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2017-11-10

父の見舞いと退院と

先日ここに記した父の手術は、当初2週間ほどで退院できるという話だった。入院初日と、翌日の手術日は、兄が車を出して終始付き添ってくれたので、私は手術の翌日に初の見舞いに行った。父は手術直後とあって管まみれ、傷口も痛々しかったが、顔を見せると少しほっとできたのか喜んでくれた。

見舞い中に看護師さんがやってくると、「俺の娘」と得意げに私を紹介した。私が頭をさげて挨拶すると、看護師の女性は笑顔で応じ、手際よく父が装着しているものの入れ替えなどにあたった。私は邪魔にならないようにカーテンの外側に出て、父が看護師さんに話しかけるのを聞くともなく聞いていた。

父が看護師さんに、こんなじいさん、誰も見舞いに来ないわー思うとったじゃろー!かーかっかっかーみたいなことを言って困らせている(もう少しガラは良かったか…)。ガキンチョみたいなことを言うのに耳を傾けながら、あぁとんぼ返りでも今日来て本当によかったなぁと、私はカーテン越しほっこりした気分になった。からまれた看護師さんはかわいそうだったが…、その手の対応は“お手の物”だろう、そういうことにしておこう。

手術の翌日はどうにか顔を見せたいと思い、夜にイベント登壇を控えていたのだけど、日中に午後半休をとって出てきて、見舞いを終えると、またすぐ東京に戻った。その翌日(木)も足を運び、その翌々日(土)も顔を出した。

2週間の中でも特に、入院から間もなく環境に不慣れな時期、手術を終えてすぐの頃は、できるだけこまめに顔を見せて励ましたいと思い、仕事の都合をつけて、ちょこまか東京−千葉を行き来した。その時期の一日一日は、入院生活後半の一日とはわけが違うし、また同じ3時間なら、1日行って3時間いるより、3日に分けて1時間ずつのほうが圧倒的にいいと思った。

実際、行くとだいたい父は、家族に頼みたいこと、気になっていることを毎回こまごま持っていた。あれを取ってほしいとか、この操作はどうするんだとか、傷口のホチキス止めしている4箇所を写真に撮ってくれだとか(血の気がひいて、こっちが倒れるかと思った…)、誰々になんとかを伝えないととか、そういう用件に一つひとつ応えていると、それだけで数十分経過していた。

そんなこんなをしながら、痛みはあるのかとか、どんな感じなのかとか、おしゃべりをした。体調をうかがうと、術後すぐは、身動きすると傷口が痛いと言っていて、私が冗談めいたことを言ったときも、お腹をおさえてイタタタと言いながら笑っていた(悪気はなかった…)。笑顔が見られるのは嬉しいが、痛い思いはさせたくない。お見舞いは按配が難しい。

それが数日おいた週末、まだ痛いのかと訊くと、傷口の痛みはもうないという。「おぉ、着実に快復しているではないですか!」と言うと、「そういえばそうだなぁ」と返ってきた。身につけていた管も一つ二つとはずれていって、点滴から病院食になり、立ち上がって歩けるようになり、そうやって一つひとつ自由を取り戻すごとに、それを言葉にして喜んだ。

週末は実家に立ち寄ってから、病院に行った。家に問題なかったこと、郵便物など整理して、窓をあけて空気の入れ替えをしてきたこと、母にコーヒーを出してきたこと(父は毎朝、仏壇に母のコーヒーを出している)を話すと、父は「ありがとう」と言って、穏やかな表情を見せた。

私は車も出せないし、手先が器用でないので特別気の利いたこともできない。いつもできることは細々とした配慮の寄せ集めだ。でも、こういうささやかなことだって大事なのだと、自分の行いをかなり肯定的にみている。おめでたい人間だなぁとも思わないではない。でも自分ができることはこういうところしかないし、幸いにして兄も妹も全然違うキャラなので、三者三様でいいバランスじゃないかと思っている。自分ができること、自分がしたいと思うことを、大事にやったらいい。やっぱりおめでたい。

さて、術後1週間したところで、お腹のなかに入れたチューブがはずれたというので、その日のうちに再手術となった。再び全身麻酔してお腹をきることになり、体力的にもしんどいだろうし、医者への不信感も募るしで、家族の間にも緊張が走った。手術の翌日お見舞いに行くと、父もさすがに疲れた表情を見せていた。

やれやれな一件があって、入院期間は3週間以上に及んだけれど、再び管もとれ、ホチキスも全部とれて、ようやっと先日、退院を迎えた。ほっとした。母が太陽なら、父は私にとって大地のような存在、といったら大げさすぎるだろうか。ともかく地震、それに続く余震がおさまったような心もちだ。

父がおうちに戻り、自由を取り戻せたのは本当に嬉しい。3週間もベッドで横になっていたのだから、体力が落ちているのは仕方ない。ゆっくり体力を取り戻して、近々に兄一家との祝賀会を、年内にも父と妹と私の長崎旅行に出かけられたらと思っている。体は日ごとに快復していく。私たちはここに、まだまだ生きているのだから。

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