立川談志の教え方
冬休み最終日の1月3日、ふらり新宿の紀伊国屋書店1階に立ち寄って、目にとまった3冊を買って帰ってきた。そのうちの1冊が、立川談春の「赤めだか」。
「赤めだか」は立川談志さんのお弟子さんのエッセイで、談志さんが17歳の談春をどう育てていったかが、談春さん目線で語られていて面白い。ビートたけしに「談春さんは談志さんが残した最高傑作」と言わせしめる(帯より)談春さんゆえに、その軌跡をたどって語られる考え方、エピソードの描き方や捉え方にも深みがある。
面白そうだし、久しぶりにエッセイを読むのもライトでいいかなと思って手を出したのだけど、思いのほか自分の仕事と関係するところもあって(自然と自分の関心に引き寄せて読むのが人の常というのもあるのだろうが)、「師匠が弟子にどう関わるか」という観点で読めるのも面白い。その観点で、立川談志さんの教え方をメモ的に残す。
●学び手をよく観て、よく知る
高校をやめてきて、弟子入りしたばかりの17歳の談春。本人は「プロを目指すなら今まで覚えた根多は全て忘れろ」と云われるとばかり思っていたのに、談志さんは「どんな根多でもいいから、しゃべってごらん」と云う。「師匠、僕できません」と云っても、「何でもいいんだよ。口調を確かめるだけだから。ちょっとだけしゃべってごらん」「怒らないから演ってごらん」と、ものすごい優しい笑顔で云われたという。
まずは弟子の力量や癖を、よく観て、よく知ろう、そこから始める様子がうかがえるエピソードだ。
●やってみせる
その直後、「まあ、口調は悪くねェナ。よし小噺(こばなし)を教えてやる」と言って、談志さんは10分ほど、談春一人を相手に、目の前で小噺を演ってみせる。
「ま、こんなもんだ。今演ったものは覚えんでもいい。テープも録ってないしな。今度は、きちんと一席教えてやる。プロとはこういうものだということがわかればそれでいい。よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えた通り覚えればいい。盗めるようになりゃ一人前だ。時間がかかるんだ。教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。いいか、落語を語るのに必要なのはリズムとメロディだ。それが基本だ。ま、それをクリアする自信があるなら今でも盗んでかまわんが、自信あるか?」
もったいぶらず、いきなり、みせるんだな。「プロとはこういうものだということがわか」るのには、みせるのが一番ってわかってのことだろう。「盗む方にもキャリアが必要」「教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ」など、名言がつまっている。
●意味を言葉にして教える
「意外に思うかもしれないが、談志(イエモト)の稽古は教わる方にとってはこの上なく親切だ。お辞儀の仕方から、扇子の置き方まで教えてくれる」と談春。
教え方の丁寧さ。それは振る舞いだけではなく、その意味を丁寧に語り聞かせているところにあると思う。談志さんからすれば、その意味を伝えずして教える意味はないくらいに思われているのかもしれない。
「これは談志(オレ)の趣味だがお辞儀は丁寧にしろよ。きちんと頭を下げろ。次に扇子だが、座布団の前に平行に置け。結界と云ってな、扇子より座布団側が芸人、演者の世界、向こう側が観客の世界だ。観客が演者の世界に入ってくることは決して許さないんだ。たとえ前座だってお前はプロだ。観客に勉強させてもらうわけではない。あくまで与える側なんだ。そのくらいのプライドは持て。お辞儀が終わったら、しっかり正面を見据えろ。焦っていきなり話しだすことはない。堂々と見ろ。それができない奴を正面を切れないと云うんだ。正面が切れない芸人にはなるな。客席の最後列の真ん中の上、天井の辺りに目線を置け。キョロキョロする必要はない。マクラの間に左、右と見てゆくにはキャリアが必要なんだ、お前はまだその必要はない。大きな声でしゃべれ。加減がわからないのなら怒鳴れ。怒鳴ってもメロディが崩れないように話せれば立派なもんだ。そうなるまで稽古をしろ。
俺がしゃべった通りに、そっくりそのまま覚えてこい。物真似でかまわん。それができる奴をとりあえず芸の質が良いと云うんだ」
目指すべきゴールや学習指針を具体的に示してあげて、あとは練習あるのみ!となったら放る。しばらく置いて、また様子をみてやる。そこに到達していない者にとっては、次に目指すべき具体的な目標設定というのが難しい。その目標に到達するための能率的な学習方法をこれと定めるのも難しい。そこのところを、うまいこと談志さんは導いている。
●段階的に難しい課題を与える
まずは「登場人物がご隠居さんと八っつぁんの二人しかいない。場面転換も少ない。右見て隠居さん、左見て八っつぁんとスラスラしゃべる。これで落語のリズムとメロディを徹底的に覚える」という前座用の小噺を教える。これをクリアすると、次は仕草や動物を演じるための形が入ってくる「狸」の稽古に進む。
これは談志さんに限らず、落語のオーソドックスな教え方ステップなのかもしれないが、こういうふうにきちんと段階を踏んで、難しい課題を与えていくのも、しっかり考えられているものだなぁと思う。談春は、談志(イエモト)が凄いのは「相手の進歩に合わせながら教える」ところだと記している。
