2024-06-21

ぶっきらぼうな会話の腹探り

週1-2回ペースで父に会っていると、交わされる会話はぶっきらぼうながら、心の通い合う確かさをおぼえることが、ままある。

ねぇ、これ冬物の帽子で蒸れるでしょう?そろそろ夏物の帽子に変えては?と、スーパーマーケットの食料品売り場なんかを歩きながら、それとなく言う私。

父は、関係ねぇやという感じで、そっけないそぶり。けれど次に外で待ち合わせて会った時には、ちゃっかり夏物の帽子をかぶっていたりする。

あ、夏物に変えたんだねぇ。冬物より涼しくていいでしょう?と訊くと、よくわかんないや。でも長女が夏物に変えろって言うんだよと返ってくる。

この間、週半ばに実家に帰った時は、台所洗剤がきれていて下収納に買い置きもなさそうだったので、ねぇ洗剤なくない?と声をかけると、そんなのいらねぇよと、つれない返事。

週末に一緒にスーパーマーケットに行くので、売り場で声かけたら買うかなと思い、台所洗剤の棚近くまで来た所で、台所洗剤は?と声をかけると、あぁあれはおまえに言われて翌日に買ったよと、さらっと返ってくる。

言った時はメモを取るふうでもなく聞き流したように思っていたのに…と内心驚くのだが、それ採用!と思ったことはちゃっちゃとやっているのに感心してしまう。

父が家を出かけ際に、そうだそうだと帽子を夏物に変えるさまを、スーパーでそうそう台所洗剤を買わなきゃと買い物かごに入れるさまを思うと、ちょっとほくほくして、記憶力達者だなぁと感心する。ちょっと褒めて、さらっと流して、前を向いてにこにこする。

2024-06-20

人の気持ちは揺れ続けているし、鋲で留めなくていい

武者小路実篤の「真理先生」を読んで思ったことはわんさかとあるのだけど、そのうちの一つが、人の気持ちは揺れ続けているもので、その気持ちを鋲で留めなくていいってことだ。

「余計なこと言ったと気が滅入ったよ。すぐなおったけど」

昨今は、どこか頑なに「一度言ったことを変えるのは無責任」みたいな気負いが、発する側にも受け止める側にも働いているように思うことがあって。そういう今の世の窮屈さを、「真理先生」を読んでいて意識させられたというのかしら。

一度言ったら、それを徹底して通さなきゃいけない、なんてことはない。むしろ人の気持ちは揺れ続けていて、固定的でないほうが自然だ。ちょっと腹が立っても、すぐなおったりする。悲しいと思っても、少ししたら気分が持ちなおす。自制が効いたりする。

僕は悪かったと思ったが、一寸(ちょっと)腹も立った。何か一寸皮肉を言いたかったが、馬鹿一の真剣な顔を見ると何も言う気にならなかった。黙って少し後ろにさがった。

考えることも柔軟で、ああしたほうがいいかなと思ったそばから、いややっぱりこうしたほうがいいかと考え直したり。そうした構えのほうが自然で、揺れを許容しながら目配せを続けて現場判断していったほうが健全に立ち回れることも多いのではないかなと。

もちろん初志貫徹、二言はないというほうが良い事柄やシチュエーションというのもあろうけれど、そういう場合ばかりじゃないだろう。もっとその辺、時と場合で使い分けていいんじゃないか。変わりゆくほうが人間の自然だろうくらいに、鷹揚にかまえていたほうが無理がないんじゃないか。

気分がなおったら、もう腹を立てたそぶりを続けなくていい。許したり詫びたり、泣いたり笑ったり、したらいい。嫌な気持ちなんて、人間そんなに長持ちしないようにできているんだから。そういう生態だと思えば、自分の心変わりも、当たり前のこととして受け入れやすい。人と話していて考え方が変わったときも、そっちのほうがいいねって、力みなく人の意見を取り入れやすい。別に、そこで意固地になる必要はない。

口にしてしまったことを、あぁやっぱり言わなければ良かったと思い返すなんてことも、人間あるあるだ。やってしまって後悔することもある。そしたら反省したら、いいのだ。だんまりを決めこまず、気持ちを整えて、謝りに行ったらいいのだ。自分のしでかしたことを正面で受け止めて、次は踏みとどまろうと思えたら、失敗は糧になる。

僕は自分のしたことを赤面しないわけにはゆかなかった。実に僕は余計なことをしたものだと思った。そして馬鹿一に今更に感心した。

受け止める側も、いたずらに相手に頑なな態度を求めずに、前言撤回も受け流したらいいのだ。考えや気持ちが変わることを、人の当たり前と思ってさらっと見届けるような、見逃すような心遣いができれば、さわやかだ。

受け止める側にそういう度量があることが肌感でわかると、発する側もそれを感知して、素直に前言撤回したり、考えを改めやすくなるものだし。その先に、もっと懐の深いつきあい、より良い考えが広がっていったりする。

こういう当たり前の人間づきあいを、今一度当たり前のこととしてやるように心がけていったら素敵なんじゃないかなぁと。ここんところが、かなり普遍的な、人間の良いとこ成分な気がするのだ。

