親友の結婚式
昨日は、最も古くからつきあいのある親友の結婚式だった。ものすごいきれいな子なのだけど、野生児で普段ほとんど化粧をしないので、昨日の白無垢姿には息をのんだ。美しかったなぁ。式が行われた赤坂氷川神社も、巨木に見守られた静閑なところで、これは何度でも訪れたいという空間だった。今度、散歩に出かけよう。
私たちは中学時代よく雰囲気が似ていると言われていたけど、卒業後は人前で会うこともなく、年に1、2回ふたりで会って話すのが常だったので、彼女と似ていると感じる機会は特になくて、どちらかと言えば違いを意識しながら過ごしてきた。
でも昨日は、彼女が高校時代以降に知り合った友だちと会って話し、あぁそういえば似ているのか、と再発見するような機会になった。食事会の席で、隣り合わせた新婦友人の一人からなぜだか相談を受ける格好となり、対面の男性交えて3人で話し込んでいたとき、その2人から新婦と私の思考が似ていると言われて、はぁそうか、外から見れば確かにそうかもなと思い至った。
本人の希望で、式と食事会は両家の親族と身近な友人たちだけ集まるこじんまりしたもの。食事会の席では、新郎がその親族と友人、新婦がその親族と友人を、一人ひとり紹介する一幕があった。事前に一人ひとりをどう紹介するか考えて、紹介文を起こしてきてくれていて、一人ずつ名前を呼んで、本人に挙手させて、紹介文が読まれるという流れだった。
初対面同士が多かったので、皆が話しづらいのではないかという心配からのもので、この心遣いだけでもぐっときてしまったが、その紹介文も一人ひとりの魅力が丁寧に言葉に起こされていて、その準備に思いを馳せると泣けてきてしまう。第一印象きっつい印象を与えかねない彼女なのだが、気丈さと優しさを併せもった彼女っぽさが、この一幕だけとってもよく表れていた。
そこで私の紹介は何だろうと聴いていると、自分と違ってばりばりのキャリアウーマンで仕事人生を送っているだとか(そんな感じじゃないよと都度否定しているのだけど、こういうのは相対的なものなので、山暮らしの彼女がもつ印象としてはそういうことになるらしい…)、全然違う道を歩んできているんだけど昔から人の心理のことや輪廻転生だのなんだののことで話が合ってか長いつきあいを云々。
わかりましたよ、見逃しませんでしたよ、「輪廻転生」という言葉が発せられたときの、会場の空気の「ほへっ」と浮き湧いたのを…。あぁ、彼女の不可思議なところとつながっているのは、この人なのか…的な参列者一同の無言の着地。
一応「それじゃまるで私が怪しい人みたいじゃ…」という合いの手をいれて笑いを呼び、なんとか私が常人という理解を図ったけれど、会を終えた別れ際、新郎の友人から「まだ輪廻転生の話を聴いていないので、また今度ー」と見送られ、やはり相当あのワードと自分がひもづけられていると確信したのだった。
何はともあれ、彼女の結婚式に立ち会えて、すばらしく美しい白無垢姿を見られたのも嬉しかったし、それと同じくらい彼女の大事な友だち、そして久しぶりにご家族にお目にかかれて笑顔を見られたことが嬉しい一日だった。末永くお幸せに。
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