読書メモ:ピーター・モービル氏「UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ」
情報設計とかUXデザインに関わる人たちに話題の本「UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ」を手にとってみた。プランニングとは「パスとゴールのデザイン」として、広い解釈でのプランニングの原則と実践を記した本。構成も文章も言葉選びも、さすが洗練されていて美しい。翻訳も読みやすい。
著者のピーター・モービル氏は、世界的に知られる情報アーキテクチャの第一人者。原著のタイトルが「Planning for Everything」だそうで、情報アーキテクチャの専門家がその知見をもって、あらゆる人に向けた、あらゆる事柄のためのプランニングを指南する本かな、という印象をもって読み始めた。
が、それにしてはハイコンテキストというか、あらゆる一般市民向けのメッセージとしては堅すぎるというか。著者が引き合いに出す例は確かに、山登りだったり旅の計画、車の運転、釣り、朝食づくりなど、自分が専門とするビジネス領域を意図的に避けて、市民生活の話題を取り上げているように見受けられる。この「誰にでもわかる例」を引こうとしているのが裏目に出て、「誰にとっても遠くもないが近くもない」感じになっている感もあるかなぁと。例の引き方はバラエティ豊かで、その博識さには敬服するほかないのだけど。
それで改めて本の帯に目をやってみたら、「より良いサービス/デジタルプロダクトを開発し、プロジェクトを成功させたいと願うすべての人に贈る星座盤」とある。なので、誰でも彼でもっていうよりは、「その界隈の人向けってことではありつつも、デザイナー寄りに限定しないあらゆる職域の人へ」ってくらいが読者ターゲットなのかもしれない。日本での売り出し方は、そこに焦点化したってことなのかもしれないけど。
というわけで、指南している内容自体はビジネス的なのに、引いている例は思い切りプライベートに寄せているのがちょっとちぐはぐ感あるなぁと思いつつ読み進めていったのだけど、そう思うのは私がプライベートで計画めいたことをほとんどやらずに生きているって自分の偏りにあるのかもしれない…。どうだろう。計画づくりをどこで適用しているかって、人それぞれだからな。
ともあれ、仕事の方法論やノウハウを教示するならやっぱり、たとえあらゆる領域に普遍的なことを指南するのであっても、何らかの業界や職域に焦点を絞り込んで、その文脈に沿った実際的な話に展開し、抽象的な思考モデルと具象的な現場話を行ったり来たりしながら語り伝えるのが、それだけで価値だなぁと再認識する機会にもなった。
そういう強固な結びつきを埋め込まないと、例えば
大切な目標があるなら、時間の許す限り情報や体験、豊かな想像力を駆使して、パスをつくる自らの考え方を吟味し、洗練させよう
と言われても「実にその通りだ」と思うまでで、実際に自分の実務パフォーマンスを何か変えるアクションにはつながらないだろうなと。受け取る先の人がぐっと親しみを覚える「つながり」を埋め込んで橋渡ししてこそ、届けたい本質をうまく伝えられることって多分にあるんだろう。それが自分が生業とするインストラクショナルデザインの役割でもある。
この本の位置づけでいうと、抽象的だなと思うところは、自分の仕事分野では具体的にどういう落とし込みができるかと、自分で自分のほうに引き寄せて解きほぐす時間をもってみると、より意味が深まりそうだ。そういうところは読者に委ねられている本なのだとも思った。書かれている内容を、自分の過去を振り返ってつなげられる実体験の豊かな人ほど、その体系的な整理やノウハウ化に役立ちそうだ。
ノウハウ本というより、視野を広げてくれる本、自分の死角に気づかせてくれる本というふうに捉えたほうが合っているようにも、途中で思い直す。こうやって読み進める途中途中で、その本の意味づけを見直してリフレーミングしていくのも、読書の愉しみの一つかもしれない。
あと、ピーター・モービル氏のエッセイ的な本という捉え方もできて、とくに終わりのほうになると読み物としても愉しめた。
以下、気になった言葉のメモを書き留めておく。
●「プランは無意味だが、プランニングは大切だ」(第34代アメリカ大統領のドワイト・D・アイゼンハワー)
この複雑で不確かな世界では、完璧な計画など作りえないけれど、それでも計画を立てることは大事なのだと。うまいこと言う。計画を立てるプロセスを経験することによって、いつでも方向転換できる力が備わることって多分にある。作られたプランに沿って動く人と、そのプランを自ら作って動く人では、同じプランを遂行するのでも対応力に雲泥の差があると思うので、いいコピーだなと思った。
●プランは本質的に、柔軟性を失わせる性質がある。方向性を確立し、組織を安定させるものだからだ。プランニングは、組織内にすでにあるものを軸に行われる。(*1)
概念の本質を語るのが、欧米人はうまいよなぁと、ここでも感嘆。とはいえ、プランを軽視してはいけない。計画性と即興性のバランスをとることが大事とも、この後に説いている。大事、大事。
●ものを正しくデザインできるようになるには、正しいものをデザインしているという確信がいる。それには、分岐(可能性を広げる作業)と収束(選択肢を絞り込む作業)を2回行う必要がある。
