2018-12-18

読書メモ:「Design Systems - デジタルプロダクトのためのデザインシステム実践ガイド」

元上司でボーンデジタル編集者のおかもとさんから、新刊「Design Systems - デジタルプロダクトのためのデザインシステム実践ガイド」(*)をご恵贈いただいた。

Webデザイナーは、「モジュール型でパターン主導のデザイン」を取り入れ始めている。というのは肌感でもわかるところ。利用者視点でみても、パターン化されていて使い勝手がいいWebサイトが多くなっていると思うし、Webデザイナーの周辺で働く身としても、デザインガイドライン、パターンランゲージ、パターンライブラリ、スタイルガイドといった言葉はよく見聞きするようになった。

これにはちゃんとした理由があって、近年のWebはユーザーの画面・デバイス・地域の別を問わず、より多くの人々に、さまざまな環境から利用できる提供の仕方を求められているから。

提供する情報・機能だって、日々の連絡、情報収集や意見交換、調べ物や記録、買い物、役所手続き、ラジオや映画など、もはや日常生活に不可欠なインフラだから、「こういう条件を満たさないと使えません」なんて言っている場合ではない。

紙のチラシやパンフレットの置き換えとして“静的なページ”をデザインする移行期は、とうに終わりを告げたのだ。

というわけで、いろんな人・環境・利用シーンにあわせて自在に組みかえられるよう、再利用可能な細かいモジュールに分割して、パターンを利用し、柔軟&迅速にプロダクト・機能・インターフェースを構築する必要が出てきた。

そのパターンには2つあって、この本では「機能パターン」と「認知パターン」に分けて解説している。

●機能パターン
行動に関連するもの。インターフェースを構成する具体的な要素のこと。ボタン、ヘッダー、フォーム要素、メニューなど、実体のあるインターフェースの部品モジュール。これが一貫したデザインで作られていないと、使う側は大変な困難を強いられる。

●認知パターン
ブランドや外観に関連するもの。プロダクトの個性を視覚的に表現するエモーショナルな外観のこと。口調、タイポグラフィ、色の選択、アイコンのスタイル、余白、レイアウト、形状、インタラクション、アニメーション、サウンドなど。こっちはこっちで、抽象的ではあるものの、無意識的にユーザーが大いなる影響を受けているもの。

機能パターンは名詞や動詞に似ていて、認知パターンは形容詞に近い。あるいは、前者は常にHTMLベースで実装し、後者の多くはCSSプロパティで実装するという分け方も、わかりやすい説明だ。

2つのパターンは、連携してプロダクトのインターフェースを作っており、その大元締め「デザインの原則」に基づいて展開されるもの。

この本では前半で、「プロダクトの目的とエートス(価値)の明確化→デザイン原則の定義→原則からパターンへの落とし込み(機能パターンと認知パターンの定義)→チームでの言語の共有」といった流れで、基礎編を構成している。

じゃあ後半は…というと「応用編」は、監訳者の佐藤伸哉さんが前書きで「デザインシステムとは、単にデザインガイドラインを作ることではなく、むしろ組織論や運用論です」と記している、ここかなと。

デザインシステムを組織で確立・維持していく上では、作って納品して終わりでは済まされない。サイトを公開した当初はデザインの一貫性があったが、時間経過とともに崩れていってしまって今や見るにたえない状況…といった話はよく聞くけれど。

一旦公開した後、品質維持できるかどうかは相手次第というのではなく、最初から「長持ちする」ように作るの含めて作り手の手腕ととらえて、「長く一貫性を保てて、それでいて拡張性があるデジタルプロダクトをどう構築するか」という高みを目指すのに良書ではないかと思った。

対象読者は、「デザインシステム思考を組織の文化に組み入れることを目指している、小中規模のプロダクトチーム」、特にお薦めしたいのは「ビジュアルおよびインタラクションデザイナー、UX実務者、フロントエンド開発者」とのこと。ご興味ある方は、ぜひお手にとってみてください。って、まだ読み始めなんだけど…、ご紹介まで。

おかもとさんがnoteに「Design Systems日本語版の作りかけ断片集」を公開しているので、ご興味ある方は、こちらもどうぞ。

*:著者はアラ・コルマトヴァ氏。原著は「Design Sytem - A practical guide to creating design languages for digital products」(Smashing Magazine刊)

2018-10-23

「Webクリエイティブ職の仕事と年収のリアル」を求めて

山口義宏さんの新刊「マーケティングの仕事と年収のリアル」*1が面白そうである。ということで、まだ読んでいない本について堂々と語ってみる。

私が長くキャリア支援の対象として関心を寄せてきたのは、マーケティング職というより、Web系のクリエイティブ職寄りなのだけど、このご時世、これとマーケティング職を分けへだてる厚い壁があるわけでもない。

いわゆるマーケティング職と比べると、Web系のクリエイティブ職にはさほど「華やかで稼げそうなイメージ」はないかもしれないが…、現代の2職種にはいろいろと共通点があるように思い、ゆえにこの本はきっとWeb系クリエイティブ職のキャリアにも役立つ内容が詰まっているに違いないと期待を寄せて、手にとってみた。

手始めに、この本の「はじめに」に書かれているマーケティング職のあれこれから、Web系クリエイティブ職との共通点らしきものを読み取って列挙してみたい(「はじめに」までは読んだ…)。

マーケティング職と、Web系クリエイティブ職の共通点らしきもの(私見)

●働く場を大別すると、事業会社と支援会社がある
●専門領域は細分化され、目につく仕事から地道な業務までさまざまある
●役割とする仕事範囲は、複雑化しながら広がっている
●給与の業界水準は決して高くない。高い稼ぎを得られるのはごく少数で、多くは経済的な処遇が期待に及ばない
●この職でやっていく成長の見通しや年収を高める道筋が見えず、閉塞感を感じている
●キャリアに閉塞感を感じる一因に、デジタル化によってマーケティング施策の専門分化が細分化された結果、自分の関わる仕事や事業、業界を俯瞰して見渡しづらい環境要因がある
●「実力を伸ばせば、年収も自然に高まる」ことを期待したい職人的指向が少なからずある
●汎用的な仕事能力の獲得を軽視し、専門知識・スキルに偏重しがち
●職務の専門知識や施策を解説する本は沢山あるけれど、職として市場価値を高め、稼げるようになるリアルなキャリアづくりの情報は少ない
●雇用する企業側も、業務理解が浅く、採用のミスマッチが頻発。育成も現場任せの徒弟制度を脱しきれず

念押ししておくけれども、ここで挙げたものは、著者の山口さん的にはマーケティング職の話として語っているものであって、「これってWeb系のクリエイティブ職にも通じるのでは?」と列挙しているのは、私の勝手な解釈にすぎない。が、どうでしょうか。なんか、うんうんって感じしませんか。誰となく。

3つ目に挙げた「役割とする仕事範囲は、複雑化しながら広がっている」とかは、そのわりに、大きく括れば1つの職種に役割が集約されつづけていないか、とかも気がかり。

マーケティング職事情は詳しくわからないが、Webの業界でいうと「いっぱしのディレクター(とかデザイナー)なら、これくらい知っておいてほしい、これくらい読んでおいてほしい、これくらいできてほしい」と求められる知識・スキルがどんどん膨らんでいき、一職種・一個人に求められる役割は肥大化していく一方。

