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2017-12-10

受託ビジネスの魅力 #websig

風邪っぴきでふらふらだったのだけど、以前より申し込んでいたWebSig会議にすごく行きたかったので、無理をおして参加。イベントタイトルは「2018年に向けたデジタル、Web受託企業の攻めどころ、守りどころ」

2000年代のFlash全盛、Webプロダクションに有無を言わさぬ勢いがあった頃とは、明らかに時代が変わった感ある中、時代変化に応じて形を変えながら今なお発展し続ける10年、20年選手のWebプロダクションがある。こうした組織を率いてきた人たちのお話は、エネルギッシュで刺激的。どんなふうに、どんな想いで、というのを、すごく率直に、赤裸々に語ってくれて、興味深く拝聴した。

内容は、2011年と2017年を比べて案件タイプにどんな変化が見られるか(何が減って何が増えた?)とか、社内の職種構成がどう変わった?とか、制作に留まらぬ「戦略から」の仕事をどう実践しているかとか、どういうふうに契約・見積もりしているのかとか、若手育成、中堅育成、定年前のキャリア、女性の育休明けをどうするかなど、話は多岐にわたって時間ぎれ。

いくつかトピックスをメモに。

●ここ数年の案件の変化
中川さん(アンティー・ファクトリー)いわく、2010〜2011年あたりと、2016〜2017年を比較した案件の変化としては、2010年頃は「表現力を重視したリッチなプロモーションサイト制作」が多くて、Flash、動画、コピー開発、絵作り、インタラクティブ重視、SNS活用など、どうバズらせるかが花形だった。

一方、今はリブランディングして、Webサイトもちゃんと作り直しましょうみたいな案件が多いとか。大規模コーポレートサイトリニューアル、CMSを活用したオウンド運用など、クライアント側がしっかり腰をすえた予算を用意するようになったということかなと。

●市場動向を読んで、新しい領域に守備範囲を広げる
確かさのある成長分野には、人を採用して体制づくりしていく、こうして時代変化に対応している様子も窺えた。中川さん(アンティー・ファクトリー)が話していたことでは、ここ数年で映像ディレクターを1人採用したとか。で、クライアント先で「CMディレクターを採用したので、映像の仕事あったら声かけてください」って働きかけるそう。ちなみに、これを言うと今は十中八九、映像の仕事がとれるのだそうだ。阿部さん(ワンパク)も、映像の仕事は増えていて、Web制作とセットで、ブランドムービーなどをよく手がけていると話していた。

どこを広げて、どこには手を出さないかっていうのは、組織ごとに答えが違うと思うけど、アンティー・ファクトリーのように「1ストップでWeb制作全般、一通り引き受けます」という100人プロダクションとかだと、映像できる人を採るのは堅い選択だよなぁと思った。

あと、アンティー・ファクトリーがここ数年の変化として、純粋なコピーライターを採用したことを挙げていた。リブランディングという軸でWebサイトの大規模見直しをするような潮流から、コピー開発の力が大きな価値として評価されるようになってきているんだろう。

●広告代理店の仕事は、どこで誰が請けているんだろう
ちなみに今回の登壇者は大方、広告代理店を挟まずクライアントから直請けしていた。2011年は多少代理店仕事もあったけど、2017年はほぼほぼ直請けとか、代理店仕事はゼロになったとか。果たして今、広告代理店はどこに発注して、どこで誰がそれを請けているのだろうか。

私の周囲は広告代理店の仕事を請けている人ってあまりいないのだけど、代理店からの仕事も世の中にはたくさんあるに違いなく、そこのWebプロダクション事情も語られると、対比できて面白いのだろうなぁと思う。

登壇者の界隈で代理店仕事が減っていく背景としては、阿部さん(ワンパク)いわく、広告的なWeb制作だと、コンペで勝率2〜3割が普通では?4割だったらいいほう、とのこと。これでコンペ3〜4連敗すると、キャッシュフローが相当まずいことになって小さい会社は疲弊していく。それよりは同じWeb制作でもサービスに寄せて、腰をすえて成長させていくもののほうが良い。

クライアント直請けの仕事をしていくと、そっちが厚くなっていって、結果的に代理店仕事を請けられなくなっていくという流れもあるとは、村田さん(ソニックジャム)。

Webプロダクションによっては、チームで代理店に常駐するサービスを提供していたりするのだろうか。フリーランスで常駐している人はけっこういそう。代理店側で(系列グループ内での)内製化の動きもあるだろうし。最近は、どんなスタッフ構成比で対応しているのでしょうね。

クライアント側が、Web制作とか、広くはデジタルマーケティング領域を、どういう業態に発注しているのかも気になるところ。必ずしも広告代理店を挟まず、各パートナーを厳選して直接発注する企業って、中にキーマンがいないとそうならないと思うんだけど、何割くらいあるんだろう。1〜2割くらいか、それは増加傾向にあるのかどうなのか。それこそ、こちら側の頑張り次第か…。

●広告代理店抜きの受発注関係に、どうやって移行する?
それにしたって、広告代理店とやりとりしているクライアントに、いきなり営業かけて直請け体制に持ち込むのは難しいわけで、まずはしっかりWeb制作の実績を作って、エンドクライアントとの信頼関係を築く。そこで終わらせないで、一歩踏み出して直請けの流れに持っていくよう働きかけ続けるって開拓者精神が大事なんだろうなぁと、登壇者の熱量ある話を聴いていて思った。

阿部さん(ワンパク)が、戦略からやる必要性を骨のあるロジックをもって「ずっと言い続けてきた」という発信力ってすごく大事で、この言葉に宿る信念と力強さには心動かされるものがあった。そういう活動の地道な積み重ねによって、今のクライアントとの信頼関係を勝ち得てきたんだろうなぁと、この5年、10年の尺での確かな飛躍を感じて改めて敬服した。そうして多様なクライアントの実績が積み上がっていって、それがブランドになっていくんだろう。

●即戦力が採れない問題
Web制作会社が手がける領域を「戦略から」に上流化していくと、それができる即戦力は事業会社側でも欲しい人材とかぶり、取り合いになる。しかし上場している事業会社が提示するほどの給与額は、さすがに提示できない。

それで、ワンパクでは新卒を採用して育てるという選択に出た。といっても、ビジネス戦略のところから、クライアントに乗り込んでファシリテーションとかできるまで育てられるかっていうと、そりゃあ簡単じゃない。結果、大きな案件では役員クラス3人が担うことになり、スケールしない…と苦笑いしてお話しされていた。

