2025-12-04

「脱皮」というのは「自分が大きくなること」ではなくて

一つ前に書いた父娘の奈良旅行、2日目は父と別行動をとって私は京都へ移動し、お能の舞台を観に行ったわけなのだが。そこで自分が受け取ったものは、まだうまく言葉に表せない。それは私がお能について門外漢であるためというよりも、私が今の自分をうまく咀嚼できていないからという理由のほうが大きいかもしれない。

そんなときに急いて、せっかく自分が感じ取ったものに下手な言葉をあてがって解釈を歪めたり矮小化したくはない。何かに言葉を与えれば、良くも悪くも意味を規定してしまう。その恐ろしさを、ここひと月ほどはSNS画面ごし深々と思い耽ることが多く、途方に暮れていた。それも、うまく言葉にできなさと通じている。

前置きが長すぎるが、わからないものはわからないままに、軽率に言葉を与えてしまわないように気をつけながら、いくらか今回の観能の記録を言葉にして書きとめておきたい。

というのは、お能についてまったくど素人ながら、本番のさなかに二度ほど強烈に目頭が熱くなったからだ。

その身体反応を、まずは記述してみよう。大曲「道成寺」というのは「静と動」のメリハリが際立つドラマティックな曲だが、目頭を熱くした一度目は前場の「静」、二度目は後場の「動」たるシーンのさなかだった。

前場は、山場の「乱拍子」に入るところ。こちらは涙の理由に、一応自分なりのつかみどころがある。どう書いても軽薄のそしりをまぬがれないので言葉にするのがためらわれるのだが、ひとりの能楽師の人生、一生の営みに想いを馳せて、じーんと来たのである。

言い訳の糸口があるとすれば、私は人のキャリアを専門にしているので、能楽師という極めて特殊な勤めであれ、現代に生きるその個人が生涯をかけて研鑽し、勤めを果たし続け、後進を育てて、何百年という悠久の営みを背負って何十年と、伝承を担ってきた生きざまに心を寄せるぐあいが、自ずと深くなる。人に理解される期待もないが、嘘ではないのだから仕方ない。

「道成寺」のような大曲であると、能楽師お一人ひとりにとって、これまでこれを勤めた一つひとつの舞台経験が、ご自身の人生の節目としてしっかり刻まれているものだろうと察する。何かそれを思いながら、舞台その人の熱演に向き合っていると、自分も共鳴して心に覚えるものがあるのだった。

もう一つの極まりどころは、後場でシテが橋がかりに立って、真っ白い能面をやや上向きかげんに、上から注がれる光に照らされている横顔を観ていたとき。

こちらのほうは、途方に暮れるほど涙の理由につかみどころないまま終演し、能楽堂を後にして晩ごはんの時も、なぜ私の目頭はあのとき熱くなったのだろうかと考えていたが、キーワードの一つも思い浮かばなかった。当てる言葉がないのか、私が知らない言葉なのか、体験と言葉の間に私のなかで開通工事がなされていないのか。

それが翌日たまたま、又いとこ夫妻とお話ししているときに、そのすぐ後の場面のことが話題になって、言葉のほうからやってきた。シテが橋がかりのほうから左奥の柱へ巻きつくところ、あのシテの動きは蛇の「脱皮」を意味しているのだと教わった。涙の理由を解釈するためのヒントを、与えてもらえた気がした。

気がしただけ、まだそれだけだ。ただ数日おいて、ぽっかり思い浮かんだことで言えば、脱皮というのは「自分が大きくなること」ではなくて、「自分の小ささを認める」ことに起点があるのかもなぁということ。

私はここのところ、いよいよのSNSの病的ありように恐怖して、ひとりの著者が心して書き上げた厚ぼったい名著を読む時間に身を寄せていた。だけど、それにはそれの副作用もあって、そればかりしていても頭でっかちになって自分の身体がおいてけぼり、自分の人生もおいてけぼり。現実と思念が乖離しすぎて、思考ばかり肥大化していくというか、知らぬうち世捨て人化していくというか。まったく不健康なのだった。

自分の身の丈を心得て、自分の許容量でインプットし、今ここに生きる自分ができること、やるべきと思うことをせっせとやっていくこと。その後にインプットして、またやることをやってみてって生きていかないと、何もしないで終わってしまう。自分の毎日が、自分の人生になっていく。行ったり来たりする中に「脱皮」の機会が巡ってくる。

