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2014-06-09

水に帰ろう

このあいだ実家に帰ったとき、ちょうどお昼どきだったので、ご飯やら買い物やらして一緒に帰ろうと、JRの最寄駅まで父を呼び出した。駅の改札前で落ち合うと、まずは蕎麦でも食べようということになり、最寄りのデパートの上にあるレストラン街に向かった。

しかし、あの建物はデパートと言えるのかな。昔は確かにデパートだったんだけど、今は一応ひとつの建物としての呼び名は持っているものの、なんの統一感もなくテナントが好きずきに入っている感じだ。上階はかろうじて食事処をまとめたフロアになっているけれど、あとのフロアは電気屋、パソコンスクール、楽器屋、内科クリニック、囲碁クラブ、市役所の連絡所と、なんでもござれである。ともあれ、駅最寄りの大きな建物に入った。

私たちがエレベーターに乗り込むと、中学生くらいの女の子2人組が乗り合わせた。エレベーターの中には4人だけ。扉がしまって、エレベーターが静かに上昇を始める。女の子2人組がカラオケを話題にする。そのデパートの上のほう1フロアは、カラオケボックスになっているようだ。彼女たちはそこへ向かっているのだろう。

父が口を開く。「こんなところにカラオケボックスつくって、人入るのかなぁ」って、え、それ私に言ってるの、彼女たちに声かけてるの?それとも独りごと言ってるの?声が大きいので判別できない。特にどれという意思もないのかもしれない。ともあれ、その声は確実に彼女たちに届いている。それは間違いない。

とっさに私は、ここで女の子たちをびびらせてはいけないし、父が女の子たちにうざがられてもいけないと、所作を選ぶ。大丈夫、安全です、無害ですというふうを、彼女たちに無言で示す。私はこの人の娘であって、ほら私はかなりノーマルな、どこにでもいそうなお姉さん(あるいはおばさん)でしょう、怖くないでしょうというふうに笑う。すこし申し訳なさそうな顔して、声を出さずに微笑む。下手に何か口にしたり詫びたりすれば、父に対して失礼になってしまうから、彼女たちのほうに顔を向けて、表情だけでこの場を穏便に済まそうとしていた。無意識にやっていた。

すると彼女たち、思いのほか自然と「うーん、そんなこともないですよ、そこそこ人入ってます」と普通に返答をよこした。私は、あ、大丈夫なのかと、ひとり胸を撫でおろす。今度は一転、自分のつくろった振る舞いに恥ずかしさを覚える。なんなんだろうな、私はまったく。下手な心配、取り繕った態度は、父にも彼女らにも失礼というもの。なんだかなぁ。まったく。そう思った。私がいちばん、しみついちゃってるんだよなぁ。

一瞬の中和剤が利いたからこそ、彼女たちは平静に返答できたのでは、という可能性も捨てきれはしないのだけど。ともかく、もっともっと、私は水に帰ろうよ。そう思った出来事だ。

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