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2007-04-30

カメラもって散歩

春というより初夏のような陽気。晴れわたる空の下、爽やかな風が頬をなでていく。となれば、これは外に出るしかない!と気合いを入れて、新しいカメラを片手に散歩に出かけました。いざ、うちの「ごく近所」(flickr)。とりあえず、右上のView as slideshowでご覧いただくといいんじゃないかと。

写真のことはまっったくわからないので、ド素人が撮ってそのまんま何の加工もせず(できず)あげている写真というわけでして、その辺は必ずや開く前にご了承いただくとして、ある意味はだかんぼのデジカメ性能をご確認いただけるんじゃないかと……。

っていうか、んなことより、うちの近所ってすごいっ!こんなとこに住んでたんだと改めて感動。歩いて5分ちょっとのとこ。本当にすごい。

2007-04-29

デジカメを買う

前々から買おうと思っていたコンパクトデジタルカメラを買いに秋葉原へ出かけた。まぁ、ヨドバシカメラでいっかなぁと街を歩かず直行。3階のデジカメ売り場に足を踏み入れたら、即効店員さんにロックオンされた。

私は手相の勉強とかで路上で声をかけてくる人というのは、一度目を合わすとまずい事態になるので、とにかく目を合わせないで失礼するようにしているのだけど、自分が買いたいものの売り場の店員さんとあっては、そういうわけにもいかない。いや、むしろ話を聞きたい。かまってほしい。が、からまれたら最後、ひょひょいのひょいとあちらの思い通りにもっていかれる。それはもう仕方ないよな、とあきらめの境地である。そうなる類のものというのは、おしなべて私の下調べの怠慢(と押され弱さ)に起因しているのであるからして。

それにしても、久々にこの手の買い物をしたのだけど、本当にすごかった。あの攻撃を受けて、「今日は買わない」という決断はできたとしても、「リコー以外のデジカメを買う」という決断は誰にもできないんじゃないだろうか。

とにかくリコーのこれが一番と繰り返すので、いったん話を広げてみようと「えっと、Panasonicとかどうなんでしょう」と質問すると、「広告(浜崎あゆみ)に金をつぎ込んでいる」「カメラのメーカーじゃない、レンズを作れない会社はダメだ」と徹底攻撃の上、リコーのスペック表と比較してリコーの圧勝へ。「じゃあ、ニコンは?」と尋ねると「広告(キムタク)に金をつぎ込んでいる」で、またリコーとのスペック比較→リコーの圧勝へ。

両者とも、いかにリコーが素晴らしいかの引き立て役に使われている。いいのか、それで。だって、あれもこれも一応御宅の売り物でしょ。そんなにダメ出ししちゃって、私が万一メーカーの人間だったらちょっとまずくない?いや、っていうか、ただの客としても、そんなリコー独擅場だと、リコーからのリベートがべらぼうに高いんじゃあるまいな、とか不安がよぎってしまうよ。はたまた彼の順番的に私は「リコーを買ってもらう人」なのか。いや、ロックオン直後に予算聞かれたとき、よくわからなくて目の前のリコーの値札見て答えちゃったのが原因かも。そ、それか!3万って言ったらPanasonicだったのか!

とかまぁいろいろ頭の中でぐるぐる考えつつも、私が発していた言葉は「なるほどー、なるほどー」のオンパレードで、つまるところリコー一番いいんじゃないの?っていうかこれしかない!と納得していて。で、あぁ、そろそろ店員さんも私をさばかなきゃいけないタイムリミットを迎えているはずだと思われ、ゴールイン。「これ買います」「ありがとうございます」に至りました。というわけで、リコーのデジカメ(Caplio R6)を買いました。

2007-04-28

付加疑問文と修辞疑問文

4月は新卒社員向けの研修がある。自分が説明する研修は月初に終えていたのだけど、先日は同じ部署の違うグループが担当業務を説明する研修があって、私もそれに参加した。「同じ部のリーダー以上は原則として参加すること」ということで、それはつまりオブザーバーとしての参加ってことなんだろうけど、私の場合この4月に吸収合併されるかたちでこの部に異動してきたので、どちらかというと1参加者として新卒の背後で聴講させてもらった感じだ。終始壁際でほぼ無言だった。が、思い余って最後にちょろっとしゃべった。

その日の晩、なぜだか新卒社員の女の子の業務日報がメールで届いた。彼女は営業部門の所属。毎晩日報を書いて、部内のメンバーに送っているようなのだけど、その日だけ通常の配信先に私のアドレスも追加して送ってきてくれたよう。なんでだろうと不思議に思いながら日報を読み進めていくと、日中にあった研修について触れられていた。そこに私の名前と発言があった。