そんなすっきり感を覚えて、自分の足場に健やかな現実感覚を取り戻せたのは、私にとって顕なる旅の収穫になった。そのことを、ひとまず書き残しておく。

2025-12-03

父は奈良へ、私は京都への2泊3日父娘旅行

秋の暮れ、父と2泊3日の奈良旅行へ出かけた。といっても今回の旅は2泊目を別行動にして、父は奈良に住む伯父(父の兄)夫婦の家でもう1泊、私は奈良から京都に移動して又いとこの能楽を観賞(で京都泊)、3日目には父に京都まで一人で戻ってきてもらって(向こうでうまく送り出してもらえれば、乗り換えなし1本で着く)近鉄京都駅で落ち合い、一緒に新幹線に乗って東京に戻ってくるという旅程だ。

能楽師の又いとこから大曲「道成寺」を勤めるので、京都だけど良かったらとお誘いいただいたとき、ぜひこの舞台は拝能したいと思うのと同時に、「いいこと思いついた!」とひらめいたのだ。

ちょうど1年前に父娘で訪ねたときは、京都奈良旅行ながらメインは京都滞在だった。奈良の伯父夫婦のところにも足をのばしたのだけど、旅の最終日の時間的な都合で、伯父宅で1時間ほど、ランチに出て1時間ほどかで慌ただしく失礼してしまった。伯父夫婦にも父にもわるいことをしたなという心残りがあり、今回はそのリベンジ企画である。

​​伯父と父は年子で、兄弟が多い中ではわりあい身近な関係だったようだ。社会人になってからも、現役時代は関西出張の折によく奈良のお宅に泊めてもらったそうで、奥さんとも仲良し。伯父夫婦と父なら水いらずと見当をつけた。

よわい八十を超え、遠方への一人旅はなかなか難しい。とはいえ、せっかく自分の足で歩けるのだ、ややこしい手配ごととターミナル駅の喧騒さえ突破できれば、後はどうにかなりそうでもある。ならば、厄介ごとだけこっちでささと片付けて、突破した先の旅を自分のペースで楽しんだらいい。「なにも東海道五十三次を歩いて行けって言ってるわけじゃないんだし、新幹線に乗れば目的地近くまですいーっと連れて行ってくれるわけだし」と屁理屈こねて親子旅に誘うと、父もまんざらでもない様子で首肯する。

さて、今回は東京駅で待ち合わせ。早速、もともと伝えておいた待ち合わせ場所を無視して「今、新幹線乗り場に着いたよ」と電話してくる父。はいー、5分で行くから、そこで待っててください。先へ、先へと行けるところまで行っちゃうのは想定範囲内すぎて驚かない。ウォーリーを探すのは苦手だが、東京駅でも新宿駅でも僅かなヒントを頼りに父を見つけるのは得意だ。

無事に東京駅構内の新幹線乗り場で見つけて、一緒に切符を買って、父は駅弁と缶ビールを買って、新幹線に乗りこんで旅の始まり。ごきげんにお弁当をたいらげ、故郷の京都駅で下車すると、今度は近鉄線に乗り換えて奈良へと向かう。平城京跡のそばにあるホテルにチェックインすると早速、温泉とサウナへ出かけていった。私は近所の散策に出る。この日は気兼ねない親子旅。

2日目は朝の早いうち、私が「京都へ発つ前に東大寺に行きたい」と申し出て、早々に宿をチェックアウトして出発。奈良公園の前でタクシーを降りると、鹿にまみれて時折アタックされながら(手土産が入ったお菓子の紙袋にかぶりつかれた)東大寺の大仏殿まで徒歩でのんびり向かう。

それにしても天気がいい。風もなく穏やかな陽気。いちょうの黄色と、もみじの紅色が快晴の青空に映えて、遠くに山々が連なる景色はこの上なく開放的だ。

本堂に向かう道中には石段がつきものだが、たいてい一段ごとの段差が大きい。西友のエスカレーター一段ぶんの2.5倍はありそうな縦幅。手すりのない所はさすがに身の危険を感じて、昇る時は父の一段後ろ、降りる時は父の一段前につけ、腕を横にのばし、肩でも腕でも手すり代わりにいつでも使えるようにして一段ずつ慎重に行く。しかし実際に父が体勢をくずして全体重がのっかってきたとき、もつか、もたないよなぁ、共倒れか、よくて衝撃の負荷分散かと思いながら無事に目的地へ。

