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2009-07-31

ほりえもんと終身雇用

タイトルがむちゃくちゃだけど…、今日はほりえもんのセミナーに参加してきた。会場に向かうエレベーターでご本人と一緒になり「おっとー」と思ったけれど、だからといって急に「こんにちは」と声をかけるのもどうかと思われ、帽子も目深にかぶっていたので隣でおとなしくしてみた。

そして肝心のセミナー内容は、大変面白かった。いやー、体調悪かったけど行って良かった。最初から最後まで聴かせる。スライド一切なし。とにかく自分の発する言葉で2時間ほど聴衆を魅了し続けた。

自然に話していてものすごくテンポもいいんだけど、一つひとつの話が必ず「主張→理由→最も言いたいことの確認」「質的データ→知見の提示」「知見→具体例→おさらい」というふうに丁寧に論理的に構成されていて、一貫して「自分の伝えたいこと」がドスンと聴衆のキャッチャーミットに投げ込まれていく感じが気持ちよかった。起業、ベンチャー、政治、選挙、宇宙、どれも私にはけっこう距離があるテーマなんだけど、とにかく全部の話が面白かった。

取り上げるテーマ一つひとつにおいて、自分が向かいたい方向が自分の中で十二分に考え抜かれていて、それを人に対しても明快に発信できる状態になっている。というのは彼にとっては当たり前にやっていることなのかもしれないけど、多岐にわたるテーマでこれだけ濃度高くそれを成し遂げられるのはやっぱりすごいなぁと思った。

キャリア専門の立場で興味深かったのは、日本の終身雇用制に関する言及。この制度の恩恵を受けた人なんてたかだか5年か、多く見積もっても10年くらいの層の厚みしかないという話。

これはピーター・ドラッカーさんも「プロフェッショナルの条件」の冒頭で書いていたことだけど、日本の終身雇用制っていうのは明治時代以前にはなかったもので、制度化されてきたのは1950年代から60年代にかけての話。日本独特の制度というのも思い違いで、欧米にも新卒から育てて定年までというのはある。

堀江さんが話していたのは、終身雇用制が制度化されたのは戦後のことで、1950年くらいに入社した層が初めとすると、彼らが20歳で入社して65歳定年とすると、1995年まで働くってことになる。だけど、この時期にはもうバブル崩壊。1960年入社層ともなると、60歳いく手前で早期退職制度だったりリストラだったりがあって、定年前に終身雇用制は崩壊。そう考えるとほんと、終身雇用制の恩恵を受けられたのなんてたかだか5~10年くらいの層の厚みしかないという話になる。それを当たり前に守られるべきものとして主張し続けるほうがおかしいと。

私も「所変われば」とか「時代変われば」変化する可能性のあるものっていうのは、基本変わることを前提に関わるべきだと思っているので、すごく共感。この辺は今後自分の仕事領域で取り組めることもあると思う。堀江さんは宇宙のほうに関心が向いているみたい。あと今回はなさそうだけど、4年後の選挙に出る可能性はあるなーと思った。とりあえず、私もこの週末で少しずつエネルギーを高めていって、来週月曜にはしっかり夏期休暇ぼけをなくそうと思う。

夏休みだった

ここ2週間ほど、夏休みをとっていた。といっても2週間ぶっつづけではなくて、水曜日にとって、金曜日にとってと、出たり入ったりな感じだったけど。うちの会社は7、8月のうちに5日間取得する制度になっているので、そんなこんなで4日間消化。

とるときはもっとまとめてがっつりとらないと!という考えもあろうかと思うけど、どうしてもここで休みが必要だった、けどこの時期ではクライアントさんとのやり取り上連続取得は難しいし、さして連続して取りたいという欲求もなかった、またお盆に休みたければリフレッシュ休暇も使えるし、ということで、まぁ私の全身がありがとうと言っている気がするので判断に間違いはなかったんだろうと思う。

休みはかなり家にこもっていた気もするんだけど、よくよく考えると数年ぶりに海に行ったりもしたし、そうだな、結構人に会っていたんだな。老若男女、20代から50代まで、いろんな人と話をした。いろんな思いや考えと、いろんな人生を聴いた。そしてひとりに戻った。

いろんなことを思ったし、考えた。この間は夢の中にもいろんな人が登場した。本も読んだ。それを通じて、いろんなことを文字にも残した。たくさんたくさん書いたけど、ここに残す言葉じゃなかったからここには書かなかった。書けなかった。

いつか、実りのあるものになるといいなと思う。そして、その実りを人に届けられるといい。そろそろ夏休みを終えねばなるまい。8月を迎える前に。

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2009-07-11

健康な自信と、不健康な慢心

「走ることについて語るときに僕の語ること」という村上春樹さんの本の中にある一節。

健康な自信と、不健康な慢心を隔てる壁はとても薄い。

このあたりのことはかれこれ10年近く意識を払ってきたことなんだけど、こんな研ぎ澄まされた言葉で言い切ってもらえて、数年前この本を手にした時はたいそうドキリとしました。

