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2016-06-13

話すための勇気

物語を読みたいときは、市場の思惑にのって、まんまと罠にはまるようにして文庫本を買い求める。本屋に足を運んで目に止まった平積みの本とか、電車内の広告を見てピンと来たものとか。誘われるままに、気分のままに買う。

プロモーションの役割は本来的に、作り手なり売り手がそれを届けたい人に、その存在や価値を伝えるところにあるわけで、私が普通に暮らしている中でそれを目にして、それによって関心がもたらされるとすれば、それに乗らない手はない。少なくとも文庫本においては、その引き合わせに身をゆだねている。

それで、この週末手にとったのが原田マハの「本日は、お日柄もよく」(*1)。新刊ってわけじゃないんだけど、地下鉄に乗っていたらステッカー広告が貼ってあったのだ。以前に「キネマの神様」を面白く読んだので、それを著した原田マハという作家名が目に止まった。そこに「言葉の持つ力」とか「スピーチライターのお仕事小説」といった文字が並んでいて、これは自分の関心テーマが面白く描かれていそうだなと期待が膨らんだ。

最近は、研修の裏方仕事だけじゃなく、自分が話し手に立つ機会も重なっていたので、スピーチライターという言わば自分の本業の「影」の役割と、時おり自身が担うようになり、通常は人に委託しているスピーカーという「太陽」の役割が、それぞれに相補的な関係として描かれているところも、ちょうど今の自分に響いた。

月9のテレビドラマにでもなりそうな展開でテンポよく物語の中に引き込まれつつ、それこそ言葉のプロフェッショナル、原田マハに、スピーチやシナリオづくりの要諦を教わっているようでもあって、一粒で二度おいしかった。

結局のところ、この物語に出てくるスピーチはすべて原田マハが書いた実践例であり、登場人物が語るポイントも原田マハがスピーチやそのシナリオづくりにおいて重んじるところを言葉に起こしたものだ。つまり、この本によって、言葉の大切さ、言葉の持つ本来の力を、彼女は体現しているのだ。

それを読者である私は、まっすぐに受け止めた。いろいろ響く言葉はあったのだけど、一つだけ取り上げるなら、これだ。

「聞くことは、話すことよりもずっとエネルギーがいる。だけどその分、話すための勇気を得られるんだ、と思います」

私はある種、とても受け身な人間だ。いつもエネルギーを人からもらって活動しているようなものだ。受託稼業は自分にぴったりだと思う。人の話を聴く。依頼主の話を聴きに出向く。真剣に、まっすぐに、いろんな話を聴いていると、こうしたらいいんじゃないか、こういうことを伝えたい、こういうふうにつなぎ合わせてみたら変わるんじゃないかというシナリオが頭のなかに描き出されていく。そうすると動き出したくなる、それを動かしたくなる。

自分で主導してディレクターを務めたり、あれこれ提案したり、質問を掘り下げたり、がっつり意見したり、時には猛然と反対したり、こうしたいって主張したり、そこに合理性があれば講師役を担うことも厭わない。そんなの、自家発電のエネルギー量では到底足りない。そういう自分の働きのもとをたどると、依頼主の話を「聴く」というところを起点にしている。そこから自分の活動が始まっているのが常だ。

人の話を聴くことで、私は生かされてきた。機会をもらい、縁をもらい、エネルギー源をもらって、社会とつながってきた。先の一文を読んだとき、そのことの認識を新たにした。自分の、話す勇気、働きかける勇気の成り立ちをたどった。

読み終えてから、この本のAmazonのレビューに目を通したら、★1つなコメントもあって、いい本だったなぁって思った自分も★1つを付けられた気分になってしょんぼりしたけど、でもやっぱりさ、物語は読んで感じ取るものがあったもん勝ちみたいなとこあるよなって開き直った。読んで心を揺さぶられるのと、そうでないのと、どっちがお得かっていったら、せっかく読んだんだもの、思いきり揺さぶられた人のほうが断然お得だ。

本を読むことが、作家の話を聴くことと捉え直せるなら、私はその作家の話を、物語を、耳を澄ませて、心を澄ませて、すなおに、まっすぐに、受け止めたいと思う。そこからできるだけのことを感じ受けたいと思う。それで心が豊かになれるなら、それで働きかける勇気が得られるなら、それが一番だ。

*1: 原田マハ「本日は、お日柄もよく」(徳間文庫)

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