自分を責めることなんて容易い
大人になるっていうのは、成長することだと思ってずっと生きてきたけど、大人になるにつれて、ずいぶんと臆病者に退化したもんだな、と思う。その一歩が出ない、ということが多い。多いんだな、これが。こわいんだな、これが。
そうやってココにぶちぶち書き連ねていても行動が変わらなきゃ意味がない。だから、亀のようにのそのそと行動改革を起こしつつ、ココには岡本太郎さんの言葉を残して、くじけそうなときにお尻をたたいてもらおう……。
[自分を責めること]
自分自身を責めることで慰め、
ごまかしている人が、意外に多いんだよ。
そういうのは甘えだ。惨めな根性だと思うね。
傲慢な振舞いをたたく言葉は世の中にあふれているけれど、謙虚な振舞いをたたく言葉は少ない。これはものすごいメッセージだと思う。私はこっちを肝に銘じなきゃいけない人間。人間を大胆に二分するなら、これまで自分が傲慢じゃないことに安住してきた50%の人間は、この言葉に触れるべきだと思う。
でも実際は、自分を賞賛したり責めたりって振舞い自体はたいした問題ではなくて(だから傲慢キャラの人はそのまま傲慢キャラをやればいいし、謙虚キャラの人はそのまま謙虚キャラでいいと思う)、本当に振舞いの奥にあるものに、ごまかしがないってこと、本物がしっかりあるってことが大切なんだろう。そして、その奥の本物が表の行動までしっかり出てこられるように、自分を導いてあげないといけない。
※出典:「強く生きる言葉」岡本太郎著(イースト・プレス)
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