「一万時間の法則」とか「10年経験を積めば」とか
一流になるには1万時間のトレーニングが必要と説く「一万時間の法則」。これに対する反論が、山口周さんの「武器になる哲学」(*1)に書かれていた。「人をミスリードするタチの悪い主張」と一刀両断。
「一万時間の法則」というのは、アメリカの著述家、マックス・グラッドウィルが著書「天才!成功する人々の法則」の中で提唱したもので、簡単にいえば、
「大きな成功を収めた音楽家やスポーツ選手はみんな一万時間という気の遠くなるような時間をトレーニングに費やしている」から、「一万時間のトレーニングをすれば、一流になれる」という法則を導いている、とのこと。
これは「命題の証明として論理展開のミスがある」と指摘している。「天才モーツァルトは努力していた」から「努力なしにはモーツァルトのような天才にはなれない」は導けても、「努力すればモーツァルトのような天才になれる」にはならんだろうと。ひっくり返し方が、まちがっているのだ。
論拠も脆弱で、一部のバイオリニスト集団、ビル・ゲイツ氏(プログラミングに1万時間熱中した)、ビートルズ(デビュー前にステージで一万時間演奏した)だけで、んなこと言えないだろう、ということである。
これはこれで、返す言葉もございませんという感じなのだけど、私はマックス・グラッドウィルの本を読んでいないし、山口さんの本でも軽く触れている程度なので、その先を読み進めると、
努力の累積量とパフォーマンスの関係は、対象となる競技や種目によって変わる
という証明をした研究があるそうだ。プリンストン大学のマクナマラ准教授らが「自覚的訓練」(つまり意図的にやった練習ってことだろう)に関する88件の研究についてメタ分析を行ったところ、
練習が技量に与える影響の大きさはスキルの分野によって異なり、スキル習得のために必要な時間は決まっていない
との結論を出したとのこと。
無責任な一般市民の目で読んで、はっとした。な、、なんて、当たり前のことだ!と。そんなの分野によって違うに決まっているじゃないか!と。
研究者というのは、なんとなく肌感覚的に市井の人がこういうもんだろうなぁと思っていることをテーマに取り上げて、本当にそうなのか?を実験してくれ、そこにある確かさの検証とか思いこみの排除に一役かってくれたりするものだけど、今回はまた、まさしく「当たり前すぎる!」ことの明言によって、当たり前が意識化され、はっとさせられた。
世の中は、あらゆるテーマで「何とかの法則」にあふれている。一つのテーブルにのせて突き合わせたら、ほかの法則と矛盾しない法則はないんじゃないかと思うくらいだ。だから結局は、自分の頭で考えて、都度つど、そのときに最もふさわしい法則を採用したり、都合のよい法則を説得材料に使ったり、法則のないところに道を作り出したりして、各種の法則とつきあっている。それが私のような一般人の、法則のつきあい方かなと思う。
つまるところ、玉石混交の法則について、何の法則を知るも知らぬも自分次第。片方の法則は知っているが、これに対置する真逆の法則は取り逃していたりするのも自分。法則そのものの質を目利きして取捨選択するのも自分。今の状況に何の法則が有効か無効かを案件別に判断して取り入れたり取り逃したりするのも自分次第。必要なら法則をいくらか読み替えて取り入れるのも自分、それが奏功するもしないも自分次第なのだった。
法則の知識は、「こうかもしれないし、これではうまくはまらないこともあるかなぁ」と、そこに焦点をあてて自分で考えてみるきっかけを与えてくれるツールとしてつきあうくらいがちょうどいいんだろう、などと、今一度、法則とのつきあい方に気を引き締める機会となった。
話をもとに戻して、この本の続きが、なかなか…。「練習をたくさんすればパフォーマンスが伸びますよ」って説明できる度合いを分野別にパーセンテージで示したものだそうで。
各分野における「練習量の多少によってパフォーマンスの差を説明できる度合い」
テレビゲーム:26%
楽器:21%
スポーツ:18%
教育:4%
知的専門職:1%以下
最後の「知的専門職:1%以下」っていうのが、さもありなん…的な余韻を残す。つまり、「知的専門職においては、練習多くしたからといって、よりできるようになるとは、説明しがたい」って言っている感じか。
なにか救いようのない情報を手にしてしまった気がしないでもないけれども、先ほど「自分なりに多様な解釈を試みるべきである」と考えたばかりじゃないかと、ぐるぐる思案を巡らす。
どんどん人の仕事がデジタル処理されていくと、「知的専門職」って領域では、もう極めて頭のいい人の仕事しか雇用市場に残らなくなるのかなぁ…と遠い目をすることもあるご時世。自分ごととして考えると、IQや地頭の良さはどうしようもないので、学習能力のほうに一筋の光を見出して、末永く楽しく仕事を続けていけたらいいなぁと思う次第。
最近読んだ別の本(*2)によると、「IQより、学習方法のメタ認知によってこそ伸びる」という研究結果があるらしい。研究者のマーセル・ヴィーンマンによれば、
自分の思考を上手に管理できる学生のほうがIQの高い学生より試験の成績が上回る場合があるという
「場合があるという」という表現がやや心もとないが、「成績の約40%はメタ認知によるもの。IQは25%にすぎない」ことがわかっているという心強い言葉。
私としては、こっちに注目。学習能力のほうで頑張る人は、ともにがんばりましょう&それを楽しみましょう。また、人の「学習能力を高める」学習方法の支援をするのが自分の仕事でもあると思っているので、そこを意識して意味のある仕事をしていこうと思った。何が何やら…
*1: 山口周「武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50」(KADOKAWA)
*2: アーリック・ボーザー「Learn Better 頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ」(英治出版)
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