解約時の掟
今日、ついに10年来のつきあいになるウィルコムの電話を解約してきたのだけど、誤ってオープン間もない(あるいは今日オープン?)の店舗に入ってしまい、店員さんに相当寒い思いをさせてしまった。
店舗の入り口でバルーンの束が弧をえがいていたところをくぐる前に気づくべきだったのだ。気づいて引き返すべきだった。もっとさびれた、酸いも甘いも知り尽くしたような他の店舗に出直すべきだったのだ。
しかし、そんな気の利いた判断が瞬時にはできず、私は店内に一歩足を踏み入れてしまった。急に大雨が降ってきたところで、空気も肌寒くて、足早に歩いていたこともあって、ゆっくり近づいて入るべきか入らざるべきかとかやっている余裕がなかったのだ。それでも後に感じる痛烈な寒さを思えば、それくらい慎重に検討すべきだったと反省せざるをえない。
店に入ると、20代前半とおぼしき少年のような店員さんが目をキラキラさせて立ち上がり、「いらっしゃいませ!」と迎えた。他に女性の店員さんが二人いて、客は一人もいなかった。たぶん、私は「待ってました」の客だった。
休日は人通りも少ない、駅からもそこそこ離れたところにあるショップで、私は午前中に訪れたから、その日初めての客だったかもしれない。万一今日がオープン日だった場合、私がこの店で初めての客になってしまう。それだけは止めてくれ、お願いだから昨日だか一昨日のうちにオープンしていたことにしてくれ。
そう胸のうちで懇願し、うろたえながらも挨拶に応じた。小さな店舗なので、ここから適当にモデル機をながめてさりげなく立ち去るわけにもいかず、店員さんの前に進んで「あの、解約をしたいんですが」と思い切って言ってしまった。言ってしまったときの「しまった」感といったらない。瞬間冷却具合といったらない。想像以上にすごかった。
一気に場が凍りつくとは、まさにこのことを言うのだと思った。店員さんの、目の輝きと笑顔が一気にひいていく様子は、ほとんどコントだった。私は今、この少年を暴力的に傷つけてしまったのだと反省せざるをえなかった。
場は寒すぎるし、外に目をやればにわか雨で地面にバシバシ雨が叩きつけられているしで、私はただただ静かに手続きが終わるまで時間をやり過ごした。この店員さんたちに、この客の記憶ができるだけ残らないように、みんなが今のはなかったことにして次のお客さんが一人目だと思って仕切り直せるように、ただただ言葉すくな動きすくなに存在感を消すことに努めた。努め続けた。
そして手続きを終えると、店を出るまでの数歩の間で「ごめんなさいね…、オープンしたばかりなのに解約の手続きで」と小声で少年にわびを入れた。少年は「いやいや、また機会があればぜひ」とがんばって笑顔で応じてくれた。
そんなわけで、オープンしたばかりの店舗で解約の手続きは、お互いとても寒いので止めましょうと。皆さまもどうかお気をつけて。
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