「ものすごい怖い」という医師の言葉の力
この間の東京都の記者会見で、国立国際医療研究センター・国際感染症センター長の大曲貴夫氏が「ものすごい怖いです」と言葉を発したのに、心をつかまれた。
都知事が、今週末の外出自粛などを都民に要請した新型コロナウイルス関連の記者会見で、都知事の隣りに座っていた大曲氏に、取材記者から質問がとんだ。
「実際に患者を診ている医師として、これまでと違う新型コロナウイルスの怖さがあれば具体的にお願いします」という問いに、大曲氏が応じた。その様子は、下のリンク先で動画が見られる。大曲氏の声や表情からも、受け取れるものは多分にあると感じる。
【動画】新型コロナウイルスの怖さは?東京都の緊急会見で専門家が見解│ニッポンドットコム
発言を書き起こすと、次のように話している。
この病気の怖さというのは、これはWHOが出している数字でも出てきますけれども、8割の人は本当に軽いんです。歩けて、動けて、仕事にもおそらく行けてしまうし…、軽いんですよね。ただ、残り2割の方は確実に入院は必要で、全体の5%の方は集中治療室に入らないと助けられない。しかも、僕は現場で患者さんを診ていてよく分かりますけれど、悪くなる時のスピードはものすごく速い。本当に、1日以内で、数時間で、それまで話せていたのに、どんどん酸素が足りなくなって、酸素をあげてもダメになって、人工呼吸器をつけないと、もうこれは助けられない状況に数時間でなる。それでも間に合わなくて、人工心肺もつけないと間に合わない。ということが目の前で一気に起きるわけですよね。ものすごい怖いです。特に持病がある方には、そういうことが起こるんですよね。だからやっぱり、かかっちゃいけないと思います。僕はすごく強く感じます。というのが僕の正直なところです。
ニュース番組が、この日の記者会見の一部を切り取って放送するとなると、都知事が外出などの自粛要請をする冒頭部分がまず採用されるだろうし、確保できる尺によっては、この話は放送にのらなかったかもしれない。
でも、この大曲医師の言葉こそ、直接聴くことで人を動かす力をもつように思った。病を目の当たりにして、それと日々闘っている医師が、「ものすごい怖いです」と、皆に伝える。こういう映像が広く採用されて、多くの人に届くことは、大事なことだなと。
それから、カミュの小説「ペスト」の中の一節を思い出した。新聞記者のランベールは、パリにいる妻(的な人)と引き裂かれ、ペストが流行して封鎖された町の中に閉じ込められてしまう。自分はこの町の住人でもなんでもないのに、町を出られない。医師のリウーに、この町から出られるよう手続きを頼むが、リウーは冷静に拒否する。医師が発する理性的な言葉に、新聞記者はいらだって言い放つ。
あなたには理解できないんです。あなたのいっているのは、理性の言葉だ。あなたは抽象の世界にいるんです。
私は、この一節を読んだときに思った。このランベールの2つ目と3つ目の言には、思考の飛躍があるよな。「理性の言葉を話している人」が、「抽象の世界だけに生きている」というのは、勝手な決めつけだよなと。
医師のラウーは実際、抽象と具象を行ったり来たりして過ごしていた。増える一方のペストにかかった患者に向き合って治療を施し、それが済むと各種の統計を検討し、午後は宅診にもどり、晩には往診に出かけ、夜遅くに帰宅。
自分が流行性の熱病だと診断すれば、その病人は連れ去られることを意味した。病人の家族らは、全快もしくは死亡しないかぎり、その病人に二度と会えないことを知りながら、電話をかけ、救急車を呼ばねばならなかった。泣き叫ぶ家族があり、リウーの腕にしがみつく家族を日々相手にしていた。
24時間、毎日毎日、抽象と具象の行き来、理性と感情の両立を、自分一人の中でやりくりして、無理が生じるぎりぎり手前のところで闘っていた。
理性的に話す人も、抽象の世界だけに生きているわけじゃない、感情がないわけでもない。いろんなことを受け止めたり、受け止めがたく保留にしたりしながら、その時どきの自分のキャパシティの最大限で最適解を模索して、自分のふるまいをコントロールしていたりする。その1シーンが時に「理性的に話している」状態に見えるだけであること、あるいは見せているだけであることに、私は思いを寄せたいと思った。
私のような一市民にできることの一つは、そういう想像力を働かせて、一線で闘っている人に思いを寄せて過ごすことであり、それはほとんど何の力にもならず、足を引っ張らない程度の役にしかたたないけれど、小さく静かな力が積もり積もったときには意味をもつかもしれない。
一方で、専門家はときに、理性的で抽象的な言葉だけでまとめずに、感情を持ち出した発言を自分に許容したほうが目的に適うときがあるんじゃないか、そんなことも考えた。
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