でも、これはもしかすると、育てる期間をもう少し長期で捉えないと仕方ないって話かもしれない。阿部さん(ワンパク)もファシリテーションとかしているときは、おそらく20年以上のキャリアを総動員して、いわば総合格闘技しているような感じだろうし、そういう多様な蓄積をもってこそ成し得る仕事だろうな、とも。若手がそこを「やりたい」「できそう」と思うスタート地点に立つには、もう少し時間が必要なのかもしれない。

●受託ビジネスの魅力
あと思いついたこととしては、そもそもデザイナー、エンジニアといった、これまでとは異なる層にも、こちら業界に就職先として関心を向けてもらうことかなと。デジタルマーケティング周りの受託ビジネスならではの面白さを、どう伝えて、こっちに来てもらえるか、という切り口はあるかなと思った。

受託ビジネスって目立たない裏方なので、広告代理店でもないと、なかなか若い人に知られない&興味をもってもらえない働き方だけど、ここの立ち位置ならではの面白さってあるし、あぁ性に合うなぁっていう人も、そこそこいると思うんだよなぁ。

確かに、受託側から事業会社への転職話ってよく聞くけれど、出戻り組もいるって話は、村田さん(ソニックジャム)からも共有された。やっぱり受託のほうが、いろいろな案件に携われて性に合っているなとか、事業会社側に行ってできることが増えると思ったら、本人にとって「つまらない仕事」が思いのほか多かったとか、職場にデザインとか技術に詳しい人がいなくて、受託側なら隣の席の同僚に聞けばすぐ答えが返ってくるようなことがわからない、そこにやきもきして帰ってきたとかいう話が出ていた。

事業会社と同等にお金出せるように、どうステイタスを上げていくかって話は、長期的な課題としてあるとしても、もう少し手近なところで、受託ならではの環境・働き方の面白みが情報として発信されて、多様な専門職の中で味わえる化学反応とか、いろんな案件に携われて飽き性にはもってこいだとか、「作る」に照準をあわせて試行錯誤したり侃々諤々できる面白さとかが、熱をもって伝わるといいのかなぁなどと思った。

●私は受託の仕事が好き
私はWeb制作ではないんだけど、研修の受託ビジネスにずっと携わっていて、受託の働き方がすごく性に合うと思っている。

傭兵っぽさというか、手ぶら感というか。もちろん、いろんなツールは使っているんだけど、資本集約ではなく労働集約。基本は「中の人の腕」一本。それをクライアントに応じて個別最適化して価値化していく。自分たちの中から、どう価値を作りだしていけるか。製品ありきじゃない、箱物商売じゃない、手ぶらな状態で、人の内側から価値を創造していく感じが、なんだか好きだ。

※ちなみに私の傭兵像は、子供の頃に読んだ樹なつみの「OZ」のムトーで固定されており、だいぶ美しい感じに仕上がっております。

阿部さん(ワンパク)の話に、メソッド化する功罪(ノウハウをメソッド化して社内共有すると、案件ごとに最適化しないで、そのままメソッドを適用しちゃう負の面もあるという話)ってあったけど、ほんと受託ビジネスは、メソッド化しつつ、毎回それを疑ってかかって個別最適していくって両面を大事にする矛盾みたいなところがあって、そこも好きだ。

人間社会って矛盾を前提に成り立っているので、そこの矛盾を受け入れないほうが不自然で、そこを当たり前に許容して、メソッド化する基礎づくりと、案件ごとに個別最適の務めを果たしていくのと、両方走らせる感じが好き。すごく人間くさくて良いではないか。芯はどこにあって、どこははずさない、どこはこだわりなく変えてしまおうと分別することを、常に試されている感じ。よい、よい。

見ようによっちゃ、モノを抱え込むより、人のほうが柔軟性があって、変幻自在性が高い。時代変化に適応させるべく、どう自分たちの中身を変えていくかも一択ではなく、そこにもあの手この手と選択肢を作り出せる自在性がある。作っちゃった製品は、なかなか転用が難しかったりするけど、人は常に、いろんな方面に機会を見出して変われる可能性をもっている。そういうことを楽しめる若い人が、こういう働き方の魅力に触れる機会があったらいいんだろうか。伝えるのが難しいけど、一つにはそういうことを楽しんでいる人が、楽しんでるよーというのを生身の姿・声をもって伝えていくことなんだろうなと思う。

と、以上メモ書きでした。登壇者、主催者、参加者の皆さまに感謝。

途中でダメにならないように&人に風邪をうつさないように、マスクして言葉少なに終始省エネ状態だったけど、やっぱり行ってよかった。すごくいろんな実情や想いを聴かせてもらえて、それを受けて考える機会をもらえた。参加者も半分近く?が経営者で、濃厚な会だった。もっといろいろお話ししたかったなぁ。

ふらふらしながら電車に乗って帰宅。熱37度台で出かけたのに、帰ってきたら36度台に落ちていてほっと一息。一眠りすると35度台まで戻って、再び寝て今朝熱を測ってみたら、34度8分だった。下がりすぎだよ…。私、冬場は34度台をたたきだすのだった。一応、通常モードに戻ったということでいいのだろう、か。

2017-12-06

組織のパフォーマンスが上がらない理由

組織のパフォーマンスが、いまいち上がらない。その理由を、きちんと要因分析することなく「現場スタッフの能力が低いから」だけに着地させちゃうのは、わりと起こしがちなマネジメント層の早とちりだと思う。

組織のパフォーマンスを改善するのは、一般にマネジメントの役割。それこそマネージャーは、そこを主戦場にパフォーマンスを発揮することが求められる。その主戦場での働きっぷりで己の優劣を上から評価されるとあらば、これを真っ向勝負で受けて立つのは、なかなかしんどい。真っ向勝負を回避しようとする無意識が働くと、自分のマネジメント能力ではなく、現場スタッフの実務能力が低いことが、組織のパフォーマンスが上がらぬ根本原因であるというふうに話をもっていきがちになるのではないか。

あるいは、「組織のパフォーマンスが上がらないのは、現場スタッフの能力が足りないから。ゆえに対象スタッフを集めて研修を施す」というのは、かなりオーソドックスな打ち手。深く考えなくても打ち出せる定番の策であるがゆえに、持ち場の実態把握をスキップした場合、その施策「だけ」講じるというところに流れ着いてしまう側面があるのかもしれない。

「現場スタッフの能力」を理由に挙げたって、採用したのは君だろうとか、それをうまいことやるのが君の仕事だろうとか、マネジメント機能不全に返ってくる側面はもちろんあると思うんだけど、なんとなく直接的な「マネージャーの能力問題」からは、ちょいと横道そらして急所はずせた感があるというか、「間接的には私の不徳の致すところで申し訳ございません」としつつも、己の能力レベル問題からはちょっと逸れた安全地帯に移動できるというか。