「先生の考えは実に平凡だ」と言われて、真理先生は、こう返す。

「僕はあたりまえのこときり言いたくない。今の人はあたりまえのことを知らなすぎる。何でも一つひねくらないと承知しない。糸巻から糸を出すように喋るのでは我慢が出来ない。わざと糸をこんがらかして、その糸をほどく競争をしているようなものだ。あたりまえでないことを尤(もっと)もらしく言うと、わけがわからないので感心する。こういう人間が今は多すぎる。僕はそんな面倒なことをする興味は持っていない」

感じ入って読めてしまう今の世の中に、とてもフィットする武者小路実篤の「心理先生」。お気に入りの一冊になった。

*武者小路実篤「真理先生」(新潮社)

2024-06-18

「リ・スキリングによる能力向上支援」の眉唾さ

政府が6月7日に「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版案」を取りまとめたという資料を覗いてみた。とりわけ「リ・スキリング」と「ジョブ型雇用」という言葉には眉間に皺寄せがちな私だが、前者でいうと「リ・スキリングによる能力向上支援」という言葉に、ちょっとまやかしが入っている気がして、自分の眉間の皺の理由を落ち着いて考えてみた。

「リ・スキリング」の観点で一番見入っちゃったのは、「AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上」という調査資料だった(クリック or タップすると拡大表示する)。

AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上

AIツール導入と低スキル労働者の生産性向上(85ページ)

これは、組織がAIツールを導入して従業員の生産性が向上するか調べたところ「特に、スキルの低い従業員の効果が顕著」だったという調査結果だ。「AIツールは、高スキルの労働者のベストプラクティスを反映しているため、低スキルの労働者が特にその恩恵を受ける」としている。

これを見て私が認識新たにしたのは、「AIツールを導入すると、低スキル層を“低スキルのままで”、組織は生産性を向上させることができますよ!」って言っているんだよなぁ…ということだった。

多くの人にとって「だから前からそう言ってるじゃん、AIツール導入ってそういうことじゃん」という話かもしれないが、グラフ上に赤く灯されたLowestを眺めながら私は改めて、そうだよなぁ、そういうことだよなぁと感じ入ったのだ。

というのは、「リスキル」という言葉が輸入された当初「アップスキル・リスキル」と2個セットだったのが、政府が労働市場改革とやらでDX推進とかAI活用と関連づけて発信するようになって、にわかに「アップスキル」が削られ、「リスキル改めリ・スキリング」が単体で見聞されるようになったのを訝しみつつ様子みていたからだろう。

この資料を見て、これは狙って「アップスキル策ではなく、リスキルに焦点化した施策」ということなのだと、ようやく合点がいったというか。

2つを区別するなら、リ・スキリング施策というのは人材のスキルアップを経由しない、結果的に経由するとしても前提・絶対とはしない施策を講じるということである。

組織からすれば、導入したAIツールを従業員が早く正確に使えるようになってくれて生産性を上げてくれればOK。もっと自動化できれば、その仕事に人をつけなくて良くなるか、つく人数を減らして人件費を削減できる方向が、目指す先だ(雑に単純化すれば、だが)。

働く従業員個人の視点からリ・スキリング施策をみると、会社が導入したAIツールを運用できるスキルを身につけたとして、自分のエンプロイアビリティ(他社で雇用され得る能力)が高まるわけじゃないという話だ。そのAIツールがポピュラーかつ採用市場で高く評価されるものなら話は別かもしれないが、そうでないかぎり勤め先が導入したAIツールが操作運用できるようになったところで、そのスキルも経験値も自分のキャリア市場価値を上げることには寄与しない。

とすると、個人のキャリア戦略としても、組織のHR戦略としても、リスキリング施策と別に、アップスキルのために「私として」「我が社として」課題設定し施策を講じる論点は残されているということだ。そして、こここそ、まさしく各人・各社固有の考えどころだ。やっぱり「アップスキル・リスキル」は2個セットだよな、と改めて。

2024-06-09

有吉佐和子「青い壺」、古い時代とみるか異なる時代とみるか

有吉佐和子の「青い壺」を読んだ。第13話までを通して、袖振り合う人から人へと渡っては、それぞれの人生の、あるシーンの目撃者になる青い壺。願わくば、こういう小説が永く好ましく読み継がれる、寛容な社会が続くといいなぁと思った。

この作品は初出誌が昭和51年で、私が生まれたときに文藝春秋で連載されていた小説だ。50年近く前の話だけど、時代背景は「背景」として汲みつつ、当時も今も変わらない作品の「前景」をこそ受け取りたい。私はそういう読者なのだと痛切に感じながら読んだ。

最近は、昔の男女の固定的な性役割だったり女性差別的な日常描写に過敏なところがあって、強烈な違和感なり嫌悪感を覚えて作品を受けつけなかったり、イライラなりムカムカなりが湧き出て正視に耐えない人もいるようで。それにハラハラしたりヒヤヒヤする自分がいる。

