« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006-04-30

ダメ田ダメ子

「ゴールデンウィーク東京居残り組の皆さーん」とラジオのお姉さんに声をかけられ、それはそれで悪くないと思いながらのんびり過ごしたGW前半戦。

土曜は友だちと神楽坂を散策。日曜はダメ田ダメ子の引きこもり生活でした。私にしては珍しく生活時間がおかしくなってしまい(とにかく眠くてたまらなくて)、昼夜逆転生活に。月・火曜は仕事復帰で、前半戦は終わったも同然。

前半戦で何したかっていうと、久しぶりにXHTMLとかCSSとかCGIとか触ってみた。いけない、もっと華やかに街に飛び出していかないと……と思いつつ、地味なほうへ地味なほうへと歩んでいってしまう。はぁ。

GW後半戦こそは!とも一瞬思うんだけど、いやぁ、後半はPhotoshopの勉強もしたいし本も読みたいし、こまごまと予定も入っているからなぁと、結局より一層の地味路線に落ち着きそう。いけないなぁ。とりあえず昼夜逆転はもとに戻そう。

2006-04-28

このサイトをブログにするか

このサイトの形態をどうにか変えたほうがいいのではないか?とは、もう長いこと自問自答しているんだけど、安易にブログサービスに乗り換えてしまうのはどうも抵抗感があって結局ずるずる書き続けている。

確かにこの「ひたすら文章を書き続ける」というコンテンツ的にブログは申し分ない形態だと思うのだけど、乗り換えた時点で何か目には見えないものが思いっきり損なわれてしまうような気がして。あるいは流行りものに乗っかってはつまらない、というあまのじゃく魂に過ぎないのかもしれないけど。

でもなんとなく、書く手順や表現のされ方が変わると、書く内容まで変わっちゃいそうな気がして踏み切れないんだよな。データが人のところで管理されるようになる感じも、なんとなーく手づくり感が遠のく気がするし、ファイル転送とかの作業自体はどちらかというと今より手間と時間がかかるようになるんじゃないかという気さえする(何しろ今がシンプルすぎるので)。

ただ、RSS配信(新着情報お届け)とか、データベースとして使える(あの話どっかで書いたよなぁを掘り起こせる)機能とかはあると嬉しいんだな。それは私にはとっても作れないけど、ブログに乗り換えればすぐに対応してくれる。それに今のソースの書き方はものすごく古くて、はっきりいって著しく間違っているので改めたいんだけど、それもブログにすれば一気に解消される。んだけど、書き方を改めるのは勉強しながらやれば自分でもどうにかできるかもしれない、とか思うと、安易に楽な道を選ぶのもどうかなぁとか。なんだかなぁ。煮えきらん。

2006-04-23

夜になって

夜になって、外に出て、傘をさして駅まで歩いて、少し待って電車に乗り込んで、がらんとした車内の端っこの席に腰掛けて、出掛けにかばんに詰め込んできた本を開いた。

電車の走る音が車内に響き渡る。ゴーっと鳴り続けているのに、人気のない電車の中にはなぜか静寂な時間が流れている。目的地まで30分ほど。静寂の中で、静謐な本を読む。あぁ、しばらくの間これを失っていたんだと気づく。

一気に視界がさぁーっと開けていって、本当の世界に触れた。内面へと視界が開け、真実の目でみて、真実の言葉を発して、真実の言葉を聴ける力を取り戻す。

忘れちゃいけない。失ってる場合じゃない。まだまだ全然足りないんだから。失いそうになったら、自分でそれに気づいてきちんと取り戻しにいかないと。

2006-04-21

怒涛の日々

今週は日毎にどんどん大変になっていった。すぐやらなきゃ仕事は積みあがっていく一方、足の踏み場は不安定になっていくばかり。そんな中で昨晩は協賛イベント、今晩は主催イベントで深夜までフル稼働。さらに今日など朝から晩の晩までさまざまな出来事が時間差攻撃で頻発して、とはいえ、へこもうにもへこむ暇がなく、結局夜中まで走り続けたわけだけど、その合間合間で自分の余裕の無さ加減にものすごく自己嫌悪した。

あぁ、なんて小者なんだろう、とすごーく情けない。別にこれといって何をしでかしてしまったわけでもないけど、なんというか、自分の中で心の落ち着きを欠いている感じがいや。もっとしなやかで強くて懐の深い大人になりたい。