中途採用の募集ページにあるジョブスクリプションは見直す度に厚くなり、「できれば尚可」に書き込めるだけ書き込んでいくものの、待遇面は数年前からさしたる変更なしとか…。一般の企業が求めるには、非現実的なスーパーマン像になっていないか、とか。

業界の発展とともに、年数をかけて一つひとつ知識・スキル・経験をモノにしてきた一握りの人を除くと、どうその肥大化した役割を果たせる人間になれるものかには、各方面で大きな課題を抱えているのではないか。

当事者としてのスキルの磨き方や経験の積み方も、組織としての若手の育て方も、組織としてこの職種分類のままでいいのか、もっと現実的な役割の再配分、チーム編成の見直しが必要なんじゃないかとかの課題もあるのでは。

各社によって提示できる年収だって違えば、採用できる人材も違う。社内メンバーの構成だって違ってくるし、扱う案件のタイプだってクライアント特性だってさまざま。やっぱり最終的には「我が社はどうしようか」と、それぞれの最適解を考えざるをえない。

だとしても、業界標準的な職種分類の見直しは、それはそれで意味をもつだろうか。あるいはヘタに体系化しようとせず、いろんな会社が自社のチーム編成や職種分類の考え方と実際を数多く事例共有して、意見交換して、持ち帰って各々活かすことに意味があるのか、とか。

そんなことをもやもや考えつつ、「はじめに」を読んだ。ということで、最近は垣根なくデジタルマーケティング界隈で働く人たちのキャリア支援、組織の人材育成をサポートする自分の役割にひき寄せて頭を働かせつつ、本篇のページをめくっていきたい。ご興味ある方は、ぜひお手にとってみてください&読んでみたら、ぜひ後で語らいましょう(私は読むの遅いですけど…)。

*1: 山口義宏「マーケティングの仕事と年収のリアル」(ダイヤモンド社)

「アタマのやわらかさ」の原理。を読んで

名だたる広告クリエイターの著書を手がけてきた編集者、松永光弘さんが著した「アタマのやわらかさ」の原理。*1を読んだ。

松永光弘さんが編集者として手がけた本は、広告・デザインをつくる仕事に従事する人なら誰でも一冊は手にしたことがあるのでは、というほど。

広告というのは常に、これまでにない新しい何かを求められ、「新しい価値の提示」を役割とする。それを作るトップクリエイターは、どんなアタマのつかい方をしているのか。そこに見られる「アタマのやわらかさ」とは何なのか。どういうふうに成り立っているのか。どういうふうに養っていけばいいのか。

松永さん自身がこれまでに見聞きし、経験し、学んできたことをベースに導きだした「こういう考え方をすると、いろんなことに説明がつくし、思考を進めやすい」という仮説が語られている。

これまで広告会社や学校などでお話ししてきた内容を整理しなおし、加筆、再構成して、4回の講義のかたちにまとめたものということで、平易な話し言葉になっているので読みやすい。例もふんだんに織り込まれているので、面白いし、わかりやすい。さすが本づくりのプロだ…と、それだけで敬服する。

そして書いてあることが、ロジカルで優しい。ときにロジカルな文章はゴツゴツしていて痛かったり、優しい文章は論理性を欠いていたりするけれど、松永さんのお話は両方とも見事にそなわっているので、腑に落ちるし、自分もやってみようって心持ちに自然ともっていかれる。それを、ただ優しい語り口やロジカルな文章展開でやっているんじゃなくて、お話の中身そのものでやってくれている感じ。

話し始めに、優秀なクリエイターがやわらかいアタマで新しい価値を提示するとき、「ひらめく」というより「見つける」という言い方をする、という話がある。

ひらめける人になろうと言われたら途方もなく感じて、んなのできる人はできるし、できない人は一生できませんよってな気分になっちゃうけれど、「優秀なクリエイターはひらめくより、見つけるって言う」ということになると、新しい価値を発見する機会は自分の外に点在していて、それをうまく見つけるコツなりスキルなりを身につければ、自分にも新しい価値を発見できそうな気がしてくる。

松永さんの話の中身には、そういう指摘の鋭さと、人を動機づける優しさが両方ある。

もちろん話はそこにとどまらない。松永さんは、広告クリエイターたちと一緒にブレストしたり、彼らを著者とした本を作ったり、お酒を飲みながら話したり、議論したりする経験からいって、

みずからの発想を体系化してメソッドのようなものを編みだし、日常的に用いている人はあまりいません。本で紹介されているような、いわゆる発想法をつかってなにか考えている人も、ほとんど見かけません。たいていの人は、なんらかの課題を投げかけると、ごくふつうに考え、ごくふつうに悩み、ごくふつうに自分の意見を話します。

読んでいて心地よく、励みになった一節。でも、じゃあ優秀なクリエイターは何を共通項として特徴づけられるかというと、さまざまな視点(切り口、アングルとも)で考えなおしつづけていることが語られる。

大切なのは、最初の反応ではありませんし、発想の瞬発力でもありません。どう考えなおすか。もっといえば、望むような結果にたどり着くまで、どう考えなおしつづけるか。

何かをみたときの最初の反応が優れているかどうか、何をひらめけるかどうかで決まるんだよってことではない。最初の反応は、ごく常識的なもので構わない。むしろ常識的なものの見方でまずは反応してみて、そういう自分の価値観なり世間の常識なりを認識した後、そこに価値を固定せずに、さまざまな視点で別の価値を探しにいって、新しい価値が見つかるまで探しつづけられるか、これだってものを見つけたときに目利き力を働かせられるかどうかってところだ。

とはいえ、この「視点」というのも、物理的なものを見るのに視点を切り替えるんだったら、横からみるとか底からみるとか替えてみるのはわかりやすいけれど、往々にして私たちがみる対象は概念的なものなので、ただ視点を切り替えるといっても、どう切り替えるのってことがわかりづらいですよねってことで、それも具体的に「組み合わせで見る」ということの意義や方法について、なるほど!という話が分かりやすく手ほどきされる。

そもそもモノや人、情報の価値は、組み合わせの中で決まる

という松永さんの解釈も、なるほど!と腑に落ちるし、

編集とは、組み合わせによって価値やメッセージを引き出すこと

という定義づけも、分かりやすく浮き彫りにされていく感じ。

多くのトップクリエイターと仕事し、議論し、おしゃべりし、たくさんの時間を共有してきて、彼らの資質や特性、価値観、共通項やそれぞれの個性を見分けて深い理解を獲得した編集者ならではの実践から編み出した本。「編集者が著した本」という価値が染みわたっているような本だった。

*1: 松永光弘「アタマのやわらかさ」の原理。(インプレス)

2018-09-30

エンジニアがマネージャーになるキャリアパスの再考

及川卓也さんが「まえがき」を寄せているというので興味をもって買ってみた「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス ―テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド」(*1)。

この本を読み始めてまず気づいたのは、自分が「エンジニアが経験を積んでマネージャーになる」というキャリアパスに対して、ちょっと距離をおいて見ていたんだなということだ。

なぜ?いつから?と記憶をたどってみたところ、当時NHN Japan執行役員/CTOだった池邉智洋さんをインタビュー(*2)したときのことを思い出した。その席で池邉さんから聴いた組織づくりの話に、私はとても共感したのだ。

「うっかりすると,エンジニアとして評価の高い人を“マネージャー”にしてしまう」けれど、「研鑽を積んだエンジニアは,単に“⁠すごいエンジニア⁠”でいいんじゃないか」「技術が優れているなら,人を束ねるより自分で書いて一騎で突っ込んだほうが効率いい」「あんまりマネージャーの数を増やしてもしょうがないかなとも」という話。

