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2019-08-30

[読書メモ]伝わるデザインの基本 増補改訂版 よい資料を作るためのレイアウトのルール

新刊ではないのだけど、高橋佑磨氏と片山なつ氏の共著「伝わるデザインの基本 増補改訂版 よい資料を作るためのレイアウトのルール」(*1)が素晴らしく良書だったので、ちょいメモ。

非デザイナーなんだけど、スライドとか企画書とか、チラシとかポスターとか自分で作らなきゃいけないビジネスパーソンや学生向けに、デザインの基本ルールを教える本。

こうしたビジュアルデザインの入門書というのは、ここ数年のうちに出たものでも私が知るだけで、いくつかある。謳い文句は、だいたい「あなたはセンスがないからできないんじゃない。デザインのルールを知らないからできないだけ。デザインにはルールがある。その基本ルールを使えば、見違えるほどうまく作れるようになる!」というアプローチ。これは実際、間違っていない。デザインセンスのカケラもない私が責任もって保証する。

じゃあ、そんな類書の中で、この本に特徴的なところは何かというと、「著者がデザイナーじゃない」ことかと思う。お二人とも理学博士で、大学院で助教をされていたり、進化生態学とか植物とかがご専門の研究者。

「デザイナーではない人が、デザイナーではない人たち向けに、デザインを教える本」というと眉唾もの?と懐疑心をもってしまうかもしれないが、これがまぁ見事にうまいこと仕上がっている。マイナスにふれるどころか、確実にプラスに働いていると私は感じた。

デザイナーじゃないからこその、いい塩梅で、非デザイナー向けにちょうどいい範囲、内容量、語り口で解説をしている。

ビジネスシーンや学会発表などの場で、非デザイナーにどういう失敗が多いか。それがなぜわかりにくく恰好悪いか。わかりにくいとか恰好悪いって、実際問題どういう不都合があるのか。読みやすい可読性と、目立ちやすい視認性、読み間違えしづらい判読性をどう確保するか。どう改善して、例えば具体的にどう表現すると、どれくらい良くなるか。一言でスパっと根拠を示しながら、絶妙な加減で具体的な解決方法を記して、例えばこんな感じと作例で実証していく様がこぎみ良い。

例えば、デザイナー著作の本なら必ず出てきそうな「黄金比」という言葉は、この本の中に一度も出てこない。でも、「グリッド」について、「段組」については十分な説明がある。10ポイントくらいの文字サイズで長文を書く場合、ページ幅いっぱいにレイアウトすると、一行がすごく長くなる。すごく長くなると、読者が次の行に読み進めるときの視線移動が大変になる。つまり可読性が落ちるので、2段組み、3段組みでこうやって見せるのが良いとか。すごく実用的。

研究者だけあって、言葉の選び方がいちいち的確だし、根拠がいちいち簡潔明瞭だし、説明内容がいちいちちょうどいい塩梅。やり過ぎ感もなく、不足感もない。言葉による表現力に長けていて、さすが鍛錬されているなぁと感じた。

ビフォア/アフター、悪い例/良い例もふんだんに掲載されていて、並べて見比べてみると一目瞭然でポイントがわかるように、作例も丁寧に作られている。

デザイナーじゃないから、作例の仕上がりは「そこそこ」なんでしょう、「洗練されている」には遠く及ばずのクオリティ?いやいや、そんなことない。といって、センスの塊すぎて、自分には到底真似できないというのでもない。

デザイナーさんの著作だと、作例を見ていて、確かに書いてあるポイントも素敵さを実現している1要素なんだけど、説明していないあれこれのセンスやらノウハウやらも総動員されて全体が仕上がっている感のする作例もあったりする。これ1つやったからって、このすごいのができるわけじゃないんだよなっていう。だけど、この本の作例は「書いてあることをそのままやったら、このクオリティにできる」感があって、その点易しい。