業務プロセスなり業務システムなり、部下の業務管理なりがうまくできていないからだというと、もうどんぴしゃマネージャーがうまく機能していないからだ!みたいな感じで矢面に立ちそうだけど、これを現場スタッフの能力問題に焦点化して、ポテンシャル高いと思って採用した新人が期待したように伸びないとか、中堅どころが伸び悩んでいて…とかに振ると、わりと「まぁなかなか思う通りにいかないものだよね」的にマネージャー間の情の交換が、言葉少なに肌感覚で成立しやすいのではないかとか。

実際、現場スタッフが全員ものすごい能力を持っているなんて環境は、多くの組織がなかなか構築・持続できないので、「現場スタッフの能力問題」は、まったくずれたことを言っているという話にならない。それに、研修という打ち手も有効な一手であって、だからこそ(そうなるように)私も本業として、それに携わっている。

ただ、要因が「現場スタッフの能力」一辺倒に捉えられ、じゃあどうするんだというと解決策が「研修」一辺倒に講じられるのでは、もったいない。

物事がうまくいかない要因て、たいてい複合的なものだし、一つのソリューションが一発で万事解決するという単純な世の中でもない。

スタッフの能力以外の「何か」にも目を向けて、要因と解決策を考える視野とか、心の余裕とか、考える時間とか意識とかをもつことができれば、もっと打ち手にも広がりが出てくるし、あの手この手で継続的に施策を講じられるのではないかと思う。複合的に策を打とうとすれば、研修をやるにしても、これは研修の前にやったほうがいい打ち手とか、研修後に打てるように仕込んでおいたほうがいい準備なども、並行して計画的に進められる。

ということでの資料整理&共有。共有というには、ちょっと自分の頭の整理用に振れている一枚絵のシートではあるけれども、何かの参考になれば。

※下の図は、クリックすると拡大表示。モバイル端末でボケる場合、PC表示に切り替えていただくと良いかも…。

Photo

心の余裕がないときに、自分にとってしんどい認識を買って出ようとはしないもの。やっぱり情緒の安定というのは大事だ。研修の相談に限らず、こういうことをクライアントさんがゆったり考えられる話し相手、分析するときのパートナーになっていきたい。

*組織のパフォーマンス改善策をPDF形式で、Slideshareにアップしました。
*関連エントリー:人材育成施策は「研修」だけじゃない

2017-12-03

ヒートテックから綿に

人はひょんなところで舵を切るもので、私はMRIの検査を受けた後、肌着をユニクロのヒートテックから無印良品の綿に、総入れ替えした。総入れ替えといっても、1200円くらい×数枚の話なので、1万円いかない支出ではあるのだけど。

私は体のこと、美容・健康のことにはずぼらなタチで、「これは肌にいいか悪いか」とかには無頓着だし、「乾燥肌ですか?」と訊かれても自分の肌がどんな按配なのかよくわからず「どう思いますか?」とお店の人に訊き返すレベル。

ただ大変な寒がりであることには昔から十分な自覚があるので、「あったかいというなら買いましょう!」ということで、ヒートテックが流行りだしたときから、肌着はユニクロのヒートテックを買うように。それから十数年間?同じものを買い換え続けてきた。

総入れ替えのきっかけを作ったのは、先月頭が痛くなって受けたMRIの検査だ。ヒートテックの着用はNG、検査着に着替えて受けてくださいと検査技師に言われて、これまで普通に身につけてきた肌着が特別なもの、特殊な物質に見えた。

とはいえ、そのときは頭痛の原因が気がかりでそれどころではなく忘れてしまっていた。少し後になって、お客さんと会食している席で、MRIでヒートテックがダメだった話をしたら、そこで「やはり綿が良い、無印は良い」という話を受け、ほぅ…という印象を持ち帰った。それで、なんとなく、急に綿の肌着に切り替えてみる気分になった次第。

カガクにもオーガニックにも肩入れしていない、その辺の移り気な消費者とは、こういうものであるよな、と思う。ちょうど手持ちのヒートテックもだいぶくたびれていて(なのでヒートテック的な機能は果たしていなかった…)、手放すのに躊躇もなく、今年新たに買い足した新品もなかったので入れ替え決行。

それで、入れ替えてみてどうかっていうと、そこはよくわからないタチなので、よくわからない…。「ヒートテックより綿のほうが自然な肌触りでしょう!」と言われたら、「そうですね、そんな気もします」と言うような、一方「科学的な見地で言うと、そこに人は違いを見出さないはずですよ」と言われたら、「そうですか、そんな気もします」と答えてしまいそうである。

まぁでも、良いのではないかしら。とりあえず歳も歳だし、綿が好ましい頃合いなのではないかということで一件落着。しばらくは、これでいこう。

なにかを切り替えるときって、なんだかんだ、結局のところ、人生の中で一瞬のことなんだな。長いつきあいがあっても、あるところで、ぱたんと切り替わってしまう。風が吹いて。あっけないと言えばあっけないし、味わい深いと言えば味わい深いし。さようなら、ヒートテック。

追伸:しかし売り場でぼーっとみているかぎりは商品がたくさん並んでいるので気づかないんだけど、よくよく見てみると売れ筋は取り合いなんだな。いまや新宿の無印では、綿の八分丈の黒やグレイのMサイズの肌着がすっからかんなのだ。同種のものは束になって陳列されているので気づきにくいが、そのどれもがLやXLなどのサイズ違いで、Mは白しか残っていない。ひと月前にはけっこう在庫があったんだけど、2週間前に買い足しに行ったらもうなくなっていて、この週末行ってみても追加されておらず品切れ状態。新宿の別の店舗に行っても同じだった。黒やグレーのMサイズって人気で品薄のようだ。服のことはほんと、ぼよーとしてほとんど気にせず暮らしているので、目立たぬところでこんな争奪戦が繰り広げられているのかと新鮮な体験をした。

2017-12-02

ツール共有:「勉強会の帰り道」問答10

人材開発の研究者によれば、組織が従業員向けに研修を行った際、参加者が「研修で学んだ内容を職場で活用する割合」は10〜30%に留まるそうだ。世の中の雰囲気を察するに、わりと「ですよねぇ…」と納得の数字だと思うのだが、どうだろう。

一方、こうした研究結果は20世紀から言われてきたので、人材開発の業界では長いこと「学びをいかに実践活用につなげるか」が注目テーマであり続けている。あれこれの工夫が、実践されては知見共有されてもいる。発展途上の道半ばという感じ。