それは私が鈍感で、お気楽なせいなのか。世の中の一部で過剰反応が起きているのか。あるいは大変なトラウマを抱えて生き抜いてきた方が、それを背景として軽く流すなど無理な話で、そういう人が実際のところ少なくないからなのか。おそらくは全部が関係しているのだろうけれども。

ただ私はやっぱり、文学作品というものに、こう親しみたいと思うところがある。お気楽と言われればそれまでなのだけど。

異なる時代には、異なる時代の、当時の人たちが、当時の過去から引き継いで導いた合理性というのがあって。それを下敷きにした、当時の価値観や慣わしや日常があったはずで。そこでの豊かな人間関係や営み、それぞれに果たそうとした役割や使命感もあれば、分別もあって、充実も可笑しみも苦悩も、懸命に生きた軌跡もあっただろうと、一人ひとりの人生に。

それを、未来からブルドーザーで踏み込んでいって無分別に論評したり、気ままに嘆いたり、断じたり、ある人を加害者扱いして嫌悪したり、ある人を被害者扱いして可哀想がったりするのは、失礼な気がしてしまう。

その時代ごとに、下敷きになっている背景は背景として鑑みながら、当時を生きた人たちの個人に焦点を定めて、おかしみには顔をほころばせ、背負った苦悩には心を寄せて泣き、登場人物の生きざまに学ぶやり方で文学を味わうのが、自分のやり方だなぁと。そんなことを思いながら読んだ、そう強く思わせてくれる作品だったのだ。

往時の陶工が決して作品に自分の名など掘らなかったように、自分もこれからは作品に刻印するのはやめておこう、と。

人の価値観も、今も昔もいろいろあっていいじゃないか。こういう人もあっていいし、名を馳せたい、歴史に名を残したい人もあっていい。何か一つの志しの持ち方を、唯一秀でたものとして推奨し、それ以外を否定したり排除したり疎んじたりしていては、一向に選択肢は増えないまま。正しい一つが何かが中身を入れ替えるばかりで、画一的な社会というフレームは一向に進化を遂げない。

新しいものに全面移行せず、選択肢として残していいものなら、そのまま旧いのも並べておいたらいい。そうしておいたほうが、若い人もいろいろな型を参照して、自分に合うものを見つけやすく、自分のそれも認めやすくなると思う。そこから自分なりのものも育てていきやすいだろう。それがスローガン掲げる「多様性社会」の具体じゃないのかなぁ。

*有吉佐和子「青い壺」(文藝春秋)

2024-06-05

楽観的な人の頭はお花畑でなく「わりと堅実」

楽観的な人というのは、お気楽だのおめでたいだのと揶揄されることがあるやもしれぬが、そんなとき心の支えとなる理屈を読んだのでメモしておく(ここでいう楽観性は「ポジティブな結果(成功)を期待する傾向」)。

ものの本によると(*)、楽観性が高いことが幸せをもたらすことを示す研究成果は、ざくざくあるようなのだけど(より適応的で、健康状態が良く、免疫機能が高い、手術後の回復が早い傾向、ストレスフルな出来事を経験した後の抑うつを低減させる作用があるなど)、なかでも興味をひいたのが、これだった(画像をクリック or タップすると拡大表示する)。

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上の図は、楽観性の程度を「悲観者」「中程度の楽観者」「高度の楽観者」の3タイプに分けてみたとき、それぞれが「ポジティブな言葉」と「ネガティブな言葉」にどの程度の注意を払っていたかを調査してグラフ化したもの。上に行くほど、注意を払っていた度合いが高い。

楽観的な人って「頭の中がお花畑」で、ネガティブな言葉をスルーして現実離れした見方をしがちなんじゃないの?という疑惑について、よっしゃ、調べてみたろやないかい!というのが研究意図と思われる。

まず左側の「悲観者」を見てみると、青いほうのネガティブな言葉には、むちゃんこ注意を払っている。一方で、赤いほうのポジティブな言葉に対しては、むちゃんこ注意を払っていない。極端な落差だ。

「楽観者」は、どうだろう。真ん中が「中程度の楽観者」で、右側が「高度の楽観者」。2つとも、赤いほうのポジティブな言葉に注意を払っているのは、さもありなん。だが、青いほうのネガティブな言葉に対しても、バランスを欠くことなく注意を払っているところは注目に値する。

右側の「高度な楽観者」は多少の開きがあるけれど、一番左の「悲観者」がポジティブな言葉をスルーする極端さに比べると、かなり同等にネガティブ情報にも注意を払っていることがうかがえる。

つまり、ちゃうやないかい、悲観的な人のほうが、ポジティブな言葉に注意を払わず、ネガティブなことに固執しすぎて、現実離れな見方をしてるんやないのかい!と、そういう研究結果である。これは味わい深かった。

以下、あくまで「傾向がある」という話にすぎないが、楽観性が高い人は、次のような観点での研究成果が示されている。

1)ポジティブな言葉ばかりでなく、ネガティブな情報にも注意を向けて状況を認知し、受け容れる傾向あり(ポジティブ情報に偏らない)