それ以前から、エンジニアがマネジメントへの転向に抵抗を示す傾向、願わくばずっと現場で開発を続けたいという志向をもつ人の声はよく聞いていたし、「エンジニアが評価されると、マネージャーに上がる」一択しか組織として昇格のしようがないのはどうなのかと思っていたので、そうじゃない組織づくりをしているところが現にあるのだなと印象深かった。

そんなことから、エンジニアを続けたい人がエンジニアであり続けられる組織づくりとかキャリアパスの整備のほうに、自分の意識も寄っていたのかなと振り返る。

でも、池邉さんも「もちろんマネージャーも1つの大事な役割⁠で」と話しているとおり、エンジニアリングマネジメントという役割・機能は、それはそれで必要不可欠なわけだし、この本の及川さんの「まえがき」によれば、エンジニアリングマネージャーは不足している状況にある。

エンジニアとしてずっとやっていけるキャリアパスの整備も大事だけど、一方でエンジニアがマネジメントを志向し、そこにやりがいをもって取り組めるような環境づくりや支援も大事なんだよなと、そういう認識を新たにした。

及川さんの「まえがき」から一部引用させてていただくと、

日本でエンジニアがマネージャーになることを嫌うのは、尊敬できるマネージャーに出会ったことがなかったとか、ついこの間まで一緒に開発していた先輩がマネージャーになったらすっかり変わってしまったとか、自分の上司は営業からの要求と部下からの要求の板挟みになり、いつもため息ばかりついているなど、エンジニアから見て、マネージャーが楽しく、やりがいのある仕事に見えていないからです。

と、そのものずばりな「あるある」感が漂う。しかし、この文章は次のように続く。

実際には、エンジニアリングマネージャーのエンジニアリング組織を健全に発展させるという役割は、ソフトウェア開発に対して技術を駆使し難局を打開していくのと共通する面白さがあります。スキル面においても類似点は少なくありません。

こう言い切って、なるほどと思わせる力をもつのは、及川さんのキャリアあってこそ。また、この本の内容も著者Camille Fournier氏の積み重ねてきたエンジニア軸のキャリアに下支えされ、説得力をもって伝わってくる。

この本は、章が進むごとに管理職のランクが上がっていく構成になっている。
1.部下(の目線でマネジメントの基本を押さえる)
2.コーチ役/メンター
3.テックリード(技術者のまとめ役)
4.人の管理
5.チームの管理
6.複数チームの管理
7.複数の管理者の管理
8.経営幹部
9.チームの文化を構築する管理者
と、はしごをのぼっていく。

新任管理者なら1〜2が該当。9はスタートアップとかの採用・評価を手がける人事担当者も良さそう。

著者が経験してきたこと、考えてきたことが丁寧に言葉に起こされて話に説得力をもたせているものの、彼女個人の経験に偏っているわけでもないし、精神論に依っているわけでもない。

エンジニアリングの世界で現場からマネジメントまで実践してきた経験なしには書けない内容だし、マネジメントに必要なスキルを分解してノウハウを解説するところもあれば、心のもち方や人への関わり方をやわらかい言葉を使って解きほぐしていくところもあり、どう振る舞うと自身のキャリア形成上どういう利があるかを理知的に語るところもあれば、こういうことを本当にあなたはできているのか?こんな考えに陥っていないか?とえぐるように詰め寄ってくる文章もある。

エンジニアという人種をよくよく理解しつつ、またその中にも多様な志向性があることを承知して、いろんな人に届くようにバランスよく言葉が編まれている感じがした。

すごく特別なことが書いてあるかというと、そうではない気もするけれど、タイトルにガイドとある通り、網羅的にエンジニアのキャリアパスを捉えて類型化してあるので、全体イメージをもつ羅針盤とするのにちょうど良い本なのではないか。

一つの職種にフォーカスしてそういうガイドが出るというのは、やはりエンジニアという職業が社会にとって存在価値があるからなんだろうなぁと思う。私はエンジニアではなく、エンジニアのキャリアを支援する舞台袖の立場だけど、うまくこの本の内容を吸収して役立てていきたい。

*1:Camille Fournier著「エンジニアのためのマネジメントキャリアパス ―テックリードからCTOまでマネジメントスキル向上ガイド」(オライリー・ジャパン)
*2: 第10回 NHN Japan執行役員/CTO 池邉智洋氏に訊く(後編)│Webクリエイティブ職の学び場研究(gihyo.jp)

2018-09-25

読書メモ:「著作権トラブル解決のバイブル!クリエイターのための権利の本」

これは買おう!と思っていた「著作権トラブル解決のバイブル!クリエイターのための権利の本」*をご恵贈いただいてしまった。本の編集者が元上司なのだ。実際に手にとってみてもタイトルどおりにコンセプト立った良い本だと思ったし、クリエイター個々人が備えておくべき基礎知識だと思うので、私なりに本の中身と魅力を紹介してみます。自分は無問題という方も、部下や後輩にいいかも?ということで。

身近なところだと「フリー素材」の扱いとか。フリーといったって、なんでもかんでも無料で自由に使っていいわけじゃなくて、大方は使用許諾する範囲が設定されているから、それを守らないといけないよっていうのが具体的にどういうことかとか。主だったところだと、次のような制限があるなぁと読みながら整理。

●商用利用はNG
個人利用に限る。自社ビジネスの利用に限らず、デザイナーやライターとしてクライアントに制作物をおさめる場合も、お金を払って使ってねというもの

●使い方を制限
モデルの写真を何か特定の商品を試しているように見せて使ってはダメとか。あとはアダルト、公序良俗に反するものには使っちゃダメなど

●使用点数を制限
素材何個までは無料で使っていいというもの。何個を超えたら有料で使ってねというもの

●ロイヤリティフリー
最初に使用料を払うなどの使用許諾手続きをしたら、あとは何度でも使っていいよというもの

●ライツマネージド
使用媒体や期間を特定した使用許諾を受けたら、その範囲内で自由に使えるよというもの

結論、フリー素材を使うときは必ず利用規約を確認すること。

「あらゆる自由は制限の中に在る」という有名な言葉がありまして(今作った)、人間が認識しうる自由は常に何かしらの制限の中にあって、その不自由を知ってこそ自由を謳歌できるものだなぁなどと想いを馳せながら読みました。死という概念を知ってこその生を生き、使用制限を知ってこそフリー素材を活かせる私たち…。

さて、「転載」と「引用」の概念も、クリエイティブ職ならしっかり押さえておきたい基礎知識。

例えば、Webサイトやアプリのスクリーンショットとか、書籍の表紙や中身を撮影した写真をSNSにアップロードとかはよく見かける。けれど、こうした他媒体への「転載」は複製権を侵害しているので原則NG。でも、「引用」の範囲内ならOK。じゃあ、引用って何?どういう条件をクリアしたら引用扱いになるの?ということになる。

本を読みつつの私なりの整理だと、このあたりがポイントか。(以下は引用でも転載でもなく、読んで整理した個人的メモのつもり)