さて、今は業界コミュニティが主催する大小の勉強会も活発。この種の勉強会イベントも、参加者が「勉強会で学んだ内容を職場で活用する割合」は、だいたい10〜30%くらいに留まるのではなかろうか。

比率はどうあれ、職場に持ち帰っての活用度合いに個人差があるのは間違いないだろう。どれくらいどんなふうに活用したりしなかったりするかは、参加者個人に委ねられるのが、多くの勉強会で一般的ではないかと思う。これをどう活かすか活かさないかはあなた次第、何か一つでも持ち帰って役立ててもらえるものがあれば嬉しい。構造上も、主催する側は、そういうスタンス以外とりづらいと察する。

業界コミュニティ主催の勉強会は、一組織が自社の問題解決のために催す社員研修とは趣きが異なる。参加者の能力開発と同等かそれ以上に、参加者同士の交流、コミュニティ活性を重んじるのが常だ。「がっつり勉強して、全員が○○の知識を確実に習得して帰りましょう」というよりは、多様なバックグラウンド、知識・スキルレベルの人が、共通の関心テーマをきっかけにしていろんな思惑で集まり、主催者も事前に計画し得ないそれぞれの価値を持ち帰ってくれたら良い。

それは人によっては最新情報かもしれないし、ためになるノウハウかもしれないし、ベーシックな知識体系かもしれないし、同業者との出会いや交流かもしれないし、熟達者との意見交換かもしれない。そこにこそ業界コミュニティ活動の一番の意義があると考えるなら、参加者の知識・スキル・経験レベルを合わせるより、むしろ多様な人が集まるように広く参加者を受け付けたいと考えるだろう(そこからの分科会的なものも発展的にあるだろうけど)。

また、実際どんな人が参加してくれるかは事前に詳細な把握が難しい。根掘り葉掘り、参加者一人ひとりが、どんなバックグラウンドで、どんな役割・職務範囲で、どんな規模感の、どんな難易度の仕事を手がけているかを事前に聞いた上で、勉強会の中身を準備するのは現実的ではない。

ゆえに、(○○の初級者向け、中・上級者向けなどの目安は告知段階で提示できても)参加者みんなにフィットするスコープ・規模感・難易度のお題を用意することも難しいし、それに対して丁寧に議論し、一人ずつ発表してもらい、適切な評価軸を設けて、一人ずつに適任者からフィードバックをしてもらうといったことも困難だ。時間的にも構造的にも、主催者の負担を考えても難しい。

が、私は業界コミュニティ活動を大変有意義なものだと思っているので、端っこで実務家の学習サポーターをする立場から、参加者個々の学習観点で1回の勉強会参加をより有意義なものにする支援はないか考えてみた。

そうすると、やっぱりコミュニティ主催の勉強会に足を運んだ参加者が、それぞれに自分なりの収穫を明らかにして、それをどう自分の現場に持ち帰って取り入れるかを考えるのが手っ取り早いし大事。と思ったので、それを補助するツール(のたたき台)を作ってみた。

「勉強会の帰り道」問答10(たたき台)by hysmrk

クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンス

別に毎回かた真面目に参加しないでいいと思うんだけど、勉強会にはわりと足を運んでいるものの、その後の自分の現場パフォーマンスにはさして変化なしで、ちょっとなぁと思っているという人がいたら、試しに覗いてみてください。勉強会の帰り道に、電車の中とかで、この問答をやって帰るとか。

ただ、それにしては、いまいち、いい共有方法が…。私のGoogleDriveからファイルをダウンロードして、ご自分のGoogleドライブとかにオリジナルのフォームを作って、必要に応じて手を加えつつ使ってもらったらいいのかしら…。難しかったら、コピペしてごにょごにょして使ってもらえたら…。

質問内容や評価尺度は仮。それぞれの勉強会にあわせて自由に変えたらいいと思うのだけど、ここに書いたものの設計意図を、いくらか補足しておくと。

*全部「うーん」と考えるコメント回答だと疲れちゃうので、質問数は増えるけど、ぱっと答えられる選択肢回答を挟んでいる。ざっくりした印象を自分の中でクリアにした上で、回答のリズムをつけて段階的に深掘りコメント回答に導く。
*質問4〜5:もともと「知っていたか」「実践していたか」を分けて尋ねることで、「知っていたけど、実践はしていなかった」自己発見機会を作るようにしている。
*質問4〜5:もともとの知識度(知っていたか)や実践度(実践していたか)を尋ねるとき、さらに細分化して「全く知らなかった」を作る必要はない。「全く」か「ほとんど」かを厳密に選別する意味は、おそらくないだろう。評価尺度は、さして意味が無いなら少ないほうがいい。
*質問6〜10:勉強会の参加を機に、自分なりの明確な収穫を持ち帰り、何かしら実践に取り入れられるよう、言語化に導く。実践に取り入れるときの障害についても、明示的に尋ねることで意識して乗り越えてもらえるにする。
*質問6〜10:今回の勉強会の収穫も、実践に取り入れていく上で障壁となるものも、障壁の乗り越え方も、参加者個々に異なる。それを明らかにしてもらい、それについて懇親会やSNS、社内外の交流を通じてさらなる議論の深まりに発展させられれば、より有意義。

参加者ではなく、勉強会の主催者が使う場合には、勉強会の名前や開催日程の項目はなくして、タイトルに記載しちゃうとすっきりすると思う。あと、参加した感想や意見をざっくばらんに書いてもらうフリーコメント欄を最後に設けるなどしてアレンジを加えると良いかなと。

クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスで提供ということにしたら、何らか活用いただけた場合に情報ももらえたりしつつ、商用利用も含めて自由に改変してもらいつつ、参加者個々にも、勉強会の主催者にも参考にしてもらえるかしら…と思い、勝手分からぬまま共有。まぁ良し悪しは別にして…、何かしらこの辺を考える一助になれば幸いです。

*クリエイティブ・コモンズとは

2017-11-30

共有メモ:事例に基づくデザインの法的保護最前線 #maxjapan

デザイン業務の関連法規に興味のある方への共有メモ(詳しくない人向け)。手元に記録として残しておきたいため、以下Facebookに投稿したものの転載です。

11/28にAdobeがパシフィコ横浜で開催した「Adobe MAX Japan 2017」に参加してきました。

SNSでつながらせていただいている友人・知人に登壇者、関係者、来場者もたくさんいらっしゃいました。大変お疲れさまでした。

終日イベントで、午後には参加者が3000人を超えたとかで、盛況でした。会場は、昨年度の2倍の大きさだとか。

イベント全体もバブリーで、基調講演には「現代の魔法使い」として注目される落合陽一氏を招聘。
午後は、50分のセッションを8つのブースを構えてパラレル開催していく構成で、講演ブースに囲まれた中央部に展示・飲食スペースを設け、暗がりの中を参加者が往来して、終始賑わっていました。