大仏殿では、前と変わらず壮大な大仏さまを見上げて拝んだ。私が生まれる前からずっとそこに在って、私が去った後にもずっとそこに在るのだろう存在を眺めるのが私は好きだ。ふだんから樹齢何百年という大木の下を、習慣的に往来しながら暮らしているのは、そういう理由である。

東大寺を後にすると、伯父の家の最寄り駅まで移動。伯母(父の兄の奥さん)が車で迎えにきてくれて、父がお世話になりますと深々ご挨拶。数点の「父がやることなんですけれども、忘れていたら声をかけてやってください」メモを伯母に手渡して一つずつ説明すると、快く引き受けてくださった。あとは丸一日、足が不自由なので家で待っている伯父と、3人で水いらずだ。

車に向かう伯母と父の後ろ姿を駅の改札で見届けると、私は再び近鉄線に乗りこんで京都に向かった。私の旅の話は、また別に、いくらかでも言葉にして書き表せたらいいな。

あけて3日目は、父にも伯母にも、13時半までを目安にして京都駅に戻ってきてほしいと伝えておいた(東京に戻ってから父が帰宅ラッシュに巻き込まれないための時刻)。加えて、京都に向かう電車に乗り込んだ時に、どこそこを今出たでも、京都駅に何時に着くでもいいから、LINEなり電話なりで一報入れてくれと頼んでおいたが、13時をまわっても一切電話が鳴ることなく、LINEの通知もなく過ぎた。

行きの東京駅と同じく、連絡ないまま「今、京都駅着いたよ」と電話が鳴るのは想定範囲内、困っていなければいいのだが。で結局、本当に「今、京都駅着いたよ」と、着いたときに初めて連絡が入って、笑ってしまった。ともかく無事に帰ってきて時間通り落ち合えれば、こちとらノーストレスである。不慣れな近鉄京都駅でも、半径数十メートルくらいに目線をビーッと投げて、父を見つけた。なんだろうな、あの人混みの中でも親を発見できる能力というのは、人が持つ野性の力なのだろうか。

柱に寄りかかっている父に声をかけると、父もほっとした表情を見せた。兄弟げんかしなかった?電車は座れた?何食べてきたの?ゆっくりおしゃべりできた?と、お姉ちゃんみたいな、お母さんみたいな心持ちでいくつか簡単な質問をふってみると、まずまず好ましいひと時を過ごせたようで、ほっとした。何を話したのか聞き出すような無粋な働きはしなかったが、遠方訪ねてきた甲斐はどうやらあったようだ。

京都駅には、昨日大曲の熱演を終えたばかりの又いとこが見送りに来てくれて、父とも再会。新幹線ホームまで上がって見送りくださっただけでなく、富士山側のグリーン券をさりげなくプレゼントしてくれたのに気づいたのは、乗車してから。粋が過ぎる!と心から平伏して、車窓越しにジェスチャーでお礼を伝えた。

新幹線が発車し、荷物を片づけ、おしゃべりして一息つくと、父が「みんな、よくしてくれてありがたいなぁ」と口にした。父「兄貴は足悪くしてるからなぁ」、私「だから歩けるお父さんが会いに行くんだよ」、父「そうだ、だから会いにいったんだ、金かけて。兄弟の義理やな」、私「そういうの、義理って言わないよ」、父「そうか、なんや、愛か」、私「そうだ、愛だ」と会話した。良い旅だった。

*Instagramの写真

2025-11-08

それ、リスキリングじゃなくてスキルアップやないかい!事案

個人的に「リスキリング」という言葉の氾濫が好きくないだが、どうにかならないものか。ねぇ、それ、従来の「スキルアップ」でいいじゃないの?という事案が、マイナビ転職の調査とかでも見られる昨今で、毎度やきもきしてしまう。

マイナビ転職「リスキリングに対する意識調査」で、リンク先の中ほど「リスキリング経験者が習得したスキル」の上位3つは、こうだったのだそうで。
1位:AI・生成AI活用
2位:会計・財務・簿記、ファイナルシャルプランナー
3位:ビジネス英語・語学・グローバルスキル