2)その状況が「統制がきく状況にない」と認めた場合には、無駄な努力をせずに、柔軟に目標を調節し、目標達成につながりやすい傾向あり(達成困難な目標に固執しない)

3)自身にとって有用な情報や関与度が高い情報に、選択的に注意を向ける傾向あり(与えられたすべての情報に注意を向けるのではなく)

4)自身にとって優先順位が高いと考える目標に対しては、積極的に関与し、時間と労力を集中させる傾向あり(状況に応じて目標への関与度を使い分ける)

逆に「楽観性が低い」ことで懸念されるのは、ポジティブな言葉や情報を無視して受け容れない。それによって状況判断を見誤る。それによって最初に立てた目標に固執し続ける、頑張ったところでどうにもならないところで努力し続ける。それによって目標達成を遠のける。

批判的な思考力は、それはそれで大事だし、楽観性だけで何かが達成できるわけじゃない。下の本でも「楽観性の高さはすなわち悲観性の低さを意味する」と一次元的に捉えず、「楽観性と悲観性とでは独自の役割を担っている」と二次元的に捉えたほうが有用であるという指摘をしているから、あまり単純化して話せるテーマではない。そう思いつつ...

批判的精神がつんのめって、悲観的な物言いが垂れ流されがちな今日この頃では、楽観性をもって事に向き合う構えこそ、自分で意識的に育んで備えて発揮したいものだなとも思うのだった。

*小塩真司(編著)「非認知能力 概念・測定と教育の可能性」(北大路書房)

2024-06-03

朝井リョウ「正欲」の愛情に満ちた糾弾

マジョリティとマイノリティ論者のいずれをも壇上に引きずり上げて、どちらにも平等に、対等に刃を向けて言葉でめった斬りにする小説というのか、朝井リョウの長編小説「正欲」は、そういう意味で大変すがすがしい読後感を覚えた。

論者といっても、別に「あなたのように影響力ある人が」と、なにか言えば逆側から叩かれる著名人に限らない。私自身を含めて世の中の全員に向けて、抜け漏れなく八方を塞いで、おまえら全員に言ってんだ!耳をかっぽじって聞け!という感じで突きつけてくる周到さが、すがすがしいのだ。

誰もが「たった一人の人間」として生きる脆弱を抱え、偏狭さ、浅薄さ、卑屈さ、傲慢さ、責任逃れに陥る身の上であることをもって全方位に糾弾してくる。

第1ラウンド。マジョリティこそが正常であり、マイノリティは異常であると信じて疑わないマジョリティ120%な人の偏狭さは、こう攻撃を受ける。

まとも。普通。一般的。常識的。自分はそちら側にいると思っている人はどうして、対岸にいると判断した人の生きる道を狭めようとするのだろうか。多数の人間がいる岸にいるということ自体が、その人にとっての最大の、そして唯一のアイデンティティだからだろうか。

マジョリティであるということが「その人にとっての最大の、そして唯一のアイデンティティだからだ」というのは、皮肉として巧いというより、急所を狙って刺してきた感を覚えた。

第2ラウンド。自分はマジョリティ側の安全圏に生息しつつ、マイノリティの良き理解者気取りで「多様性だ、ダイバーシティだ」とスローガンを掲げて気持ちよくなっている輩の浅はかさは、「私は理解者ですみたいな顔で近づいてくる奴が一番ムカつく」と言って、こうえぐってくる。

「多様性って言いながら一つの方向に俺らを導こうとするなよ。自分は偏った考え方の人とは違って色んな立場の人をバランスよく理解してますみたいな顔してるけど、お前はあくまで”色々理解してます”に偏ったたった一人の人間なんだよ。目に見えるゴミ捨てて綺麗な花飾ってわーい時代のアップデートだって喜んでる極端な一人なんだよ」

よく研いだ刃で、すくすく育ててきたプライドを、ビニールハウスごとズタズタに切りさいて野ざらしにする勢いで。自己認識が「何様」になってしまった人の「様」を片手で剥ぐ。

第3ラウンド。マイノリティ当事者に対しても、糾弾の手を緩めない。今の時代ここに刃を向ける発言は極めて難しい。とりわけ公共の電波にのせる発信者は、ここにアンタッチャブルで、腫れ物にさわるようにして当事者に対しての問題提起は一切しない論者も多い。

だけど、それが今を生きるマイノリティ当事者個々人の幸いを導くかという意味では、良しもあれば悪しもある。誰にとっても、理解者や協力者や救済者が必要なときもあれば、厳しいこと耳が痛いことを言ってくれる人の存在が何かを導いてくれることもある。時と場合で両方が必要なのは、何の問題のマジョリティであれマイノリティであれ変わらない。

「自分で引き受けなきゃいけないことがある」のも、「同じ法律のもとで、悪いことすれば裁かれる」のも、マジョリティとマイノリティで違いはない。その人が悪いことをしていたとしても、マイノリティ・弱者にはそうするほかない特有の事情があったのであり、マジョリティ・強者の側がそれに対して糾弾すべきではないというのは過度の慮りだ。ではマジョリティの一人ひとりは、悩みを抱えていないのかというと、そんなことはない。誰だって個人個人の特有の事情を抱えて、もがきながら生きているのだから。