私の参加目的は、Adobe XDを具体的イメージをもって理解するという初歩的なもので、すでに各種メディアを通じて得られる情報ばかりなのですが、ちょっと横道をそれて受講した「事例に基づくデザインの法的保護最前線」が面白かったので、以下にメモを共有させていただきます。

※法律に詳しくない人向けです。
※自分用メモのため、登壇者の話の順序はこうはなっていない&書き漏れたくさんあり。
※写真は、とりあえずこちらで

「事例に基づくデザインの法的保護最前線」
レクシア特許法律事務所 弁理士 松井宏記氏

▼デザインを法律で保護する
デザインの保護には戦略が必要。プロダクトデザイン、パッケージデザイン、GUIにフォーカスして、何をどうやって保護するのか(意匠権、商標権、不正競争防止法、著作権の使い分け)を、たくさんの事例を使って、大阪弁トークで軽快&分かりやすく解説くださった。

▼そもそも松井さんとは
・登壇者は、弁理士のレクシア特許法律事務所の松井宏記さん
・弁護士は「人」の代理人、弁理士は「物」の代理人だとか
・弁理士は1万人以上いるが、9割がたが技術特許を扱っている。対して松井さんはデザインとブランドを扱う1割
・クライアントは企業、デザイナー個人、外国人や俳優も

▼「ぱくってる」じゃ勝てない
・なんとなく似てる…とかじゃ裁判で勝てない
・「何の法律で守れるのか」を知る必要がある
・「何を」ぱくってるのかに話を展開するためには、知的財産権の種類を理解する必要あり

▼知的財産権の種類(★写真1)
・意匠権は「デザイン」の話、商標権は「ブランド」の話

▼意匠権の保護対象
・工業デザイン、GUI、パッケージデザインは対象
・フォントやインテリアデザインは対象にならない

▼意匠制度は「登録&先願&審査」主義
・意匠権は(著作権と違って)特許庁への出願が必要
・早く出願したもの勝ち
・日本、アメリカ合衆国、韓国(一部)、台湾は審査があるが、中国やヨーロッパ、韓国(一部)は審査がない。日本は審査が丁寧なほう
・世間に発表する前に、あらかじめ出願しておく必要がある

▼著作権では、プロダクトはほぼ守れない
・作った時点で登録せずとも権利が発生するのは著作権
・でも著作権で守れるのは、彫刻とか絵画とか、グラフィックデザイン(ポスターとかキャラクターとか)
・プロダクトは著作権では守れないので、きちんと出願する必要あり

▼意匠権で守れるのは20年
・20年過ぎると、デザインの権利を守れなくなる
・そこで、今度は商標権に乗り換えて守る。商標権をとると永久になる
・もうじき意匠権が切れてしまうという場合は、商標権を取って対応

▼商標権の保護対象
・保護対象は、文字、図形、立体(★写真2)
・ロゴとかマークとかキャラクターとか、パッケージとか、画面の展開?とか、アイコンとか(★写真3~6)
・「関連意匠」として、近しいものも保護対象にしたり(★写真7)
・Hondaのスーパーカブは乗り物で初。立体商標として登録されたのを記念して限定モデルを発売するなど、定番商品のPRに使うやり方も(★写真8)

▼新しい商標権の対象(★写真9~12)
・音…テトリス(BGM?)とか、Mac立ち上げ時の「じゃーん」とか、プレステの「じゃん!」とか
・色…レッドブル、ダイドードリンコ、キャベジンなど、日本の第一号はセブンイレブンと、トンボ鉛筆の消しゴム
・あと、動き、位置(ハイヒールの裏側が全面赤いの)、ホログラム

▼不正競争防止法だけでは守りきれないことが多い
・不正競争防止法は、プロダクトの販売開始から3年しか守ってくれない
・でも、ぱくった問題はだいたい、隣国から安く入ってくるなどして、販売開始から2年後くらいに出てくる
・残り1年、逃げ切られることが多い
・また販売しなければ、不正競争防止法の保護対象にない
・iMacがe-Oneを訴えて勝ったのは、青白半透明(スケルトン)で、PCとモニタ一体型が当時斬新で、iMacが有名だったから。ちなみにe-Oneは、これの意匠権は登録できていたが、不正競争防止法でNGが出た
・不正競争防止法は、こうした事実があると強い。テレビCMは必須と考えたい。CM打てるほどでなければ、不正競争防止法に頼らず、意匠権・商標権で保護策をとるべき

▼だいたい問題になるのは、権利を取っていなかったから
・意匠権や商標権をとっておけば、権利侵害があっても解決しやすい。ないとお手上げ
・だいたい問題になる(相談を受ける)のは、パクリが出てきたけど出願していなかった。保護したいものはきちんと出願しておくこと

▼おまけ
一通り聴いてみて、なんか問題があったらとりあえず松井さんに相談したい感がものすごく残って、いやぁ、お見事…と思いました。お一人、同業ではなく顧客潜在層が集まる大型イベントに乗り込んでプレゼンしている人感があって異色のエネルギーを感じました。

2017-11-21

活動をつなげてキャリアを編む

週末ラジオ番組を聴いていたら、お薦め図書を紹介する特集で、お笑いコンビ・カラテカのボケ担当、矢部太郎さんのコミックエッセイ「大家さんと僕」(*1)が面白いという話があり、そのまま買ってしまった。

矢部太郎さんは「実家のテレビで何度か見たことあるな」「お笑いの人だな」「ちょっと頼りなげで人の良さげな」という、おぼろげな記憶しか持っていなかったのだけど、4コマずつのコミックエッセイならさくっと読めそうだし、のんびりゆったりほんわかした空気感を味わえそうなのが今欲するところにぴったり。しかも調べてみたらKindle版があったので、すぐさまダウンロードして読み始めた。

正解だった。すばらしく心地よい読書時間&読後感。最近ごつごつした本を読むことが多かったので、ここまで気を緩めた読書体験っていうのもありなのか…と、何か許されたような気分になった。

プロフィールをみると、矢部太郎さんは40歳で私と同世代。独身で、新宿区在住。87歳の女性(大家さん)が1階に住む二世帯住宅の2階に、仮住まいしている。

引っ越してきた当初は、大家さんとの距離の近さに戸惑うも、毎月家賃を手渡しした後にお茶をご一緒するうち心を通わせて、すっかり仲良しに。一緒に伊勢丹にお出かけしたり、九州まで飛んで鹿児島を旅したり。