●引用部分と、オリジナルの文章を明確に区別してあるか(カギカッコとか斜体とかで)
●オリジナルの文章(主)と引用部分(従)の主従関係が逆転していないか(量的にも、質的にも)
●引用する必然性があるか(主となるオリジナルの文章を書くのに、そこを引用する必要が本当にある?必要最低限の量にとどめてある?)
●出典が明記されているか(タイトルとURL、著者と書籍名と出版社名など)
●引用部分を改変していないか(変えちゃだめ)
●そもそも公表された著作物か(メールとか手紙とかはそもそも未公表で対象外)

プレゼンや講演資料でも、出典名の抜け落ちなんかは結構ある。クリエイターとして人前で話すときに、他のクリエイターの権利を侵害するような落ち度は避けたいもの。「そんな法律知らなかった」もまずいし、「知っていたけど軽視してor不注意でやっちゃった」もまずい。どっちにしても、すごくまずい。

あと、街並みを撮った写真に道行く人が写り込んじゃったくらいは問題ないよね、ネットにあげても。も、ちょっと待った!人物が特定できる写真は肖像権を侵害する恐れがあるし、子どもの映り込みなんかは特に慎重に扱わないと大ごとになりかねない。写真だけじゃなくて、本人とわかる似顔絵も肖像権&著作権的にNGになる恐れがある。有名人だと、パブリシティ権も要配慮。

この辺も「法的にグレイでしょ」とか「みんなやってるでしょ」とかで軽視すると、静かにクリエイティブ職としての信用を失って、無言で周りから人と仕事が去っていくので自ら注意しておきたい職業倫理。

えー、じゃあフォントやレイアウト、配色に著作権はあるの?キャッチコピーは?写真のトレースは?Googleマップは自由に使っていいの?オープンソースは無料&自由なんでしょ?

などなどに一通り答えてくれる一冊。まえがきによると、イラストレーター、Webデザイナー、ブロガー、プログラマーあたりの職種の方を読者層にイメージしているもよう。章立ても「写真・イラスト・デザイン」「文章・コピー」「プログラマーコード・ライセンス」に分かれていて、ものすごく具体的で「あるある!」なシチュエーションを取り上げて、いいのか悪いのか、どういう著作権侵害の恐れがあるのか、実際どういう判例があるか、どう使えば侵害にあたらないのかなど、丁寧に解説されています。

クライアントさんから権利関係が怪しい素材を提供されて「これ使って」って言われたら、どう対応する?とかの実務ノウハウにも言及しているし、契約書や見積もりはどう作る?とかも解説とサンプルがそろっている。法的にどうこうだけじゃなくて、各社のサービスの利用規約上こういう制限がされていることがあるので注意!とかも記述あり。自分が権利を侵害されたときの対処法もあります。

こうした知識は、もっていないと悪意なく他人の著作権を侵害してしまうリスクがあり、訴えられれば損害賠償だったり、信用失墜だったり、会社やクライアントに大打撃を与えてしまう問題にも発展しうるから、職業上しっかり押さえておきたい基礎知識。

「現場あるある!」「そう、それどうなってるの?」な問いに対して2or4ページで答えていく構成なので、ざっと目を通した後は、都度「逆引き」的に使えそう。語り口も平易だし、かわいいイラストが随所に散りばめられているのも読みやすさを後押ししています。よろしければ手にとってみてくださいませ。

*: 木村 剛大 (共著、監修)、大串 肇、北村 崇、染谷 昌利、古賀 海人、齋木 弘樹、角田 綾佳(共著)、小関 匡 (編集)「著作権トラブル解決のバイブル!クリエイターのための権利の本」(ボーンデジタル)

2018-09-22

円グラフと帯グラフは使い分けるものだった

お恥ずかしながら、円グラフと帯グラフの使い分けが、ずっと曖昧なままだった。両方とも全体における部分の割合を示すもんでしょ、A部分とB部分とC部分の割合を見比べるもんでしょと。円と帯をどう使い分けるか、さぁそれは個人の好きずき?と。

違った…。それぞれ使い分けねばならない明白な違いがあった。ということを教えてくれたのは、「説明がなくても伝わる図解の教科書」*という桐山岳寛さんの本。

いやいや、超お薦めである。メッセージがシンプルで分かりやすいし、例がいちいち的を射ていて、ズバっ!と理解できる。

そこで数ページ割いて説明しているのが、円グラフと帯グラフの使い分けである。この本では、帯グラフではなく分割棒グラフと呼んでいるけれども、とりあえずここでは(30年くらい前)小学生のときに覚えた帯グラフのまま書き進める。

まず、著者は「円グラフほど誤った用途に使われているグラフはない」と記している。

円グラフが伝えるのは「全体に対してどれだけの割合が占めるか」であり、ある割合が他の部分より大きいか小さいかを伝えるものではない。

説明を読んでみると、納得である。円グラフでA部分とB部分の量感を比較しようとすると、向きの異なる扇形の面積をもって比べなければならないので難しい。

円グラフ(Aが55%、Bが28%、Cが11%、Dが6%)

AはCの何倍か、直感的にわからない。BはAの半分より大きいか小さいか、わからない。

でも、Aの割合をみるには効果的な表現だ。半分をちょっと超える程度と瞬時に伝わる。円グラフが伝えられるのは「全体に占める割合」だけ、「部分と部分の割合を比較するには適さない」のだ。

そこで、帯グラフ(分割棒グラフ)の出番である。部分と部分の割合を比較するには、こっちを使う。

円グラフがつくり出す二次元の“広さ”よりも、一次元の“長さ”のほうが比較が簡単なのだ。

って、言われてみれば当たり前の話だ。それにしても説明の仕方が秀逸である。

上の図は帯グラフ(Aが33%、Bが25%、Cが22%、Dが20%)、下の図は円グラフ(割合は帯グラフと同じ)

CとDは2%の差しかないが、帯グラフだとCのほうがDより大きいと、パッと見でわかる。円グラフのほうだと、CとDを見比べても、その差に瞬時に気づくのは難しい。

一方、帯グラフでは「全体に占める割合」は把握しづらい。B部分の割合をざっくり1/4だなって把握するには、円グラフのほうが瞬時に読み取りやすい。

ちなみに折れ線グラフと棒グラフの使い分けも、わかりやすく説明されていた。折れ線グラフは"時系列に沿った動き”を伝えるときに限って使うのが間違いがない。数値と数値の間に見える関連性や連続性を示したいときは、折り線グラフ。一方、“数値の差”を直感的&正確に伝えたいときには棒グラフを使う。

よくリンク先のような折れ線グラフ(総務省「平成30年版情報通信白書のポイント」より)を見かけることがあるけれど、例えばピンク色(英国)の線の「自社内の組織の見直し」60%弱と「ICT人材の育成や雇用」30%強の間に引かれている、60%から30%に下落している線に意味はないわけで。こういう使い方は良くないなぁと思う。

この本は、図解する重要性、図解の役割・機能、実際にどう図解したら伝わりやすくなるのかが、驚くほど理解しやすくシャープにまとめられている。図解がうまい人でも、もともとセンスのある人は「悪い例」「失敗例」と合わせて良いアプローチを解説することができなかったりするんだけど、この本ではこれでもか!これでもか!というぐらい、「悪い例/失敗例」と「良い例/改善例」をセットにしてポイントを解説してくれているので、ものすごくわかりやすいのだ。

しかも、「悪い例/失敗例」がよく見かけるものであり、「良い例/改善例」が明らかに見違えるほど良くなっている。こういう一つひとつの教材を良質に作り上げるのは、実際のところたいそう骨の折れる仕事だ。