この小説には、そういう平等で対等な、マジョリティとマイノリティの分け隔てなく個人に向けて切実に訴えかけることを諦めない作家の愛情を感じるのだ。そのために、マイノリティその人がはまりがちな卑屈さも、まな板の上に引きずり出して同等にえぐってみせているように感じた。

世間にマイノリティとすら認知されずラベルづけもされていない、マイノリティの中のマイノリティ120%を引きずり出して、こう言葉を浴びせる。

「全部生まれ持ったもののせいにして、自分が一番不幸って言ってればいいよ」
「そっちだってわかんないでしょ?選択肢はあるのにうまくできない人間の辛さ、わかんないでしょ?」
「不幸だからって何してもいいわけじゃないよ。(略)別にあんたたちだけが特別不自由なわけじゃない」
「マジョリティだって誰だってみんな歯ぁ食い縛って、色んな欲望を満たせない自分とどうにか折り合いつけて生きてんの!」
「はじめから選択肢奪われる辛さも、選択肢はあるのに選べない辛さも、どっちも別々の辛さだよ」

苦しみにはいろんな種類があって、みんなそれぞれに自分の抱える苦しみに飲み込まれないように生きようとしているんだと、泣きながら説得してくる気迫を受け取る。

こういう時代だからこそ、という前置きはどこか薄ら寒い心地をおぼえるのだけれど。私たち巷の人間は、自分が直接に接点をもった人たち個々人と、また自分自身の固有性と、どう向き合っていけるかが、とても大事なんじゃないかと思うのだ。

大きな網をはって括られた、誰かにラベリングされたのっぺらぼうの属性分類にのまれることなく、巷で生きる私は、自分について、自分の身のまわりについて、主体的な責任をもって、自分の力の及ぶかぎりは奮闘してみるというスタンスが大事で、それを支えたり導いてくれるのが文学作品だなぁと思う今日この頃なのだった。

*朝井リョウ「正欲」(新潮文庫)

2024-05-31

それは能力なのかパーソナリティ特性なのか

それは能力なのかパーソナリティ特性なのかの線引きは曖昧で、最近は何かと「◯◯力」と名づけて喧伝されるから、こんがらがり放題だ。

「セルフコントロール力」と言われれば能力に振り分けたくなるが、「誠実性」と言われればパーソナリティ特性と振り分けたくなる。しかし蓋を開けてみれば「セルフコントロール力」と「誠実性」を構成する要素には多分に重なるところがあったりして、なんだかなと。

例えば次のような人の特徴は、「セルフコントロール力が高い人」の要件としても「誠実性が高い人」の要件としても共通して使えそうな感触をおぼえるのではないか。

- 規則正しく勤勉(↔︎ルーズでだらしない)
- 先を見越して慎重な意思決定を行う(↔︎衝動的に行動してしまうことが多い)
- 責任感をもって計画的に粘り強く課題に取り組む(↔︎責任感や計画性が低い)

ものは言いようというか、「カステラはギュッって潰して小さくすればカロリーゼロ」というサンドウィッチマン伊達さんの名言が脳裏をかすめる。

しかし、線引きを曖昧にして笑える時もあれば、曖昧にすることで害悪を生む場合もある。組織の人材開発とか、個人のキャリア開発という文脈にのせれば、この分別には、各々の現場で慎重な見極め(というか、見極めようと意識を働かせること)が大事だと思う。

というのは一般的にみて人は、「能力」に分類すれば「高ければ高いほどいい」と捉えるが、「パーソナリティ特性」に分類すれば「高ければ高いほどいいわけじゃない」とみる、そういう解釈の違いを生むからだ。

パーソナリティ特性に振り分けた場合には「高すぎると問題を生じうる」とか「組織が全員に求めるとバランスを欠く」とか、そういう見立てを持つことができるのだ。

誠実性(セルフコントロール)が高い・高すぎた場合には、

- 豊かな感情的経験が抑制される
- とくに簡単な仕事においてパフォーマンスが落ちる

などが研究成果として指摘されている。

誠実に事に当たろうとするあまり、あるいは組織が社員に誠実性を求めるあまり、セルフコントロールが効き過ぎて、個性が花開く機会を無用に奪ってしまっては不健全だし、組織が十分に個人を活かす上でも機会損失となりうる。皆、同じことはできるが、同じことしかできない組織になってしまう。組織は弱る。

こうしたことを改めて考えさせてくれたのは、今読んでいる「非認知能力: 概念・測定と教育の可能性」*という本なのだけど、そこに書かれた一節が味わい深い。

特性としての誠実性は、一人ひとりの豊かな個人差を捉える一つの切り口にすぎません。それを外的な働きかけで一方向的に伸ばすというのは、その個人のパーソナリティを否定することにもつながりかねないことであるという点には、自覚的であるべきでしょう。