研修の質疑応答のところで、いくつかのやりとりを終えて、それは最後に挙がった質問だった。一人の子が手を挙げて、会社が最終的に目指しているところを確認させてほしいという思いを詰め込んだ(ように私には思われた)質問をした。「私たちは“その”ゴールを追いかけていくということなのか」という問いに、回答者は躊躇なく「YES」と答えた。

おそらく回答者の耳には「確認」や「同意」を求める付加疑問文(ですよね?)に聞こえ、私の耳には「否定」を求める修辞疑問文(じゃないですよね?)に聞こえたということなんだろう。実際はわからない。ただ、私にはそれが必要にして十分な回答とはどうしても思えなかった。「YES」の意味するところは回答の一側面であって、見方によっては最終的に会社が目指すところの手段でしかない。長期的なゴールもそろえてみせてあげないとバランスを欠いてしまう。私は彼らに、自分たちの仕事が社会的に意義のあることなんだと伝えたくてならなかった。そういう気持ちを胸に、仕事との関係を築いてほしかった。

それで思い余って、回答者が話し終えた後にちょろっと手を挙げて、補足でも否定でもなく個人的に言いたい思いといったふうに話を切り出したのだけど、それが届けたい人にはきちんと届いたみたいだ。他の子も私が話したことについて日報で言及していてくれたようで、あぁ、言って良かった、本当に良かったなぁと救われたような気持ちで日報のお礼を送った。それについては自信をもって、私はこの会社にとって良いことをしたのだと認めていい気がした。

2007-04-27

歯を食いしばる

いっそのこと激しく突っかかってみたらどうだろうとも思うんだけど、結局ストップがかかっちゃうんだよなぁ。思慮深いのが、最近は私の短所として表出している気がする。もっとががっといければいいのに、いろんな人の思惑を、この発言にはこういう意図があって、それは結構絶対的なもので、ここで戦う疲弊対効果を考えると、静かにこう捉え直してこう受け止めたほうが結果的に最適解なんじゃないの?と自分の中で折り合いをつけてしまう。

戦いに勝てないのが辛いんじゃなくて、不戦敗して、あの救いようのない絶望感に襲われるのが怖い。それ言われちゃったら、もう終わりじゃんという浅薄な言葉を真っ向から受け止めて尚ここで立ち続けられる自信がない。でも、今はここで立っている必要があるから、それでは困る。現実の自分は、自分のイメージより一層臆病に、弱々しく生きているもんだなぁと思う。

大きな流れが強大な力をもって近づいてくる。それにはちょっと太刀打ちできないと幾多のトラウマが私を諭す。言っていることが完全悪だったら突っかかるんだけど、そうではないから考え方の違いとして苦し紛れに短期的な受容もできる。それでとりあえず、今のところある程度守られている自分本来の仕事領域でもって純度を保ちつつ、いずれ飲み込まれる波に自分がどれだけ適応できるか一つひとつ環境変化を試しては判断して様子をみてみようかなぁと、めぐりめぐった結果そこに着地しようとしている。なんのこっちゃ。

自分の本業を守りながらそれに適応できるなら、それはそれで守備範囲を広げる機会になるわけだし、ダメだったらダメだったで、自分の適応範囲を知る機会になる。雇う側にとっても、私の本業がそれより圧倒的に無価値なものだと思って私の役割を別に方向付けるなら、そもそも私にかけてきたお金そのものがもったいないということなのだし、会社の方が私を切るべきなのだ。

一定の期間設定をすれば、自分の心的負担も多少軽減されるし、今後自分がどうしていきたいか、そのためにもっと何を磨いていかないといけないかを総合的にみて考える機会にもなる。そうやって将来に思いをめぐらせながら頭を使っていれば、バランスをとって一定期間はここで生きていけるんじゃないかと。本来的に目指す目的地は一緒だから、長くやっていけたらなぁとは思うし、そのための努力は私もしないと始まらないんだよね、とは思うんだけど。

だからつまりなんだっていうと、泣き叫びたいような、笑い飛ばしたいような、そんな気分のゴールデンウィーク幕開け。まぁ、有意義に過ごそう。

2007-04-22

夜タクシーの危機管理

今週はなんだか大人呑みの一週間でありまして、夜更けまで話し続けて終電を乗り過ごし、家までタクシーで帰るというのを2回やりました。ここ数年は終電を守って帰るのを常としていましたし、タクシーに乗るのもしばらくぶりだった気がします。別段何のこだわりも縛りもない自由人なのですが、なんとなくそうなっていて、要するに齢の問題でしょうか……。

でも、私は結構夜のタクシーって好きで、今回久しぶりに乗って懐かしい心地よさを感じました。電車のように本を開ける明るさもないから、ただひたすらぼーっと外を眺めるしかない視界の中で、深夜ラジオを聴いたり、タクシーのおじちゃんと話をしたりする。そういう、限られた光の中で限られた自由を愉しむっぽいのがいいのかなぁなんて思ったりします。