Reskilling

2位の会計、3位の語学、はて何を「リ」したのか、何を「手放した」というのかと。「それ、スキルアップやないかい!」「もう、それ完全にスキルアップやがな」というツッコミが、ミルクボーイ内海さんの声で私の脳内に響き渡る。

当初、リスキル(re-skill)という言葉は、アップスキル(up-skill)と手をたずさえて欧米から入ってきたと記憶しているが、2つ並んでいるときには、リスキルの意味を分別して、とらえやすかった。

つまり、アップスキルは「今もっているスキルに上乗せして」習得するのに対して、リスキルというのは「これまでに習得・活用してきたスキルを手放した上で(アンラーニング)」新たなスキルを習得するもの、使うスキルをこれまでと差し替えるもの、と特徴づけられていた。「アンラーニング」過程を含むために「捨てる」痛みを乗り越える、それがリスキルを特徴づけるポイントだったはずなのだ。だからこそ「リ」は、「アップ」と別立てで爆誕したのだもの。

しかし最近は「アップスキル」が鳴りをひそめ、「リスキル」だけが一人歩きするようになった。そして気づけば、それって従来の「スキルアップ」って言ったほうが誰にも誤解が生じないし、適正な言葉選びなんじゃないの?別に、いま話していること、いま質問していることって、「これまでの知識・スキルを手放して、捨てて」って過程を含んでいないし。そういう事案が散見されるようになった。

結果、リスキリングの調査レポートなんぞ読んでも、丁寧にやっていないものは、調査元、調査対象者、調査レポートを読む人の「リスキリング」の意味解釈がばらばらで、スキルアップ全般の広義なものをイメージしている人、アンラーニングを伴う狭義の「リスキリング」をイメージしている人が入り乱れ、まともな情報伝達やコミュニケーションが成立していないのだ。

言葉は、その意味を変えていくもの。今は広く「スキルアップ」の代替として「リスキリング」が使われるように語釈が変化したのじゃと言われれば、私自身に認識のアップデートが必要なだけかもしれないけれども。まだ、そこ整備されていないんじゃないかなぁ。そういうわけで調査の精度が落ちている気がする。きちんと調べたい調査なんだったら、きちんと調査元と調査対象と調査レポートの読み手で共通理解できる言葉を選んだり、説明を加えながら調査するなど、工夫を凝らしたほうがいい時期だと思うけどなぁ、と思っちゃうんだな。

2025-11-02

いわゆる「ふつう」のキャリアを歩んだ人の割合(若者向け)

2年ほど前に話題になった「中学生1000人の進路」、あれをさくっと伝わるようクイズ形式にしてみた。

中学を卒業後、高校、四年制大学と浪人せず進学し、正規雇用で就職を決めて3年間辞めずに一社に勤め続けている人は、同学年に何割くらいいるのか。そんな調査をしてくださった方の記事*をもとに、4択のクイズ問題にしたもの。

(画像はクリック or タップすると拡大表示する)

Percentagetypicalcareerchoices

自分のキャリア選択に不安を感じているお若い方や、その親御さんやお身内の方など。今、身近に、いわゆる「ふつうの進路」を歩むことにとらわれて辛くなっている人がいたらば、SpeakerDeck(というスライド共有サービス)に、問題から正解まで5枚だけで終わるスライドを置いておいたので、ちょっと見てみていただければ幸いです。

いわゆる「ふつう」のキャリアを歩んだ人の割合(若者向け)┃SpeakerDeck

どこかで誰かが誰かに共有してくださって、一息つくひとネタになれば。

補足:調査対象は「2009年3月の中学校卒業者(1993年度生まれ、2024年度に31歳になる学年)。この学年を1000人としたとき、それぞれの進路に何人ずつ進んだのかを示したものだそうです。さらに詳しく知りたい方は、下の出典元のリンク先で、ぜひご確認ください。

*出典元:松岡亮二「『凡庸な教育格差社会』で┃せかいしそう

2025-10-26

ここ45年間で圧倒的に伸びたのは「余暇優先型」ではない

ここ何十年かの私たちの「仕事と余暇のバランス」に対する意識変化をイメージしようとすると、「仕事優先型」から「余暇優先型」に大多数が移行したのではないかと、そんなグラフを頭の中に描くかもしれない。

