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2017-09-03

ビンタについて

あるメディアが、ある人の「ビンタ」を問題として報じて以後、他メディアでも多く、強度へのさしたる言及なく「ビンタ」という言葉を採用しているのが気になっている。

あの会場にいたという人のtweetで、「ビンタは「目を覚ませ」な感じで音も聞こえないピタピタ、とほっぺた触った感じ」と書いているのをみて、私の脳内にあったビンタイメージを、バチーンからピタピタに挿し替えてみた。だいぶ場面が落ち着いた。

バチーンだと「叩く」だけど、ピタピタとかペチペチだったら、限りなく「触る」に近づく。先のtweetも一人の意見で絶対視できるわけじゃない。けど、他に見た、強度に言及していない多くのビンタ記事より、具体的なイメージを提供してくれているし、少なくともバチーンじゃない平手打ちを、私のビンタイメージのうちに放り込んでくれた点で、ありがたかった。

「ビンタ」って擬音っぽい印象あったけど、調べたら「鬢た」って頬らへんの位置を含んだ名詞だった。確かに、よく考えてみると、ビンタしたときに「ビンタっ!」という音はしない。よく考えなくても、そうか。

「ビンタ」の意味は、頬を平手で打つこと。強度については辞書に書かれていなかったけど、もとは軍隊用語で暴行・暴力の類いに分類される行為ってことだから、やはり「触る」とは一線を画す。「ビンタ」を動詞で言い換えると、はたく、叩く、ぶつ、ひっぱたくあたり。される側が、痛い!と感じてこそビンタだ。

ビンタというと、私はまず「バチーンという音を立てて、思い切りよく頬を平手打ちする」シーンを脳内再生してしまったが、ビンタの一般的なイメージがどれくらいの強度なのかは、よくわからない。どれくらい共通化されているのかも、よくわからない。人によっては、パチンかもしれない、ペチっとかパチっとか、バシっとかベシっとか、ペチーンとかパチーンとか、パンパンパパァンとか。実体験というより、読んでいたマンガとか見ていたドラマに影響するんだろうか。

いずれにせよ擬音じゃないから、わりといろんな強度を内包するのかもしれない。が、少なくとも「触る」と一線を画す「打つ」領域に突入してこそビンタなんだろう。

しかし、「触る」と「打つ」の間に明確な線は引かれていない。このての言葉の線引きは人が勝手にするもので、自然界に答えを求められない。触ると打つの間に実線は引かれていない。

そして、多少盛った表現をあえて選択する人たちもいる世の中である。受け取る側も、疑問を持たずに与えられた言葉から自分の脳内イメージをこれと固めてしまったりするし。「たしなめるようにして触れる」という、叩くとは違う触れ方があることを自分の中でイメージとして持っていなければ、触ると打つの両方を想定してかかることも難しい。

自分の言葉とイメージを、バランスよく豊かに育てていきたいなぁと思う。人から受け取った言葉そのまま、自分の限定的なイメージにつなげて、無意識のうちに事実を歪曲して捉えてしまう落とし穴にはまりたくないなぁと。

言葉はイメージを固定化する。枠組みを規定してくる。それに囚われない手腕も磨いていかないと、尊い言葉を悪役にしてしまう。言葉とイメージを豊かに持っていないと、人に優しくあろうとしても限界が出てくる。自分が発する言葉の一つひとつにも、人が発する言葉の一つひとつにも、慎重に、丁寧につきあいたい。それにはやっぱり気持ちだけでなく知性が必要なんだ。

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