この大家さんが、たいそう品のある浮世離れした女性で、挨拶は「ごきげんよう」、好きなタイプを尋ねれば「マッカーサー元帥」、若かりし頃の彼女の思い出話などがあれこれ出てきて、二人の日々の会話がじんわりと染み入る。

この中で、彼が「今の仕事続けてていいのかわからなくなって来ちゃいました…」と、悩みを吐露するシーンも出てくる。

テレビのトーク番組に出演しても、滅多にない機会に緊張して舞い上がってしまい、思いっきりスベってしまう。たくさんの芸人が集まる番組で、盛り上がる会話に全然入れず、前に出られず、何もできないまま時間が過ぎていく。

そんな彼に、大家さんがなんて応えるかは、お楽しみということにして。

ここを読んだときには、ことに深い味わいがあった。彼がそんな思いを抱えていた日々が、彼の確かな手腕によって「僕の悩み」というコンテンツになり、今私はそれをお金を出して読んで味わっている。この本たいそう話題で、売れてもいるらしい。本屋さんに行った時も、目立つところに置いてあったもんなぁ。

この人はそうやって、確かに、丁寧に、人の心に届くものを形にしているんだなと。

お笑い芸人から漫画家へ、職業や職種という既成概念に縛られず、できること、やりたいこと、やるべきと突き動かされることに、「活動」という単位で一つひとつ丁寧に取り組んでいくこと、形にして届けていくこと。

これは、転換期だか過渡期だか変革期だかにある現代人にとって、すごく自然な行いに感じられるし、業界は違えど同時代を同世代として生きる同士として共鳴するものを感じて、心強く思った。というか、実際それができているのって、すごいなぁと感服した。

いつ無くなるとも変わるともしれない職種名や役職名という既成概念に振り回されるより、「活動」単位で自分が有意義だと思うことをやっていって、いくつかの活動を終えたとき振り返ってみるのが、たぶんちょうどいい。

そこに自分のやってきたことの確かな軌跡があり、それを選んだり除けてみたり、つなぎ合わせてみたり、角度をつけて置き直してみたりすると、ストーリーのようなものが浮かび上がって見えてくる。これまでの道筋をストーリー立ててみていると、この先自分が進みたい進路も、なんとなく読み取れるものが出てきたりする。

そういうのが、不確かそうで、けっこう手堅い自分キャリアの歩み方かな、などと思っている。一つひとつ、有意義な活動を丁寧にしていくこと、だよなぁ。そう励まされる本でもありました。

*1: 矢部太郎「大家さんと僕」(新潮社)。特設サイトもあり。

2017-11-18

甘い解釈策「運が悪かったのだ」

ちょっと相当、気をもむことがあって、それに対する対処法や、自分の心持ちをどう導いたら健全だろうとか、このところずっと自問自答したり思考錯誤していた。

いざ覚悟を決めて試行してみても、戻ってくる反応はなく、ではより良いどういうアプローチが自分にありえたかと反省してみるも、良さそうな代替案は浮かばず。

そもそも試行する前に、どのタイミングで、どういうやり方で、どういう言葉をつづって、何を伝えたいのかを思案して、行きつ戻りつ熟考を重ね、今の自分の力のかぎりを尽くして一歩出たのだ。

試行に対して何らかリアクションがあれば、それを受けとって反省して、新しいやり方なりスタンスを思いつく可能性も出てこようが、反応無しで別の策というのは、もはや今の自分に望めないのだった。

もっと器の大きい有能な人には対処できるのだろうか。その人はどんなアプローチで、それを軌道に乗せるのだろう。あるなら知りたい。力量の問題なら、私はこの機会を活かして、これを正面から乗り越えることで成長できるってことでは?と、好奇心と向上心をもって純粋に考えてみるも、やはり思いつけないものは思いつけない。

人に意見を聞こうにも、私からの偏った情報では、慰めようはあれど、策のアドバイスは難しかろうと思う。かといって、反応がない以外に相手方の情報を提示することができない。公平性を欠く前提で人に相談を持ちかける気にもなれない。

はたして、これをどうしたものかとしばらく考えあぐねていたのだけど、とりあえずの着地点を見出した。

運が悪かったのだ、ということにしてはどうかと。

この状況下で、自分の反省点や次の一手を見つけるのは難しい。それは、もうわかった。ひとまず今の私には対処困難な事案と考えるのが妥当だ。

しかし、この心理状態をこのまま続けるのも健康的じゃない。人生はそう長くない。健康第一、健やかな精神性を維持&育て続けることは、私にとってとても大事なことなのだ。

であるならば、いったん、自分のほうに目に見えて至らない点はなかったということにしてしまって、自分の反省点探しを切り上げ、この先これを好転させる策に頭を悩ますのもやめて、別へ気持ちを切り替える。向きをかえて我が道を前進するのが、健康的にみて最善だろうと考えるに至った。

そのときの落とし所として、「運が悪かったのだ」とするのだ。これなら、後を引くわだかまりも残りづらく健康的だ。

頭でそう至っても気持ちの引きずられる機会はちょいちょい巡ってくるかもしれないが、それでも頭の中はいくらかすっきりするし、頭が心の良き話し相手というか聴き役として機能するだろう。

そうか、そうかと、その度に頭は、私の悶々とした思いをひとしきり聴いて、こう返すのだ。

運が悪かったのだ、あまり気にするな。もしかすると、あのときこうしていれば良かったというアイデアが先々浮かぶことはあるかもしれない。それはそれで成長を喜べば良し。でも今回だって、大きな落ち度があったわけじゃない。自分の身の丈でできうる最大限のことをやってダメだったんだから、それはもう仕方のないことなんだ。自分の人生として、受け容れるほかない。運が悪かったんだ、ということにして。そういう解釈で、いいんだよ。下手にもうこれ以上、自分の反省点を絞り出そうとしてくたびれないでいい。これをそのまま引き取るのが私の人生なのだ。

そうなのだ。仕方ないよな。私には、思うところを抱えこんだまま黙り続けることもできなかったし、かといって反応を期待できない(向こうに望まれていないであろう)試行をこの先もだらだら続けることだってできない。そういう人間なのだから仕方ない。それで今ここにいるなら、この結末は自分が招いた必然なのだし、その結果は自分で引き受けるしかないのだ。

ただでさえ自分が役に立てる領域なんてニッチで細々としているのだから、長々と気落ちしていても仕方ない。微力でも自分が貢献できるところに身をおいて生きていけばいい。それしか健康に生きていく法もないのだから。