さらに、この本自体が、この本の中で紹介している図解のポイントを実践した作りになっていて、そのために大変伝わりやすい本に仕上がっている。二段構えで分かりやすく説得力のある本で、ほんと敬服する。なんらか資料を作って人に伝える仕事をする(けどデザインは門外漢という)あらゆる人に役立つ本だと思う、いい本でした。

*: 桐山岳寛著「説明がなくても伝わる図解の教科書」(かんき出版)

2018-09-13

読書メモ:ピーター・モービル氏「UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ」

情報設計とかUXデザインに関わる人たちに話題の本「UX・情報設計から学ぶ計画づくりの道しるべ」を手にとってみた。プランニングとは「パスとゴールのデザイン」として、広い解釈でのプランニングの原則と実践を記した本。構成も文章も言葉選びも、さすが洗練されていて美しい。翻訳も読みやすい。

著者のピーター・モービル氏は、世界的に知られる情報アーキテクチャの第一人者。原著のタイトルが「Planning for Everything」だそうで、情報アーキテクチャの専門家がその知見をもって、あらゆる人に向けた、あらゆる事柄のためのプランニングを指南する本かな、という印象をもって読み始めた。

が、それにしてはハイコンテキストというか、あらゆる一般市民向けのメッセージとしては堅すぎるというか。著者が引き合いに出す例は確かに、山登りだったり旅の計画、車の運転、釣り、朝食づくりなど、自分が専門とするビジネス領域を意図的に避けて、市民生活の話題を取り上げているように見受けられる。この「誰にでもわかる例」を引こうとしているのが裏目に出て、「誰にとっても遠くもないが近くもない」感じになっている感もあるかなぁと。例の引き方はバラエティ豊かで、その博識さには敬服するほかないのだけど。

それで改めて本の帯に目をやってみたら、「より良いサービス/デジタルプロダクトを開発し、プロジェクトを成功させたいと願うすべての人に贈る星座盤」とある。なので、誰でも彼でもっていうよりは、「その界隈の人向けってことではありつつも、デザイナー寄りに限定しないあらゆる職域の人へ」ってくらいが読者ターゲットなのかもしれない。日本での売り出し方は、そこに焦点化したってことなのかもしれないけど。

というわけで、指南している内容自体はビジネス的なのに、引いている例は思い切りプライベートに寄せているのがちょっとちぐはぐ感あるなぁと思いつつ読み進めていったのだけど、そう思うのは私がプライベートで計画めいたことをほとんどやらずに生きているって自分の偏りにあるのかもしれない…。どうだろう。計画づくりをどこで適用しているかって、人それぞれだからな。

ともあれ、仕事の方法論やノウハウを教示するならやっぱり、たとえあらゆる領域に普遍的なことを指南するのであっても、何らかの業界や職域に焦点を絞り込んで、その文脈に沿った実際的な話に展開し、抽象的な思考モデルと具象的な現場話を行ったり来たりしながら語り伝えるのが、それだけで価値だなぁと再認識する機会にもなった。

そういう強固な結びつきを埋め込まないと、例えば

大切な目標があるなら、時間の許す限り情報や体験、豊かな想像力を駆使して、パスをつくる自らの考え方を吟味し、洗練させよう

と言われても「実にその通りだ」と思うまでで、実際に自分の実務パフォーマンスを何か変えるアクションにはつながらないだろうなと。受け取る先の人がぐっと親しみを覚える「つながり」を埋め込んで橋渡ししてこそ、届けたい本質をうまく伝えられることって多分にあるんだろう。それが自分が生業とするインストラクショナルデザインの役割でもある。

この本の位置づけでいうと、抽象的だなと思うところは、自分の仕事分野では具体的にどういう落とし込みができるかと、自分で自分のほうに引き寄せて解きほぐす時間をもってみると、より意味が深まりそうだ。そういうところは読者に委ねられている本なのだとも思った。書かれている内容を、自分の過去を振り返ってつなげられる実体験の豊かな人ほど、その体系的な整理やノウハウ化に役立ちそうだ。

ノウハウ本というより、視野を広げてくれる本、自分の死角に気づかせてくれる本というふうに捉えたほうが合っているようにも、途中で思い直す。こうやって読み進める途中途中で、その本の意味づけを見直してリフレーミングしていくのも、読書の愉しみの一つかもしれない。

あと、ピーター・モービル氏のエッセイ的な本という捉え方もできて、とくに終わりのほうになると読み物としても愉しめた。

以下、気になった言葉のメモを書き留めておく。

●「プランは無意味だが、プランニングは大切だ」(第34代アメリカ大統領のドワイト・D・アイゼンハワー)

この複雑で不確かな世界では、完璧な計画など作りえないけれど、それでも計画を立てることは大事なのだと。うまいこと言う。計画を立てるプロセスを経験することによって、いつでも方向転換できる力が備わることって多分にある。作られたプランに沿って動く人と、そのプランを自ら作って動く人では、同じプランを遂行するのでも対応力に雲泥の差があると思うので、いいコピーだなと思った。

●プランは本質的に、柔軟性を失わせる性質がある。方向性を確立し、組織を安定させるものだからだ。プランニングは、組織内にすでにあるものを軸に行われる。(*1)

概念の本質を語るのが、欧米人はうまいよなぁと、ここでも感嘆。とはいえ、プランを軽視してはいけない。計画性と即興性のバランスをとることが大事とも、この後に説いている。大事、大事。

●ものを正しくデザインできるようになるには、正しいものをデザインしているという確信がいる。それには、分岐(可能性を広げる作業)と収束(選択肢を絞り込む作業)を2回行う必要がある。

20180913

「ダブルダイヤモンド」で表している(分岐と収束の矢印は私が付け足したもの)。だいたいの場合、欧米から輸入したモデル図をみて、そのままそれに従おうと取り組むとおかしくなる。実際は分岐と収束を行ったり来たり。それを単純化してうまく表している。実際には2回と言わず、反復的にやっていくものだとも言えるだろうな。

●問題の見え方や認識は、実は自分がその時点で持っている解決策によって決まってくる

この視点、すごく大事。問題の見え方や認識は、「自分がその時点で持っている」という限界を背負っていることをわきまえると、だからこそ自分ができることをできるかぎりやろうとも思えるし、そこから脱した視点はもてないかと外に目を向ける意識ももちうる。私は20代の頃にこのことを人に教わって、本当に助かった。

●「計測できるもののすべてが肝心なわけではないし、肝心なものはどれも計測できるかというと、そういうわけでもない」

うまいこと言う。ほんと、そのとおりだ。けど、この共通認識がもてていない現場で、それを共通化するのはすごく難しい。

●解決策を決める前には、プランのどの要素が固定で、どの要素がフレキシブルかを確かめるといい。ウォーターフォールモデルでは、プロジェクトの締め切りとコストには柔軟性がある一方、スコープ(規模、目的)は確定している。プロジェクトの目的がきっちり決まっているから、納期や予算に苦しむ羽目になる。対してアジャイルな枠組みでは、時間枠とコストをきっちり定め、スコープのほうに柔軟性を持たせる。ゴールは進捗の度合いやフィードバック次第で変えていく。

スコープの中に「目的」って入るのか?スコープの中にゴールが入っていて、状況に応じてゴールを変えていくのはわかるけど、目的も変えていくっていうのは、なかなかすごいなって思った。まぁ現実、そういうこともあるだろうけど。それをモデル化しちゃっていいのか。

