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2015-12-16

「トレードオフの関係」に分け入る

ちょっと散漫になっちゃったけど、この間もここに書いた組織開発の本(*1)の読書メモ的に、この本に紹介されている「認知的倹約家」と「マネジリアル・グリッド」について。

倹約家というと「自分のお金の消費にケチ」な人を思い浮かべるけれども、心理学でいう「認知的倹約家」というのは「自分のエネルギー消費をケチる」現象といえばいいだろうか。本の中では、このように説明されている。

人が何らかの認知や情報処理をしようとする場合、複雑で難しい認知的処理よりも、エネルギーをかけずに単純で簡単な認知的処理と判断を行う傾向がある、という現象

身近には「ステレオタイプに人をみる」とかが、そうかなと思った。人は個々人でさまざまなのに、性差や世代、人種、職業、所得差のようなデモグラフィック属性だけで判断してしまう。「年寄りだから」「女だから」「子どもだから」「○○人だから」「働いていないから」「最近の若者は」などと、わかりやすいラベルで人をひとくくりにまとめて、個人をみようとせず、「属性と問題」を安易に因果関係で結びつけてしまう。というのは、他人に対してばかりでなく自分に対しても、思考停止してやってしまうことだ。

仕事の現場でも、認知的ケチ現象はそこら中で起きているのではないか。問題の要因はさまざまで、奥深くに真因が隠れているかもしれないのに、目の前で起きていることや、数値化された情報だけで物事を読み取ろうとしたり結論を出してしまうといったこと。

また物事がうまくいかないと、その施策自体が見当違いだったのか、そうではなくプロセスに不備があったのかを検討しないまま、(プロセスに改善の余地があるのに)この施策はダメ!とあっさり施策そのものを短期間で取りやめてしまったり、組織替えを半年ごとに繰り返したり、(施策自体が機能不全なのに)延々同じ施策を継続してプロセスを見直し続けたり、大きな変革に打って出られないなど。

もう一歩を踏み込まず、「単純で簡単な認知処理と判断」で済ませてしまうというのは、組織でも起こりがちなことだよな、と思う。

でも、職場の「単純で簡単な認知処理と判断」は、どんどん機械化されていく。マネジメントも、数字だけで判断しているなら不要になる。「AよりBのほうが数字が大きいからこっちにします」なんて判断は機械でもできることで、ひとたびツールが導入され、それが通常ワークフローとなれば、担当者とツール間のやりとりで完結するようになる。自動化されれば担当者の仕事だっていらなくなる。

もちろん、数字だけみて判断していたらそうだという話。「ここで提示された数値は、成果なり仮説の論拠を示すのに本当に妥当な数字なのだろうか」とか「数値化はされていない、するのが難しいけれども、裏に潜んでいる現象はないだろうか」という問いを立てて、部下にフィードバックしたりアドバイスしたり、ツールへの指示に変更を加えたり、「今は判断する時期じゃない、この結果が出るまで継続して様子をみよう」という判断をしたり、必要な定性情報も集めて照合して、プロジェクトの軌道修正をしたり。こうしたことは「複雑で難しい認知処理と判断」を要するだろう。

先日エスノグラファーの方のお話をうかがっていたときに、「問いを問い直す」とか「仮説が見えてきたときこそ、仮説を捨て去る」とか「問いかけながら、判断は待つ」といったことをお話しされていたけれど、そういうのは複雑で難しく、訓練した人間の業(わざ)だなぁと思う。

肩書きはどうあれ、「複雑で難しい認知処理と判断」をする力が、人の仕事の市場には残っていくのだろうなと思う。人の温もりを要する仕事とか、それ以外にも人の仕事の市場に残る領域はあるのだろうけど、それはまた別の話。

そこで「複雑で難しい仕事」として思い当たるのが、トレードオフに分け入って解を生み出す仕事だ。単に「認知的倹約家」を知った本(*1)に、ブレーク&ムートンの提唱した「マネジリアル・グリッド」というのも書いてあって、あぁこういうことだなぁとつながっただけだけど、これもメモしておく。

「マネジリアル・グリッド」というのは、組織開発の分野で、マネージャーや組織が目指す共通の枠組みとして知られるものだとか。ブレーク&ムートンが示したのは…

  1. 多くの人は「業績を上げること」と「人を大切にすること」は両立しないし、「仕事ができる能力があること」と「人間関係を円滑に保つこと」の両立は難しいと考えている。
  2. だから、どちらか一方、または両方がそこそこになりがちだと捉える。
  3. だけど、「業績に対する関心」と「人に対する関心」は必ずしも相反するものではない。両方に対する関心を高めて統合することが可能である。
  4. だから、両立しないものと切り捨てずに、どちらも大切にして価値を生むことを説いたもの。

Managerialgrid_2

図は、横軸に「業績に対する関心」、縦軸に「人に対する関心」の二軸からなる。各軸について関心の程度を1~9として(1=関心が低い、9=関心が高い)、理論上は9×9のマス目が想定できるが、その中で代表的な5タイプに絞ったもの。右上の「9・9型」が、マネージャーや組織の風土として理想的な形だという。

  • 業績に対する関心…仕事が中心であり、業績を上げることを重視し、業績目標を達成することに関心を向けている程度のこと
  • 人に対する関心…人の幸福とお互いの関係性に関心が向いている程度のこと

高い業績目標を達成することを目指すとともに、部下が主体的に考えて実行し、人間的に成長することも目指すもの。提唱されたのは1960年代だけど、考え方やアプローチは組織開発を考える基本となるもので、現代でも適用できる普遍的なモデルとして紹介されていた。

こうしたマネジメントの評価って、たいてい「業績・パフォーマンス・収益」系の軸と、「プロセス・リーダーシップ・人」系の二軸を立てているものが多い気がするけれど、どうかしら。

ともかくマネージャーの仕事に限らず、普通の人なら素通りしてしまったり、一見してトレードオフの関係と割りきってしまう仕事を、立ち止まって関心を向け、もう一歩分け入って丹念に分析して両立させる解を導こうとするところに、人の専門の仕事があるんだろうなぁなどと思った次第。

それを支えるのは、人によって熱意だったり執着心だったり好奇心だったり問題意識だったりロジカル欲だったり人に尽くしたいという思いだったり、いろいろなエネルギーのあり方があるんだろうけど。いずれにせよ、トレードオフの関係に分け入って統合する仕事の複雑性を楽しみたいなと思う。

*1:中村 和彦「入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる」(光文社新書)

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