自分の側に何か落ち度がなかったか、より良いアプローチはなかったかを考える癖は大事にしたいけど、どうにも突破できないで心が塞いでいくばかりのときは、「運が悪かったのだ」と真反対に着地させるのも、やり方だなと思った。解決策でなく、解釈策を講じるのだ。

しかし、どこからどこまでを運の悪さに含めるかで、ことの大きさは変わってくる。そこはまだ、頭も決めかねている。四十にして未だ惑うのも、人生の味わいなのかもしれない。心のうち、全開である。

2017-11-14

意味を作るところ

愛聴しているTBSラジオの「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」で、これぞラジオ番組の特集っぽいのがやっていた。サタデーナイトラボ「『あれ?私、なにやってるんだろう……?』特集 by三宅隆太」

映画に出てくる、「あれ?私、なにやってるんだろう……?」に代表される、え、現実世界でそんなこと絶対言わないよねってセリフ、これだけは知っておいてほしい前提知識とか状況説明のセリフ、極端な例だとタイムボカンシリーズ(ヤッターマン)の「説明しよう!」とか、もうこっちに話しかけちゃってるよねってセリフなんかを取り上げて、その意味や奥の深さ、脚本家の匠の技などを面白おかしく解説、数々の事例を挙げて味わうという特集。面白かった。

映画の作り手や、作る過程に思いを馳せて、あちらこちらに埋め込まれた意味に目を向けてみることは、映画鑑賞の新たな味わい方につながるし、普段の生活で“向こう”の立場にまわって物事を捉えるための筋トレにもなる。

映画にかぎらず、物語のそういう愉しみ方は、もっと増やしたいなぁと思う。それがそこにあることの意味を問うていくこと。

二度三度と観てこそ味わえるのだろうけど、新しいものがどんどん出てくると、同じものを二度三度観ている場合じゃないかと、結局新しいものにいってしまう。といって、新しいものをたくさん観られているわけでも全然ないのだけど。

これは、なかなか再読ができない本も同じ。この間Twitterのタイムラインに流れてきて読んだ言葉につながった。

物語の中で雨が降れば、たかが雨でも必ず意味がある。その意味を探しなさい(*1)

これも二度三度読まないと、なかなか立ち止まったり振り返ったりして丁寧に味わえない領域な気がする。一度読んだ本にも、まだまだ発見できていない味わいがたくさん詰まっているんだろう。

と、これを書いていたら、ポール・オースターが「幽霊たち」の中で書いていた一節も思い出した。

書物はそれが書かれたときと同じ慎重さと冷静さとをもって読まれなければならない(*2)

いろんな言葉がつながっていって、自分の中で、そのことの意味が深まっていく。それもまた豊かだ。

意味を作り出すのも、一つひとつの意味にさらなる深みを与えていくのも、人の頭の中。私の頭の中、相手の頭の中。一つとして同じものはなく、同じものを同じタイミングで享受しても、それぞれが作り出す意味は、きっと少しずつ違うんだろう。

一方で必ず、自分と何か、自分と相手の間で交わした相互作用の結果として、そこに意味が生まれるんだろうな、とも思う。何もないところにポンと意味が生起することはないのだろうな、きっと。

ここ数日、いろいろと自問自答が続いていて、じわりじわり痛みを抱えながら過ごしていたのだけど、これもまた自分なりに昇華して、ぬくもりをもった意味を生起させて、育てていけたらいい。頭痛のほうは、良くなりました。

*1: ますぶち みなこさんのnote「その苦しみに、ひとつ角砂糖を」
*2: ポール・オースター「幽霊たち」

2017-11-10

父の見舞いと退院と

先日ここに記した父の手術は、当初2週間ほどで退院できるという話だった。入院初日と、翌日の手術日は、兄が車を出して終始付き添ってくれたので、私は手術の翌日に初の見舞いに行った。父は手術直後とあって管まみれ、傷口も痛々しかったが、顔を見せると少しほっとできたのか喜んでくれた。

見舞い中に看護師さんがやってくると、「俺の娘」と得意げに私を紹介した。私が頭をさげて挨拶すると、看護師の女性は笑顔で応じ、手際よく父が装着しているものの入れ替えなどにあたった。私は邪魔にならないようにカーテンの外側に出て、父が看護師さんに話しかけるのを聞くともなく聞いていた。

父が看護師さんに、こんなじいさん、誰も見舞いに来ないわー思うとったじゃろー!かーかっかっかーみたいなことを言って困らせている(もう少しガラは良かったか…)。ガキンチョみたいなことを言うのに耳を傾けながら、あぁとんぼ返りでも今日来て本当によかったなぁと、私はカーテン越しほっこりした気分になった。からまれた看護師さんはかわいそうだったが…、その手の対応は“お手の物”だろう、そういうことにしておこう。

手術の翌日はどうにか顔を見せたいと思い、夜にイベント登壇を控えていたのだけど、日中に午後半休をとって出てきて、見舞いを終えると、またすぐ東京に戻った。その翌日(木)も足を運び、その翌々日(土)も顔を出した。

2週間の中でも特に、入院から間もなく環境に不慣れな時期、手術を終えてすぐの頃は、できるだけこまめに顔を見せて励ましたいと思い、仕事の都合をつけて、ちょこまか東京−千葉を行き来した。その時期の一日一日は、入院生活後半の一日とはわけが違うし、また同じ3時間なら、1日行って3時間いるより、3日に分けて1時間ずつのほうが圧倒的にいいと思った。

実際、行くとだいたい父は、家族に頼みたいこと、気になっていることを毎回こまごま持っていた。あれを取ってほしいとか、この操作はどうするんだとか、傷口のホチキス止めしている4箇所を写真に撮ってくれだとか(血の気がひいて、こっちが倒れるかと思った…)、誰々になんとかを伝えないととか、そういう用件に一つひとつ応えていると、それだけで数十分経過していた。

そんなこんなをしながら、痛みはあるのかとか、どんな感じなのかとか、おしゃべりをした。体調をうかがうと、術後すぐは、身動きすると傷口が痛いと言っていて、私が冗談めいたことを言ったときも、お腹をおさえてイタタタと言いながら笑っていた(悪気はなかった…)。笑顔が見られるのは嬉しいが、痛い思いはさせたくない。お見舞いは按配が難しい。

それが数日おいた週末、まだ痛いのかと訊くと、傷口の痛みはもうないという。「おぉ、着実に快復しているではないですか!」と言うと、「そういえばそうだなぁ」と返ってきた。身につけていた管も一つ二つとはずれていって、点滴から病院食になり、立ち上がって歩けるようになり、そうやって一つひとつ自由を取り戻すごとに、それを言葉にして喜んだ。