●コピー待ちの列に割り込もうとする人が、「先に使わせてもらってもいいですか?」から「先に使わせてもらってもいいですか?ちょっとコピーしたいので」に言葉を少し変えるだけで、順番を譲る人が6割から9割以上に増えたという。人間は理由を示されると、仮にその理由がまったく中身のないものだったとしても反応してしまう。(*2)

そういうことって、ありますよねぇって思った。

●「恐怖は、真実に近づくことで起こる自然な反応です」(チベット仏教の尼僧のペマ・チョドロン)

ふむー。人を包み込む、やさしい言葉。

●人か企業かに関わらず、幅広い選択肢を長く残しておくのは非常に疲れる。だから、選択肢を絞るふるいとなるドライバー(条件)、レバー(てこ)、コスト、リスクを効率的に特定する必要がある。

疲れます。だからこそ、絞り込むタイミングと、選択肢の絞り方を大事に。

●人間には見積もりをよい方向に予測する楽天的なバイアスがある(行動経済学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの研究)。どれくらいかかりそうかと自問したときは、たいてい実際よりも短い時間を予測する。これは自分がそのタスクに関わっている場合で、外から見ている人間は、逆に長く見積もる傾向がある。

●9.11の直後、アメリカ人の多くが恐怖から飛行機よりも車を移動手段に選び、交通事故による死者が1600人増えたという。(中略)統計的には飛行機のほうがはるかに安全なのに、数字は人の心を動かさない。

●賢明な判断をするには、確かに感情の助けは必要だ。しかしそれには、直感の出どころがどこにあるのかを慎重に見定めなくてはならない。

●決断を下すには、確率(知りようがないもの)よりも帰結(わかるもの)に集中しなければならない。これが、不確定性という考え方の軸だ(*3)

●対立するものには相補性がある(アインシュタイン)

●プランは「なぜ」と「どうやって」のあいだのスペクトルのような領域に存在する

美しい文章だなぁと。

●大手メーカーでも、スタートアップでも、実行を実験としてフレーミングすると、それと同時進行でプランニングができるようになり、成功の確率も高まる。

「実行を実験としてフレーミングする」って、いい捉え方。

●直感は習得済みのパターンを利用すること、対して洞察は新たなパターンを発見すること(*4)

これは「直感」ではなく「直観」のほうが訳として妥当かも?

●新しい経験から基本原則やルールを抽出するのが習慣になっている人は、学習効率が高い。対して経験をただそのまま受け取るだけの人は、そこから教訓をなかなか引き出せず、あとで似た状況に出くわしたときの対応もつかない(*5)

●培ってきた考え方は、変化の一番の障害になることが多い(*6)

●ネイティブアメリカンは、時間は川ではなく、過去と現在、そして未来が混在する湖だと考える。創造することは現在進行形の作業で、物語は歴史であると同時に、予言でもある(植物学者ロビン・ウォール・キマラー)

*1: ヘンリー・ミンツバーグ、ブルース・アルストランド、ジョセフ・ランベル「戦略サファリ:戦略マネジメント・コンプレート・ガイドブック(第2版)」(東洋経済新報社, 2012年)
*2: ロバート・チャルディーニ「影響力の武器」(誠心書房, 2014年)
*3: ナシーム・タレブ「ブラック・スワン」
*4: ゲイリー・クライン「『洞察力』があらゆる問題を解決する」(フォレスト出版, 2015年)
*5: ブラウン「使える脳の鍛え方」(2016年)
*6: ビジュアル思考の専門家デイヴ・グレイ「Liminal Thinking」(2016年)

2017-12-24

「グローバルWebサイト&アプリのススメ」を読んで

できたてほやほやの新刊書籍「グローバルWebサイト&アプリのススメ」(*1)をご恵贈いただいた。本をいただくような身の上ではないのだけど、ひょんなことから書籍編集者に転じた元上司が、手がけた最新刊をときどき送ってくれるのだ。

これは出る前から面白そうだなぁと思っていた本で、読んでみたら、やっぱり面白かった。ざっくり概要をひと言で表すなら、「Webサイト・サービス、アプリをグローバル化する際に必要なノウハウを、多くの事例から導き出し解説した手引書」という感じ。

本を手に取る前は、例えば中国の祝日「独身の日」を知らないと、その商機を逃すのは当然のことで、各国の祝日やその位置づけ、広くは文化・風習などを知っておくことって大事だし、面白そうだなぁというくらいの感じだった。

が、実際読んでみると、「独身の日」一日でAmazonは180億USドル売り上げたというから、ちょっとした機会損失どころではない。この数字、米国のブラックフライデーの6倍の売上だとか。さすが中国…。また、この日中国では、オンラインの車の売り上げ台数が10万台に上ったそうだ。

書籍はまずこの辺の、今後のグローバル対応を読者に焚きつける(重要性を説く)前半部に面白みがある。市場の規模感を俯瞰できる情報あれこれが書いてあって、頭の整理になるし、「へぇ!」なことも多かった。

【人口の話】
●地球上には200以上の国、74億人が暮らす
●インターネットにアクセスできる人口は、世界で36億人(中国に7億人)
●アジアには、世界人口の58%が住んでいる(中国14億、インドに12億、インドネシアに2.3億人)

→まだ半分の「これからネットにアクセスし出しうる人たち」が残っているとも
→それにしても、アジアの人口多い。せっかくアジアに住んでいるのだから、これを活かさない手はないだろうという気にさせられる数字

【オンラインショッピングの話】
●一年に10億人以上がオンラインで買い物。年に15%増加する予測がある
●2016年1.3億人がオンラインで、海外から買い物。3,000億ドルを消費。この人数は2013年に比べて倍以上に増加

→国産のものを買いたいという商品もあれば、そういう志向をもつ人もいる。一方で、海外製に価値をおく商品もあれば、そちらを好んで買う層もいる。中国の富裕層は、国内産を不安視して、海外からものを買う傾向も紹介されていた。なんにしても伸び盛り

【言語の話】
●地球に暮らす74億人は、6,000以上の言語を話す
●インターネットユーザー34億人の母国語ランキング…1位は中国語23%、2位が英語22%。ついでスペイン語8%、あと3〜4%のアラビア語、日本語、ロシア語、フランス語、マレー/インドネシア語、ドイツ語と続く。以上でおよそ3/4を占める
●上に挙げなかった250言語が、1位の中国語を超える1/4を占める(オランダ語、スウェーデン語、トルコ語、韓国語、ペルシア語など)
●アメリカ英語とイギリス英語。中国語も簡体字と繁体字。スペイン語もスペインとメキシコでは異なるし、ポルトガル語もポルトガルとブラジルで異なる
●インドには公用語が20以上ある。カナダには英語圏と仏語圏がある

→世界は広い…
→国と言語を一括りに考えないで、国/地域と言語の組み合わせで考える必要がある

【インターネットの言語対応の話】
●Googleは153言語、Facebookは98言語、Appleは34言語、Amazonは13言語に対応。ちなみに、最もサポート言語数が多いWebサイトは、Wikipediaの295言語
●Google翻訳は2017年現在、インターネットユーザーの99%をカバーする100以上の言語をサポート。1日に1,000億以上の単語を翻訳。1日に5億人が利用。ヘビーユーザーはブラジル人
●40言語ほどをサポートすると、Webユーザーの約90%をカバーできる
●大手グローバルWebサイトが共通してサポートしている10言語は、英語、中国語、フランス語、ドイツ語、日本語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、イタリア語、韓国語