人に、他の人への配慮に欠ける行動があったとき、私はどうしてその人がそういう行動をしたのかをその人の立場から考えて一旦受容してみようと試みる。たいてい。そこには、それなりの理由があることも多いし、いずれにしてもそれを踏まえて答え探しをした方が、実りのある解決策が見つかりやすい。

……んだけど、あんまりたくさんの人がいて、あんまりあちらこちらでそういうことが起こると、全部を直後には、その「試みるまな板」に乗せられなくなってしまうらしい。少し時間を用意すれば大丈夫だと思うんだけど。ふがいない。

それに今日は感情に震える人の涙も見てしまった。泣きたくなるようなことが散りばめられた一日だった。イベントは成功して良かったんだけど、今日は、なんだかちょっぴり参ってしまった。それでも、なんとなく、必要な一日だったんだという気がする。というよりも、必要不可欠な一日だったんじゃないかな。ひとまず金曜日が終わり、週末……も仕事だ。

2006-04-15

半日デートと鎖の音

今日は、もう何年もお会いしていなかった(友だちというのもおこがましいが、広義の)友だちのような人に会った。何年かぶりで会ったといっても、そもそもその方とは何年かぶりでしか会ったことがなく、初めて会ってから10年も経っていないので、これまでに会った回数も4回くらい。頻繁にメールのやりとりをしているというわけでもないし、年末年始のご挨拶くらいのもの。本当に不思議なご縁なのだけど、なんだか久しぶりにお会いできることになった。

そして、まる半日おもしろいように心地よく振り回された。指定された待合せ場所は、JR東京駅とくっついているデパート「大丸」の6Fにあるブックカフェ。ここは三省堂書店に併設されているカフェで、購入を検討している本を持ち込んでお茶しながら読んでもよいことになっている。やっぱり買うのやめようと思えば、カフェの脇にある本棚に置いていけばいいし、買うならレジに持っていけばいい。前にラジオか何かで紹介されていて一度行ってみたいと思っていたんだよね。とはいえ、コーヒーまでは手が出ても、食べながらまだ買っていない本をめくるのは、ちょっと気が引けてしまう感じ。とりあえず私は購入済み(それも青山ブックセンターのカバー)の本をめくりつつコーヒーをすする。

久々に再会し、近況などちらほらお話。しばらくすると、この方が今日のプランをざっくり説明しだした。日暮れまでのんびりお話するものとばかり思っていたので、しっかり練られたプランを提示されて恐縮するものの、その方の観たいもの、行きたい場所のようなので、心置きなくふりまわされることにする。久しぶりに会っても緊張感を抱かせないし、振り回されることに自然な心地よさが感じられるのも、きっとこの方の魅力なのだろう。私がムーミンなら、この方はスナフキンって感じかしら。私の人間関係には必ずしも名称は必要でない。昔はそういうことを大切にしていたし、昔出会った人には今もそういう心的距離の近さを感じる。ある時期を境にして、新たにそういう関係を築いていくことがどうもできなくなってしまったんだけど。後天性アレルギー発症みたいな。

さて、まずは大丸の12Fにあるミュージアムのコシノヒロコ「襲かさね」展へ。その後、竹橋にある東京国立近代美術館へ行き、生誕120年を記念した「藤田嗣治展」を観賞。その後、神保町の岩波ホールまで歩き、映画「家の鍵」を鑑賞。この頃にはすっかり日も暮れ、階下にあるイタリア料理やさんで食事。若者のデートみたいにアクティブだ。といってもここで、半日でこんなたくさんのことができるのねぇ、人と関わりあうというのは新しい自分の可能性に出会っていくことなのねぇなんてしみじみ思うところがまったく若者的でない。ちなみに専門的なことは何一ついえないけど、足を運んだところはどれも秀逸。

もうここ何年も、ほどく意欲も体力もわかず、鎖に巻かれた気になって過ごしてきたけれど、強固に巻きついてはずれないと思い込んでいる錆びついた鎖も、そろそろ自分の手ではずしてみようと動き出す時期なのかもしれない。案外簡単にはずせるのかもしれない。それでもやっぱり、輝かしい日差しのもと心地よい風をいくら感じても、私の耳には鈍く鎖の音が響き続けて止まない。まぁ、ぼちぼち、行動範囲を広げて散歩にでも出かけてみようか。そんな気にさせてもらえた週末でもあった。

