コラム書きました
夕方休憩中エントリー。クリエイティブ・タブロイド「withD」で月連載しているキャリアコラムを書きました。2009年第1号はそもそも「働く理由」について。テーマが壮大すぎました…。
毎度毎度苦労しているというのに、今回はまた明らかに身の丈にあっていないテーマに手を出してしまい、書き散らした膨大な文章の中からあれこれ部分をすくい上げ、がちゃがちゃ構成立ててぎゅぎゅぎゅーっと文字数削って、うぉーっと仕上げてみたら、ぬぬぬー。でもアップ。一応及第点だった。
今回で25回目。回を重ねるごと提出時の瀕死度がアップしているのはなぜだろう。とりあえず毎回、今やれるだけのことはやったのだ…とどうにか心の決着をつけて出す。で、あとはただひたすら、誰かの心に何らかが届きますように!と低い目標設定で星に願う。まぁ、引き続き頑張りますので今年もよろしくお願いします。
で、今回これを書いた動機を探っていくと、最近世の中がどうも物事をコンセプチュアルに考えすぎて先に進めなくなっていたり、仕組み化・体系化に多く(の時間・知力・体力)をとられすぎている感があってのことかと(世の中語れるほど世の中知らないので、実は肌感覚のみ)。それで本来到達すべき価値を見失っていたり、本来生みだすべき価値を取り損ねているような場面に遭遇することが結構ある。
もちろん仕組み化・体系化する頭は日常的にも必要なものだし、そういうのに集中投下すべき周期みたいなのもあると思うんだけど、そういう周期でいったら今なんてまさに真逆なんじゃないかと。第何弾だかの体制整備の時期なんてとっくに終わっていて、今は表に出ていってなんぼ、仕掛けて収穫する時期なんじゃないかと。そういう時代の変わり目に気づき損ねて、雨やんだのに傘さしっぱなしみたいな違和感がある(超個人的に)。
今は仕組み化・体系化を第一優先にできるほど悠長な時代じゃないし、いとうせいこうさんが言っていた「今はルールを作りながらゲームする時代」っていうのがすごいしっくりくる。そういうものすごい大きな時代の変わり目に生きている気がしていて、そういうところにワクワクしている向きもある。
結局バランスの問題だと思うんだけど、頭でっかちに考えすぎて身動きとれずとか、どっかの教科書にならってそれにのっとるだけってより、人間が「今」「ここで」「素手で」つかみ取れることをもっと信用して冒険してみるってやり方を、もう少し採用してもいいんじゃないかなーと。そっちのほうが得るもの大きいし、そっちのほうが楽しかったり有意義だったりするんじゃないかなーと。そういう人間の潜在能力って使わないと退化すると思うし。相当暴れん坊将軍な文章になりましたが、そんなことを思う今日この頃です。
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