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2017-12-31

2017年においていくもの

今日は2017年の大晦日。帰省前に都心のカフェに寄り道して朝食をとっていると、窓越しに雪が舞い始めた。このあたりでは初雪じゃないかしら。雪は音を立てず静かに降るけど、目に映る雪景色も人に静けさを感覚させるものだな、と思う。

今年を振り返るといっても、一年区切りで出来事をあまり整理できていないので難しいのだけど、いろいろとありがたいなぁと思うことが多い、豊かな一年だったと思う。一つがっかりなことを挙げないわけにはいかない節目の一年にはなるんだけど、それ以外のさまざまなことを思えば、やっぱり感謝の一年だ。

ひっそり大変だった時期は、粉々になって地面に落ちた自尊心を、しゃがんで、しばらくぼーっと見ていたのだけど、しばし時間をおいたら、その地面に落ちたのから確かそうなかけらを拾い上げて、ひとつ、ふたつと手もとに戻していくことができた。そうすると、あぁ、まったくゼロになるわけではないのかもしれない、と思い直せた。これと、あれと、それとを持って、立ち上がったら、大丈夫だろう。

ずっと前に一度似た経験をもっていたので、そのときよりだいぶ自己コントロールできる状態になっていて、程なく這い上がってこられたところもあり、経験って糧だなぁと思った。30代の私にはできなかったことだ。

そもそも、外的要因の一つや二つでぐらつく自尊心など、もともと虚構であって、はなから自分のものではなかったと思えば、話はすっきりする。最初からなかったものとして、素の自分が今持っているものを見直して、この先をそこから作っていったらいいし、コツコツやっていったらいい。目がよくなったのだ。などと理屈をこねて喝を入れる時期もあった。まぁ、そんなにいつも強気じゃいられないのも人の常ではあるんだけど。

しかし30代を経て、「人間、基本は孤独なんである」ということを自覚的に受け容れるようになったのは大きい。すると、矛盾するようだけど、ほんとに孤独そのものだったら自分は絶対生きていけないなぁとも実感させられることになる。そうやってゼロベースに立って、自分が日々どれだけ人に支えてもらっているかを意識して生きていけると、がっかりなことも致命傷を負う手前で、どうにかそれを受け容れてやっていけるし、時間をかければ立ち上がれる。人への感謝が安定して自分の内側を満たすようになる。

私よりずっと波乱万丈な人生で歩んでいる人に、同じようなことが言えるかどうかはわからないけれど、私はこの道をそうやって、周囲の人たちに感謝しながら丁寧に歩んでいけたら、それできっとOKだ。それだけだって、けっこう難しいことだったりするから、身の丈でやっていこう。

来年に向けては、なんだかオープンな心もちに移行している感がある。なんとなく開けていく風向きを感じるので、それを快く受け容れてやっていきたい。というわけで、こんなぐだぐだを時折書いてしまう私ではありますが、来年もおつきあいのほど、よろしくお願いします。どうぞ、良いお年をお迎えください。

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