→世界4強とくくられるAGFAでも、事業ドメインによって対応言語数に開きがある印象
→「Google翻訳の成功は、そこそこの品質は完璧に勝ることを示している」に唸った

と、まぁ、こういう情報をたくさん浴びて、その気になったところで、いよいよ英語圏、中国語圏、中東圏、スペイン語圏などグローバルにマーケティングする際のポイント解説へ。

グローバル対応は、インターナショナライゼーション(国際化)、ローカライゼーション(地域化)の2つの段階に分けて考えることができ、前者を洗練させるほど、後者に当たるときの問題が少なくなるとして、それぞれのプロセスででどういう観点を押さえていったらいいかなどを解説している。

どこを共通化してシンプルにまとめた上で、どこを個別化してこだわると、効果的で、効率的かという話だけど、これこそが各現場の難所であり、スキルの発揮しどころだろう。基本こうすべし!というものがある感じもなく、ケースバイケースだよなと。

企業側の取り扱う商品やマーケティング戦略によっても違えば、受け取る側の各国の文化、生活習慣、商習慣、規範や法律によっても異なるし、その時々の時勢によっても変わるだろうし。

大きな戦略は統一しようという方針は立っても、ここからは個別最適化しよう!という「ここから」を、どこからにするかはケースバイケース。ブランド名は?スローガンは?キャッチフレーズは?トップページのビジュアルは?モデルは?モデルの服装やポーズ、ジェスチャーは?画面のレイアウトは?配色は?

ネット販売なら、公式通貨や税金、現地でポピュラーな支払い方法、配送や返品、カスタマーサポート対応のあり方など、「知っておかないと始まらないこと」が何かを、まず知っておく必要がある。

この辺を、いろんな事例を挙げて細かく解説している。国によって縁起の良い数字を表示価格に割り当てて、縁起の悪い数字を避けていたり。株の値上がりと値下がりを示す色が赤か緑か、欧米と中国で逆だったり、メキシコでは黄が喪を表わしたりだとか。

知っていないことにはなんとも…という事柄が多く、挙げだせば切りはないだろうけど、まずは「こういうことに違いがあるんだ」と、目配せする対象範囲の広さや深さを把握しておくこと。そして、この本を下敷きにして、これを共通言語に各現場で、「どこをどうシンプル化して国際化し、どこを個別最適化して地域化するか」を議論していけると、能率がいいのだろうなと思った。

少なくとも、この一冊読むと、海外進出するにあたって、一国ごとに、その国の文化に精通する専門家の検証プロセスが必須という態度は、自然と作られる。

というわけで、そちら方面にご興味ある方は、ぜひお手にとってみてください。事例が豊富とあって図版も多いし、翻訳も読みやすかったです。一つひとつの言葉選びを精緻に扱われる木達一仁さん(ミツエーリンクス)が監訳を手がけられたそうで、翻訳文ならではのとっつきにくさもなく、誤脱字などで突っかかる所もなく、安定品質の仕上がりに感じました。あと、原著も今年2017年初めに発表されたものなので、現時点で古さも感じなかったです。

*1: John Yunker (著),‎ 木達一仁 (監修),‎ 株式会社Bスプラウト (翻訳)「グローバルWebサイト&アプリのススメ グローバルジェネラリストなWeb担当者を目指して」(ボーンデジタル)

2016-07-31

不可避のライン

Pokemon Goに個人的な好き嫌いが出るのは当然と思うのだけど、あれを今時点で社会的な価値づけとしてダメと論評するのには、えぇー…と思った。一部のノイジーマイノリティの声が目立って聞こえてきているだけかなとも思うのだけど、実際のところがよくわかっていない。

ともあれ、アプリが出て数日の、まだみんなが使い慣れてもいないいっときを切り取って、あれは危ないからとか、人をダメにするから良くないとか断じてしまうのは早計に感じられる。

これだけの社会現象を巻き起こしたとあれば、使い方マナーの啓発活動は、提供主側もする必要があるかもしれないし、それで人があふれているところなどは、一時的に対策を講じなくてはならないこともあるだろう。

でも、それぞれに1週間2週間と使えば、遊び方はこなれていくだろうし、1ヶ月後も2ヶ月後も同じだけの人数が同じ場所に通い詰めているとも思えない。隅田川の花火大会なり、フジロックフェスティバルのように、いっときのお祭りと思えば、イレギュラー的にいっとき一所に大量に人が押し寄せているという見方におさめることもできる。それに応じて、期間イメージをもった対策を考えるのが妥当だろう。

いつまで経っても学習が進まずケガが絶えないということであれば改まった対策が必要だけど、出て2〜3日のアプリを、数日の混乱をみて、その存在自体断罪するのは浅薄だし、無期限を想定してルールを作ろうとするのは合理性に欠ける気がする(無期限を想定して作られたルールは、そのルールが不要になっても残ってしまいがちだ)。

人は新しいものを、段階的に使いこなせるようになったり、関わりあえるようになっていく。そうやって時代とともに、新たな道具を取り入れ、合理性と自由と、その次に得られる可能性を獲得してきたのだ。それが何ものかわからない時点では、評価をくださず留保するというのも、評価能力の一つだよなぁなどと思う。

そんなことをうだうだ考えているときに、「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」(*1)の「はじめに」を読んで、まさしくだなぁと心に響いた。

われわれはあまりに早く変化していて、新しい機能を発明する速度がそれを文明に取り入れる速度を超えてしまっている。あるテクノロジーが出現すると、それが何を意味するものか、それを飼い馴らすためにどういうマナーが必要かという社会的な同意ができるまでに、10年はかかっている。

ということで、

テクノロジーを使い始めた頃の反応はすぐに消えていくもので、別に本質的でも不可避でもない。

私がだらだら書き連ねてしまうことを、ある人はこんなにシャープに表現できてしまう。こなれた翻訳者の手腕もあるかもしれないが、ピーター・ドラッガーの文章を読んだときのような心持ちで、聡明な世の中の捉え方にふれ快く味わう。「はじめに」だけでも買った甲斐があったなぁと。まだ「はじめに」にしか読んでいない…とも言う。

この本は、著者がここ30年の技術進化にもとづいて、この先30年がどう形作られるか、不可避なテクノロジーの力を12コ挙げて説くものだ。小さなトレンドがどうなるかというのは、予測がつかないけれど、

テクノロジーの性質そのものに、ある方向に向かうけれど他の方向には向かわないという傾向(バイアス)がある。

そのバイアスを項目立てて、ここ30年の大きな流れから、この先30年を見通すことはできると。

そのバイアスがもたらす変化は、すべてが歓迎されるものではなく、既存ビジネスが立ちゆかなくなったり、今就いている職業では食べていけなくなったり、今の法を逸脱して違法な領域にも踏み入ったり、心を痛めるような事件、紛争、混乱も生じるだろう、と。

それでも、

不可避なものを阻止しようとすれば、たいていはしっぺ返しに遭う。禁止は一時的には最良の策であっても、長期的には生産的な結果をもたらさない。

であれば、

生まれてくる発明が実際に(つまり可能性としてでなく)害悪にならないように、われわれは法的、技術的な手段によって制御する必要がある。個々の性質に合わせて、文明化し手なずける必要もある。ただそうするためには、まずは深く関わり、手を出して試してみて、警戒しながらも受け入れていく必要がある。