2006-04-14

Web2.0

私は高校時代をかなり風紀に厳しい女子高で過ごしていて、当然朝先生を見かければ元気に「おはようございます」と挨拶する習わしだったんだけど、ある日ミスター生活指導な学年主任の先生に「おはようございます」って挨拶したら、先生が「うむ」って返してきて、この人本当にバカなんじゃないかと思ってしまった(失礼)。でも、当時で今の私よりずっと大人だったんだけどな。

けどまぁ、そういう形骸化の傾向って世の中のあらゆるところで起こっていて、自分の日常の中にもそういう「バカなんじゃないの(失礼)」ネタが潜んでいるんじゃないかと思うと、どきどきしてしまう。「うむ」「うむ」言いながら子どもに「挨拶しなさい」と生活指導するような大人にだけはなりたくないなぁと思う、でしょ。それも、そのおかしさに気づけないなんて、恐怖である。

いつも心に太陽を。じゃなくて、いつも全身に本質を見つめられる純粋な目をもっていたい。大人が気持ちよさそうに挨拶してくれたら、子どもだって挨拶するのって気持ちいいことなのかなって本質をみながら挨拶を覚えるのにね。

「Web2.0」の本を読んでいたら、なんとなーくこの思い出がよみがえってきた。これからの世の中は、そういう意味で1.0と2.0に二極分化していく気がした。……って、どういう意味かはうまく説明できないんだけど。

葉桜の季節

このところ、集中して考えないとなかなかまとまらないあれこれを始終考えてはアウトプットして……というのを半無意識的にぶつぶつと繰り返していて、なので夜になると疲れて眠くなってしまって、でも夜は夜でまたおうちに帰ってからやらなきゃいけないことがてんこもりだったりして、それでもやっぱりプールにはしっかり通いたくて朝っぱらから1kmくらい泳いでから出勤して、そういうのをやっていたら、あっという間に1週間経ってしまったという次第です。

でもまぁ、仕事の中で企画に使える時間は増えたような気がするし、その分会社の仕事時間が濃密になった感もある。部署替えして席替えして周囲もずいぶん落ち着いた雰囲気に変わったけれど、地味好きの私にはもしかすると合っているのかもしれない。周囲の年齢層も高くなったけど、私は年上の人に囲まれて仕事するのが好きなので、結構ひっそりと居心地よいのかも。

現場感が遠のいてしまったり、行っちゃいやーという人がどこかに行っちゃいそうだったり、万事がうまく流れていくものじゃないけれど、どうにもならないことは静かに受け入れつつ、どうにかできることはどうにかなるようにじたばたしつつ、楽しく実りのある仕事ができたらいいかなぁと思う今日この頃。それにしたって仕事一色だな、まったく。父も娘の行く末を心配するというものです。

最近会社のお手洗いで年下の女の子が唐突に春を分け与えてくれたので(手を洗っていたらいきなり「春が来たんですよー」と告白された)、それが私にも伝染するといいんだけど。彼女いわく、春はそよそよと人に伝染するらしいです。みんな、私の前で思い切りのろけてください。まぁ、葉桜の季節も、それはそれでね、なかなかいいもんですよ。今週末は仕事6割、オフ4割。

2006-04-06

心のうち

新しい期が始まって、日ごとに新しい環境の中で新しい体制が築かれて地盤が固まっていくはずのところ、なんだか日に日に心のよりどころが方々で遠く離れていき、足元がふらつき、地面が揺さぶられ、いやはや落ち着きない状態に変貌を遂げている。

まだまださらにこの状態は激しくなっていくと予想され、気を確かに、自分で道を開拓しながらいけるところまで頑張るしかないよなぁと思いつつ、家路に着く。あぁ、泣きたい……。みんな、そんな一気に離れていかないでくれー。

なんて泣き言言ってちゃいけない。大人はここはぐっと我慢だ。私は、大切な人その人自身が幸せに生きていくことを、何より大切に考えられたり、思えたりする自分でありたい。だから、とりあえずできるだけ自分の足で立てるようにがんばろう。がんばりつつ、ちょっとよっかからせてもらいつつ、がんばろう。

