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2016-12-16

目の手術リターンズ

目の手術を受けて、3日経った。「目の手術、再び」の話の続き。まだ痛みがあるけど、手術日やその翌日に比べれば余裕が出てきた。痛いけど。来週の(恐怖の)抜糸を終えるまで、この違和感と痛みの間のような感覚は残るだろうから、もうしばらくは辛抱、辛抱だ。

手術の内容は、翼状片の切除と、結膜の移植。簡単にいうと、目の中にできた翼状片(よくじょうへん)という欠片(かけら)を切除して、そこに健康なところの白目から膜を移植して、縫いあわせてなじませるというものっぽい。

翼状片は切除するだけだと再発率が高いのだけど、結膜の移植をすると、再発率を5%まで下げられる。医師によっては10%台もあるようだから、その辺は人によるようだけど、私はたまたま、とても腕のいい先生に巡り会えた。

私は同じ内容の手術を、右目で2年前にやっている(当時の記録はこちら)のだけど、今回は左目。右目はその後再発することなく、健康だ。もちろん、原因であるところの紫外線を浴びないように細心の注意をはらって日常生活を送っているのだけど、とにかく再発なくやってこられている。

左目は手術なしに逃げ切りたかったが、そうもいかない進行具合になってきて、やるならお世話になっている先生が現役のうちにやっておいたほうがいいというので、今回思い切って左目も手術することにした。

そんなわけで、どれだけおぞましい手術、術後が待っているかは重々承知して臨んだ。あれをまたやるのかぁーと、手術が決まってから、ずっと気が重かった。いや、手術を決めた秋口からしばらくは一旦忘れた。努めずとも本能的に忘れた。のだけど、1ヶ月前ともなると、12月の予定が話題にあがる度、頭をもたげた。いよいよ手術日が迫り、会社は手術当日の火曜日から週末の金曜日まで、4日間の有給休暇を取得した。

当日は、食事制限が手術6時間前から、水も手術2時間前からNGだったので、朝7時に食事を済ませ、習慣にしている朝プールに泳ぎに行った。しばらく泳げなくなるので、いつもより長く泳ごうかとも思ったけど、この後夕方まで食事なしだし、手術は緊張で全身硬直状態の1時間半コースと分かっていたので、体がもたないと思って、いつもどおり50分をゆったり泳いだ。この時間がしばらくもてなくなるのは、たいそう惜しい。が、仕方あるまい。

プールの後は、そのまま病院近くのカフェに移動。すでに飲めなくなっている紅茶を注文し、満杯のマグカップを見ながら11時まで水を飲む。11時以降は水も飲めないので、そのまま冷えた紅茶をおいて本を読みながら待機。

13時に病院に行くと、血圧を測ったり、同意書を提出したり。執刀医の先生と少し話をして、じゃあ早速と、手術室のフロアに案内される。

先生には、「前に一回やっているのと同じだから」と言われて、「いや、それが困るんだって」と思いつつ、案内くださる女性の後について手術室のほうへ移動。すると、いやいや、前ともどうも勝手が違う。案内くださった女性が「前回が2Fだったなら、4Fの中央手術室はいろいろ勝手が違うと思うけど…」というようなことをさらりと言っていて、そのときはよく意味がわからずきょとんとしていたのだけど、いやー、大いに違った。

まず、入り口の所で、手首に自分の氏名と番号が入った札を巻かれる。続いて、着替え。前は着替えなどせずに手術室にすたすた入っていった気がするんだけど、色の濃い薬剤を使うので、かかるといけないとかで、手術される人っぽい衣装に着替える。この時点ですでに、手術っぽすぎて腰がひけている。

着替えから出てくると、助手のような女性が快活に挨拶をくれ、緊張をほぐすように私に笑いかける。「髪がサラサラねー、うまく収まらないわ」など明るい声で私の心を包み込みつつ、お風呂のときに使うシャワーキャップのようなので私の髪の毛を包み込む。完全に「手術される人」に仕上がっている。

「じゃあついて来てください」と言われて、後についていくと、ぐいーんと自動ドアが開いた先は、な、、、なんじゃ、こりゃーーだった。ものすっごい立派な手術室が眼前に広がっている。宇宙船かと思った。スタートレックのエンタープライズ号の中にある、みんながおしゃべりする居間みたいな所(ブリッジと言うらしい)っぽい。

50平米mはあろうかという広さで、白を基調とした円形構造、壁面にモニタやら操作パネルやらが備え付けられ(これは幻覚かもしれない…)、その向こうには宇宙が広がっているんですか?という感じ。青白い照明に照らされ、中央には人体実験でも行われそうなベッドが一つ備わっている。その周囲に、医者というより科学者に見える先生方が4〜5人立ったり座ったりしている。

2年前の2Fのフロアのときは、一応手術室と書いてあるようなところにトコトコ入っていって、治療器具が所狭しと並んでいる薄暗い部屋の一角にちょこんと腰かけ、ちょっと背もたれを横にして、じゃあ始めましょうという感じだった。人も執刀医の先生のほかに1人助手の人がいるのが音でわかったというくらいだったのに、今回の4Fはずいぶんと大仰だ。

「そちらのベッドに横になってください」と言われて、指示通り横になると、頭上には、目玉が10コくらい付いている例の手術室のライト。寝るやいなや、右腕に血圧器が装着され、左の人差し指に脈拍をはかる?器具がつけられ、少し離れたところからピー、ピー、ピーと音が聞こえだす。体に何かかけられ、顔にもビニールのようなものが巻かれ、左目のところだけあいた状態に。極めつけに、人工呼吸器のマスクが口元に置かれた。それっぽすぎる…。

「では始めましょう」と号令がかかって、4〜5人の返事が聞こえる。手術開始。この手術、何が辛いって、ずっと意識があることだ。先生の指示に従って、黒目を右上にやったり左下にやったりして固定しないといけない。白目を向いているわけにはいかないのだ。

しかも今回は、視界がわりと鮮明なままで、銀色の器具がこっちに近づいてくるのとか、糸を通しているのとか、何をしているのかがわりと目視できるという、前回以上におぞましい状況。

しかも、先生が若手に教えながらやっているので、「この血管をやっちゃうと出血がひどくなるから、ここを避けてこっちに通すんだ」とかいう解説付きで、すでに倒れているからいいものの、立って手術を受けていたら300回は卒倒しているだろうというくらい倒れどころ満載だった…。

けど、どうにもこうにも一旦始めたものは中断するわけにいかないし、弱音を吐いたところで長引くだけ。黙って、こらえるほかないのだ。全身が足先までかっちんかっちんに硬直しての1時間半。長い、長かった…。めちゃめちゃ怖かった。

14針縫い終えて、「終わりました」と言われたときには、もうほっとしてほっとして、右目から涙が流れた。ひょいと上半身を起こしてくれて、そのままシュタタタタ!と手術室を立ち去りたかったが、なかなか次の動作に移れない。寒さで指先は冷え冷えになり、足はガチガチの緊張から一気に弛緩して、女医さんに手伝ってもらって近くの椅子に移るのがやっと。

しばらく女医さんが私の背中をさすってくれ、どうにか立ち上がる気力を取り戻す。寒いので早く着替えをせねばと思い、もう大丈夫ですと言って席を立つ。先生方にお礼を言って手術室を後にし、着替えを済ませると、本当に心底ほっとして、また涙が出てきた。脱力。

その日は、会計を済ませて薬の処方を受けると、そのままタクシーで帰宅。もらった痛み止めと胃薬は、手術当日だけとりあえず飲んで、以降は飲まずに済ませている。膜が完全にかぶさるまでの3日ほどは痛みがあるが、じっと目を閉じているかぎりは、痛み止めを飲むほどではない。食事は、目を閉じたまま手探りで食べられるおにぎりかサンドウィッチ。娯楽はラジオ(これは平常どおりだが)。あとは、ひたすら寝るだけで過ごす。

手術の翌日から3日間は、午前中に通院して経過をみてもらう。これもタクシー移動。「順調です」という言葉にほっとして、軟膏をぬって眼帯を付け替えて帰る。後はとにかく、おとなしく目を閉じて過ごす。手術から3日後の今日の晩から、入浴、洗顔、洗髪を許され、目薬の点眼治療が始まる。あとは通院は無しで、来週半ばの抜糸を待つばかり。14針の抜糸が腰がくだける恐怖体験なのだけど、これが終われば爽快だ。あともう少しの辛抱、辛抱だ。

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コメント

はじめまして。
差し支えなければ、手術された大学病院を教えていただけますか?

はじめまして。
手術した病院は、聖路加国際病院です。
私の手術をしてくださった方は山口達夫先生で、今はこの病院を退官されて、東京都の新橋眼科で院長をされています。
もし足を運べるところにお住まいでしたら、新橋眼科に一度足を運んでみてもよいかと思います。ご参考まで。

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