使っているツールも、たいていはPowerPointとWordで、たまにIllustratorでどうやるか補足が入るくらい。なので、MS Officeさえパソコンに入っていれば、「具体的にどうやるの?」をすぐに一つファイルを作って試してみられる。「すぐおいしい、すごくおいしい」感がすごい。

プロのデザイナーに発注するレベルじゃない(=非デザイナーが自分でやらなきゃな)作り物であれば、これはもう十分なクオリティでは。と言っている私はデザインセンスがゼロなので、そこの評価は他所に委ねるが。

あと、デザイナーが教えるスタイルの本だと、「デザイン制作の流れ」を理解してもらおうという章立てになるのが一般的かなと思う。いきなり作り出さないで、まずは読み手が誰で、何の目的でこれを作るのかを明確にして、そのためにどういう情報が必要で、それをどうレイアウトして、配色はどうするか、文字・書体選びは?図解はどのようにというふうに、「全体から入って各パーツ」のデザイン作法に展開していく、本の構成。

正しい。正しいんだけど、それだとどうしても頭でっかちになるので、ちょっと試してみて、おぉこれは確かに!っていう体験を得るまで道のりが長くなってしまう。その途中で読み止まってしまうことも。

その点、この本は「各パーツから入って全体」へ、逆の流れで構成立てている。「書体と文字」「文章と箇条書き」「図とグラフ・表」といった要素を章立てて説明した後に、これらをどう「レイアウトと配色」してまとめあげるかを説く流れ。

門外漢だと、とにかくパーツレベルでちょっと気を付けると見違えるように良くなる一手から学んでいけたほうが、敷居が低く、手を出しやすかったりする。

ヘタに個性的なポップ体とか選ぶと読みづらいのかとか、和文をイタリックにしちゃダメなのかとか、じゃあ文字はシンプルなフォントを選んでとか、行間、字間、段落間隔をきちんと設定したり、全体を左に揃えるだけで、ずいぶんと洗練された雰囲気に変わるものだなとか。

ここを変えるだけでも、確かに良くなった!って体験が初っ端からあちこちでできると、その先も読んで試してみようというふうに動機づけられる。読んでは試す、読んでは試すと、頭でっかちにならずに読み進めて試せる構成が、非デザイナー向けとして、すごくうまい具合だと思った。

あと、アドバイスや指針が具体的。洗練されたフォントを使おうとか、格好悪いものはやめようとか言われても、それが何なのかわからないセンスない私たちには適用のしようがない問題というのがあって…。

そこんとこ、このフォントは洗練されているけど、これは美しくないとか。このフォントと、このフォントは相性が悪いとか。このくらいの線の太さは不恰好だとか、ここは余白を一文字分あけるといいとか、中に入る文字数が少ない場合は一文字分も余白をあけると不恰好だからこれくらいねとか、そういうのを視覚的に例示しながら丁寧に書いてあるのも良い。

あと、誤脱字レベルの校正ポイントを見つけたので、出版社に報告しておいたのだけど、数えたら17個。この手の本では、私の感覚だと少ないほう&ちょっとした間違いばかりだった。これらは次の改訂時とかに直してくれるっぽい。

まとめると、基本的なデザイン作法を身につけたい非デザイナーにすごくいい本。デザイナー入門書だと、デザイナーさんが書いた入門書のほうがいいかなとも思うんだけど、ビジネスパーソンという立ち位置の人であれば、これがまさしくフィットするんじゃないかしらと思う。

デザイナーさんとかだと、非デザイナーさんにお薦め書籍とか質問されることがあるかもしれないけど、私がこれを読んだ感覚だと、「デザイナー入門者」が読むべきデザイン入門書と、「非デザイナー」が読むべきデザイン入門書は、最適なものって違うよなぁという感覚。後者には、これ、いいと思います。という個人の感想メモでした。

*1: 高橋佑磨・片山なつ「伝わるデザインの基本 増補改訂版 よい資料を作るためのレイアウトのルール」(技術評論社)

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