ届いたんだ」という感慨を覚えた。回答は270名に及び、全員分の感想コメントを文書ソフトに貼り付けてみると、数十ページのお手紙を受け取ったような心持ちになった。

相手は1年生から4年生まで入り混じる。「キャリアをデザインする前に知っておくと良さそうなこと」という1時間半の講義の中に、私は数十のポイントを埋め込んだが、当たり前に刺さるポイントは人それぞれ違う。同じ話を聴いているのに、みんな違うコメントを書く。あぁ、この人にはこれがツボったんだ、この人にはあの部分が…と、それだけでもおもしろく、ありがたく、うれしかった。

自分はキャリアデザインというものを少し難しく考えすぎていたとか、自分が本当に嫌いなのか知るためにも様々なことに挑戦してみたいと思ったとか、「自分」を主語にして書かれた文章はすがすがしく、それがもう、あなたという個の表れなんだと思う。

共通して見られたのは、これまでなんとなく身構えていたり、頭でっかちになって萎縮していたり、型や方法論を重んじて窮屈になっていたキャリアへの向き合い方を開放的にとらえ直して、自分のものとして手探りしていこうという雰囲気をまとった文章、自分の届けたいメッセージをきちんと受け取ってもらえたという手ごたえが得られて、それもまたうれしかった。

私は講義の中で、キャリアの概念は時代を経て、社会が豊かになるにつれて、その意味を膨らませてきたという話をした。

職業選択の自由がなければ、キャリアについて個人があれこれ思いを巡らせても仕方がないかもしれない。農家に生まれれば農業を継ぐのが当然、長男に生まれれば家業を継ぐのが当たり前、若い男なら戦地に行かなきゃいけない、そういう時代背景のもとに生まれていれば、選べる自由もなかった。

生まれた地域がどこかによっても、選択の余地は変わってくる。今の時代でも、住む場所、移動の自由がきかない紛争地帯に生まれていたら、選択の自由は大きく制限される。この講義をしたときは、ちょうどアフガニスタンから米軍が完全撤退して間もなく、カブール空港では自爆テロが起き、国外退避希望者も身動きままならずというニュースを連日受けとめていた。香港や台湾も、中国から強大な圧力を受けて苦しむ日々を報じるさなか。

私たちは住む場所を選べる、職業を選べる国・時代にいるけれど、これは当たり前のことじゃないし、多くは自分の力で勝ち取ったものでもない、たまたまですよねと語りかけた。もしかすると、そういうバックグラウンドではない、自分で勝ち取ってきたんだという学生もいるかもしれないという懸念はありつつも、そこは容赦してくれと思って一方的に話を続けた。

後のアンケートには、この話に言及している人がけっこういた。自分がもっている選択の自由という環境を意識化できた。その認識を足場にして、自分の選択を大事にしたいという気持ちがつづられている文章に触れ、そういう気持ちを育むきっかけになれたことが、この講義を通じてうれしかったことの大きな一つだ。

年末年始は、岩井圭也の「水よ踊れ」という小説を読んだ。舞台は1997年「中国返還」前夜の香港。読んでいたら、昨秋に自分が学生さんに語りかけたこと、話を聴いた後に学生さんが寄せてくれたアンケートの声が自然と思い出された。私は私なりに、自由という尊さと、丁寧に向き合っていきたいと思った。

私がイメージできることは、人さまからみればそんな立派なことでも広くも深くもないことだが、私は私の手に届くところで密度をぎゅっと高くして、自分が大事にしたいこと、大事にしたい自分の思いや考え、大事にしたい人たちを大事にしていこう。その尊さを丁寧に味わっていこう。私は自分のメタファに水をよくイメージするが、今年はこの本を手に年始を迎え、水のように踊れ!と送り出されている気がする。踊りましょう、そうしましょう。

*岩井圭也「水よ踊れ」(新潮社)

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