けれど、1973年から2018年までの45年間で圧倒的に伸びたのは「余暇優先型」ではない、というデータを見つけて、それみたことか!と鼻息をあらくした。

下に二つ並べたグラフ、いずれも「仕事と余暇のあり方に対する意識」について1973年から2018年までの45年間の経年変化を扱ったもの。左側が「詳細」を表したもの、右側がそれを「大別」したものなのだが(クリックすると拡大表示する)。

Photo_20251026081301

まず左側のグラフ(詳細)をみてみると。

「仕事はさっさとかたづけて、できるだけ余暇を楽しむ」(赤い線)に、ここ45年でそんなに大きな高低差はない。

「余暇も時に楽しむが、仕事のほうに力を注ぐ」(緑の点線)が激減する一方で、ぐいっと伸びているのは「仕事にも余暇にも、同じくらい力を入れる」(灰青色の線)である。

緑の点線が36%から19%に落ちているのに対して、灰青色は21%から38%に上がっている。

左側のグラフをシンプルにまとめたものが、右側のグラフ(大別)だ。

「余暇優先型」が少ないとは言わない、35.9%だから「余暇・仕事両立型」38.1%と肩を並べるくらいいる。でも「余暇優先型」は昔から同じくらいの比率であって、1973年(32.1%)からさほど大きな変化はない。

とすると経年変化から読み取るべきは、「仕事優先型」から「余暇・仕事両立型」への大移動だろうと、そう思うのだ。

別に私は、何か専門の分析家じゃないし、ただ通りすがりにこのレポートを読んで、ほほぉと思った一庶民に過ぎないが、「中動態」といわれる日本人をさして、「なんとか優先型」と「なんとか優先型」の二項対立で極論を戦わせている議論って、他国のそれ以上に不毛に思えちゃうことが多い。甘噛みのおしゃべり論戦で、それ自体を居酒屋で喫茶店でネタにして楽しむだけなら全然いいのだけども、建設的な何かを見出そうとして議論するときに、その論の立て方はあまりに雑じゃないかと思うし、先に何かを見出せる気がしない、ただの喧嘩に感じられることが多い。

それよりも、対立するAとBの間に「まだ見ぬ答え」が作り出せることを見据えて、作り出すべきと掲げて、議論したりアイデア出し合ったり話し合ったほうが、ずっと建設的やないかい!という気持ちが頭の中に充満してしまう。人間の創造力って、そういうとこで発揮するものやないのかい、という気がして、何かどんどん頭が後退していっているような気がして。

これもこれ、私の個人的な見立て、志向性の表れにすぎないのだろうけれども。そんなことをもふもふ言っていないで、自分ができることをやりなさいという、まぁ結局そういうことなのだけれども。

*「令和7年版 労働経済の分析」第2-(3)-10図┃厚生労働省(2025年9月30日)

2025-10-25

「スキルを可視化する」という足場組み

ちょいメモだが、「スキルマップ作成に関する実態調査」レポートというのが、親近感わくネタで興味深かった。なぜか考えてみると私は「人事コンサル会社で制度設計の経験◯年積みました!」みたいなキャリアじゃないのに、個人事業主になって以来、これがらみのHR関連プロジェクトに参加させてもらう機会が多く巡ってきたからだ。