人間には制御不能な変化も起こる世の中に生きているという前提に立って、テクノロジー進化がもたらす変化も例外ではないことを踏まえるなら、これまでのテクノロジーの大きな流れから、不可避のことと、制御できることを見通して、己をわきまえて、受け入れていくという態度で関わりたい。人間はまったく万能じゃない、大きな流れの中に身をおいて、さまざまな不可避のことを抱えて生きているんだと思うから。

*1: ケヴィン・ケリー(著)、服部桂(翻訳)「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則 − 未来を決める12の法則」(NHK出版)

2016-06-04

「UXデザインの教科書」の感想メモ

最近出たばかりの安藤昌也氏「UXデザインの教科書」(*1)の読書メモ。といっても例によって、まだ1/4程度しか読んでいないんだけど、70ページくらい読み進めて良書だなぁと思ったのと、冒頭にぐぐっと惹かれる一節があったので、取り急ぎ。

これはタイトルどおり、「教科書」というコンセプトを体現した本だと思う。いい意味で、ザ・教科書。UX(User eXperience)デザインの概念、考え方や方法論、プロセス、手法が、体系的に分かりやすくまとめられている。安藤先生が20年のキャリアのうち、前半は実務家として、後半は大学教員としてUXデザインに携わってこられた知見が、バランスよく注入され、洗練された一冊に仕上がっているという印象をもった。

下手な翻訳本のように無理やり米国の方法論を和訳して説明したぎくしゃく感もないし、研究者向けのがちがちなアカデミック感もなく、かといって一実務者がまとめた実践知とも違う。実務とアカデミックの世界を見渡せる安藤先生ならではの視座から、双方の読者に役立つように丹念に言葉や構成、語りや解説事例が選ばれ、わかりやすく編まれている、お手製感ある専門書。読者対象を学生から実務家まで幅広く設定しているけれど、それにきちんと対応して仕上げている良質さを感じ受けた。

あと冒頭の「本書の使い方」の中で、注意点として挙げている一節にぐぐっと惹かれたのだ。私が提供する研修稼業も、ここに書かれている「教科書」の役割と共通する位置づけな部分があり、それをこんなふうに言葉に言い表し、かつ実際に中身でもって「教科書」の価値を体現する手腕に、敬服の念を抱いた。

本書はUXデザインに関する知識を中心にした教科書である。どのような分野でも同様だが、実践の現場は教科書通りにはいかないことがほとんどである。本書も実践を意識し、著者の経験をふまえているとはいえ、この教科書通りに行えば必ずうまくいくことを保証しているわけではない。特にUXデザインは、企業などの組織で取り組むことを前提としたデザインの実践であり、正しいプロセスよりもむしろ的確な意思決定の方が重要かもしれない。しかし、個別組織の意思決定の良し悪しを本書で扱うことはそもそも困難である。
教科書が示す体系的な理論やプロセスは、既存の知識を整理するだけでなく、新たな知識を位置づけやすくする知識基盤となる。知識基盤を持つことができれば、実践による成果の振り返りが知見となり、より高い専門性を発揮できるようになる。また、チームや組織として同じレベルの知識を持つことができ、相互のコミュニケーションを円滑にし深い議論を交わす土壌を作ることができる。さらに、その効果によって良い実践につながる可能性も高まる。

中身が「教科書」としての価値を示せていなければ、これはただの言い訳にしか読めなくなってしまうわけだけど、そうとは感じさせない読み応えをそなえていて、読み進めるほどに「教科書」ならではの価値を実感させられる。一度読み通した後も、手元においておき、辞書的に何度でも引いて、長期的に都度役立てられる本だなぁと思う。

あとは、ここまでで疑問符が浮かんだことなど、いくつかメモを残しておく。

●p55(注釈10)
「ドナルド・ノーマンが区別した人間の特性」が【UXの期間別の種類】と、次のように関連していると説明しているが、

「本能レベル(概観)」→【瞬間的UX(利用中)】
「行動レベル(使うときの喜びと効用)」→【エピソード的UX(利用後)】
「内省レベル(自己イメージ、個人的満足、想い出)」→【累積的UX(利用時間全体)】

ここでは【予期的UX(利用前)】は挙げられていない。でも、ここの説明だけで解釈すると、下のように関連づくと言われたほうが自然に感じられて、疑問符が浮かんだ。

「本能レベル(概観)」→【予期的UX(利用前)】
「行動レベル(使うときの喜びと効用)」→【瞬間的UX(利用中)】
「内省レベル(自己イメージ、個人的満足、想い出)」→【エピソード的UX(利用後)】及び【累積的UX(利用時間全体)】

これは、元になっているドナルド・ノーマン著「エモーショナル・デザイン」読めよ!という話かもしれない…。

●p56の「累積的UX」の説明
「累積的UX」に次の2つの記述があり、前者は使用前の「予期的UX」を含まず、後者は含む説明と読めるのが気になった。

・「使用期間全体を振り返るときの体験」
・「製品との出会いから現在までの関わりを回顧して、ユーザーが製品との関わりをどのように感じているかに関するもの」

本文や図から受ける印象としては、「予期的UX」も含んでの「累積的UX」ってことなのかなと読んだけど、だとすると「使用期間全体を振り返るときの体験」は言い方を変えたほうがいいのかもな、と思ったが、どうだろう。

「エピソード的UXは、瞬間的UXを内包している」とも書いてあるから、下の図のような入れ子構造で「UXの期間別の種類」を表すこともできるのか、どうなのか。

書籍内の「UXの期間別の種類」(UX白書.2011)を入れ子構造で表してみた図

●誤脱字(コメント欄にメモ)
70ページくらい読んだ中で見つけた誤脱字は13点ほど。決して少ないとは言えないけど、文章そのものが読みやすいのと、誤解釈を与えるような誤りはなく、ちょっとしたものばかりなので、あまり気にならなかった。出版社のサイトから報告しておくので、重版・改訂版や電子書籍化があれば修正されるだろうか。丸善出版のサイトは、正誤表は作っているようなのに、各書籍ページからリンクされていないのは残念だ。

とにかく、UXデザインを体系的に学ぶには、とっても良い本だなぁと思った。ってここで気を抜かず、続きも読まねば…。

2016.6.11追記)
概ね読み終えての感想。やっぱり読みやすい。遊びがあるようで、無駄がない文章。ガチガチでなく、ユルユルでない、絶妙に読みやすいチューニングが施されている、そんな感じ。
体系的・網羅的に要素が押さえられているんだけど、そこから主要なものに説明を割いて、そうでないものは参考文献を提示するというメリハリがある。
手法についても、それぞれ強みと弱みを双方バランスよく提示していて、この手法を用いる際の留意点はこれこれなど、(おそらく)これまでの指導経験をもとに初心者が陥りがちな観点を具体的に提示していて、教科書として良質だなと思う。
あと読者として押さえておきたいのは、後半に進んで内容が「プロセス」「手法」に入っていくと、これはもう実体験なしに深い理解に至ることは難しいだろうこと。それを前提に、とりあえず知識として、あの手この手があることを理解して、目的や状況に応じて手段を使い分ける必要性を認識しておくこと。そこまで導くのが本書の担う役割で、また実体験をした後に読み返すと、体系的に知識として定着させるのに役立つんだろうなと思う。

*1)安藤昌也「UXデザインの教科書」(丸善出版)