週末は実家に立ち寄ってから、病院に行った。家に問題なかったこと、郵便物など整理して、窓をあけて空気の入れ替えをしてきたこと、母にコーヒーを出してきたこと(父は毎朝、仏壇に母のコーヒーを出している)を話すと、父は「ありがとう」と言って、穏やかな表情を見せた。

私は車も出せないし、手先が器用でないので特別気の利いたこともできない。いつもできることは細々とした配慮の寄せ集めだ。でも、こういうささやかなことだって大事なのだと、自分の行いをかなり肯定的にみている。おめでたい人間だなぁとも思わないではない。でも自分ができることはこういうところしかないし、幸いにして兄も妹も全然違うキャラなので、三者三様でいいバランスじゃないかと思っている。自分ができること、自分がしたいと思うことを、大事にやったらいい。やっぱりおめでたい。

さて、術後1週間したところで、お腹のなかに入れたチューブがはずれたというので、その日のうちに再手術となった。再び全身麻酔してお腹をきることになり、体力的にもしんどいだろうし、医者への不信感も募るしで、家族の間にも緊張が走った。手術の翌日お見舞いに行くと、父もさすがに疲れた表情を見せていた。

やれやれな一件があって、入院期間は3週間以上に及んだけれど、再び管もとれ、ホチキスも全部とれて、ようやっと先日、退院を迎えた。ほっとした。母が太陽なら、父は私にとって大地のような存在、といったら大げさすぎるだろうか。ともかく地震、それに続く余震がおさまったような心もちだ。

父がおうちに戻り、自由を取り戻せたのは本当に嬉しい。3週間もベッドで横になっていたのだから、体力が落ちているのは仕方ない。ゆっくり体力を取り戻して、近々に兄一家との祝賀会を、年内にも父と妹と私の長崎旅行に出かけられたらと思っている。体は日ごとに快復していく。私たちはここに、まだまだ生きているのだから。

2017-11-07

教育とコンサルティングの境い目

特に解決をみたいわけでもない与太話を、もやもやした状態のまま書く!宣言をした上で、クライアントに提供するサービスとしての「教育」と「コンサルティング」の境い目について。

Webを取り巻くデジタルマーケティング領域のコンサルタントに講師をお願いして、クライアントにオーダーメイドの研修を提供することがある。私はクライアントと講師をつなぐ裏方仕事なのだけど、提供する研修内容を講師と詰めていると、打合せの場で浮上するのが、教育とコンサルティングの境い目だ。

具体的なシーンとしては、講師(コンサルタント)が研修で取り組む演習ネタとして、クライアント先の実案件を直接取り上げたがる一方で、私が「しかし、そこまで行くとコンサルティングになってしまう」と制する、ということがある。

私もオーダーメイド研修を専門にしているので、誰にでも汎用的に使える教材作りは好まない。クライアントの事業内容や業務環境、受講者が手がける案件のタイプや規模、その人の役割や文脈などをヒアリングし、ときには実際に作ったドキュメントも見せてもらった上で、受講者の実務シーンを想定したリアリティある演習課題を作りこむ。それに熱心に取り組むことに異存はない。

ただ、受講者が「今」や「これから」手がける案件そのものを演習課題にしてしまうと、それはもうコンサルティングであり、教育とは別のサービスになる。講師が研修当日、演習のまとめに回答例を示した場合、たとえ「これはあくまで回答の一例ですよ」と付け加えたとしても、それはそのまま実案件に採用されてしまう可能性大だし、「これこそ正解」たる解決策なり納品物のように見えてしまうのは避けられないことだ。

でも、もともとコンサルティング案件としては受託していないので、それに十分な調査・分析過程を踏んでいない。見積り項目も予算も、かかる準備期間も、教育案件を前提に進めている。そんな状態で、回答例が独り歩きしては無責任だし、そもそも当初先方から求められたスコープからずれてしまっているのが一番の問題だ。

先方は、演習に取り上げた課題の答えを出来上がりの状態で欲しているのではなくて(いや、それはそれで欲していることもあろうが)、そこに自力でたどり着く能力開発を志向して、こちらに相談を持ちかけたのだ。それは自社スタッフの成長(知識・スキル獲得や態度変容)であって、今回かぎり通用する出来上がりの納品ではない。スタッフが能力を高め、個々のパフォーマンスが向上し、それによって課題が定常的に解決されるようになり、組織が中長期で盤石に成長していく体制づくりを志向しているのだ。

研修一回終えて、会場から出てきたスタッフが大いなる成長を遂げ、ハイパフォーマーに変貌しているというのは過剰な期待だ。でも、研修によって気づきや知識を得て、それが現場で発揮され、さらなる継続学習や業務改善につながっていく、その展開の一翼を担うことは可能だ。

私たちはそこに働きかけ、そこに効くように働く。そのための働き方は、とっかかりの調査・分析からして、コンサルティング案件のそれとは向きが違うし、別ものだと思う。どちらがより大きな話というのではなく、解決アプローチの違いだと思う。

業務寄りのコンサルティングのほうが適合するケースだってごまんとあるだろうし、組み合わせ技でフェーズを分けて教育→コンサルに引き継ぐやり方もあれば、コンサル→教育といった逆向き施策もある。別にどっちか一つ選ばないといけないという話でもない。それは依頼するクライアントの置かれた現状や考え方、こちらの提案次第だ。

ぐちゃぐちゃ書いている教育従事者の私も、実際の境い目は案件ごとに曖昧だし、また曖昧でいいとも思っている。研修の演習課題を実践的に作り込んでいこうとすると、落としどころは常に手探りだ。

日頃コンサルティングに向かう講師からすると、介入の仕方が間接的に過ぎる感じがして、もどかしかったりする。ときにクライアントも、くれるものなら今の問題の答えが欲しいと思う。設計・開発過程では、この辺ぶれやすい。

その揺れを都度キャッチして「ちょっと待った」を出して、話し合うことを大事にしたい。「何のためにやっているから、どう落とし込むべきか」の一貫性に注意を払って、求めるゴールと進む道がぶれないように。

線を引くのは自分なのだ。いらない線は引かない。引くべき線は引く。そうして頭でっかちにならず、力みなくクライアントの話をよく聴き、講師との腹割った議論の中で、ちょうど良い落としどころを案件ごとに探って、向きを間違えず、自分で引いた線上を確かな足取りで進みたい。やはり、なんとも言えない話に終わった。

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