実務者のスタンス
研究者でなく一実務者としてほにゃらら理論やほにゃららモデルを取り扱う場合、その理論やモデルがどういう前提の上に成り立っているのかを確認すること、一定の懐疑心をもって取り入れること、誰の何のためにどう使うかの手綱を自分の手から決して離さないことが大事だと思っている。
一番痛いのは、自分の案件の状況設定を踏まえず、知った理論なりモデルなりを盲目的に万能な杖として採用してしまうことだ。それは、目的と対象者を預かる実務者としては責任放棄に通じていると思う。どんな理論もモデルも、ある状況設定の上でまずまず言えることが提唱されているに過ぎない。その状況設定が自分の目の前の案件と合致しているか否か、そこで有効な理論か否かは自分の判断にゆだねられている。8割使えるかも、応用すれば2割使えるかも己の判断だし、どの8割が使えてどの2割が使えないかを見極めるのも己の能力にかかっている。
また、どんな分野にもいろんな学派があり、いろんな理論があり、いろんなモデルが存在するから、探せばそれと真っ向対決する学派、理論、モデルなどいくらでも発掘できるだろうし、ないというなら、それは知らないだけだ。自分が知らないだけかもしれないし、現時点で人類がまだ発掘・提唱していないだけかもしれない。まだ提唱されていない仮説もあれば、仮説すら提示されていない真実もひそんでいるかもしれないのが、この世の中だ。そう考えると、万能の杖などない。もし万能の杖があったとしても、それを万能の杖だと言い切れるだけの判定能力は人間にはないと私は思う。
だから、自分がA理論を知ったからといってA理論を絶対視しちゃいけない。知った理論やモデルは、あくまで道具として扱わないといけない。尻にしかれちゃいけないのだ。そして、自分が現場で感受したものを軽視しちゃいけない。現場ではたらく自分の感受性を、軽視しちゃいけないと思う。
それもまた絶対視しちゃいけないけど、いつも大事にすべきなのは、その仕事の目的と対象者だ。何を成し遂げたいのかを明らかにして、対象者は誰なのかを深く深く洞察する。「誰のために何をしたいのか」を真剣に考える。その軸を見据えて試行錯誤しながら事を前に進めることが、ものすっごくあったり前に実務者にとって一番大事なことだと思う。少なくとも私の仕事人生を支えているのは、いつだってこの信念だ。
あったり前と思うんだけど、ときどき猛烈に、これについて書きたくなることがあるんだよな。なので前にも書いたことがある気がするんだけど、また書いてしまった…。まぁ、個人的に主観的に、そう思っています。もちろん、各種理論やモデルには公私とも大変お世話になっているという感謝とともに。
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