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2011-11-27

躍り出る公立図書館

昨晩、部屋の隅に積み上がった本や雑誌を整理しながら頭のなかに広がった妄想メモ。世の中に流通する本とか雑誌とかそれっぽいものの大半が電子出版物になって、それを公立図書館が無料でネット経由で貸し出し始める。物質的な制限から解放されて、どこの公立図書館にあるとかないとか関係なくなる。電子出版物のデータとライセンスが一括で公立図書館サーバに管理されていて、市民はそれにアクセスして一定の手続きを踏めばいつでもどこからでもダウンロードして、期限つきで読んでいいよってことになる。期限が切れるとデータが消えるか開けなくなる。

私は今のところ図書館を利用する習慣がないのだけど、足を運ぶ必要がなくダウンロードすればいいってことになると、単にブラウザ上でのアクセス先を本屋から図書館に変えればいいだけだから、図書館をメインに使うようにがらっとスタイルが変わるかもしれない。身なりが物質からデータに変わることで、物質的な所有欲はさらに衰えていく気もするし。

一回読んだら気が済む本(私の場合、とりあえず読んでみた小説とか雑誌の類い)は図書館で借りるようになるかも。学術系とか仕事系の本、すごくお気に入りの本とかは手元においていつでも開けるようにしておきたいけど、その感覚すらいつまでそうかわからない。また読みたくなったらもう一度図書館で借りればいいや、ということになるのかも。

そうしたら本屋さんはどうなるんだろう。今は補完的な位置づけの公立図書館がメインストリームに躍り出てきたら。これは街の本屋さんだけじゃなくて、ネット上の本屋さんも。もしこうなったら、本を販売するってビジネスはどうなるんだろう。そんな問題が起こらないように、公立の図書館は進化をとどまる。ってなると、それはそれでいいのかぃと思うし。

これに限らずだけど、最近いろーんなところで、人や企業がその専門性を発揮して熱心に力を注いでつくったものが無料で配られているのを見かける。私は、作ったものの対価を支払うっていう従来の仕組みも悪くない気がしているんだけど、そろそろ成り立たせるのが現実的じゃなくなってきているのかなぁとも思う昨今。働きに対して対価を支払わない社会もありだけど、そうするならそうするで、働きに対して対価が支払われなくても生きていける社会もあわせて作っていかないともたないんじゃないかと思う今日この頃です。

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