組織の人材開発施策として伸ばす対象を考えたとき、それが「能力」ならば高める努力を求められることも、それが「パーソナリティ特性」であった場合、人権侵害的な暴力性をもつ恐れがある。社員個人の個性化を阻んで、会社組織を硬直化させる作用をも持ちうることをわきまえて、慎重に、開発すべき能力と、尊重すべきパーソナリティ特性(伸ばすべき個性)を見極める必要があるなと。

それは、もっと広く深く掘り下げれば、ある時代の、ある社会通念の檻に集団を閉じ込めてしまうか、変化する自由を開放しておけるかにも通じているんじゃないかと、そんなことを思った。

*小塩真司(編著)「非認知能力: 概念・測定と教育の可能性」(北大路書房)

2024-05-17

新しいこと探しより、ありふれていること始め

今朝がた「スタートアップの成功モデル」について書かれたFacebookの投稿に触れて、勝手に「個人のキャリア論」と重ね合わせて読んでいた。最近自分が考えていたことと通ずるところを覚えたのだ。

クラシックな市場・ビジネス領域で、高い組織ケイパビリティを発揮してどんどん規模化していく

というスタートアップの成功モデルを提示してあるのに触れ、自分の頭の中で勝手に、個人のキャリアについても「まだ誰もやっていないことを」とか「他の人がたやすく手を出せない専門性を」と最初から気張らずに、「世の中にありふれたことを、自分でやってみること」で、「高い能力・パフォーマンスを発揮」して、「どんどんキャリアを育んでいく」というのが手堅い王道なんじゃないかなぁと読みかえた。もちろん私の勝手解釈だ。

キャリアを論じるところ「自分らしさ」とか「オリジナリティ」といった言葉の呪縛が花ざかりだけど、それは結果的な到達点であって、最初からそこを目指そうとすると、多くの人間は入り口で詰んでしまうと思うのだ。どこから登り始めたらいいか、そもそも登山口を定められず足踏み状態になってしまう。

まだ、誰も立ち入ったことがない登山口をあっちこっち探しまわっているうちに、山を登り始めることなく時間は何年でも何十年でも経過してしまう。時間は止まってくれない、そのまま人の一生は暮れていってしまう。これってタイパ悪いんじゃないのか。

経験的にみても、私を含む多くの一般人を見回してみて、「登山口はここだ」というひらめきやら神の啓示やらが、社会に出る前ある日突然ふってくることはない。すごい人から「君はこれをやるべきだ、君にはとてつもない才能がある」と導かれることも、そうそう起きない。

それで先の話に戻るのだけれど、たぶん職業キャリアを歩みだす登山口は「世の中にありふれていることを、自分でやってみる」ことだと思うのだな。「何をやるか」で奇をてらおうとするのではなくて、「自分がやる」ことによって自ずと、自分なりのものが出てくるのに任せたほうが自分にも無理がかからないし、自然の摂理にかなっている感じがする。

ありふれたことを始めるときは、マラソン大会のスタート地点のように、うじゃうじゃ人がいるように感じるだろうし、スタートを切ってからもしばらくは、わんさかと人がいて芋洗いの芋になった気分を味わうかもしれない。けれど長距離マラソンにおいて、芋洗いのままゴールまでみんなが固まって走り続けるなんてことは、ない。だいたい徐々にばらばらになって、ほどけていく。その見通しをもっていったん芋感も受け入れてみる。

山の中腹まで登った頃には、つまり「ありふれたことを、しばらくやってみた」頃に振り返ってみると、ありふれたことを他の人と同じようにやってきたようであっても、違いが出ていることに気づく。そこには、そんなに難しい観察眼は求められない。現実的な中腹時点での人と自分との違いを観察して、自分にはこういう特徴があるんだと観察結果から自分を知って、それを材料に自分のキャリア戦略を立てればいい。

中腹まで待てなかったら、もう少し手前で振り返ってもいいし、もっと先までがむしゃらに登り続けてみても、その振り返りタイミングの加減は自分で決めたらいい。いずれにせよ、そうやっていったん登山を始めてみて、都度振り返って道を選び直していったほうが、キャリアを歩む上ではずっと能率がいい。

同じ業界、同じ職種で、似たような案件を手がけてきた同世代の一人と比べてみる。その人と自分とでは、好みも違えば、得意と不得意にも違いがある。人との違い、自分の特徴というのは、中腹まで登ってこそ鮮明に見えてくる。

見える景色だって、登山口より中腹のほうが開けてくる。あっちにもこっちにも道筋が見えるし、あそこには他の山に300円で渡れるロープウェイがあるのかーと、山脈を見渡すこともできる。

そうした材料をもとでに戦略を立てられれば、無理がなく自然だし、現実的で建設的だし、道を誤っているんじゃないかという極端な不安感情からも解放される。

こんなことをだらだら書いていると、結局はごくごく王道のキャリア論に帰結するだけなのだけど、登っては振り返り、登っては振り返りで補正していくのが現実的だよなぁと改めて思う。