「ダブルダイヤモンド」で表している(分岐と収束の矢印は私が付け足したもの)。だいたいの場合、欧米から輸入したモデル図をみて、そのままそれに従おうと取り組むとおかしくなる。実際は分岐と収束を行ったり来たり。それを単純化してうまく表している。実際には2回と言わず、反復的にやっていくものだとも言えるだろうな。
●問題の見え方や認識は、実は自分がその時点で持っている解決策によって決まってくる
この視点、すごく大事。問題の見え方や認識は、「自分がその時点で持っている」という限界を背負っていることをわきまえると、だからこそ自分ができることをできるかぎりやろうとも思えるし、そこから脱した視点はもてないかと外に目を向ける意識ももちうる。私は20代の頃にこのことを人に教わって、本当に助かった。
●「計測できるもののすべてが肝心なわけではないし、肝心なものはどれも計測できるかというと、そういうわけでもない」
うまいこと言う。ほんと、そのとおりだ。けど、この共通認識がもてていない現場で、それを共通化するのはすごく難しい。
●解決策を決める前には、プランのどの要素が固定で、どの要素がフレキシブルかを確かめるといい。ウォーターフォールモデルでは、プロジェクトの締め切りとコストには柔軟性がある一方、スコープ(規模、目的)は確定している。プロジェクトの目的がきっちり決まっているから、納期や予算に苦しむ羽目になる。対してアジャイルな枠組みでは、時間枠とコストをきっちり定め、スコープのほうに柔軟性を持たせる。ゴールは進捗の度合いやフィードバック次第で変えていく。
スコープの中に「目的」って入るのか?スコープの中にゴールが入っていて、状況に応じてゴールを変えていくのはわかるけど、目的も変えていくっていうのは、なかなかすごいなって思った。まぁ現実、そういうこともあるだろうけど。それをモデル化しちゃっていいのか。
●コピー待ちの列に割り込もうとする人が、「先に使わせてもらってもいいですか?」から「先に使わせてもらってもいいですか?ちょっとコピーしたいので」に言葉を少し変えるだけで、順番を譲る人が6割から9割以上に増えたという。人間は理由を示されると、仮にその理由がまったく中身のないものだったとしても反応してしまう。(*2)
そういうことって、ありますよねぇって思った。
●「恐怖は、真実に近づくことで起こる自然な反応です」(チベット仏教の尼僧のペマ・チョドロン)
ふむー。人を包み込む、やさしい言葉。
●人か企業かに関わらず、幅広い選択肢を長く残しておくのは非常に疲れる。だから、選択肢を絞るふるいとなるドライバー(条件)、レバー(てこ)、コスト、リスクを効率的に特定する必要がある。
疲れます。だからこそ、絞り込むタイミングと、選択肢の絞り方を大事に。
●人間には見積もりをよい方向に予測する楽天的なバイアスがある(行動経済学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの研究)。どれくらいかかりそうかと自問したときは、たいてい実際よりも短い時間を予測する。これは自分がそのタスクに関わっている場合で、外から見ている人間は、逆に長く見積もる傾向がある。
●9.11の直後、アメリカ人の多くが恐怖から飛行機よりも車を移動手段に選び、交通事故による死者が1600人増えたという。(中略)統計的には飛行機のほうがはるかに安全なのに、数字は人の心を動かさない。
●賢明な判断をするには、確かに感情の助けは必要だ。しかしそれには、直感の出どころがどこにあるのかを慎重に見定めなくてはならない。
●決断を下すには、確率(知りようがないもの)よりも帰結(わかるもの)に集中しなければならない。これが、不確定性という考え方の軸だ(*3)
●対立するものには相補性がある(アインシュタイン)
●プランは「なぜ」と「どうやって」のあいだのスペクトルのような領域に存在する
美しい文章だなぁと。
●大手メーカーでも、スタートアップでも、実行を実験としてフレーミングすると、それと同時進行でプランニングができるようになり、成功の確率も高まる。
「実行を実験としてフレーミングする」って、いい捉え方。
●直感は習得済みのパターンを利用すること、対して洞察は新たなパターンを発見すること(*4)
これは「直感」ではなく「直観」のほうが訳として妥当かも?
●新しい経験から基本原則やルールを抽出するのが習慣になっている人は、学習効率が高い。対して経験をただそのまま受け取るだけの人は、そこから教訓をなかなか引き出せず、あとで似た状況に出くわしたときの対応もつかない(*5)
●培ってきた考え方は、変化の一番の障害になることが多い(*6)
●ネイティブアメリカンは、時間は川ではなく、過去と現在、そして未来が混在する湖だと考える。創造することは現在進行形の作業で、物語は歴史であると同時に、予言でもある(植物学者ロビン・ウォール・キマラー)
*1: ヘンリー・ミンツバーグ、ブルース・アルストランド、ジョセフ・ランベル「戦略サファリ:戦略マネジメント・コンプレート・ガイドブック(第2版)」(東洋経済新報社, 2012年)
*2: ロバート・チャルディーニ「影響力の武器」(誠心書房, 2014年)
*3: ナシーム・タレブ「ブラック・スワン」
*4: ゲイリー・クライン「『洞察力』があらゆる問題を解決する」(フォレスト出版, 2015年)
*5: ブラウン「使える脳の鍛え方」(2016年)
*6: ビジュアル思考の専門家デイヴ・グレイ「Liminal Thinking」(2016年)
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