2006-04-02

映画ってほんといいものですね

自分の内面をこれでもか、これでもか、とえぐるようなのじゃなくて、観終えた後にものすごく純粋に「映画って素晴らしい!」「映画ってほんといいものですね」って素朴な幸福感に満たされるような映画(味わい深いけど力みいらずみたいな)が観たいなぁと思っていたところで、それをこの週末実現した。

病み上がり……というより、まだ病み上がってもいない状態なのだけど、せっかくの週末じっとしているのももったいないので、Amazon.co.jpをうろうろ、TSUTAYAをちょこまかして、どれがいいんだ、何がいいんだ、と悩み巡る。

そして先のコンセプト?のもと行き当たりばったりで選んだのが「耳をすませば」「ラブ・アクチュアリー」「リバー・ランズ・スルー・イット」の3本。実はこの有名な3本、どれも今回初めて観た。私は本ばかりでなく映画も、ほんと有名なものもほとんど手をつけていない状態。見方をかえればその分この先の人生に初めて出会う感動が溢れているとも言えるが、それにしても、無知である。

まぁ、いいや。とにかく良かったなぁ。本当に良かった。どれもコンセプトに忠実な正解の作品でした。「映画ってほんといいものですね」と思いました。そういうコンセプトなら自分は絶対にこれを観る!おまえもこれだけは観ておけ!みたいな映画情報をお持ちの方は、ぜひ赤子のような私にご一報ください。

ちなみに、テレビなど一般的な家電のない我が家ですが、DVDは観られるのです。ごっつい「パソコンの周辺機器です」って風貌のDVD/CD-ROMドライブが鎮座(ビデオは無理)。

ラジオのススメ

私の生活において、自分ではそんなに変なことだと思っていないんだけど、不思議と人からは話す度不思議がられることがある。その主だった2つが、PHSを使っていること、ラジオをよく聴いていること。

PHSは一時期は携帯電話とおんなじくらいメジャーだったと記憶しているのに、気がついたらみんな携帯電話に乗り換えていて、電話番号を尋ねられて「070~」と始めると、ぎょっとされたり、くすっと笑われたり、不思議そうな顔で見つめられたりするようになっていた。なんでなんだ。よくわからない。

それより何より、私の方こそ不思議だと反論したいのがラジオのほう。ラジオを聴いているというと、不思議の国の住人を見るような目で私を見る人がいるんだけど、いやいやいや、ラジオって結構一般に聴かれているものでしょう?実際面白いんですよ、本当に。

番組の内容も濃密なものが多くて、それぞれに個性や味わいがあるし、ナビゲーターのプロ意識もしっかりしていて、多くの場合きちんとリスナーと向き合って言葉を発している。スタッフとナビゲーターが一丸となって発信したいコンセプトを大切に番組作りをしているのが伝わってくるし、広告主とラジオ局と聴取者の関係性もなんだかちょうどバランスいい感じ。変にごてごてしていないし、聴いている時間のつかず離れずな距離感も程よい。それに長寿番組が多くて、そうちょこちょこ大幅改変しないのも落ち着きがあっていい。

それでも期の節目でテレビと同じように番組改編はあるんだけど、私がよく聴いているJ-WAVEで新番組の一押しはDJ KORBY's RADIO SHOW。小林克也さんの濃密なナビゲーションで、「次世代に受け継がれるべき音楽遺産」を届けてくれるのだそうで、1回目のFRANK SINATRA特集を聴いたんだけど、この番組は素敵。2回目以降、ARETHA FRANKLIN、U2、NORA JONES、BECKと続く。新しい番組とともにラジオの世界へ、という方はぜひ。

試しに聞いてみてやらんでもないという方は、短時間のおしゃべり系番組で、DoCoMo MAKING SENSEとか。ウィークデーの23:45-24:00の15分間で三谷幸喜と清水ミチコがやっている。ビジネス系なら、Make IT 21とか。ゲストの人選がこちら業界の著名人で興味深い。4/2に知っている方がゲストで出ていた。あと、今は番組ブログとPodcastingの番組ダイジェストが流行りで、Podcastingのお薦めは、もう終わっちゃったんだけどスガシカオのNight Stories。他にもたくさんあるんだけど、うぐぐぐ。やっぱちょっと変か。

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »