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2011-07-03

Google+ の薄い壁

有識者じゃないけど、先行してGoogle+を使える機会をいただいたので、素朴な1ユーザーなりの感想文をまとめてみる。というわけで妄想、イメージ、てんこもり。

●私の目に映るGoogle+

グーグルがSNSを作る必要性にかられたのは、別にFacebookに勝ちたいとかではなくて、「Facebookの閉鎖性を排除したSNSが、世の中には必要だ」という信念からだと捉えている。Facebookだと、情報公開範囲を一番広く設定して「Facebook利用者」内。一方Google+は、ユーザーが発信する情報公開範囲の最大が「Google+利用者」内ではなく「インターネット利用者」内だ。ユーザーが「一般公開」に設定した情報は、Google+の登録者か否かに関わらず誰でもアクセスできる。その上で、情報の出し先を自由に絞り込める。

Google+には「サークル」という概念があって、いろんな人を「サークル」に登録し、サークルごとに情報公開/情報取得/コミュニケーションができる。サークルには初めから「友だち」「家族・親戚」「知人」「フォロー中」が用意されているが、自分で名前をつけて新しいサークルを作ることもできる。新しく作った「高校時代の友だち」と、もともとあった「友だち」の両サークルに登録し、発信情報ごとに使い分けることもできる。

そしてFacebookとの違いは、各ユーザーが形成するコミュニティ(サークル)の分類を、自分が実名で交流する「友人」「知人」に限らず、「家族」という社会の最小単位から「知人以外」という社会の最大単位まで網羅した、まさしくインターネットサイズそのままのSNSづくりを志向しているということ。

というわけで私の目には、Google+が「情報公開範囲」と「コミュニティ対象範囲」の2点でFacebookを拡張させたサービスというふうに映っている。違ってたら教えて…。

●Facebookを凌駕してこそ価値が出る

拡張ってことは「Facebookで使える機能は全部使えるし、FacebookでできないこともGoogle+ではできる」「Facebookで交流できる人とは全員交流できるし、Facebookで交流できない人ともGoogle+では交流できる」ことが求められる。

強く出れば、じゃないとグーグル規模が新たに世に出す意味がなくて、かえってじゃまになるのではないか。これだけFacebookが普及してきてから共存共栄の精神でサービスを展開されては、ユーザーはまた誰々とはmixi、誰々とはFacebook、誰々とはGoogle+でコミュニケーションするというふうに道具が分散してしまい、かえって不便を招く。できれば毎日通わなければならない場所は少なく留めたい。

という前提に(勝手に)立つと結果的に、Google+のユニークさは、Facebookを使っている人たちをGoogle+に移行させてこそ社会的価値が生まれる、と思えてしまうのだ。

●簡単に人は移行しない

しかし、すでに別のところでSNSを使っている人を新しい場に移行させるのはとても難しい。Facebookより見やすい、使いやすいといった操作性だけで人は移行しない。機能性でもない。SNSはやはり「誰がそこにいるか」で価値が決まると思う。使いやすいけど誰も使っていないSNSより、断然使いにくいけどみんな使っているSNSである。人が大移動する仕組み、新しい人もそれを選ぶ仕掛けが必要だ。そんなイメージをもってGoogle+を使ってみて、気にかかったことを書きとめる。

●見た目の筒抜け感に不安

サークルごとに情報の出し先を振り分けられる「機能」は備わっていても、それが見た目に表現されている感に乏しく、本当に大丈夫?隣に漏れない?この先もずっと大丈夫?と不安にかられる。

私たちはすでに、いろいろな理由から情報が漏れることがあることを学習している。 まず「自らの不注意で操作ミス」することを嫌というほど知っている。メールの送り先間違い、TwitterでDMのつもりがmentionだった、Facebookでメッセージのつもりがウォール書き込みだった…。平常時は問題なくても、日常ツールとあればモバイル操作、日曜の昼下がり、寝起き、酔っぱらい状態、さまざまなシーンで無意識的に使われ、そういう中での失敗や冷や汗体験を誰もがもっている。注意不足だけでなく、知識不足で使い間違えることもある。

また、使い始めてから運営主の方針転換で仕様変更や機能拡張が入り、追加された設定項目が自分の意図せぬデフォルト設定になっているのに後から気づいたなんて体験も、どっかしらでもっていたりする。

だから、私たちはデフォルト情報が漏れる不安感を十分に蓄えて新しいツールに向かうのだ。しかし現状のGoogle+は、あまりに薄い壁をはさんで、家族と学生時代の友だちと昔の会社の人と取引先とが隣り合わせる印象があり、見た感じの“筒抜け”感がある。いかに、公開範囲を設定できると「機能」を備わり、そううたわれても、自分がちょっと操作ミス・設定ミスしたら一貫の終わりだ。