村上春樹さんの頭の中というのは、私の頭の中からもやをとった状態というか、つまり人となりを形作っている成分はものすごく似ていると勝手に思っていて、いろいろ勉強させてもらっています。彼が紡ぐ言葉を受けて、自分の頭の中を自己認識させてもらいながら生きている面が多分にあるというか。まぁ私のほうがゆるいしあまいし、不純物がだいぶ多いと思いますが。

「走ることについて語るときに僕の語ること」という本の中では、「小説を書くことについて多くのことを、道路を毎日走ることから学んできた」と書いていて、そこで挙げていることがまた、私がけっこうあれこれ考える事柄です。

どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか? どれくらいの休養が正当であって、どこからが休みすぎになるのか? どこまでが妥当な一貫性であって、どこからが偏狭さになるのか? どれくらい外部の風景を意識しなくてはならず、どれくらい内部に深く集中すればいいのか? どれくらい自分の能力を確信し、どれくらい自分を疑えばいいのか?

こういうことのさじ加減を思考するあたりが、村上さんと自分が似ているなぁと思うところなんだけど、もしかするとたいていの人が考える一般的なテーマなんでしょうか。その辺はよくわからないけど。でもこんなことを全員が全員考えているような世の中ってのもなんかちょっと厄介かも…。

いずれにせよ、たぶんこの手のことは「自分はもう大丈夫」ってことは一生なくて(そう思った時点でたぶん慢心寄り)、常々自己チェックの目を働かせておくことができているかどうかなんだと思うので、私はちょこちょこ意識的に考えるようにしています。

まぁ難しい問題。難しいもんだい。江戸っ子ふうに発声するとおやじギャグになるおまけ付き。

2009-07-02

足場固めと落とし穴

高校にあがったばかりで、卒業してから数ヶ月しか経っていない時期に中学に遊びに行ったことがあった(たしか高1の夏休み)。「あの頃に帰りたい」なんて別段感傷的になっていたわけでもなく、ただ近所だし、中学時代の友だちと会うことになってふらっと足を運んでみた感じだったと思う(当時はふらっと入れたのだ)。

職員室に行ったら、学年をもってもらったことはないけど在学中ちょこちょこ交流があったバレー部(だったか体育館系の部)顧問の先生がいて、しばらく相手をしてくれたので友だちと3人でおしゃべりをした。当時30代後半くらいのサービス精神旺盛な男性だった。

私たちが在学中、それも1~2年生の頃にやった行事のビデオを見せてくれたり、先生が最近19年間つきあった女性と別れたばかりだという話を披露してくれたり、あれやこれやの話題で1~2時間しゃべっていた。

その話のどこかで、先生が何気なく「でもな、あんまり早く中学に戻ってきちゃいけないよ」と言った。まだ高校生活できちんと足場を固められていない状態で、一見居心地よく、今なお自分たちの居場所っぽい(けど実はもう自分たちの居場所ではない)ところに足を踏み入れることの危険を伝えたかったんだと思う。

そのなんとなくな一言に、私は心静かにものすごく大事なことを教わったような気がした。以来それがずっと胸のうちにあって、どこかを離れて新しい場に入るときはいつも、その時のような心もちになった。当面は古巣に足を運ばず、新しい場にしっかり向き合って、そこでの自分づくりを大切にしようという気持ちが基本姿勢として根づいた。

別段感傷的になっていたわけでもない私たちに、それでもやっぱり警笛を鳴らしたかった先生の気持ちが、なんとなく感覚的にわかるのだ。人は自分が思っているほど器用じゃないから、まだ新しい足場が固まっていない状態で、昔の居心地いい場所に物理的に体を戻してしまうと、どっちつかずになって新しい場にしっかりとした居場所を築き損ねてしまう危険がある。いくら自分で大丈夫と思っていても。言葉にするならそんな感じかなぁと。

私は比較的「大切なもの」が数少なくはっきりしているので、あとたいていのものは人としてどうなのよ…とあきれるほど無頓着というか、「なんでもいい」「どちらでも」「それでいいと思います」「次行ってみよう」な人間なんだけど。

そんなふうに自分のことを「こうだ!」と思っている、まさにその部分で見落としが発生してはまってる状態になりがちなのが人間という生き物なわけで(また私は自分の身にその手のことが起こることを一番の恐怖に感じる性質なので)。「場」にはあまり頓着しないほうなんだけど、ここら辺は気をつけたいなと思って生きてきた。

って、なんでこのことをふいに思い出したのかを忘れちゃったんだけど、今朝てくてく道を歩いていたときにふと思い出したのでした。なんだったっけなー。

まぁそんな体験もあり、またそもそも関心が過去より今とか今後に偏りがちな体質ってこともあり、昔なじみの人とかに会っても、思い出話より今その人が何をやっていて何を考えていて、どんなことを感じて生きているのかのほうが断然関心が高いのは、すごく自分の特徴だなぁと思う。自分含めて「昔の人」というのはどこか他人になってしまっている面があるから、私はいつも今目の前にいるその人とつながっていたいと思うのだ。何の話なんだろう、これはいったい。本当にわからない…。

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