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2018-01-02

言葉あふれる世界で

妹が年末年始に旅行に出かけるというので、昨年同様2018年も、お正月のあれこれを一手に引き受けることに。といっても母の代理には程遠く、私がやるのはお雑煮を作るのと、おせちの手配、買い物、配膳、皿洗いくらいか…。

今年は父と兄一家に加え、母方の伯父伯母も実家に来てくれることになり、急遽8人分のお雑煮を作ってもてなした。伯母はおせち料理も手作りする人なので、出して大丈夫だろうか…と不安だったけど、おいしい、どうやって味つけしたの?と言っていたそう。ミツカンのおかげで事なきを得た。

伯父伯母と兄一家を引き合わせられたし、甥っ子らも、しっかりお年玉をゲットして、餅を焼いたり、たらふく食べたり、リラックスしてくつろいでいたようなので、良い元日だった。

今年は活動の一年だ。と書いたことを来年の今頃覚えているかどうかは全く自信がないが。

思索やら内省やら言葉を巡らせるのが癖で、しかも理想主義っぽいところのある私のような手合いは、発する言葉ばかり達者になって、行動はお粗末という滑稽にはまりやすい。頭の中で、あるいは文章の中であれこれ考えを巡らせていると、発する言葉はいくらでも立派になっていく。

そうやって考えを洗練させていくこと、真実を突き止めんと思考を巡らすこと自体は、大事なことだと思っている。優秀な人の中には、研ぎ澄まされた言葉そのもので価値を生むことができる人もいると思う。だけど、私はそういう人間ではない。思索や内省の結果、誰もがはっとするような立派なビジョンや批評を提言できるわけじゃなく、同時代に生きて私が直接関わる人たちへの少数ながら具体的な貢献・行動成果を生んでこそ、働きに意味を生み出せる人間だ。

そこんとこをわきまえて、この年始に再確認するのは、自分が発する言葉以上のことを行動している人間であろうということ。いくらでも、どこにでも、だれでも言葉にすることがたやすい世界で、声にのせて人に届ける言葉も、文章にしたためる言葉も、心のうちで言葉にする考えや想いのかたまりも、言葉ばかりが増幅していって、行動が伴わない滑稽な人間にならないように、地に足つけて身の丈で、ちょっと背伸びして、やっていきたいなと思う。

まぁ、だいたい、「〜していきたい」「〜でありたい」なんてのが最も危険キーワードなんだけど…。2018年も、おつきあいのほど、どうぞよろしくお願いします。

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