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2020-04-09

水中をあきらめて陸上で運動

私は毎朝泳ぐのを習慣としてきたのだけど、新型コロナウイルスの影響で、通っているプールが3月の頭から断続的な休みに入り、4月からは当面の間休館するというので、できるだけ広々した通りを歩いたりジョギングしたりして、日々の運動を代替している。

最初は、1日おきくらいで3キロ程度のジョギングを始めた。家を出て、あの辺をぐるっと周って戻ってきたらちょうどいいかなというコースを走ると、身につけているiPhoneの「ヘルスケア」アプリが3.3キロを示した。

しかし何度か走ってみると、日によって3.3キロ、3.0キロ、2.7キロと、だいぶ違いが出た。信号で足踏みする所もなく、ほぼまったく同じ地面を踏んで戻ってきているのに、なぜこれほどまでに変わるのか。

ざっくりみれば、日ごとに走っている時間がいくらか短くなっている気がするのと、距離が短く出るときのほうが若干ハイペースに走ったかなという感じはする。走り慣れていくにしたがって、ペースが上がり、歩幅が広がって、歩数が少なくなって、移動距離が短くなったとか?

それにしたって同じ距離を走っているのに、300メートルはまだしも600メートルは違いすぎないか。どっちのほうが正解(実際の距離)に近いのだろうなぁと思いながら、しばらく「まぁざっくり3キロくらいだろう」と、根拠なく真ん中を想定して走っていた。

で、今朝のこと。試しに同じコースを歩いてみようと思い、ほぼ同じ地面を踏んでぐるりと歩いてきた。戻ってきてアプリを確認すると、2.7キロ。

ということは、最も短い値で出ていた2.7キロが実際の距離に近いってことか。わー、最初に想定したよりだいぶ短いなぁ。もっと実際は短いのかもしれないけれど。

なんとなくイメージ的には、ジョギングを始めた最初の最初は、私がかなりドタバタ走っていて、そんな走りでまともに測定できるわけがなかろうという向こう側の言い分があるのではないかと想像するが。

最近は、だいたい7キロコースも作った。水泳のときは50分泳ぐのを基本としていたので、ジョギングに代えても同じくらい運動時間は確保したい、走るスピードは遅くても構わないから、とりあえず50分近く運動し続けることが大事だ、という勝手な思いこみで、じゃあもう少し距離を延ばしてみようと思ったのだ。

といっても基本ざっくりなので、とりあえずゆっくり最初から最後まで同じペースで走る前提だったら、25分間家から離れるようにして走り続けたらいいんじゃないの?と考えた。25分走ったところで折り返して戻ってきたら、50分コースの出来上がりだ。

ということで、いつもの3キロコースを途中からはずれて、家から離れる方向へ走り続けることにした。どっちの道に行こうかなぁと走りながら思案したところ、一つの道を思いついた。

そうだ、以前から「あの道を行くと、どこにたどり着くのだろうか」と思っていた道があったじゃないか。あの道を、今こそひたすらまっすぐ走っていってみよう。

まっすぐに延びる、大木が立ち並んで緑豊かな通りである。少しワクワクしながら走り抜けていくと、下り坂が出てきた。ずっと平坦な道を走ってきたので、下り坂に遭遇するとは想定外で、なんて器の小さな想定外だ!と、なんか自分で自分に驚いた。ということは、この後に必ず上り坂が出現するはずだ。ちょっとした冒険気分である。

知らぬ道をそのまま行くと、途中で立派な大木の切り株が出てきて、うわー切り株だ!とテンションが上がる。疲れているときに切り株を見つけると、人はこんなにも自然と腰かけたくなるものか!と感嘆する。しかも、最初に出てきた切り株は、後のいくつかに比べて見事に座り心地が良さそうな高さだった。なんてことを考えながらせっせと走るのは、なかなか乙なものである。

結局、そこから程よいところで家に戻ろうとすると50分にはちょっと足りないコースになっちゃうのだけど。

とにかく、今はジョギングと散歩を適当に組み合わせながら、日々の運動をしている。

両方を一日の中に組み込んでみると、なかなかうまい具合に循環が働きだす。というのは、長く歩いていると、移動にも時間がかかるし(人間て乗り物を使わないと、こんなに移動遅いのか…と実感する)、歩くよりもう少し身体に負荷をかけて運動したい欲求も高まってくるのだ。その勢いでジョギングすると、身体がそうそうこれこれと呼応しているような感覚を覚える。

でもまぁ、そんなに長く走り続けられるわけでもないし、やわな身体なので、無理して風邪引いたり故障しては元も子もない。ということで、毎日ほどよい散歩&ジョギング時間をもつのがちょうどいいっぽい。

陸上で運動するようになって、自然の風景がよく目に入るようになった。満開の桜が舞い散って緑に変わっていく様子が目にとまったり、鳥のさえずりが聞こえてきたり、大木の一つひとつが頼もしげに見えたり、立派な切り株との出会いがなんとも愛おしく感じられたり。

身体の声も、よく聞こえてくるようになった。おなかすいたー、もう少し負荷をかけて運動したい!というレベルのことだけど。

水中運動をこよなく愛するのに変わりはないけれど、今は仕方ない。プール開きまで、ジョギングと散歩で自然に触れつつ、日々のささやかな発見を味わいつつ、体力を微増させつつ、持ちこたえたい。

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