タクシーのおじさんって、当たり前だけど本当にさまざまですよね。いろんな話を聴かせてくれる人(つまり話し続ける人)、いろんな話を訊いてくる人(質問攻め)、とにかく静かな人と。乗客の性別や年齢、雰囲気によって対応が変わる人もいるんだろうなぁと思うと、あの密室で他の人がどういうやりとりをしているのかも、また謎めいています。タクシーの運転手さんのみぞ知る。

私がこれまでで一番おっかなかった体験は、家近くまで着いて降車するとき「もう降りちゃうの、どこまでだって連れてってあげるよ」とニヤリ笑われたときでしょうか。「あは」と笑って降りられましたけど、それ以来、それなりに危機管理が必要なのかもと、酔っ払っていても極力眠らないように努力したり(そんなの無理な話ですが)、まったく道わかっていなくても一応道知ってるふうな対応をしたり(まぁばれますわな)と果敢なるチャレンジをしています。

今回は支払いのやりとりをしていた時がちょっと微妙で、それまでの話題と何の関連性もなくいきなり「だんなさんが待ってるんだよね?」と直視され、あまり正確に真っ向否定することに少々の身の危険を感じました……。質問内容が唐突に過ぎて、その意図がつかめない。ゆえに「降り際」というシーンと関連づけるほかなく、まずい、これに否定したらそのまま車走らせる気じゃあるまいな、と危機管理意識が芽生えるわけです。かなり自意識過剰な見立てだとは自覚しているんですが。

で、とりあえず、瞬発力のない私は、YESでもNOでもない「なは」みたいな切り替えしです。それで「結婚はしていないけど、おうちで彼氏が待っている人」という仮想認識が芽生えたのを察知し、そのまま幸せそうに降車をしました。困ったときには「あは」と「なは」。即効性(のみ)あり。ぜひお試しください。

2007-04-19

コラム書きました

あれ、ちょっと久しぶりなんじゃない?と思った方は、鋭い!じゃなくて、きっとお疲れなんでしょう、しっかり休んだほうがいいですよ。ということで、今月も「withD」というサイトにコラムを書きました。今回は「ヒューマンスキルって何だ?」というお話です。お時間が許しましたら、ぜひ読んでやってください。

そう、3月は連載をお休みしてしまったのです。生みの苦しみは、それを乗り越えてこそ意味があるのであって、苦しんでそのままへこたれてしまってはまったく意味がないわけですが、先月は正直そのままへこたれて、その他の仕事にあたふたすることによってこっちの仕事から目をそむけ、結局ずるずると4月を迎えちゃった次第です。

私がものを書くさまざまな理由の一つに、「文章を書く」という表現行為をもって、ものづくりに携わる人たちの気持ちを共有できるようになりたいというのがあります。伝えたいことがうまく表現できない苦しみとか、それを打開するときの気持ちのもっていきようとか、はたから見れば微細なことが気になってしまうこだわりの感覚とか、自分の表現がきちんとした形をもって世に出るときの独特な幸福感とか。

私の表現行為は、今私が支援している人たちのそれとはアウトプットの形状も規模も違ければ、世の中に与えるインパクトにも雲泥の差があります。それでも、先に挙げたような気持ちのありようは、ものづくりを生業とする人たちと結構通じるものがあるんじゃないかなぁと勝手に思ってほくほくしています。

そういう意味では、今回の「書けない」という感情体験も一つの収穫。というのは、自分で言うと開き直りっぽくてまったくよろしくないわけですが、もうやってしまったことなので(というのがまさしく開き直り)、これを十二分に活かして、より一層ものづくり諸氏の気持ちを実感をもって共感できるように、そして今後は生みの苦しみにぶち当たってもきちんと乗り越えていけるように……頑張ります。

2007-04-15

必死にのんびり

昨日の晩、9時くらいから記憶がない。気がついたら今日で、気がついたらコートを着たまま眠っていた。土曜は8時くらいには会社から帰ってきた。それから1時間くらい、家でラジオを聴きながらごちゃごちゃやっていたのを憶えている。その間にコートぐらい脱ぎなさいよという話なのだけど、結局服もそのまま、電気もつけっぱなし、ラジオもつけっぱなし、PCも立ち上げっぱなし、すべて「っぱなし」状態でベッドに倒れこんでしまったっぽい。人でなし……。

今日起きてみたら、しばらくまな板の上にのっかっていたのに、大将の気分でちょっと水槽の中へ戻してもらえた魚のような気分に。ちょっと一息ついた。しかし、ここ数日ずっと仕事の夢をみながら目を覚ましており、自ら水槽を脱出してまな板の上に這い上がっているような気さえする。体育会系の魚か。