●プロの目をもってこそ洞察できるフィードバックを与える
「狸」を演った談春に向かって、聴き終えた談志は頭をかかえ込んで、ウーンとうなる。ちょっと待ってくれと考え込んでしまう。長い沈黙の後、談志さんは話しだす。
「あのな坊や。お前は狸を演じようとして芝居をしている。それは間違っていない。正しい考え方なんだ。だが君はメロディで語ることができていない、不完全なんだ。それで動き、仕草を演じようとすると、わかりやすく云えば芝居をしようとすると、俺が見ると、見るに堪えないものができあがってしまう。型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。どうだ、わかるか?難しすぎるか。結論を云えば型をつくるには稽古しかないんだ。狸という根多程度でメロディが崩れるということは稽古不足だ。語りと仕草が不自然でなく一致するように稽古しろ。いいか、俺はお前を否定しているわけではない。進歩は認めてやる。進歩しているからこそ、チェックするポイントが増えるんだ。もう一度、覚えなおしてこい」
相手の進歩に合わせて教えるには、相手の演っているのをよくよく観察して、何ができていて、何ができていないかを切り分ける必要がある。これをやるには、教える側が惜しまずにじっくり時間をかけて考えこむことも必要ということだ。
切り分けたら、できているところはそれはそれで具体的に褒め(そうしないと、そこも捨ててしまう)、足らぬところはそれとして指摘し、それはどうしたら改善されるかまでじっくり考えて言葉に起こし、相手に伝わるように語り聞かせる。あとは練習あるのみというところまで導く。本人にはわからない、プロだからこそつかめる問題の核心をとらえて、解決の道筋を言葉にしてフィードバックする。
「丁寧に教える」って、別に言葉を優しくとか甘ったるくすべしというんじゃなくて、こういうことだよなぁというポイントが散りばめられている。ほか、この後は談志さんのセリフを引いてメモに残しておきたい。
●「形式」ではなく「内容」でお前達と接する
「他所(よそ)は色々あるが立川(うち)流はなれ合いは好かん。俺は内容でお前達と接する。俺を抜いた、不要だと感じた奴は師匠と思わんでいい。呼ぶ必要もない。形式は優先しないのです。俺にヨイショする暇があるなら本の一冊も読め、映画の一本も観ろ。勿論芸の内容に関する疑問、質問ならいつでも、何でも答えてやるがな」
●絶妙なタイミングで、己の乗り越え方を説く
「お前に嫉妬とは何かを教えてやる」と云った。
「己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自分は安定する。本来なら相手に並び、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。嫉妬している方が楽だからな。芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなもんだ。だがそんなことで状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う」
●その時代のテクノロジーを合理的に取り入れる
「俺は忙しい。昔ならともかく今は覚えるための教材も機械もたくさんある。だから下手な先輩に教わる必要はないんだ。名人のテープで覚えちまえばいい。覚えたものを俺が聴いてやる。直してやる。口伝を否定はしないが、教える側の都合にお前達の情熱を合わせる必要はないんだ。恵まれた時代なんだ」
●華をもたせる、褒める、客に頭を下げる
本来は、前座から二ツ目にあがったときではなく、二ツ目から真打にあがったときに派手にお披露目を催すところ、談志さんは談春を含む四人の前座を二ツ目と認めたとき、大々的なお披露目のパーティーと落語会を設けよと云う。俺の存在が必要なら喜んで協力すると云い、企画は任せ、わからないことは志の輔に相談しろとまとめる。考えやすい構造を与え、本人たちの創造力を引き出す場を与えて、あとは任せる。褒めるときはしっかり褒めて、弟子のために客に頭を下げて礼を云う。
落語の世界となると「背中をみて盗め」的な職人的指導をイメージするけれど、談志さんの弟子への関わり方は、「よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ」を前提にした実践がつまっていて大変興味深い。ほかにもいろいろと面白どころ満載で、楽しく読める素敵なエッセイだ。
今けっこう売れているようだけど、Amazonのお薦めには出てこないんだよな。自分向けにカスタマイズされていくと、一般に売れている本が“面”に載ってこないってことかしら。一棟丸ごと本が並ぶ大型書店の1Fに平積みされているので目をひき、手にとってみて装丁&帯買いする。こういう本との巡り合いも、やっぱり残しておきたいと思った。
※関連スライド: 「今どきの若手育成にひそむ3つの思いこみ」
ご依頼を受けて、TechLIONというIT/Webエンジニア向けのイベントで登壇したときのスライド。
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