発注主の期待は様々なれど、自分的には常々フル稼働させていたのが、社員のスキル要件を洞察する調査分析力と、定義化する言語能力だった。

たぶん、そういう市場ニーズがここ数年高まっている頃合いなんだろうと肌感では思っていたけれども、データにするとこんな感じなんだなぁと眺められるレポートだった。

調査の回答者は、社内でスキルマップを作って運用している人材育成担当者111名(全国に複数拠点あり)。ざざっとポイント挙げるとこんな感じ。

Research_

●スキルマップ作成に取り組んだ理由は?
「組織の拡大や変化に伴い、スキルの可視化が急務と感じたため」が54.1%で首位

●スキルマップの作成方法(内製/委託)は?
「一部、外部の支援を受けて作成した」が50.5%で最多

●スキルマップ作成時の主な課題は?
30.7%が「スキル項目の洗い出しと定義付け」

●スキルマップを人材育成に活かせている実感は?
34.2%が「非常にそう感じる」、「ややそう感じる」をあわせると9割以上が実感

●スキル項目や評価基準の見直し頻度は?
「半年ごと」が4割、「毎年見直し」とあわせると1年以内の定期見直しが7割以上

●スキルマップの運用や人材育成課題の改善策は?
「評価基準を見直し、現場でも運用しやすくしている」が最多、62.2%

●スキルマップ作成後のポジティブな変化は?
約6割が「各従業員が自分の強みや課題を理解し、自己成長の目標を立てやすくなった」

詳しくは調査元(株式会社Hajimari)のリリースにて。
スキルマップ、人事担当者の9割以上が「人材育成に活用できている」と実感作成フェーズでは「スキル項目の洗い出し」が課題に┃PR TIMES

2025-10-13

夢うつつ雑記、著作権の移ろい

21世紀の初頭、若い人たちのシェア文化に、その萌芽は見られていた。著作権という概念は、21世紀半ばに廃れた。2020年代の生成AIの普及でいよいよ無理が出てきて、権利の折り合いがにっちもさっちもいかなくなった。

権利侵害なのか、どうなのか?と白黒つける裁判に、手の打ちようがなくなった。爆発的に裁判沙汰が増えて捌ききれなくなり、ええぃっと人々はある時機に著作権へのこだわりを捨てた。みんな、疲れたのだ。

もちろん全員が一気にこだわりを手放したわけじゃないが、現役世代が交代する中で段階的に、価値観は塗り変わっていった。2070年には、こだわる人もほぼほぼ失せた。

著作権という概念は、印刷技術の出現とその後の一般大衆の識字率の上昇に伴って発展したそうだが、そうであればデジタル技術の出現、インターネットの普及、その後の一般大衆の複写率の上昇に伴ってそれが衰退しても、なんら不自然なことはない。

人間が作り出した価値観は移ろうもの、決して絶対不変のものではない。そもそも、先人の著作の上に後人のあらゆる著作物は成り立っているし、それに権利主張しだしたのは、ごく最近のこととも言える。

という寝言が、私のスマホのメモアプリに書いてあった。昨晩寝ぼけ眼で打ち込んだ記憶がうっすらとある。1行目が頭に浮かんで、ぽりぽり打った遠い記憶が残っている。夢うつつ雑記。

2025-09-24

新人がまだ見ぬ「大変だが成長実感できる仕事」との邂逅演出

3月末から4月初旬にかけて今年の新卒社員に実施されたアンケート調査で、「自分が働く環境として、最も魅力的だと思うもの」を次の4つから選んでもらう設問があった。*

  • 仕事はかなり楽だが、成長の機会は限られている環境
  • 仕事はそこそこ楽で、成長の機会も少しはある環境
  • 仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境
  • 仕事はかなり大変だが、圧倒的に成長できる環境

さて、どれが一番だったと思うだろうか。また、どんな比率で回答が分散したと見当をつけるだろうか。

結果を言えば、こうである。

  1. 仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境(58.8%)
  2. 仕事はそこそこ楽で、成長の機会も少しはある環境(30.6%)
  3. 仕事はかなり大変だが、圧倒的に成長できる環境(6.8%)
  4. 仕事はかなり楽だが、成長の機会は限られている環境(3.8%)

回答の過半数を占めて、6割近かったのが「仕事はそこそこ大変だが、成長を実感できる環境」だ。

ずいぶん昔のことになるけれども、自分も社会に出る頃には、そんな感じだったから、これがどんな心持ちなのか思い馳せた。

自分の若い頃で言えば「この選択肢を4つ並べられて、どれか選べと言われればこれを選ぶ」わけだが、そういうお膳立てで問われないかぎり自ら「仕事の大変さ具合」と「成長の実感具合」を絡ませて、こういうバランスの職場環境がいいだなんて仕事観には、まるで思い至っていない。これの回答者の皆が私と同じとは、もちろん思わないけれども、それが実際のところという人も一定数いるんじゃないかなぁとも思う。

