三歩冷やして二歩温める
ゴールデンウィークに入ったあたりから、世の中がすこぶる寒い。なかでも都内の地下鉄の寒さといったらない。
ぐっと真夏なみに気温が上がったのを受けて、ぐぐっと空調の温度を下げにかかったようだけど、あわてるな、まぁとにかく落ち着け!と、都内の空いた地下鉄に乗るたび思う。黄金週間で混雑が緩和された車内、人がまばらだから余計に冷房のキンキンぐあいが骨身にしみる。
私は夏場でも長袖が基本なのだけど、これだと薄手の長袖では身がもたない。今朝は半袖Tシャツの上に薄手の長袖シャツを着て出かけたが、腕の部分が一枚なので、地下鉄に入るやいなや寒くてブルブル。表に出てきたときの空気の温かさに、湯船につかったときのような安堵を覚えて、思わずふぃーっと声がもれた。
なぜ、こう(空調で)三歩進んで(服装で)二歩下がる的な温度管理で、(ちょうどいい)一歩を手に入れなければならんのか。
私の寒がりが一般とずれているとしたら、まぁそれは仕方ない。でも、もし私の希望する一歩が平均と大差ないとして、最初から絶妙な歩幅で一歩を狙ったら、電気代も減らせるし、着る服も減らせて身軽だ。それだと使うお金が減っちゃうじゃないかと言われると、そうかもしれないけれど。そうやって、出すぎて、引っ込めて、行ったり来たりしながら暮らすのが人の常というものなのか。
ゴールデンウィークが明けて車内が混み出すと、もう少し適温になりますよってことなら、人の混雑度に応じて空調を弱めたり強めたりチューニングできれば良いのだろうな。電機メーカーとかが、その辺は作ってくれそうだけど、お高いのだろうな。地下鉄車内をショールーム的に使って、「どうです?うちのエアコン気が利くでしょう。これ、我が社が作ってるんです」というのを乗客に体験してもらって…という取引で安くしてもらえないものか。
いろいろ震えながら考えているうちに降りる駅に着いて、腕のあたりをすりすりしながら表へ急ぐ。私はとりあえず長袖2枚で、巻き巻きものも携えて夏を過ごすことになりそう。知っているのだ、私の寒がりが極端だということ。
と、、この文章に意味などないのだけど。そういうものも、分をわきまえれば世の中には存在していいのだと思う。
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