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2020-03-21

想像力は鍛えるより自然発生させるもの哉

再びTBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」を話題にしてしまうのだけど、3月15日のオープニングはかなり聴きごたえがあって、「薄いつながり」という言葉が胸に刻まれた。

この番組のオープニングは30分ほどの余裕があって、初めは安住さんが独擅場でフリートークを展開し、ほどよいタイミングでリスナーからのお便り紹介に移行するのが通例。この日の初っ端は、新型コロナウイルスに集団感染したクルーズ船の乗船客、ラジオネーム「砧(きぬた)のヒマラヤ杉」さんの退院報告だった。

砧のヒマラヤ杉さんは、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に停泊しだした当初から、この番組に毎週メールを送ってくれていて、週ごとのメッセージテーマを絡ませてユーモアも交えながら、船内の状況やご自身の状況を落ち着いてレポートし続けてきた。

船内に隔離されてから2週間ほど経った2月半ばには、砧のヒマラヤ杉さんが感染していることがわかり、これから下船して病院に隔離入院することになるという報告も入って、安住さんも、アシスタントの中澤さんも、番組スタッフも、多くの番組リスナーも、彼女の身を案じつつ、毎週のお便りに耳を傾けてきた。

先週の放送では、彼女が無事に退院して自宅に戻られたという報告メールが読まれ、薄く細く弱く人と人がつながっていることの意味を味わうオープニングとなった。

安住さんは、彼女の退院報告を読み上げた後、こんな話をした。

ダイヤモンド・プリンセス号での感染者が700人、696人と言われても、どこかやはり他人ごと。実感のないもので、ただただその数字に驚いて。学者のように自分なりの評論するっていうのが普通の人間ですね。ただ、そこに自分の知っている人がいるとなると、急に問題意識が変わりますよね。「早く収束してほしい」と。

そして、こんな話を続ける。

たくさんの人と知り合いになっておく、コミュニケーションを取っておくっていうのは、社会生活を送る上で、とても大事だなということに改めて気づく。近隣トラブルでも、取引先や学校のトラブルでも、知り合いになっておく、コミュニケーションを取っておくと、避けられるトラブルは多いんじゃないか。赤ちゃんの泣き声がうるさくても、その赤ちゃんのことを知っていると、そんな激烈に怒りが噴出してはこなかったりして。1回でも抱っこなんかしていると、なおさら。だから、なるべくたくさんの人とつながることが、とくに今のような時代には、上手に生きる秘策なんじゃないか。ラジオでいうなら、本名も知らない、顔も知らないけれど、なんとなく同じ番組を聴いている一人という薄いつながりが、こういうときには役に立つものだなという気がした。

私は、この安住さんの「薄いつながり」という言葉を反芻しながら、そのままラジオを聴き続けていた。

さて、この日のメッセージテーマは「一度、やってみたいこと」。一番に読まれたのは、ラジオリスナーには珍しい12歳の女の子からのお便りだった。

小学校6年生の私の一度やってみたいことは、ちゃんとした小学校の卒業式です。今月24日に卒業式があるのですけど、保護者なし、在校生なし、代表者が卒業証書を受け取るだけの簡易的なものになります。とても残念です。3月になったら体育館での練習が始まる予定でした。合唱や呼びかけもすべてなし。集合写真も禁止です。ちなみに私が言うはずの呼びかけは「先ほどいただいた卒業証書には」でした。言いたかったし、歌いたかったです。先生、そして2組のみんな、大好きだよ。コロナが収まったら同窓会を絶対やろうね

アシスタントの中澤さんが「ね、絶対やろうね、絶対やろうね」と、安住さんが読み終えるや、言葉を継ぐ。

その後、オープニングの締めに向かって、中澤さんは「メッセージの受付電話番号は〜」と毎週恒例の案内を読み上げるのだけど、ここで言葉をつまらせてしまう。再び話し出すも、何度も言葉をつまらせる。安住さんは頑として、彼女に最後まで仕事をさせる。引き取って自分がしゃべったりはしない。中澤さんがなんとか涙声を引きずりながらも、30秒ほどかけて最後まで案内を言い終える。

多くのリスナーが息を呑み、中澤さんに「がんばれー」と声援を送り、心を通わせ、涙し、彼女が一通りを言い終えたときに安堵する、そんな様子を私は脳内にイメージしながら、オープニングを最後まで聴いた。

Twitterを覗いてみると、中澤さんのお子さんはちょうど小学6年生らしい。というので、番組はじめに安住さんが口にしていた「薄いつながり」が再び、私の脳内で響きだす。

毎週聴いているラジオ番組のアシスタントの涙声、12歳の女の子のお便りが、薄いつながりとなって、私の気持ちを彼女らに引き寄せていく。今年卒業する子どもたちやその親御さんは気の毒だなぁという客観的な立場を離れて、彼女たちの思いが自分の心のうちにとけこんでゆくのを感じる。

想像力を磨いて、それを存分に発揮しようだとか、相手の立場にたって物事を考えようだとか、演繹的にアプローチしても、なかなかどうなるものでもない。けれど、日頃からいろんな人に触れ、いろんな人のことを知り、いろんな人と薄く、細く、弱くつながっておくと、なんだか特段頑張らないでも、おのずと想像力はいろんなところで働きだす。他人に思いを寄せたり、未知のものを受け容れたり、自然とやっている。これぞ無為自然というか、私たちは、そういう生き物なんじゃないかと、そんなことを思う。

その数日後、ダイヤモンド・プリンセス号の乗船客を受け入れた愛知県の医療センターの向かいに小学校があり、そこの児童が他校の児童から「コロナ小」などと言われて中傷される被害を受けていると、ニュースにあった。

そんな被害に遭って気の毒すぎる小学校に、NHKが取材に入っていた。映像を見ていると、この小学校の高学年全員にあたる350人が、医療センターが受け入れたクルーズ船の感染者や医療スタッフに励ましの寄せ書きを贈ったと報じた。6年生の男の子の提案で、行動を起こしたのだという。

【特集】児童から岡崎Cへ贈り物│東海 NEWS WEB

いま、薄く細く弱い人と人のつながりが、この世界を温かく覆っているように見える。他にもいろんなものは見えて、それもまた直視しなくてはならない現実だけれど、このつながり、この温もりもまた見逃してはならない。このつながりから想像力を働かせて、読み取れるものを読み取り、人に思いを寄せる時間を大事に取っていかないと、そうでないものに飲み込まれてしまう。薄いつながり、弱い縁から、いくらでも膨らませられる想像力を、こんなときこそ大事に使うのだ。

※ラジオの話は、実際よりだいぶ縮めてしまったので、ニュアンス含めて読みたいとか聴きたい方は、ぜひこちらから。

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