若き頃、自分がそんなぼんやり具合だった記憶が鮮明に残っているからこそ、そんな自分を社会に引き込んでくれて「大変だが成長実感できる仕事」機会と、いくつも何度も巡り合わせてくれる大人たちがいたことの好影響をありがたく自覚している。私が社会に出て早々、自走しだして30年充実した仕事人生を歩んできたのは、あのときの大人たちのおかげなのだ。

だから、この6割の若人たちを、まだ見ぬ「大変だが成長実感できる仕事」と邂逅させる心がけと、演出の創意工夫が、我ら年輩者のミッションの一つではないかという気持ちが募る。

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この6割の人たちが1年後、3年後、5年後にどういう仕事観を育んでいるかには、彼・彼女らと直接現場で接点をもつ職場の大人たちが多大な影響を及ぼすと思うのだ。それは社内の上司・先輩に限らず、社会に出てから彼・彼女らが接点をもついろんな大人たちでありうるだろうと。

なんだか最近似通った話ばかり書いている気もするけれども、老害を働かないように、ここで断絶すべき慣わしを自分たち世代で食い止めて若手が苦しまないで済むようにと努めるのも大事なのだが、それ一辺倒で、先人が連綿と受け継いできた、あるいはアップデートしてきた「若手を育てる」「次世代に継承する」の一切合切を、ここで断絶してしまうのは、それはそれで浅薄だろうと思えてならない。

「仕事」という概念を、「奴隷のように働く」といった解釈一つに縛りつけたままとせず、有意義な仕事、人の役に立つ仕事、自分を成長させる仕事、自分の人生を充実させる仕事、自分の可能性を広げる仕事と、いろんな意味づけ解釈の広がりを提示して見せてきてくれた先人たちの豊かな営みも、それはそれであるのではないかと。

私は私で偏った自分の体験をもとに考えをもち、こんなことを書き連ねているわけで。そういう自覚はわきまえつつも、あのとき自分を受け入れてくれた大人たちへの恩返しの念をもって、自分より若い人たちに、そこにある仕事を「大変だが成長実感できる仕事」として邂逅できるように言葉を尽くしながら、つなぎ役を務めたいと思う。本当に少ない人たちに向けた、ごく小さな影響力しかもたず、儚いつなぎ役にすぎないけれども、私にとって、それは尊い現場仕事だ。

* 2025年度(第36回)新入社員の会社生活調査|産業能率大学総合研究所(2025年7月)

2025-09-23

「相談できる、自分を受け入れてくれる」と感じる居場所と幸福感の相関関係

「AIは人間知性の進化の罠か」というfinalventさんのブログを拝読していて思い出したのが、最近見ていてぎょっとした、こども家庭庁の「我が国と諸外国のこどもと若者の意識に関する調査(令和5年度)」。

106ページからの第5章 学校関係【分析】居場所感と主観的ウェルビーイングの関連から、私が驚いたところを取り出して一枚にしてみたのが下のスライドだ(画像をクリックすると拡大表示。PDFでご覧になりたい方はリンク先のSpeakerDeckにて)。

Correlationplaceseektoadviceandhappiness

私が何の分析結果にぎょっとしたか。ざっくり言えば、全国の13歳〜29歳の男女に対して、つぎの前者を説明変数、後者を目的変数として重回帰分析を行ったもの。

日常的な5つの居場所を挙げて、

  • 自分の部屋
  • 家庭(実家や親族の家を含む)
  • 習いごとや趣味のサークル(学校での活動は除く)
  • 地域(図書館や公民館や公園など現在住んでいる場所やそこにある建物など)
  • インターネット空間(SNS、YouTubeやオンラインゲームなど)

それぞれの場所で自分が「悩みの相談ができたり、自分の意見や希望を受け入れてくれる」感じがしているか回答してもらった。その結果を、次の3つの項目と重ねあわせて相関関係を分析した。

  • 全体的な生活満足度
  • 幸せな気持ち
  • 人生の意義

安直に考えると、どこであろうと「悩みの相談ができたり、自分の意見や希望を受け入れてくれる」感じがする居場所があれば、正の相関か、あるいは何ら関連が見出せないかで終わりそうにも思われるが、そうは問屋がおろさなかった。

「家庭」や「地域」に、「悩みの相談ができたり、自分の意見や希望を受け入れてくれる」居場所があると思っている若者は、生活満足度、幸福感、人生の意義を強く感じていた。というのは、さもありなん。