とにかく、これは良くない!と思い、今日はやらなきゃいけない仕事を後半にずりずり動かしつつ、前半は近所に散歩でも出かけようと思う。心健やかなのが一番。いとこの結婚式のドレスを買うのもやめやめ。腕時計の電池ぎれ直すのもやめやめ。前半は春の風をあびて、新緑をながめて、コーヒーやさんで読書でもして、のんびりのんびり過ごそう。もう11時だ。のんびりしに急がなきゃ!と必死なのもどうなのか……。

2007-04-12

ドレスと鍋

気持ち上向きになってきたのはいいんだけど、とにかく多忙極めてしまって仕事以外の身動きがとれない。今日時点で1日15時間勤務でもその日の仕事があふれてしまい、お持ち帰り状態になっているのに、まだまだ新しい仕事がニヤリと笑いながら舞い込んでくる。この先どうなってしまうのだろうか。

と先のことはさておき、目下の問題はドレスと鍋だ。まず、ドレス。同い年のいとこの結婚式が迫っているのだけど、ドレスもカバンも靴も買いに行く暇がない。そうすると、そのいとこのお姉ちゃんが結婚した時とまったく同じドレスとカバンと靴で行くことになるんじゃないかという気がする。いや、間違いない。現場では気づかれないかもしれないが、後々写真でばれそうな気がする。

次にお鍋。先日出席した友人の結婚式では、引き出物の一つにACTUSのカタログの中から好きなものを一つ届けてもらえるというのがあり、私は万能鍋を選んで投函したのだけど、それがどうやら最寄の郵便局まで来て立ち往生しているらしい。先日再通知の葉書も届いたけど、なかなか受け取れない。

届けてもらおうと思っても、届けてもらえる時間に家にいない。そもそも郵便局の窓口番号ってPHSを受け付けてくれなくて連絡もとれない。じゃあ取りに行けばいいんだけど、窓口24時間開放といっても、深夜1時に帰ってきて郵便局に万能鍋を取りに行けるほど元気じゃない。最寄といってもそれなりに歩くのだ。でも歩くには歩くものの、タクシーに乗っていくほど遠くじゃない。かといって電車もないし、バスもこんな時間に走っていない。

預かり期限は明日に迫った。期限が過ぎるとACTUSに帰ってしまう。明晩も遅いのは必至。明日までに手を打つためには、明朝取りに行くしかない。朝早起きして、郵便局の窓口でハンコついて鍋を持ち帰る……。あぁ、やるしかないか。やるしかないのか。4時間後に。

そんなわけで、かなり気分は快復し、格闘の毎日を過ごしています。多謝。

2007-04-07

生傷に泣く

珍しく正午過ぎに目が覚めた。目を開いた瞬間、自動的に昨晩反省モードに切り替わり、目がうるんでいった。

昨晩はひと通りの仕事を終えて一人になるやいなや、終電に揺られながら深海に落ちていった。自分の至らなさを自分で支えきれなかった。思考も感情も、全力でもって私を責め立てた。それはすべて討たれるべき矢であって、だからすべての矢に正面から討たれるほかなかった。もう穴ぼこだらけだった。

一夜明け、自分の至らなさを真正面から受けとめるバカ正直さだけはあるという発見が、唯一救いになった。ぐさぐさっとやられて奈落の底に落っこちても、見てみぬふりしたり責任転嫁することは選ばない。少し時間をおけば、一つひとつ洗い出して成長につなげていこうと思う楽天性もある。生傷は絶えないし、泣くことも多いけど、これは結局のところ怖いものなしって捉えられるのかもな、と自分を慰めてみた。

だからこそ、私は絶対に、自分に対する正直さだけは失っちゃいけないのだと思った。これを失ったら、私は本当に無価値な人間になってしまう。それはとても怖いことだ。

もう一つ、今日近所を歩きながら湧き上がったきたのは、何かを全責任をもって担うことの大変さは本当に並々ならぬものなのであって、世のそういう役割を担って動く人たちに対して、涙が出るほど心の底から愛してあげたいという思いだった。その行いの尊さに対して、私の理解はまだまだ浅薄だ。

それからコンビニに着いて椎名林檎の曲がかかる中、すべてを覆いつくすぐらい愛情たっぷりな人になりたいと、痛切に思った。本物の愛情や本物の優しさは、強さなしにはありえない。絶対に。昨日の経験をもって、私は絶対の自信をもってそう断言する。だから、もっと強くなりたい。何十年もかけて、絶対に折れない芯のしっかりした強さをもちたいと、自分の弱さをひしひし感じながら、強い気持ちで思ったのだった。

あとあともう一つ思ったことは、こういうとき、音楽は無条件に心にやさしい。

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