エンジニアがマネージャーになるキャリアパスの再考
及川卓也さんが「まえがき」を寄せているというので興味をもって買ってみた「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス ―テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド」(*1)。
この本を読み始めてまず気づいたのは、自分が「エンジニアが経験を積んでマネージャーになる」というキャリアパスに対して、ちょっと距離をおいて見ていたんだなということだ。
なぜ?いつから?と記憶をたどってみたところ、当時NHN Japan執行役員/CTOだった池邉智洋さんをインタビュー(*2)したときのことを思い出した。その席で池邉さんから聴いた組織づくりの話に、私はとても共感したのだ。
「うっかりすると,エンジニアとして評価の高い人を“マネージャー”にしてしまう」けれど、「研鑽を積んだエンジニアは,単に“すごいエンジニア”でいいんじゃないか」「技術が優れているなら,人を束ねるより自分で書いて一騎で突っ込んだほうが効率いい」「あんまりマネージャーの数を増やしてもしょうがないかなとも」という話。
それ以前から、エンジニアがマネジメントへの転向に抵抗を示す傾向、願わくばずっと現場で開発を続けたいという志向をもつ人の声はよく聞いていたし、「エンジニアが評価されると、マネージャーに上がる」一択しか組織として昇格のしようがないのはどうなのかと思っていたので、そうじゃない組織づくりをしているところが現にあるのだなと印象深かった。
そんなことから、エンジニアを続けたい人がエンジニアであり続けられる組織づくりとかキャリアパスの整備のほうに、自分の意識も寄っていたのかなと振り返る。
でも、池邉さんも「もちろんマネージャーも1つの大事な役割で」と話しているとおり、エンジニアリングマネジメントという役割・機能は、それはそれで必要不可欠なわけだし、この本の及川さんの「まえがき」によれば、エンジニアリングマネージャーは不足している状況にある。
エンジニアとしてずっとやっていけるキャリアパスの整備も大事だけど、一方でエンジニアがマネジメントを志向し、そこにやりがいをもって取り組めるような環境づくりや支援も大事なんだよなと、そういう認識を新たにした。
及川さんの「まえがき」から一部引用させてていただくと、
日本でエンジニアがマネージャーになることを嫌うのは、尊敬できるマネージャーに出会ったことがなかったとか、ついこの間まで一緒に開発していた先輩がマネージャーになったらすっかり変わってしまったとか、自分の上司は営業からの要求と部下からの要求の板挟みになり、いつもため息ばかりついているなど、エンジニアから見て、マネージャーが楽しく、やりがいのある仕事に見えていないからです。
と、そのものずばりな「あるある」感が漂う。しかし、この文章は次のように続く。
実際には、エンジニアリングマネージャーのエンジニアリング組織を健全に発展させるという役割は、ソフトウェア開発に対して技術を駆使し難局を打開していくのと共通する面白さがあります。スキル面においても類似点は少なくありません。
こう言い切って、なるほどと思わせる力をもつのは、及川さんのキャリアあってこそ。また、この本の内容も著者Camille Fournier氏の積み重ねてきたエンジニア軸のキャリアに下支えされ、説得力をもって伝わってくる。
この本は、章が進むごとに管理職のランクが上がっていく構成になっている。
1.部下(の目線でマネジメントの基本を押さえる)
2.コーチ役/メンター
3.テックリード(技術者のまとめ役)
4.人の管理
5.チームの管理
6.複数チームの管理
7.複数の管理者の管理
8.経営幹部
9.チームの文化を構築する管理者
と、はしごをのぼっていく。
新任管理者なら1〜2が該当。9はスタートアップとかの採用・評価を手がける人事担当者も良さそう。
著者が経験してきたこと、考えてきたことが丁寧に言葉に起こされて話に説得力をもたせているものの、彼女個人の経験に偏っているわけでもないし、精神論に依っているわけでもない。
エンジニアリングの世界で現場からマネジメントまで実践してきた経験なしには書けない内容だし、マネジメントに必要なスキルを分解してノウハウを解説するところもあれば、心のもち方や人への関わり方をやわらかい言葉を使って解きほぐしていくところもあり、どう振る舞うと自身のキャリア形成上どういう利があるかを理知的に語るところもあれば、こういうことを本当にあなたはできているのか?こんな考えに陥っていないか?とえぐるように詰め寄ってくる文章もある。
エンジニアという人種をよくよく理解しつつ、またその中にも多様な志向性があることを承知して、いろんな人に届くようにバランスよく言葉が編まれている感じがした。
すごく特別なことが書いてあるかというと、そうではない気もするけれど、タイトルにガイドとある通り、網羅的にエンジニアのキャリアパスを捉えて類型化してあるので、全体イメージをもつ羅針盤とするのにちょうど良い本なのではないか。
一つの職種にフォーカスしてそういうガイドが出るというのは、やはりエンジニアという職業が社会にとって存在価値があるからなんだろうなぁと思う。私はエンジニアではなく、エンジニアのキャリアを支援する舞台袖の立場だけど、うまくこの本の内容を吸収して役立てていきたい。
*1:Camille Fournier著「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス ―テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド」(オライリー・ジャパン)
*2: 第10回 NHN Japan執行役員/CTO 池邉智洋氏に訊く(後編)│Webクリエイティブ職の学び場研究(gihyo.jp)
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