そうして自分への不安を払拭せずサークル登録を始めると、結局1つのサービスの1つの画面上の薄い壁を前に、自分の全部の人間関係を登録していくのははばかられ、家族はまぁいいか、となる。でも、それだとこれまでどおりだ。結局ユーザーの手元でGoogle+の「コミュニティ対象範囲」の拡張は中断されてしまい、Google+はそのユニークな力を発揮できない。となると、「なんだ、Facebookでいいじゃん」「mixiでいいじゃん」「Twitterでいいじゃん」となるのでは。と「家族」の登録に躊躇しながら思った。

そう妄想すると、機能装備とともに、ユーザーの誤操作を回避するインターフェイスとか、情緒的にも不安感を回避するビジュアルデザインとか、コンセプトを体現した不動の機能とは何で、どんなふうに今後変化・成長していくのかを見せていくことが大事なんじゃないかなぁと思った。「このサークルとこのサークルの間にはきちんとした壁があって、この情報はあっちのサークルには絶対に流れていかないから大丈夫、この先もずっと大丈夫」といった壁づくり・空気づくりが、多くのユーザーを獲得し定着させるのに軽視できない要素ではないか。

●サークルごとの心理的モードチェンジ

あと、見た目つながりで思ったことを書くと、どのサークルでもまったく同じ見た目だと、気分的にモード切り替えできないんじゃないか。ノッてこないというか。画面の骨格まで変えちゃ使いづらくなっちゃうだろうけど、サークル別に画面の色味とかビジュアルデザインに変化をつけると、ユーザーとしては心理的にモードチェンジしやすくなるし、どこサークルの情報なのか視認もしやすくなるんじゃないか、と素人発想ながら思った。友だちはオレンジ(mixiモード)、知人は青(Facebookモード)みたいなカスタマイズ機能なのかなんなのか。

●現状維持欲求の高まり

mixi→Twitter→Facebook→Google+と、新しくコミュニケーションの場に渡り歩けば歩くほど、人とのコミュニケーション手段が分散され、ある意味非効率になっているんじゃと、自分に疑いの目を向ける向きも。自分が新しいSNSに移行しても、自分の周囲が移行しなければ、結局前のサービスを切ることはできない。ゆえに、Aさんとはmixi、BさんとはFacebook、CさんとはTwitterで、DさんとはGoogle+、親とは電話、兄弟とはメールで…みたいな感じに分散化している。

メインで使うツールはむやみに増やすもんじゃないな、コミュニケーションの場がこれ以上分散しては非効率だと考える人が増えてもおかしくない。もともと「新しいものが出たら試してみたい」と真逆の、「極力現状を維持したい」というスタンスの人も大勢いる。そこに対する働きかけって何なんだろう。遅かれ早かれコミュニケーションツールのデファクトスタンダードをとる印象づけが人を動機づけるのかな。

●「移行は面倒」への対応

加えて、移行の面倒くささを軽減する支援ツールの提供とか。これはすぐどこかから出てくるのか、もうあるのか。私はプロフィール情報をFacebookの基本情報をみながら書き写したが、インポートできると楽だったり。

逆に、過去Gmailでやりとりした人が全員、サークルに登録する候補者として表示されて、対象外が多くて困ったという話も聴いた。私もGoogleの連絡先が未整理なので、あぁこういうのを日頃から整理しておくと、新しいサービスが出たときすっきりいくんだろうなぁと思った…。

●結局は必然性

でも結局は、移行する必然性なんだろうな。移行すべき必然性をどう用意して印象づけていくか。移行せずとも困らない支障ない、そういう人にどう必然性を見せていくか。って当たり前のことだけど、その辺りは使い手側で開拓していく部分もあるんだろうし、私もそういう視点をもって触っていきたい。どう印象づけるかは、きっといろいろ練られているのだろうから、意識して見ていこうと思う。そして、陰ながら応援します。

「追記:Google+の必然性」はこちら。

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コメント

あーおもしろかった!hysさんありがとう!!
Facebookよりも囲い込みの壁が薄く、サークルごとの壁も薄いGoogle+、個人的にはFbのインタフェイスにどうしても慣れないので、どちらかというとGoogle+が主流になってくれるといいなぁと思ってます。

わー、おもしろかったと言ってもらえると、すごい嬉しい!ありがとうございます。それ以前に、この文章を読解してくれたことに感謝…。
私もGoogle+はシンプルな使いやすさがあって好きです。

これを書いた後に、いろいろGoogle+ の記事とか斜め読みしてみていたら(書く前に読めという話だが…)、もっと広い視野で捉えないといかんなぁと思った。上の文章は、これはこれで1ユーザーとして等身大で思ったことだから仕方ないんだけど。Google+ をSNSって単体でだけ見てちゃ浅いんだろうな。まぁ地道におっきくなろう。

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