一方の「インターネット空間」では、相関関係の正・負が反転していたのだ。つまり、SNS、YouTubeやオンラインゲームなどの「インターネット空間」に「悩みの相談ができたり、自分の意見や希望を受け入れてくれる」と感じている若者ほど、生活満足度と幸福感を感じていなかった。

この結果の解釈は、逆向きの因果関係の可能性もありましょう?というのはその通りで、レポートの中にもこのような記述があった。

この結果の解釈としては、たとえば「インターネット空間に居場所を作ることが生活満足度などを低下させる」という可能性だけでなく、「生活満足度などをあまり感じていないことから、インターネット空間に悩みの相談ができる居場所を積極的に作った」という逆向きの因果関係の可能性も考えられる。

今回調査した他国(アメリカ、ドイツ、フランス、スウェーデン)と比べて、日本のほうが「居場所の影響力」が強いことが示唆されたというのも興味深いところ。

これ一つとって、何かを固定的に捉えたい気もわかないのだが、なんとなく気に留めておきたい情報だなと思い、ここに書き留めた次第。分析データの取り扱いに詳しくないので、国語力だけで私が理解したところどまりだけども...。

2025-09-19

大きな病院の奥のほうの30分間

大きな病院の正面入り口から入って、ずんずんと奥まで進んでいった先、難しい検査室が廊下沿いに並ぶ一画がある。私はその一室の前に腰かけて、父が出てくるのを待っていた。

こちらは事前予約していた検査を予定通り受けるためやってきたので、父が検査室に入っていくのを見送ると、あとは静かに廊下で待つばかり。その廊下がちょうど救急で運ばれてきた患者さんの通り道らしく、静かな廊下ががらりと様相を変えて緊張が走るのを、30分間に2度ほど目の当たりにした。

足元にキャスターがついたベッドに横たわって最初に現れた女性は、病院スタッフに「脳梗塞かどうか、これから確認しますからね」と言われながら、さらに奥のほうの右手の検査室に消えていった。

私の目の前をガラガラと通り過ぎた年配の女性、トップスは真っ赤で、赤茶に染めたパーマヘアは毛量が多く、お化粧もバッチリ、それが妙にリアルに感じられた。突然のこと…だったのかなと。

付き添いの家族なく、一人でいたところ急に不調におそわれて自分で救急車を呼んだのかなと思うと、心細かろうなと目頭が熱くなった。今朝の寝覚めには、ごく普通に笑い声を立てて日常を送っていたのかもしれない。

程なく、今度は心電図モニターのピ、ピ、ピという音とともに、ベッドの足元のキャスター音が角向こうから迫ってきた。次は年配の男性。病院スタッフが私の前を通り過ぎるとき、心筋梗塞という言葉を発していた。ベッドが過ぎるや、同じ方向からパタパタという足音が近づいてきて、奥さまと娘さんらしき女性二人が後を追っていった。

男性が廊下の奥の、今度は左手の一室に入って、辺りに静けさが戻ると、女性二人が長椅子に腰かけ、娘さんらしきほうが「なんだかドラマみたいだよね」と、ぽつり言葉をかけるのが聞こえた。

今の今まで、とにかく一息つく間もなく、混乱しながらも一刻も早く事を前に進めねばと集中に努めて、今ようやく、とりあえず、一息ついたという感じかもしれない。大変だったろうな。そして、これから先も、いろいろある。再び目頭が熱くなり、心がぎゅっとなる。

また少しすると、先ほどの真っ赤なトップスの女性が検査室から出てきて、ベッドに横になったまま、再び私の目の前を通り過ぎていった。先ほどついていた病院スタッフの女性が「今日これから入院って、聞いていますか?」と、曲がり角で本人に尋ねる声が聞こえた。そうして、入ってきたときと逆のほうへと、角を曲がっていった。

また廊下が静かになった。父が目の前の検査室から出てきて、ニッと笑った。私もニッと笑い返した。お疲れさまでしたーと頭を下げて立ち上がった。みんな、生きているのだ。一緒に、生きているのだ。

病院に勤める人たちにとっては、これが日常の職場なのだよな。本当に頭が下がる思いだ。みんなで、一緒に生きているのだ。

«人の脳を使って「議事録を書く」学習観点の意味