今週はなんだか大人呑みの一週間でありまして、夜更けまで話し続けて終電を乗り過ごし、家までタクシーで帰るというのを2回やりました。ここ数年は終電を守って帰るのを常としていましたし、タクシーに乗るのもしばらくぶりだった気がします。別段何のこだわりも縛りもない自由人なのですが、なんとなくそうなっていて、要するに齢の問題でしょうか……。
でも、私は結構夜のタクシーって好きで、今回久しぶりに乗って懐かしい心地よさを感じました。電車のように本を開ける明るさもないから、ただひたすらぼーっと外を眺めるしかない視界の中で、深夜ラジオを聴いたり、タクシーのおじちゃんと話をしたりする。そういう、限られた光の中で限られた自由を愉しむっぽいのがいいのかなぁなんて思ったりします。
タクシーのおじさんって、当たり前だけど本当にさまざまですよね。いろんな話を聴かせてくれる人(つまり話し続ける人)、いろんな話を訊いてくる人(質問攻め)、とにかく静かな人と。乗客の性別や年齢、雰囲気によって対応が変わる人もいるんだろうなぁと思うと、あの密室で他の人がどういうやりとりをしているのかも、また謎めいています。タクシーの運転手さんのみぞ知る。
私がこれまでで一番おっかなかった体験は、家近くまで着いて降車するとき「もう降りちゃうの、どこまでだって連れてってあげるよ」とニヤリ笑われたときでしょうか。「あは」と笑って降りられましたけど、それ以来、それなりに危機管理が必要なのかもと、酔っ払っていても極力眠らないように努力したり(そんなの無理な話ですが)、まったく道わかっていなくても一応道知ってるふうな対応をしたり(まぁばれますわな)と果敢なるチャレンジをしています。
今回は支払いのやりとりをしていた時がちょっと微妙で、それまでの話題と何の関連性もなくいきなり「だんなさんが待ってるんだよね?」と直視され、あまり正確に真っ向否定することに少々の身の危険を感じました……。質問内容が唐突に過ぎて、その意図がつかめない。ゆえに「降り際」というシーンと関連づけるほかなく、まずい、これに否定したらそのまま車走らせる気じゃあるまいな、と危機管理意識が芽生えるわけです。かなり自意識過剰な見立てだとは自覚しているんですが。
で、とりあえず、瞬発力のない私は、YESでもNOでもない「なは」みたいな切り替えしです。それで「結婚はしていないけど、おうちで彼氏が待っている人」という仮想認識が芽生えたのを察知し、そのまま幸せそうに降車をしました。困ったときには「あは」と「なは」。即効性(のみ)あり。ぜひお試しください。
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