登ってみることで、見えてくる景色があるんだ、進む道の具体的な選択肢をもてるんだというのは、多くの人が自分のキャリアを考えるときに大事なメンタルモデルって気がしている。

人は、下から見上げて行く先の世界を見通せたり、自分の行く先を見定められたりするほどの力量はもたないし、だからこそ可能性に開かれた世界観で冒険心をもって生をたのしんでいくことができるのかなぁとも思うのだ。はぁ、勢いごにょごにょ書いてしまった。

2024-05-13

幕府がカレンダー販売禁止してデザイン文化が花開いた話

土曜の朝、落語家の立川談笑さんの話に聞き入った。年末になるとカレンダーをもってお客さんとこに挨拶まわりに行くという風習は、そういう起こりかぁと合点がいった。が、それ以上に「制限や不自由」といったものを「環境や前提条件」と捉えて創作につなげていく人の力、人の営みみたいなものに心を惹かれた。

NHKラジオ第1「マイあさ!」6時台後半サタデーエッセイ「知っていますか?カレンダーの歴史」立川談笑(2024年5月11日)

※2024年5月18日6:55配信終了までは、リンク先で「聞き逃し配信」が聞ける。サタデーエッセイ開始は4分30秒後にスタート。

今の日本は、太陽暦(グレゴリオ暦)。4年に一度、調整が必要で「閏年(うるうどし)」がある。これが江戸時代までは、太陰暦だった。これは、月の満ち欠けで暦をたてる。

太陰暦だと毎月、何月だろうと「15日の夜」は必ず満月。これが、いわゆる「十五夜」。月明かりで、夜でも表は明るい。反対に、月末や月初は必ず新月。月が見えず、真っ暗い闇。16日は十六夜(いざよい)、17日は立待月(たちまちづき)と風流だ。

ただ太陰暦も微調整する必要はあって、とくに大規模なものに「閏月(うるうづき)」があった。一年が13ヶ月、ひと月増えちゃう年があったのだ。

ただ基本的には一年は12ヶ月。で、大(だい)の月、小(しょう)の月があった。「大の月」は30日まであって、小の月は29日まで。

これの不便なのが、何月が大か小かは、年ごとに変わった。なのに幕府によって暦(カレンダー)の販売が禁止されていた。これでは日々の生活を送るのに不便で仕方ない。それで江戸の市民たちはどうしたか。

「自分の家で使うためにカレンダーを作る分には問題ございませんよね?」って確認して、「それはよかろう」と許可を得た。それで自分でこしらえた。

さらに「お金をとって販売しなければ、お友達にあげるぶんには問題ございませんよね?」と許可を得た。これもお咎めなしになった。そうして自分で作ったカレンダーを、他の人に配る人が出てきた。

これをおもしろがって、年末になると、来年の暦を作って自作のカレンダーを作っては束にして持ち歩いて「おぅ、これ俺が作ったの、あげるよ」と配る人が出てきた。暦がないと生活に不便だから、たいそう喜ばれた。

これを真似る人が次から次へと出てきて、江戸の大ブームになった。町民から大名まで、自分でデザインして、オリジナルのカレンダーを作って、人にプレゼントしだした。

「当家で作ったものです」「これは見事ですなぁ」と、名刺交換みたいなことにまで発展していった。

「かっこいい」「粋だねぇ」というので、文字・数字を入れるにとどまらず、意匠に工夫を凝らすようになっていく。おめでたいイラストを入れるようになったり、パズルや謎解きなど仕掛けを工夫したもの、極彩色などギンギラしたもの。

さらには、今年の一番の暦を決めようと、暦のデザインコンテストを始めた。

そうして木版印刷の需要が増え、木版を手がける職人さんも増え、多色刷りも生まれ、プロのイラストレーターも出てきた。

浮世絵の祖とされる菱川師宣(ひしかわもろのぶ)も手がけ、浮世絵の文化につながっていった。幕府によってカレンダーの販売が禁止されたのが、江戸文化の発展に大いに寄与したというのは乙な話じゃないかと、いい調子で聴かせてくれるのだ。

自分の目の前に広がる光景を、「自由を縛る制限」とみるか、「何かを作りだす上での環境・条件や足場」としてみるか。解釈は、こちらに委ねられている。がんじがらめだと思っても、いくらか検討の余地は残されていることが多い。

どちらの箱に入れて見立てるか、私たちの頭は両方の箱をもっていて、後者の箱に入れる癖をつけると、目の前の光景はずいぶんと彩りが変わって見えてくる。誰かが感じている不自由も、むしろ腕がなるモチベーションとして働いたりする。

後者と見立てられれば、その環境・条件をこそ踏み台に利用して、少しずつのジャンプを積み重ね、飛躍することもできる。素敵な励ましのメッセージだし、いいないいな、人間っていいなと思うお話だった。

2024-05-11

「教える」ことは手段であって

恩田陸の長編小説「蜜蜂と遠雷」を読んでいる。とても面白い。数年前に映画化されているらしいが、そうとは知らず、本屋でジャケ買いした。表紙も素敵なのだ。とある国際ピアノコンクールを舞台に物語が展開されるのだが、エンタメ性も高く、奥が深く、筆致が素晴らしい。

