「コミュニケーションは、慣れの問題」と置いてみる
5月に、ここに書いた「寛容になろう」が生みだす不寛容を読んでくださった方から、1冊の本を紹介されて読んでみた。「その島のひとたちは、ひとの話をきかない―精神科医、『自殺希少地域』を行く」(*1)という、精神科医の森川すいめいさんの著書だ。
日本の「自殺希少地域」(自殺で亡くなるひとが少ない地域)を5か所6回にわたって足を運び、それぞれ1週間ほど滞在したときの記録に考察を加えた文章。
現地で出会う人にできるだけ声をかけ、雑談をし、少し関係が深まったと感じたときに、なぜこの地が自殺希少地域なのかを、自然な会話の中で尋ね歩いたという。
岡檀(おかまゆみ)さんの「自殺希少地域」の研究(*2)によれば、自殺が少ない地域では、隣近所とのつきあい方は「立ち話程度」「あいさつ程度」と回答する人たちが8割を超え、「緊密(日常的に生活面で協力)」だと回答する人たちは16%程度にとどまった。一方で、自殺で亡くなる人の多い地域は「緊密」と回答する人が約4割に達したという。
人間関係が緊密だと、つながる人の数は少なくなる。合わない人の排除が始まって、孤立が生まれる。
自殺が少ない地域では、ふだんの人間関係は緊密でないが、コミュニケーションの量は多い。ゆるく多くの人とつながっている状態、たくさんの知り合いがいるから、完全な孤立にはならない。
こうした中で、多様な人とのコミュニケーションに慣れていくし、合わない人を排除せずとも、あいさつ程度のコミュニケーションは成り立つから、困ったときには必要に応じて必要な分だけ手助けしあえる。
コミュニケーションが多いと、その人のことも手助けの方法も、手持ちの情報が豊かになる。困っている人がいると、何に困っているのかだいたい見当がつくようにもなる。車椅子の人だったら、あそこの段差のところを行き来するときだけはサポートが必要だなとか。それで、さっと声をかけて手助けして、段差のところだけ手助けしたら、あとはもうバイバイすればいい。
自殺が少ない地域は、手助けに慣れているという。そこに恩着せがましさがない。自分がただ、黙ってみていられないから、手を貸す。自分が助けたいと思うから助ける。気がかりだから、放っておけないから、声をかける。自分がどうしたいか。原動力がシンプルだ。
自殺が少ない地域の人は相対的に、自分の考えをもっているという。
自分の考えがあるゆえに他人の考えを尊重する。ひとは自分の考えをもつと知っている。違う意見を話せる。だからある人間の側やグループにつくのではなく、どの意見かによって誰と一緒になるかが決まる。ゆえに派閥がない。
また、次の老人のことばを受けた著者の弁は、私にもまったく同じように働いた。
「困っているひとがいたら、今、即、助けなさい」私は島を一周する途中で会った老人のこのことばを聞いて、そうだよなと思うようになった。ひとを助けるにおいて、少し、それまでは動き出す前に考えてしまうことがあった。ここで助けることが本当に本人にとっていいことなのか、ためになることなのかどうか、と。そのつど悩んだ。しかし、このことばを聞いてからそれを実践するようにした。
行動に起こさないこと、足が動かないこと、口が開かないことが、ままある。タイミングを逃してしまい、後でやらなかったことを後悔した経験は数しれない。
自分が直観で「これは、やったらいいよ」と思うことは、たぶん自分がやりたいことなのだ。そういうことに、別の自分が耳を貸さず、真剣にとりあわずに、やらずじまいで済ませてしまったことがたくさんある。
これを躊躇せずにやっていくことが、自分をありたい自分に近づけていくんだろうなと思う。
困っているひとがいたら考える前に助けたらいい。大切なことは自分がどうしたいかだ。
コミュニケーションに慣れている、手助けに慣れている。コミュニケーションも、人助けも、慣れの問題。そう置いてみると、気持ちが楽になった。善い人ができて、そうじゃない人はできないとか、優秀な人、心根のやさしい人、親切な人、よく気のつく人じゃなきゃできないとかじゃない。
慣れの問題なら、慣れればいいだけだ。そして慣れるためには、慣れるまで意識的に自分でそれをしていく働きかけが必要だ。そこを通過して、それをするのが当たり前になったら、もうこっちのものである。今は道半ば、躊躇してしまうこともあるけれど、わりと躊躇なくできるようになったこともある。発展途上である。
せっかく、自分が気づいたこと、思ったこと、考えたことを生かしていかないともったいない。自分が気がかりに思うことに、きちんと私が耳を貸して、立ち止まって、向き合って、それに関わって、声をかけていく、行動に移していくということを大事にしたい。そう、思い直す一冊だった。
*1:森川すいめい「その島のひとたちは、ひとの話をきかない―精神科医、『自殺希少地域』を行く」(青土社)
*2:岡檀さんは和歌山県立医科大学保健看護学部講師。詳しくは著書「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある」(講談社)
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