心のうち
この間、ブログを書く頻度に忙しさとの相関はあるのかという質問を受けたのだけど、ある感じしないなぁと思ってそう答えた。書きたい衝動がはしったときには忙しくても書いている気がするし、書くネタがなければ暇だからといって書くこともない。
基本的なスタンスは、書くことがなければ無理に書こうとしない。それでストレスためるのもどこか違う気がするしなと気持ちを開放してやっている。それでもなんだか、放っておくといずれ、文章に起こしたいと衝動の働く日が、どうも自分にはやってくるみたいだ、というのを経験的に知って惑わなくなったというのもあるかもしれない。
時に、時間があるので何か書こうかなと思うことはある。でも、そういうときってどこか、読む人を過剰に意識した文章を書いてしまいそうな気がして怖くなって止めておく。書くことより読んでもらうことに軸が移って主従関係が逆転しちゃうと、このブログの本質がそがれてしまう気がしてダメなのだ。
もっと気楽にいろいろ書いては出し、書いては出しとできたら、それはそれでいいだろうなとも思うのだけど、とりあえずこれまでは、自分が「何か書きたい」と思うときは書かない、「これを書きたい」という衝動が私を突き動かすときに書く、という感じでやってきている。
時間があるので何か書きたいなと思ったときは、だいたいパソコンを閉じて本を読んだりする。何か自分の状態が損なわれている気さえするので、おっきなおっきなおいちゃんが鷹揚に語らうような本を手にとって、自分のちっぽけさを堪能すると気持ちがよい。
それからまた、人と会っておしゃべりしたり、映画を観にいったり、Podcastを聴いたりして(テレビがない)日々が流れてゆく。そうした出来事そのものを取り上げて文章を書くことはあまりないが、こうしたものがあれこれと積み重なっていき自分の中にあるものとつながり合って、いずれまた、書きたい衝動に突き動かされる日がやってくる。このブログは、その繰り返しで続いている気がする。
別に、そんなストイックな場でもない個人ブログなのだから、もっとゆったりやったらいいと思うんだけど、なんでなんだろうな。これは。自分でもよくわからない。いずれ崩せる日がきたら、これまでの蓄積にこだわらず崩すと思うし、今すでにそういう文章も内包しているとは思うのだけど。
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