こちとら一般庶民からすると、登場人物の誰も彼もが神童という感じなのだが、なかでも風変わりなのが16歳の少年、風間塵(かざまじん)。彼の演奏は、審査員の評価を二分する。「アンビリーバブル、ファンタスティック、奇跡的だ」と絶賛する派と、「下品だ、いたずらに煽情的だ、サーカスだ」と批判する派。

少年の演奏に、なぜ拒絶感を覚えるのか。これを審査員の三枝子が分析するくだりが時間をおいて二度、三度と出てくるが、その深掘りと変化していく様は実に読み応えがある。

私の脳内では、音楽業界に限定しない、さまざまな産業に拡張しうる話として解釈された。それは私が、クリエイティブ職の人材開発まわりを生業にしているからだが。それを、いくつかつまんでみる。

この、いわば苦労や勉強のあとが全く見えないことも、審査員の拒絶を招いているのではないだろうか。

審査員を「若手を育成するエキスパート・年配者」に置き換えると、さまざまな仕事現場で、なくもない気がしてこないだろうか。たたき上げの玄人からすると、若手に「苦労や勉強のあとが全く見えない」ことには拒絶感をおぼえやすい。

そして、昨今の風潮のくだりに入る。

近年、演奏家は作曲者の思いをいかに正確に伝えるかということが最重要課題になった感があり、いかに譜面を読みこみ作曲当時の時代や個人的背景をイメージするか、ということに重きが置かれるようになっている。演奏家の自由な解釈、自由な演奏はあまり歓迎されない風潮があるのだ。

私の脳内では、演奏家が「実務家」に、作曲者が「研究者・理論家」に置き換えられた。

若手の実務家が、自分の業界で基本とされるセオリーに学び、セオリーに従って実践することを重視するあまり、あるいは自社より市場で評価されるキャリアを積むことに傾注するあまり、「目の前の案件で人の役に立つ」「今ここで自分が何をすべきか、自分で考えて動く」という当たり前の大前提が、二の次になっていく危うさ、そこに底流する世の風潮を覚えなくもない。

そんなふうに勝手解釈をくわえながら読んでいると、次の「音楽教育に携わる者」が「産業界で若手の人材育成に携わる者」的に読めて、ここらを言ったり来たりしてしまった次第。

だが、風間塵の演奏はそんな解釈からは自由なところにある。もしかすると、作曲者の名前すら知らないのではないかと思わせる、真の自由とオリジナリティに溢れているのだ。曲そのものと、一対一で生々しく対峙しているような印象を受ける。それなのに、演奏は完璧─確かにこれは、今の音楽教育に携わる者にとっては受け入れがたいに違いない。

分析を加える三枝子が、少年への評価を変えていく様は、読者にも学びを分け与えてくれているように読めた。

最初のオーディションのときは、三枝子も拒絶感を覚えて、高く評価する他の二人の審査員に抵抗を示していたのだ。その主張は、少年が師事した巨匠の音楽性を真っ向から否定するようなスタイルの演奏は許しがたいというものだった。

まるで、師匠の音楽性を冒涜し、師匠に喧嘩を売っているようなものではないか。それは音楽家の態度としていかがなものか。彼が音楽家として独り立ちして、改めて師匠のスタイルから離れていくというのなら分かる。だが、この段階で師匠の音楽を全く理解していないというのは問題だと思う。

これに対して、少年を高評価する他の二人は、彼女に理解を示しつつも、こう切り返す。

彼に頭抜けたテクニックとインパクトがあることは認めるね?ならば、彼の音楽を許すの許さないのというのは我々が決めるべきことではない。ある一定ラインに達していれば、機会を与える。それがこのオーディションの目的なのであって、候補者の音楽性が気に入るか気に入らないかは、現時点では問題ではない。

自分たちは「許すの許さないの」を決める立場にない。「機会を与える」のが我々の役割だ。我々が提供する場の目的は「機会を与える」ことである。というのは、多くの教え手が一度は吟味しておきたい着眼点で、核心をついているんじゃないかなぁと読んだ。

教えることが目的化してしまうと、許す・許さないもうっかり顔を出してきかねないんだけれど、あくまで教えることを手段としてとらまえておくと、うまく「教える」という行為とつきあっていける気もする。

教える者の役割も、教える場の目的も、機会を与えることにあるんじゃないか。学ぶ機会を与えること、活かす機会を与えること、伸びる機会を与えること。役割を果たす機会を与えて、それによる充実感を覚えたり、それが社会の豊かさにつながる支援をすること。そうやって若手に、社会的役割を継承していくこと。

「教える」というのは、そういうことの手段の一つ、みたいにとらえると、より健全につきあいやすくなるかもなぁなどと思い巡らせながら読んでいる。文学は、心の柔らかいところをすくい上げて読者の意識にのぼるよう独特の働きをしてくれて尊い。

*恩田陸「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎)

«構造を理解し、批評視点を養い、作品を味わう